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第四百三十八節 『理由』

「よお、うまくいったようだな」


 王耀晶(ヴェリスティザイト)に閉じ込められたサクヤを見つめていたミツキは、背後から声を掛けられ振り返る。


「……オメガ。おまえこそ――」


 その姿を見て、ミツキは一瞬言葉を止める。


「……けっこう手こずったみたいだな」


 オメガは血に染まり、切創(せっそう)咬傷(こうしょう)擦過傷(さっかしょう)等々、全身にあらゆる種類の傷を負っている。


「へっ、あんな猿共に手こずるかよ……と言いてえところだが、武装して魔法まで使うまあまあタフな魔族を、一度に数千頭も相手にすんのは、さすがにこたえたぜ」

殲滅(せんめつ)したのか?」

「ああよ」

猿猴将(マジルゼラール)も仕留めた?」


 オメガは手に持っていた石を床へ放る。


「それは?」

「あのボスザルの核石だ」


 そう言って、石を踏み付ける。

 足裏から炎が噴き出し、熱に(さら)された猿猴将の核石は、程なく踏み砕かれた。


「よかったのか?」

「あ?」

「いや、一応〝近衛〟の筆頭だろ? 食えば力を得られたんじゃないかと」

「ああ、べつにかまやしねえ。こいつは人間の脳みそ喰らってそいつらの能力を得ていたんだと。そんな奴の核石なんざ気色悪くて食えっかよ」


 足を上げると、オメガは核石の燃えカスを蹴り散らす。


「それに、オレが魔族相手に戦うのは、たぶんこいつで最後だ。だったらこれ以上無理して強くなる意味もねえだろ?」

「そうか」


 オメガはミツキの隣に並ぶとサクヤをしげしげと見る。


「なんだ、殺したのか?」

「生きてるよ。なに言ってんだ」

「だってよ、息もしてねえみてえだから死んでんのかと思ったぜ」


 あらためてサクヤの顔を確認し、オメガの口から笑いが漏れる。


「かか! こいつのこんな必死なツラぁはじめて見たぜ! よっぽど焦ってたみてえじゃねえか!」

「そんなに笑ってやるなよ」


 渋面を作るミツキを窺い、オメガは目を細める。


「なに言ってやがる。オレぁな、一度でいいからこいつの高慢ちきなツラが歪むのを見てみたかったんだ。いっつも人のこと見下しやがってよ。ザマあねえぜ……つぅかよ、テメエこそ嘲笑(あざわら)ってやるべきだろうが。散っ々おもちゃにされてきたのを忘れたわけじゃねえよな?」

