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第四百四十節 『看破』

 ミツキの返答を聞き。魔王は少しの間動きを止めると、笑顔を浮かべたまま、かくりと首を傾げる。


「……なにを言っているんだ? 私だよミツキ。トリヴィアだ。忘れてしまったのか?」


 ミツキは応じず、冷めた表情を浮かべている。


「そうか。半身を失った後遺症で、記憶が不確かなんだね」

「……奇跡的にも、脳に損傷はなかった。頭の方はしっかりしている」

「それじゃあ……やっぱり怒っているんだな? 体を吹き飛ばしてしまったことを。ほんとうにすまなかった。どう償いをすれば良いのか――」

「そんなことはどうだっていい」


 ミツキに荒い口調で言葉を遮られ、魔王は口を(つぐ)む。


「体のことは最初っから恨んじゃいない。トリヴィアが自分を制御できなくなっていたことはわかっていたからな。それに、あの時ぎりぎりで生き延びられたのは、他でもないトリヴィアのおかげだ」


 ミツキはトリヴィアの手から黒い閃光が放たれる直前、右手のあたりから発生した突風に(あお)られたことを思い出す。

 あれは以前、右手に()めていた王耀晶(ヴェリスティザイト)の指輪にトリヴィアが付与してくれた風の魔法だ。

 ブリュゴーリュ王に寄生した異世界生物や、アキヒトとの決着の時と同様に、ミツキの危機に反応して発動したのだ。

 もしあの風によって体勢を崩していなければ、半身どころか全身が消し飛んでいただろう。


「だから、恨むどころか感謝さえしている」

「……なら、いったいどういうつもりなんだい? 私とキミが初対面だなんて」

「そんなの、おまえがトリヴィアじゃないからに決まってんだろ」

「トリヴィアじゃない? この私が? わからないな。じゃあ私は、いったいどこの誰だというのかな?」

「さっき自分で言っただろう」


 一度言葉を区切り、なおも笑みを浮かべている魔王の顔を鋭く睨みつける。


「おまえは、人のたれ流してきた負の感情の(よど)み、この世界を蝕む(けが)れそのものだ」


 魔王は、ゆっくりと首を捻ると、左手で目と額を覆い、溜息を吐く。


「それは、ちょっと話を飛躍し過ぎじゃないか? というか、もはや荒唐無稽だよ」

「〝情報の祝福者〟という人間を知っているか?」


 ミツキの問い掛けに、魔王は手指の間から覗く瞳を上向け、考えるそぶりを見せる。


「…………いいや、聞いたことがないな。誰だいそれ」

「ものすごくかいつまんで説明すると、情報をつかさどる祝福魔法の使い手だ」

「……情報?」

「そいつは何千年も前に、人の負の感情による魔素の汚染と、それが未来に引き起こす災禍と人類の滅亡を予知していた。あらゆる情報を得ることができるからこそ、気付くことができたんだ」

「何千年? どうしてそんな昔の人間のことをキミが知っているんだ?」

「そいつは自分の〝人格〟という〝情報〟を、たくさんの人間の精神に上書きすることで、今に至るまで生き延びて来た。そしてずっと、穢れた魔素、俺たちは汚染魔素と呼んでいる、その浄化のために力を尽くしてきたんだ。オレたち異世界人も、そいつが各国の権力者を(そそのか)し、技術を提供したことで召喚された。それもすべて汚染魔素を浄化するという目論見を果たすための布石だったんだ」


 指の間から覗く魔王の目が、スッと細められる。


「……興味深いな」

「そいつから教えてもらったよ。闇地に踏み入った人間を影人間に変えていた黒い(もや)や白いノイズの正体こそが、汚染魔素だと。つまり、トリヴィアの中へ入り込んだ、おまえだ」


 魔王の口から、くすくすと笑いが漏れる。


「たしかに、私はその汚染魔素とやらに()りつかれ、キミと人類を攻撃した。でもそのことはさっき説明したよね? 今は自我を取り戻したともさ。こうしてキミと話をしている私が、トリヴィアじゃなく、その汚染魔素なのだと、どうして言いきれるんだい? というか、そもそもそんな得体の知れないものが、キミの友になりすまして会話をするなんて、あまりに非現実的じゃないか」

