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第四百四十五節 『窮追』

 対魔戦式耀晶刀(ヴェリスサージュ)の刃は、魔王の左肩から右脇腹までを斬り下げ、トリヴィアの体の分厚い胸骨に阻まれた刃は心臓にこそ達しなかったものの、鎖骨下動静脈を断ち斬り、青い鮮血が噴水のように噴き出した。

 と同時に、傷から大量の汚染魔素が漏れ出し、魔王の上半身を黒煙のように覆い隠した。

 魔王の右斜め前方へ降り立ったミツキは、着地の瞬間に衝撃を緩和するため深く身を屈めながら、続けて斬り上げようと刃を返す。

 しかし、濃密な汚染魔素の中に浮かび上がる魔王のシルエットが鉈刀を振り上げているのに気付き、跳び退いて間合いをとる。

 反撃し損ねた魔王は、得物を構えた右腕をゆっくり下ろすと、左手で傷を撫でていく。

 汚染魔素の靄の中に青白い光が浮かび上がり、トリヴィアの治癒魔法だとミツキは気付く。

 傷からの汚染魔素の漏出は、脇腹の方から徐々に収まり、肩まで手を動かすと、完全に消える。

 すっかり傷の塞がった魔王を見つめながら、ミツキは相手の身の内の汚染魔素量を、魔素の知覚能力で測る。

 どうやら、戦いを始める前よりも数パーセントほどは目減りしているとわかり、おもわず舌打ちが出た。

 不意打ち的に幻獣すべての力を使ってどうにか斬りつけたというのに、大したダメージは与えられなかった。

 ゆっくり立ち上がると、〝黒鎧〟の尾が床に落ち、光を放って消滅する。

 体の形状も、魔王から跳び退(すさ)った直後には、元の人型の鎧に戻っていた。

 絶影獣(ヴァルフェーン)の運動性能はずば抜けているものの、人間のミツキには、肉体への負担が大きすぎる。

 長時間継続して使えば、疲労で自滅しかねない。


「キミが幻獣を討伐したことは知っていた」


 そう話しかけてきた魔王の声と表情からは、余裕が窺えた。

 今の一撃は、あまり効果はなくとも、動揺ぐらい誘えたのではないかと考えていただけに、ミツキは内心苦々しいものを感じる。


「しかし、よもや奴らを食らっていたとはな。どうしてそんな真似ができるのかは知らないが、人間離れした力の理由はわかった」

魔王(おまえ)に対抗できるだけの魔素が必要だったんでな。討伐後、義体の中に核石を吸収したんだ」

猿猴将(マジルゼラール)は幻獣が私を脅かすと考え、〝副王〟などという肩書きを与えてそれぞれ別の場所へと放逐(ほうちく)したが、それが結果的にキミに力を与え、私に脅威をもたらしたわけか」

「へえ? 脅威とは認めるわけだ」

「ああ。ただし、それはキミが幻獣の力を完全に使いこなせていたらの話だ」

「なんだって?」


 魔王は左手を上げ人差し指を立ててみせる。


「まず、キミはすべての幻獣の力を完全に引き出せているわけではない。ほとんどそのまま動きをトレースしてみせた絶影獣や、白炎を爪に纏わせるという応用を利かせた獄落鳥(ペルトライジャ)の能力は、かなり使い込んでいる印象だが、少なくとも蜃楼妓(クーンピウロム)の力はほとんど使いこなせていないな。先程見せられたキミの遺体には現実味(リアリティ)がなかった。相手の精神の深くまで作用する蜃楼妓本来の力に比べれば、まるで児戯のようなものだ」


 その通りだとミツキは納得する。

 力任せに(ふる)うだけでも凄まじい効果を発揮する他の幻獣の力とは異なり、蜃楼妓の能力を人間の感覚で使いこなすのは容易でなかった。

 ある程度己に心を開いている相手であれば精神に干渉することもできるが、敵対していたり警戒されていると、洗脳や精神攻撃を通すのは一気に難しくなる。

 結果、お粗末な幻術で隙を作る程度の使い方しかできていない。


「とはいえ、それはキミにはむしろ幸いだったかもしれんがな。こうしてキミと対話している魔王としての人格など、私の表層のごく一部に過ぎん。蜃楼妓の力を存分に発揮し汚染魔素の深奥(しんおう)へ潜れば、人としてのキミの意識など悪意の澱みに呑まれてしまうだろう」


