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マッド ファンタジア ・ カーゴ カルト  作者: 囹圄
第十章

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第四百五十一節 『嘲謔』

 忌々(いまいま)しげな顔で己を見上げるミツキに気付くと、魔王は顔に手を当てる。


「ああ、これは……失礼した」


 手を下ろすと、歪んだ笑みを浮かべた顔は、無表情に戻っている。

 ミツキは怪訝(けげん)な顔を浮かべるが、何事もなかったように魔王は話を続ける。


「トリヴィアが消えたことは、私にとっても痛恨事(つうこんじ)だ」

「……あ? なに言ってる」

「元々、負の感情の吹き溜まりに過ぎなかった私が、トリヴィアを模倣することによって人格を獲得したという話は既にしたな。おかげでこうしておまえとも話ができているわけだが、人格を得たところで私が人になったわけではない」

「なに当たり前なことを言ってんだ……だからどうしたっていうんだ」

「私はなミツキ、自力で魔王()という人格を成長させることができないのだ。なにしろ、汚染魔素は途轍(とてつ)もない量の情報を保持している。だから、こうして誰かと会話を交わしても、戦闘を重ねても、その経験という情報は、汚染魔素の中に埋没してしまう。魔王という自我を成長させるためには、外から得た情報を、トリヴィアという模倣装置を介して取り込む必要があったのだ。実際にどうするかというと、まず、悪夢に微睡(まどろ)むトリヴィアに、外部の情報を吹き込む。すると彼女は、心を動かし、その刺激に対してどう反応するかを考える。私はその思考を模倣する。その繰り返しでのみ私は成長できるのだ。そして、私にそのような恩恵をもたらしてくれる存在は、トリヴィアしか存在しないんだ」


 汚染魔素に触れて自我を保てる存在が、トリヴィアしかいないからだとミツキは察する。


「ゆえに私は、必死におまえを止めたわけだ。しかし結局、彼女は失われた。永遠に」


 眉間に深い皺を寄せ、歯を(きし)らせるミツキに、魔王はさらに続ける。


「だが失われてしまったものは仕方がない。諦めよう、彼女の心は。ただし、たとえ肉体だけでも、私にはトリヴィアが必要だ。心が死んでも、肉体が生きて残ったのは、不幸中の幸いだった。だからミツキ。それを、私に返してくれ」

「………………今、()()を、()()、っつったか? おまえ」


 声を震わせるミツキに、魔王は平然と応える。


「そうだ。無論、タダでとは言わん。トリヴィアの体を返してくれるのなら、これ以上なにもせずティファニアから退去してやろう。さらに、向こう百年間は、人間には干渉せず大人しくしておいてやる」

「……長期の停戦、ってわけか」

「ああ。悪い話ではあるまい。おまえはたしかに汚染魔素を操り、()りついた()(しろ)から私を引き剝がすことができる。だが裏を返せば、引き剥がせるというだけで、消滅させられるわけではない。だからこうして、予備の肉体に入り込み、ほとんど時を開けずに私は復活した。もう一度この体の内の汚染魔素をすべて捕捉し、先程と同じように追い出したとしても、ふたたびこの男かトリヴィア、いずれかの体に入り込めば済むことだ。つまり、おまえには私を殺す手段がない。ならば、提案を受け入れ、おまえと人類は百年の間に平和を享受するなり、あらためて魔王と魔族への対策を立てるなりすればいい」

「……何故トリヴィアにこだわる。おまえが今使っている肉体の方が、性能は上のはずだ」


 サクヤが〝黒死〟と名付けたこの異世界人は、側壁塔で初めて対面した際には、トリヴィアとオメガが(すく)みあがるほど圧倒的な力を見せつけた。

 闇地ではトリヴィアに制圧されたらしいが、それは彼女が汚染魔素の力を得ていたうえ、〝黒死〟の方はサクヤの傀儡となっていたため本来の力を出し切れなかったがゆえだろうとミツキは考えている。


「たしかに、この肉体はずば抜けて優秀だ。トリヴィアの体よりもな。元々の体内魔素の性質が汚染魔素と似ているのか、よく馴染むという意味でも、このうえない依り代だと言える……だが、所詮は死体だ」


 魔王が、纏った軍服の袖を(まく)ってみせると、腕に赤黒い染みが広がっている。


「サクヤはこの肉体に防腐処理を施していた。しかし、彼女の手を離れてから時が経ち、さすがに劣化が進んでいる。こうなっては、この体はもう数年で朽ち果ててしまうだろう」

