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第四百五十七節 『落下』

 魔王の手の中の球体から、レーザービームのように線が伸び、命中した傀儡(くぐつ)は黒い球に包まれる。

 球は一瞬で消滅し、傀儡も欠片さえ残さず消える。


「〝虚無(きょむ)〟か」


 〝黒鎧〟に包まれた体から冷や汗が噴き出るのをミツキは自覚する。

 先程の攻撃を受けたことで魔王は、さすがに遊ぶのを止めたらしい。

 そして、この〝虚無〟ばかりは防御のしようがない。

 おそらく、掠っただけでも即死、もしくは、なにもない空間に飛ばされ永遠に彷徨うことになるのだろう。

 しかもあの黒い線、発射と命中の間にタイムラグがない。

 これでは絶影獣(ヴァルフェーン)の速さをもってしても避けられまい。

 そのうえ予備動作もないのでは、対処のしようがない。

 思考する間にも、傀儡は次々と黒い線に貫かれ、姿を消していく。

 未だに数百体を残しているとはいえ、このペースでは全滅するのも時間の問題だ。

 それ以前に、偶然でも自分が標的にされれば、そこですべて終わるのだ。


「くそっ! ならこれでどうだ!」


 ミツキは、魔王を中心に円を描くような軌道で、傀儡と己自身を高速で旋回させる。

 これなら、簡単には狙いを定められないはずだ。

 案の定、動き出してすぐに、魔王の攻撃の勢いは鈍る。

 それに、傀儡が消滅しても、消失する範囲が小さいためか、山を消した時のように引き寄せられたりはせず、自軍の動きが阻害されるようなことはない。


「このまま一定の距離をとって旋回しながら、断続的に攻撃を続ける」


 ミツキの意思に従い、傀儡が旋回する渦の中心に向け、(つぶて)や双身の刃、王耀晶(ヴェリスティザイト)の粒子を纏わせた耀晶刀(ヴェリスサージュ)の斬撃、白炎の火球など、さまざまな攻撃が一斉に放たれた。


 一方、嵐のような砲火に晒されながら、魔王は軽く失望していた。


「〝咆哮〟の重ね撃ちさえ凌いだ私に、この程度の攻撃が通るわけないだろう」


 無論、ミツキとてこれで仕留められるとは思っていまい。

 おそらく、〝虚無〟を躱しながら攻撃を当て続けることで、己が消耗するのを待っているのだと魔王は推察する。


「気の長い話だ」


 実際、〝虚無〟の現出には多量の魔素を消耗する。

 だから根比べになれば、こちらが先にヘバる可能性もないわけではない。

 ただ、そんな退屈な趣向につき合ってやるつもりはない。

 ここに至って他に手立てが尽きたというのであれば、もはやこれ以上戦闘を楽しんだりはできないのだろう。

 となれば、あとはミツキを(なぶ)って遊ぶことに決める。


「残念だがミツキ、おまえは大きな思い違いをしている」


 魔王の視線は、旋回する〝黒鎧〟の一体を追っている。


「傀儡の中に紛れて自分を特定できないようにしているつもりなのだろうが、私には見えているぞ。おまえの体から発散される負の感情が。しかも、先程〝咆哮〟の重ね撃ちで仕留められず、私が〝虚無〟を使いはじめてから、不安と恐怖がまるで狼煙(のろし)のように立ち昇っている。これでは狙ってくれと言っているようなものだ」