「いいや、少なくともおまえがトリヴィアでないことは間違いない」

「言いきるじゃないか。そう確信する根拠は?」

「あいつは……トリヴィアは、フィオーレを焼かれた頃から、いや、たぶんそのずっと前から、オレ以上のストレスに(さら)され、精神的に不安定になっていた。そして、この世界の人間に対する不信を心の底に募らせていたんだと思う。だから、もしかしたらトリヴィアは、そういった負の感情を汚染魔素によって増幅させられた結果、魔王となって人間を攻撃したという可能性もあると、オレは考えていた。でも、おまえと相対して、考えを聞いて、そうじゃないとわかった。まず、おまえはオレの半身を吹き飛ばしたことについて、後悔の念と謝罪を口にした。でも、トリヴィアならそんな理性的な反応はしないはずなんだよ。あいつだったら、オレを前にしてひどく取り乱し、下手をすれば自分を同じ目に遭わせるような自罰的な行動に出たかもしれない。そのぐらいあいつは感情的で、大切な人間が自分のせいで傷ついたりすれば、己自身を許せないはずなんだ」


 だからこそ、フィオーレの爆撃で、自分が世話を焼いていた子どもたちが死んだ後、トリヴィアは逆上して力を暴発させ、爆撃機の迎撃に際しては、体が半ば以上炭化するような無茶な戦い方をしたのだ。


「それと、人間に敵意を抱いてただ殺戮(さつりく)するだけなら、億にひとつぐらいの可能性で、あいつはやったかもしれない。だが、おまえは魔族を利用して人間を間引きし、管理統制するとかほざいていたよな。どんな知識を得ようと、あいつはそんなことは考えないし、仮に思いついたとしても、おまえみたいに冷静に語ることなんてできないはずだ。もしそんな考えに至って、それをオレに打ち明け協力を頼んだりしたなら、罪悪感と自己嫌悪でまともに話すこともできなかっただろうよ。それぐらい、あいつは人間以上に人間的な奴なんだ。でも、おまえの方は、笑顔も苦悩も真剣さも、お手本みたいな演技だったよな。そのうえ、オレを味方に引き入れるため、虚実交(きょじつまじ)えて騙そうとした。そんな詐欺師みたいな真似、あいつにできるわけがない」


 そこまで一気にしゃべると、ミツキは相手の様子を窺う。

 目の前の魔王は、笑顔のまま表情筋ひとつ動かさず、指の間からミツキに白銀の瞳を向けていたが、話が途切れると、手で押さえたままの顔を(うつむ)けた。


「へーぇ……本人が考えているより、ずっと信頼されていたんだなぁ、彼女は。私の知るキミたちの関係は、彼女の主観でしか知りようがなかったからね。知識と模倣だけで誰かになり代わることは難しいんだなぁ。勉強になったよ」


 首を上向け、髪をかき上げた魔王の顔からは、表情が抜け落ちていた。


「御名答。キミの考えている通りさ。私こそがこの世界の穢れそのものだ。よく見抜いたね」


 あっさりと認めた魔王に、ミツキは疑念をぶつける。


「闇地で最初に遭遇した時、レミリスの昔の仲間に憑りついていたおまえは、ただ本能的に人間を汚染するばかりに見えた。それが、今はどうして人格を得たようにふるまっている?」

「トリヴィアのおかげさ」

「なんだと?」

「それまで私が憑いてきた人間たちは、あまりに存在がちっぽけで、私という膨大な情報を受け入れたところで、その中に精神が埋没してしまった。だから、彼らから得られるものなどなかった。しかし、異世界人であるトリヴィアは極めて強固な自我を持っている。私を受け入れても、彼女はなおしっかりと精神を保っていた。故に、私は彼女の人格を模倣することで、はじめて己の自我を獲得できたのだ」

「それで口調まで忠実に真似られたってわけか」

「口調だけではない。私とトリヴィアはあらゆる情報、つまり知識と経験を共有している。キミとの記憶も含めてな」


 魔族を生み出し世界を滅ぼそうとしている悪意の塊が、トリヴィアの中に入り込み、彼女に成りすましているという事実に、ミツキは強烈な不快感を覚える。

 ただ一方で、今の会話からトリヴィアの精神が健在だということがわかり、安堵もしていた。


「トリヴィアと話したい」

「不可能だ。彼女の自我は、精神世界の深いところに封じている。いくら強靭な心を持っていたところで、たったひとりの人間が私に抗うことなどできはしない。何せ私は有史以前からたれ流されてきた人間の悪意が形を成したものだからね。それでも、乗り移った直後、数秒とはいえ抵抗してみせたのだから、彼女の精神力には驚かされる。しかし、自分がキミを殺したと気付いた瞬間、彼女は抵抗する気力を失った」

「なんだと?」

「おかげで今では、私が完全にこの肉体の主導権を握っている。キミの声も私の奥底に沈んでいる彼女には、届きはしないよ」


 自分の死が、彼女の心を決定的に弱らせたと知り、ミツキは軋るほどに歯を食い締めた。

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