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第四百四十三節 『火花』

 突き出していた腕を下げた魔王は、前方へ目を凝らす。

 掌から放射した黒い光は、黒曜宮の床を大きく(えぐ)り、フロアの壁を貫いた。

 おかげで粉々に砕けた王耀晶(ヴェリスティザイト)が粉塵となって舞い上がり、魔王の視界を塞いでいる。

 魔素の結晶体である王耀晶の破片が散乱しているため、魔力を感知することもできない。

 魔王は煙る視界の向こうへ語りかける。


「ミツキ……今のはキミの半身を消し飛ばしたのと同じ技だよ。圧縮した汚染魔素を放出しただけなので、技という程のものでもないがね」


 粉塵は少しずつ落下し、徐々に視界が晴れてくると、並んで立っていた巨大な柱が大きく抉れているのがわかった。


「それでも、威力はこの通りだ。鋼鉄の塊だろうと、今のを浴びれば紙のように消し飛ぶ。まして、肉と骨でできた人の身では、どんな魔法を(まと)っていようと耐えられるものではない」


 晴れつつある視界の向こう、破壊された壁から差し込む西日を背に、ゆっくりと立ち上がる人影がある。


「だというのに、何故キミは生きて……否、原形を留めている?」


 ミツキが数歩前へ出ると、その姿が露わとなる。

 全身が黒光りする甲殻に覆われ、関節部と目から青い光を放っている。


「なるほど、王耀晶の鎧か。それも、極めて密度が高い。攻撃を受ける寸前にそいつで体を覆って凌いだのか」


 それだけでは、おそらく空の彼方まで吹き飛ばされていただろうと、ミツキは考える。

 しかし、彼には魔素を知覚し操る能力がある。

 あれだけの魔素の奔流(ほんりゅう)をすべて操作することなどできないが、自分の周りにだけ流れの隙間を生み出すことは可能だった。


 初撃でかたをつけるつもりだった魔王は、己の攻撃をまともに食らいながら、さして効いているようにも見えないミツキを、どう突き崩そうかと観察する。

 己に感情のこもらぬ視線を向ける相手に、ミツキは反撃に出るのではなく、言葉を返す。


「おまえの言い分は訊いた……よくわかったよ、そっちのスタンスは」


 この期に及んで、なおも話を続けようとするミツキに、魔王は興味を示す。


「自分も言いたいことがある、そんな口ぶりだな」

「ああ……おまえの話を聞いてて思い出したんだ。ある異世界のことを」

「異世界……」


 当然、ミツキが召喚される前にいた世界だろうと魔王は察する。

 正確には違うのだが、わざわざ〝情報の祝福者〟の話を説明してやる必要もないと考え、ミツキはかまわず続ける。


「その世界には、この世界とは比較にならない程多くの人間が生きていた。文明もこの世界のそれより遥かに発展し、人間はおおいに栄えていた」

「ほう? ならばその世界の汚染魔素は、私以上に大きな存在となっていたのではないか?」

「いいや。オレの世界には魔素がない。だから当然、汚染魔素も存在しない」

「つまらん世界だな」

「ただし、似たようなものは存在している」


 一旦言葉を区切ると、小さく首を傾げる魔王に、ミツキは短く言い放つ。


「ゴミだよ」


 魔王は微かに目を細めるも、それ以上の反応は返さない。


「人間が多いと、世界を汚染するほどの膨大なゴミが出るんだ。水も空気も土壌も汚れ、多くの生き物は生きていかれなくなり、人間自身の生活まで脅かされていく。だから、その世界の人類にとって、ゴミをどうにかするのは喫緊(きっきん)の課題なんだ」


 遠くに目を向けていたミツキは、視線を魔王へ戻す。


「要するに、おまえは()()()()()()だ」

「私がただのゴミに過ぎないと?」

「そうだ。だから、人間を愛しているとかいうおまえの戯言(たわごと)も、どうだっていい。子が親を慕うのは当然だろう、とも言ってたよな。ゴミが己を廃棄した人間を親と慕う? 滑稽でしかないな」

「……私に挑発など意味がないぞ?」

「挑発じゃない。オレは、とっくにこの世界で生きていくと決めてる。なら、おまえというゴミを輩出した人間のひとりとして、この世界をこれ以上汚染させないために力を尽くすという決意表明だ」

