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第四百四十八節 『排出』

 魔王は、倒れたミツキを見下ろしながら、疑念を覚える。

 何故、この男は汚染魔素に浸食されない。

 汚染魔素に触れた人間は、程なく全身を(けが)れに(むしば)まれる。

 人間たちが〝影人間〟と呼ぶ状態だ。

 そうなれば、幻獣の力を得たこの人間を、傀儡(かいらい)にすることもできると魔王は考えていた。

 しかし、床に転がる体には一向に変化が生じない。


「どうしたというのだ」


 呟いて、ミツキに向かって一歩踏み出そうとした魔王は、唐突に、見下ろした体の胸を突き破り、結晶質の巨大な棘が生えたことで、背後へ跳び退る。

 さらに、全身に同じような棘が次々と生え、ただでさえぼろぼろだった体は、見るも無残なありさまとなる。


「……これは、なんだ?」


 さすがの魔王も困惑していると、完全に動きを止めていたはずのミツキの口が、微かに動く。


「……………………か、ん……げん」


 すると次の瞬間、全身に生えた棘が強烈な輝きを放って消滅する。

 魔王はその現象の意味を理解する。


「今のは、王耀晶(ヴェリスティザイト)の還元か」

「そう……いう、ことだ」


 がくがくと体を震わせながら、ミツキは身を起こす。


「体を突き破った棘は、自らの体内魔素で創り出した王耀晶だな。自分の体を内側から蜂の巣同然にするとは、正気とは思えんな」

「こうでも、しなきゃ、オレの体の中から、汚染魔素を消せなかったんでな」


 魔王は、未だ立ち上がれないミツキに目を凝らす。

 一見すると先程までと変わっていないように見えるが、身の内に確かに存在していた汚染魔素の気配は、完全に消えている。


「今の技、〝結晶破(けっしょうは)〟は対魔族戦の、切り札だ。内側から無数の王耀晶の棘で貫いたうえ、そいつを純粋魔素に還元する。絶影獣(ヴァルフェーン)蜃楼妓(クーンピウロム)さえ仕留めた技を、まさか自分に使うはめになるとは、思わなかったよ」


 純粋魔素は人間に無害とはいえ、棘に全身を貫かれるだけでも致命傷となり得る。

 しかも、生き延びたところで、ミツキはこれまで義体に留めていた魔法のほとんどを失うことになるのだ。

 質量の限られた義体の王耀晶に際限なく魔法を留めることができたのは、汚染魔素に魔法を吸収させていたからだ。

 その汚染魔素を失った今、義体に残っているのは、闇地で砕けた王耀晶の指輪を取り込むことで得た、トリヴィアの風魔法だけだ。

 無論、元々使えた念動とそれを応用した王耀晶の精製能力、それに幻獣の力は失われていないが、治癒魔法は消失したため、全身の傷を即座に癒すことはできない。

 おかげで、魔王を前にしながら、なかなか立ち上がれずにいる。


 そんなミツキを見据え、魔王は微かに頬を痙攣(けいれん)させると、小さく息を吐き、手を差し向ける。


「まるで生命力だけは並外れて強い虫のようだな。いい加減、目障りだ。手駒にできるかと思ったが、もはやそれも叶いそうにない。トリヴィアにキミの苦しむさまを見せつけるのも十分だろう。これで終わりにしてやる」


 魔王は掌に魔力を集中させていく。

 先程、フロアの床を大きく抉り壁を貫いた、黒い光を放つつもりだ。

 今の、体の自由の利かないミツキには避けようもない。

 掌の前に膨れ上がる魔力に破壊の意思を込め、魔王は獲物を冷徹に見下し短く伝える。


「消えろ」


 そうして放たれるはずだった黒い光は、掌の中で徐々にその輝きを失い、程なく消失する。


「……………………なに?」


 集中させていた魔力が消え、魔王は戸惑いながら腕を引こうとする。

 が、腕が動かない。


「なに、が、どうなって」


 腕ばかりではない。

 全身の自由が利かない。

 魔王は体に力を込め、強引に動こうと試みるが、まるで石にでもなってしまったようにビクともしない。


「ああ……ここまで、長かったよ」


 そう言ってミツキは、膝に手をつきゆっくりと立ち上がる。


「これは、キミの仕業か!? ミツキ!」

「もちろんそうだ。おまえさっきオレの義体に干渉して動きを止めただろ? 自分の技や戦法を真似をされるってのは嫌なもんだよな。よくわかるよ」


 ひと息吐くと、血の滴る髪をかき上げる。


「〝結晶破〟って技は、使うまでにけっこう時間が掛かるんだ。なにしろ、相手のほぼすべての体内魔素を結晶化させるんだ。それはつまり、相手の体内魔素のすべてを操らきゃならないってことだ。あ、さっき自分に使った時は、当然、一部の魔素に留めたけどな」