 それも、おそらくそうなのだろうとミツキは思う。

 トリヴィアの真似をして話しているが、この魔王の本質は、人の悪意に限定した、極めて膨大なデータの集積のようなものなのだ。

 その中へ考えなしに潜れば、個人の意識など、圧倒的な情報量で塗り潰されてしまうだろう。


 魔王は続けて中指を立てる。


「そしてもうひとつ、キミはトリヴィアを攻撃し弱らせると言いながら、その実、加減をしている。先程、私を斬りつける際、白炎を纏わせた爪でも同時に攻撃していれば、より大きなダメージを与えられたはずだ。あるいは、すべてを凍らせる不凍體(ゼラスミリア)の体液や、あらゆるものを破壊する天龍(スティグバウロゼス)の〝咆哮〟も、キミなら使いこなせるのではないか? それを使わないのは、強すぎる攻撃で彼女の肉体を再生できない程に壊してしまうことを怖れているからだろう。その純粋魔素を発散させ続けている剣にこだわっているのも、トリヴィアへのダメージを最小限に抑えて汚染魔素を浄化しようと考えているからだ」


 〝黒鎧〟の内側で、ミツキは無意識に唇を噛む。

 なにからなにまでお見通しというわけか。


「気をつけることだなミツキ。先程は、トリヴィアの知識と今の君との力の差に虚を突かれて不覚をとったが、この短時間で私はキミへの理解を急速に深めている。そして私が完全にキミを理解した瞬間、キミは為す術もなく最期を迎えることになる」

「ご忠告どーも……だがお前こそ油断が過ぎるんじゃないか? 余裕ぶってべらべらとこっちの弱みを教えてさぁ」

「かまわんさ、そんなことぐらい。それに、こうして悠長に言葉を交わしているのにも意味はある」

「あ? なんだよ」

「力不足を指摘してやるほど、キミは追い詰められていく。焦燥、屈辱、弱気……キミのたれ流す負の感情もまた、私の一部となるのだ。そしてキミの感情を吸収することにより、さらにキミへの理解を深められるだろう」

「ああそう……でもおまえ。勘違いしてるぞ」

「む?」


 ミツキの周囲に光の粒子が漂い、空中で集まり小さな王耀晶(ヴェリスティザイト)が無数に生まれる。


「オレが幻獣の力だけに頼ってここまで来たんだと思ったら大間違いだ」


 刀をひと振りすると、王耀晶の(つぶて)が一斉に放たれる。

 魔王が床を踏むと、黒曜宮の床がせり上がり、壁となって礫を防ぐ。

 しかし、念動で操られた礫は、壁を避けて回り込み、左右から魔王を襲う。


「ひと太刀で斃せないなら攻撃を重ねるまでだ! 全身に打ち込んだ王耀晶の礫を体内で純粋魔素に還元させてやる!」


 魔王は左右から迫る礫をバク宙で躱すと、身を翻し追撃を避けていく。

 しかし、避け損ねた一発を腕で受ける。

 すかさずミツキが還元すると、腕に空いた穴から汚染魔素が流出する。


「なるほど、少なくとも初めて相手にした幻獣は自力で斃さねばならなかったわけだからな。キミ自身の力もバカにはできんか」


 ミツキは次々と追加の礫を精製し、魔王の逃げる先へと放つ。

 あらゆる角度に数え切れぬほどの礫が浮かび、ついに魔王は逃げ場を失う。


「追い詰めたぞ! このままトリヴィアの体から汚染魔素が消えるまで、絶え間なく礫を撃ち込み続けてやる!」


 ミツキが突き出した手を握り込むと、すべての礫が一斉に魔王へ殺到する。

 しかし、最初の礫が命中する直前に、魔王は全身から汚染魔素を放つ。

 さながら外敵の襲撃を受けたタコが墨を吐いたかのように、魔王の周囲は黒い(もや)に染まり、ミツキの視界を塞いだ。


「くそっ! どうなってる!?」


 なかなか晴れない視界に焦れたミツキは、内側からふたたび黒い光を放たれることを警戒しながら、念動で汚染魔素を散らそうと試みる。

 汚染魔素も魔素であるのだから、動かすことはできるはずだ。

 案の定、黒い靄は念動を受けて霧散し、黒曜宮の壁や床に吸収される。

 程なく視界が晴れると、魔王は数秒前と変わらぬ位置に佇んでいた。

 姿が隠れている間に、なにか反撃のための準備でも整えたものと読んでいたミツキは拍子抜けしかけるが、すぐ魔王の周囲の変化に気付いて息を呑む。


「……礫が」


 魔王に打ち込むべく放った礫は、空中に静止していた。

 その色は、黒曜宮と同じ黒に染まっている。


「くっ!」


 ミツキはふたたび礫を念動で操ろうとするが、ひと粒たりとも動かない。

 先程の汚染魔素は目くらましなどではなかったのだと、ミツキはようやく気付く。

 せっかく精製した礫は、汚染魔素に侵されコントロールを奪われていた。


「空間中の魔素を結晶化させて王耀晶を精製し、作り出した礫で〝飛粒(ひりゅう)〟を放ったわけか」


 ゆっくりと左腕を挙げる魔王に気付き、ミツキは身構える。


「だが残念。この黒曜宮は我が(はら)の内も同然だ」


 魔王が左手を下ろすと、今度はミツキに向け、礫が一斉に放たれた。

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