「どうやって?」


 魔王は両腕を拡げ胸を反らし、ミツキを見下す。


汚染魔素(この私)は世界に(あまね)く存在している。それをどうやって片付けようというのだ?」

「当然、オレひとりですべての汚染魔素を浄化することなんてできない。だがな――」


 ミツキは魔王を指差す。


「大陸中の闇地を巡り大量の汚染魔素を吸収したおまえを消すことができれば、当面の間は人類に実害を及ぼさない程度にこの世界の(けが)れを(はら)えるはずだ。なにしろ人類がこの世界に発生してからおまえが生まれるまでに数千年、あるいは数万年もの歳月がかかっているはずだからな。なら次に汚染魔素によって災禍が引き起こされるまで、短くとも千年ぐらいは時を稼げるだろう。それだけの猶予があれば、この世界の人間が汚染魔素を浄化するシステムを創り出すこともできるとオレは信じている」


 かつて〝情報の祝福者〟は、どれだけ自分が手を貸そうとも、この世界の人間にその未来を実現する力はないと悟って絶望した。

 しかし今は、その〝情報の祝福者〟によって生み出された不確定要素、つまり異世界人の影響が状況を変えつつある。

 つまり、アキヒトが現代文明の知識をもたらし、それがバーンクライブで花ひらきつつあるように、あるいはミツキたちの知らぬ過去の異世界人によって王耀晶を精製する技術がティファニアにもたらされたように、この世界の人類は異世界人から与えられた知識や技術を吸収して急速に文明を発展させている。

 そして今、魔王の誕生と魔族の跳梁(ちょうりょう)を経て、人類は汚染魔素の脅威を強烈な実感を伴って認識した。

 この先、人々は二度と次の魔王を生み出さないよう、あらゆる手を尽くしていくはずだ。


「そのためにも、おまえにはここで消えてもらう」


 魔王は、広げていた腕を下ろし、その手を胸に当てて問いかける。


「……トリヴィアを助けるのではなかったのか? 私を殺せば彼女も死ぬぞ」

「トリヴィアはオレの知る誰よりタフだ。オレがちょっと攻撃したぐらいじゃ死なないさ。だからバチボコにシバいて弱らせた後、おまえを引きずり出して助けてやる」

「私を引きずり出す? どうやって?」

「それをおまえに教えてやるほどお人好しじゃねえよ」

「そうか……まあそもそも、キミに私を弱らせることなどできはしないよ」


 胸に当てていた手を魔王が頭上に(かざ)すと、玉座のまわりに飾られてた武器の数々が浮かび上がり、手を下ろすと同時に飛来して彼女の周囲の床に突き刺さる。

 その中の、手近な大剣を引き抜き、切っ先をミツキへ向ける。


「キミがトリヴィアに一度でも勝てたことがあったか? 幾度も稽古を重ねたが、まるで子ども扱いだっただろう」

「いつの話をしてるんだよ」


 ミツキは腰から巨大な剣の柄を引き抜き魔素を注ぐ。

 鍔元(つばもと)からガラス質の刃が精製され、光を放ちはじめる。

 その刃の性質に気付き、魔王は微かに顔を(しか)める。


「嫌な武器を持っているな」

「この対魔戦式耀晶刀(ヴェリスサージュ)は純粋魔素によって汚染魔素を浄化することを目的に開発された。魔族にもよく効いたが、汚染魔素そのものであるおまえには致死毒の刃となるだろうよ」

「愚かな。嫌な武器と言ったのは、刺されれば多少は痛いという程度の意味だ。汚れた海にバケツ一杯の純水を流したところで浄化などできんぞ」

「おまえの言葉なんて信用できないからな。試してみるさ」


 そう言ってミツキも、切っ先を魔王に向ける。

 一時睨み合った後、魔王はふっと笑う。


「キミが一瞬で吹き飛ばなかったのは、むしろ僥倖(ぎょうこう)だったな」

「あ?」


 眉根を寄せるミツキに、魔王は嗜虐的(しぎゃくてき)な表情を浮かべてみせる。


「近接戦で少しずつキミを壊してやろう。その身を引き裂き、潰し、断ち割る感触をこの手に刻む。そしてその記憶を、私の底で微睡(まどろ)んでいるトリヴィアに見せ続けてやろう。永遠に醒めない悪夢は、彼女の心を苛み続け、そこから生み出される負の感情は、私に更なる力を与えるはずだ」

「……戦う前から勝った時の算段か?」


 ミツキが身を低めると、次の瞬間、足元の床が砕け、その姿が消える。

 同時に、魔王の剣が火花を散らし、交えた刃を押し込みながら、ミツキは()えた。


「そのナメた態度がいつまで続くか見ものだなぁ!」

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