「なるほど……おまえにとってはより長持ちする依り代の方が大切ってわけか。まあ当然だな」

「理解を得られたのならけっこうだ。さあ、それを私に渡してくれ」


 魔王が上向けた手をミツキに差し出す。

 それを数秒見つめてから、ミツキは鼻先で笑うと、小さく呟く。


「〝晶結(しょうけつ)〟」


 途端、ミツキの腕の中のトリヴィアの肉体の随所に、透明の結晶が発生し、徐々に全身を覆っていく。


「……なんだ、それは?」


 魔王が疑念を口にする間にも、結晶は大きく成長し、間もなくトリヴィアの全身を包み込む。

 ミツキは、トリヴィアを封じ込めた王耀晶(ヴェリスティザイト)に手を当てる。

 どうやら問題なく、トリヴィアの体の生命維持ができているとわかり、胸を撫で下ろす。

 この〝晶結〟を使うには、内に閉じ込めた者を生かしつつ護るために、王耀晶に複数の魔法を付与する必要があった。

 ただ、今のミツキは、体内の汚染魔素を浄化したことにより、身に宿した魔法も同時に失っている。

 しかし、こうしてふたたび〝晶結〟を使えたことで、今となってはそんなことなど些細な問題なのだとわかった。

 これまでは、魔素の知覚と念動という自身の能力を、王耀晶の精製と操作、あるいは還元に特化して使ってきた。

 ただよくよく考えてみれば、魔素を自在に操ることができるのだから、魔法という〝現象〟を自らの意思で起こすことも不可能ではないのだ。

 義体を得てから今まで、魔法は他者から吸収するだけで簡単に会得できたので、そんな能力の使い方を試そうとは思いもしなかった。

 実際に試してみたところ、今は、過去に使った魔法の再現程度しかできなさそうだが、これから試行錯誤すれば、さらに能力を進化させることもできるのではないか。

 そんなミツキの思考を、魔王の問い掛けが遮る。


「どういうつもりだと聞いている。まさか、王耀晶に閉じ込めた状態で私に進呈するつもりでもあるまい」


 ミツキはトリヴィアを封じた王耀晶から手を離し立ち上がる。


「おまえにトリヴィアを渡すつもりはない」

「私の提案を拒絶するというのか?」

「当たり前だろ。そもそも、()()()()()だと? オレに向かってよく言ったなそんなこと。トリヴィアはおまえのもんになったことなんて一度もねえよ。それに、オレはまだ彼女を諦めたわけじゃない。体が生きてるなら、どうにか心を取り戻せるかもしれない」

「愚かな。いくらおまえでも、死人を生き返らせることはできんぞ」

「おまえの言葉を鵜吞(うの)みにして、この場でトリヴィアを諦めることの方が、ずっと愚かだ。それに、そうでなくてもおまえの提案を呑むつもりなんてない。せっかく追い詰めたおまえを、どうしてみすみす逃がすっていうんだ? しかも、好都合なことに、今は壊しても問題ない体に入り込んでいる。大陸中に広く散った汚染魔素を浄化することは不可能に近くても、こうしてひとつの依り代に入り込んだ状態で消滅させられれば、この世界の汚染魔素を大幅に減らすことができるし、おまえがトリヴィアから獲得した魔王という人格も葬り去れる。要するに、おまえとはここで完全にケリをつける以外の選択肢はないってことだ」

「私を消すだと? そんなこと、お、おまぷっ、くくくく……」


 突然吹き出し、(わら)いはじめた魔王に、ミツキは顔を(しか)める。


「……なにがおかしい」

「おかしい? 楽しいんだよ私は。こうしておまえと相対し、そのうえ会話していることがな」

「あ?」


 魔王はにやにやと(いや)らしい笑みを浮かべる。


「おまえは自分が今、濃密な負の感情を際限なく垂れ流していると、自覚しているか? 悲しみ、怒り、後悔、無念、自責、憐憫、喪失感、虚無感、いずれも私にとって極上の御馳走だ。そんなおまえが、内心を見透かされているとも知らず、健気にもなんでもないような顔をして、他ならぬ私と会話をしているのだから、嗤わずになどいられるものか」

「テメエ……」


 今にも暴発しそうなミツキに、今度こそ(あざけ)りに歪んだ顔を向けながら、魔王は(うそぶ)く。


「本当はどちらだっていいのだよ。おまえが提案を受け入れようが、突っぱねようがな。いずれにしたところで結果は変わらない。戦うというなら勝利してトリヴィアを奪うまでだ。それでも停戦を申し出たのはなミツキ、愚かで滑稽で愛おしいおまえを生かしてやりたかったからだ。生きてさえいれば、これからもおまえはこんなにも憎悪する私のため、その憎悪ゆえにせっせと負の感情を捧げ続けるんだ。どうだ? こんな皮肉な話もなかろう」


 おもわず斬りかかろうと、ミツキは一歩踏み出しかけるが、その寸前に足元が揺れ体勢を崩しかける。

 咄嗟(とっさ)に踏ん張りつつ魔王を窺えば、揺れなどまるで意に介さず話し続けている。


「だが戦うというのならそれもいい。憎い相手に打ち倒され、さらに己の無力を痛感したおまえが見せてくれる絶望は、私に更なる悦びを与えてくれるだろう」


 振動はさらに増し、ミツキは黒曜宮全体が激しく震えているのだと気付いた。

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