「敵の体内魔素を、操るだと? それもすべて? なにをバカな! そんなことできるわけがない!」

「できるんだよ、オレには。どうしてかは教えてやらないけどな」


 ミツキには魔素の知覚能力がある。

 それを駆使して目標の内の魔素をすべて特定し、念動で操るのだ。

 当然、素粒子である魔素をすべて特定するなど常識的に考えれば不可能だ。

 しかし、あらゆる情報を思うままに得ることができる〝情報の祝福者〟の能力ならばできないことはない。

 ただ、ミツキ自身の力を、特定した魔素すべてに行きわたらせるのに時間を要するのだ。


 ミツキには最初から、対魔戦式耀晶刀や王耀晶の(つぶて)で攻撃する以外にも策があった。

 それが、魔王の体内魔素の完全な支配と操作だ。

 ただし、それを行うには、あまりに時間がかかる。

 だから、できる限り会話を長引かせ、戦闘でも、相手を(たお)せないとわかっていながらも攻撃を重ね、時を稼いだのだ。

 魔王から汚染された王耀晶の礫を撃ち込まれた時点では、未だ力を行きわたらせるに至ってはいなかった。

 汚染魔素の中の情報空間(インフォスフィア)から生還してからも、魔王の体内魔素の掌握に努め、黒い光を放たれる寸前でようやく目論見が成ったのだ。


 先程まで無表情だった魔王は、目を吊り上げ口元を歪めている。

 ようやく動揺したなと察し、ミツキは溜飲(りゅういん)を下げる。


「くっ! 体内魔素を掌握されたからといって、なぜ動けない!」

「魔素はどんな物質にも原子レベルで宿ってるんだ。だから、すべての魔素を操るってことは、相手を完全に掌握するに等しいんだよ」

「ゲンシ!? なんの話だ!」

「ああ、わかんないよな。ってか、そういやおまえ、さっき言ってたよな? おまえが完全にオレを理解した瞬間、オレは為す術もなく最期を迎えるとかなんとか。正しいよ。でも結局、おまえはオレの力を理解できなかった。だから負けるんだよ」


 そう言って、今度はミツキが魔王に手を差し向ける。


「くっ! 〝結晶破〟とか言ったか! あの技を私に使うつもりか!?」

「……いや、違う」

「なに!?」

「おまえん中の魔素、というか汚染魔素だな……つまり、トリヴィアの内に巣食う()()()()()は、大陸中を渡って各地の淀みを吸収し、途轍(とてつ)もない大きさに膨れ上がっている。その体にはトリヴィア自身の魔素もあるが、それをすべて王耀晶化して還元したところで、一割も浄化できないだろう」

「だったらどうするつもりだ! ここでこのままずっと睨み合っているか!?」

「いや、そんな必要はない。シンプルな話だよ。トリヴィアの体の中の汚染魔素を操って、すべて排出する。それで汚染魔素の浄化はできなくても、トリヴィアを取り戻すことはできるはずだろ」

「バカめ! 忘れたのか!? 汚染魔素への支配力は私の方が強いということを! こうなれば、自分で汚染魔素(自分)を操り、この体の支配権を取り戻してやる! それが成った時点で、今度こそキミは終わりだ!」

「そううまくいくかな?」


 体から黒い靄が立ち昇り始め、魔王は驚愕の表情を浮かべる。


「何故だ! どうして汚染魔素を操れない!? 何故キミの支配力の方が強いのだ!」

「言ったろ? おまえはオレを理解できていないって」


 先程、魔王がミツキよりも強く支配していたのは、あくまで汚染された王耀晶だ。

 しかし、今回は汚染魔素を直接動かそうとしている。

 魔王からしてみれば、自分の本体を操っているのも同然だ。

 だから魔王が、自分の方に分があると考えたのは当然のことだった。

 しかし魔王は知らない。

 ミツキは念動を身に着けた当初から、()()()()()()()()()()()()()という特性を示していた。

 つまり、物質の最小単位である素粒子、つまり魔素のひとつひとつを操る力は、それより遥かに巨大な魔素の結晶体を操作するよりも、比較にならぬほど強いのだ。


「がぁああぁあああぁぁああぁぁあああああああああ!」


 苦痛を感じているのか、魔王は声にならない叫びを漏らす。

 汚染魔素の流出は指数関数的に勢いを増していく。

 もはやダムが決壊したかのようであり、噴き出した黒い靄は立ち昇って天井付近に雨雲のように漂っている。


「よ、止せ、ミツキ! こ、これ以上は、後悔することに、なるぞ!?」

「ああ?」


 魔王の言葉に、ミツキは怪訝(けげん)な顔を浮かべる。


「なにをだ?」

「わ、私が、この体から出ていけば、キミは、トリヴィアを失うことになる!」

「はっ! そんなわけねえだろ」

「うぅ、嘘は言わん! 彼女は、消えてなくなるぞ! だから、手遅れになる前に、すぐ私を、汚染魔素の漏出を、止めるんだ!!」


 必死の表情で訴える魔王を鼻先で笑い、ミツキは冷たく言い放つ。


「そんな見え見えの嘘が通じるかよ。見苦しくへばりついてないで、とっととトリヴィアの体から出て行け!」


 差し向けていた手を握り込むと、魔王の体から爆発的に靄が放出され、絶叫がフロアに響き渡った。

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