 魔王は背中から汚染魔素を大量に噴射させ、急上昇を始める。

 上に向かって逃れるとは予想できていたため、ミツキと傀儡も旋回しながら昇っていく。

 ところが、傀儡の群れの上を行く魔王は唐突に身を(ひるがえ)すと、反転して急降下を始める。


「なっ!?」


 ミツキは、魔王が己に向かって落ちて来るのに気付くが、上昇の勢いがついており、回避行動がとれない。


「くっ、そ!」


 魔王は身を捻って体を下へ向け、勢いを載せた蹴りをミツキの頭に向け振り下ろす。

 咄嗟に頭をねじるも首元に直撃を受け、ミツキは回転しながら地上へ落下していく。

 空中に静止し、魔王は高速で離れていくミツキを見送る。


「加減を間違えたか?」


 〝黒鎧〟を砕き、肉体にも致命的なダメージを与えた感触に、魔王はやりすぎたと後悔する。

 あのまま地上に激突すれば、人の肉体では原形を保つこともできまい。

 ただ周囲に目を向ければ、傀儡は先程までと同じように飛びまわっている。

 ということは、おそらくミツキは今の一撃で意識を失ったわけではないのだろう。

 であれば、どうにか体勢を立て直し生き残ることもできるかもしれない。


「まだ死ぬなよミツキ」


 既に小さな点と化したミツキを見つめ、魔王は呟く。


「おまえには、もっともっと絶望してもらいたいんだ」



 視界が凄まじい勢いで動き、上下の感覚もわからない状態で、ミツキは藻掻(もが)く。

 一瞬意識が飛びかけ、状況を再認識してからも、体の自由が利かず、激痛のため集中を欠き念動を使うこともできない。

 落ち着け、と己に言い聞かせ、魔素の知覚能力で自分と周囲の位置関係を探れば、絶影獣の走る速度に近い勢いで地上へ近付いているとわかる。

 つまり、おそらくは音速を越えている。

 体が思うように動かないのは、魔王の蹴りによって重傷を負ったからだろう。

 もしかしたら首の骨が砕けたかもしれない。

 今の己なら、どれだけ肉体が破損していても修復はできるだろうが、墜落までもはや然程(さほど)猶予(ゆうよ)もない。

 体を治すのは諦め、亀裂の走った〝黒鎧〟を補修しつつ、翼から白炎を吹いて、落下地点を調整する。

 砕かれた首元が塞がり、軌道を変えた直後、ミツキは凄まじい衝撃に見舞われ、なにも感じとれなくなる。

 視界は真っ暗で、物音ひとつ聞こえず、痛覚さえ失われた。

 それでも、肉体に依存しない、魔素の知覚能力だけは健在だと気付き、まず自分の体の状態を確認する。

 すぐに、あまりに凄惨な状態に気付いて、ドン引いた。

 〝黒鎧〟こそ砕けていないため、おそらく外からは、ただ倒れているだけに見えるだろう。

 だが、鎧の中は、ぐちゃぐちゃだ。

 衝撃で、全身の骨が粉砕し、筋肉も血管も内臓もまともに形を保っておらず、どろどろに煮込んだスープのような有様だ。

 なんと、頭骨まで原形を留めておらず、脳が完全に攪拌(かくはん)されている。

 なぜ脳を失ったのに思考できているのかといえば、地面に激突する寸前に、精神を肉体から切り離したからだ。

 ミツキの心は、倒れた体の上に浮かぶ、小さな王耀晶のキューブに移されていた。

 不凍體(ゼラスミリア)に体を凍結された時と同じ方法で精神だけを保護したのだ。

 あの時は、死の淵まで追い込まれ、ほとんど苦し紛れに精神の転移を成功させたものの、王耀晶に宿ってからはまともに思考が働かず、不凍體を仕留めるまでに二百日もの時間をかけてしまった。

 しかし、今のミツキはある手段によって平常時と同様にものを考えることができている。

 とはいえ、肉体がなければ何もできないので、まずは壊れた体を修復することから始める。

 混ざり合った組織が動き出し、映像を逆再生するように体が再構成されていく。

 〝黒鎧〟を修復しておいて良かったとミツキは思う。

 魔王の蹴りでひび割れたままであれば、おそらく墜落の衝撃に耐えられずに砕け散り、そこから中身が飛び散っていただろう。

 そうなれば、こんなにスムーズには体を戻せなかったはずだ。

 たとえぐちゃぐちゃに壊れても、体組織を〝黒鎧〟の内に留めていたからこそ、数秒でミツキの体はおおむね落下前の状態にまで修復される。

 もし一瞬でも意識が途切れていれば、肉体は修復されずに朽ち、そのまま死んでいただろう。

 しかし、肉体に精神を戻すも、どういうわけか指一本動かせないことにミツキは気付く。

 目も、光は感じるが、視界はすりガラスを通したようにぼやけている。

 再構成には成功しても、元のように機能させるには、リハビリが必要となりそうだ。

 無論、そんな暇などあるはずもない。


「――っ!!」


 ミツキはぎこちない動作で立ち上がる。

 傀儡を操るのと同じ要領で、念動で自分自信を操作しているのだ。

 上空に意識を向ければ、魔王は未だ天空に浮かび、地上を窺っているようだ。

 時間の感覚もよくわからなくなっていたが、おそらく蹴り落とされてから十秒と経っていないのだろう。

 魔王の周囲には、今も傀儡が飛びまわっている。

 これもやはり、意識の一部を傀儡の操作に割き続けていたおかげだ。

 そして、ミツキは足元にも意識を向ける。

 立っている地面はガラスのように硬く透明な物質で、ミツキの墜落で足元の一部が砕けている。

 すなわちそこは、黒曜宮の上だ。

 どうにか目論見を果たせたと、ミツキは安堵する。

 ここまでの立ち回りのすべては、今のこの状況を作り出すための布石だったのだ。

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