「まあ、それはそうなんだけどさ」


 己がストレスを受けるような状況を、彼女が故意に創り出してきたことを、ミツキは気付いていた。

 もしかしたら、そのために戦が無駄に長引き、敵味方に無駄な犠牲が出たことさえあるかもしれない。


「でも、こいつなりに必要なことだと考えて、そう立ち回ってきたんだと思う。実際、こいつがいなきゃオレは生きていない。だからべつに、恨んだりはしてないよ」

「はっ! お人好しが」


 呆れたように鼻の先で笑ってから、オメガは遠くに目を向ける。


「しかしまあ、よくここまでこぎ着けたもんだぜ。随分と時間は掛かっちまったが」

「そうだな」


 ふたりは、半身を失ったミツキが王耀晶の義体を得て間もなく、ティファニア軍から抜けようとしたオメガを引き留めるため、決闘した時のことを思い出す。




「テメエはオレに……トリヴィアを殺す手伝いをしろ、ってのか?」


 打ち負かされたオメガは、かつての朋輩(ほうばい)を討つための戦いを強いようとするミツキに、そう不満を漏らした。

 その直後、オメガの目を(あざむ)くために打ち上げた王耀晶のデコイが地面に落下した。

 戦いを見守っていたサクヤは、巻き添えを食わぬよう白生の障壁を展開し、両者の間は隔たれていた。

 その壁は、ほとんどすべての魔力を遮断するほどに強靭なものだとミツキは見抜いていた。

 つまり、サクヤ自身が外法(げほう)を用いてふたりの会話を盗み聞くのも妨げるはずだった。

 さらに、ミツキはサクヤに背を向けていたので、唇を読まれる心配もなかった。

 そのうえで、墜落したダミーは、派手な音を立て王耀晶の破片を飛び散らせ、砂埃を捲き上げた。

 サクヤの意識も一瞬そちらへ向いた可能性が高い。


 あの時、既にサクヤを出し抜くことを決めていたミツキは、そんなこのうえないタイミングで、オメガに己の真意を伝えた。


「いや、あいつを助ける。手を貸してくれ」


 人の耳には聴き取れぬほどの小声で、一瞬の間に伝えられたその言葉から、オメガはミツキの意図を察した。

 以降オメガは、それまで通りバーンクライブ闇地外縁部の防衛に従事し、誰にも聞かれずにミツキと話せる機会を待った。

 やがてハリストン軍に参加したオメガは、悪龍猖獗(ニーヴルーン)を討ち果たした後、ミラやヴァニをはじめとした軍の主戦力が抜けた穴を埋めるという名目で、しばらくカンドルに滞在し、不凍體(ゼラスミリア)との死闘を制するも意識不明で運び込まれたミツキが目覚めた後、ようやく腹を割って話すことができたのだった。

 その時サクヤは、ティファニアで魔王軍の相手をしていた。

 そして、不凍體の気候操作で極寒の地となっていたハリストン北部に、彼女の耳目となる蟲の眷族(けんぞく)が送られて来ている可能性は低いと考えられた。

 ドラッジへ戻る直前、人も魔族もいない一面銀世界の雪原で、ミツキはオメガに考えを語った。


「サクヤは、きっとトリヴィアとの決着に加わることを望むはずだ。ただでさえトリヴィアの体は、あいつにとって魅力的な素材だろう。そのうえ、魔王なんてものになっていたんだ。必ず調べたがるはずだ」

「トリヴィアの体を、形を保ったまま手に入れるには、奴を負かす現場にいるのが確実ってわけか」

「ああ。今、王都の近郊で魔王軍と対峙しているサクヤは、その日に備えて魔王に対抗できるだけの戦力も揃えるだろう。きっと頼りになるはずだ。魔王のところへたどり着くまでは、力を貸してもらう。ただし、トリヴィアを助けるためには、あいつとの決着にサクヤを参加させるわけにはいかない」

「テメエの好奇心を満たすためなら、たとえ助けられるとしても、サクヤはトリヴィアを殺すなり蟲に寄生させるなりして、自分のものにするって考えてんだな?」

「……確証はない。でも、確証がないなら、最悪を想定して動くしかない」

「わかった。で、オレはどうすりゃいい?」

「オレは、魔王との戦いの直前で、隙を突いてサクヤを拘束する。おまえには、オレたちがふたりだけになるようサポートしてもらいたい。そのうえで、目論見が成功した後は、サクヤを連れて離脱してくれ」

「……トリヴィアのことは、ひとりでどうにかするつもりか」

「ああ。おまえには悪いが、あいつのことは任せてくれ」

「べつに悪かねえ。わかった。そこまでは手伝ってやらぁ」




 サクヤの封じられた王耀晶をぺちぺちと叩きながら、オメガは感心する。


「にしても、よくおめえがこいつを出し抜けたもんだぜ。魔族との戦いを始めたばっかの頃は、おめえもこいつも目の前のことで手いっぱいだったから、腹の底を探り合うような余裕もなかっただろうがよ。だが幻獣をすべて(たお)してドラッジへ戻った時、再会したこいつをこれから()めるって考えてること、よく気取られなかったと思うぜ」

「オレが四番目に討伐した幻獣、蜃楼妓(クーンピウロム)は、人を惑わし操るためのあらゆる手管を持っていた。ニースシンクじゃ人間を洗脳し、人と魔族の混成軍を率いてたほどだ」

「な、なんだそりゃ。サクヤみてえな奴だな」


 オメガは一瞬考え込む。


「……もしかして、そいつの能力でサクヤの精神を操作したのか?」

「いや、こいつは狡猾(こうかつ)なうえに勘も鋭い。あからさまに惑わそうとすれば気取(けど)られていただろう。だから、オレがやったのは、微妙な印象操作だけだ」


 ドラッジを発つ前日、サクヤと城壁の上で話した際、己を誰にも殺させないと伝えた彼女の目に、自分の顔は信頼の表情を浮かべているよう映ったはずだ、とミツキは思い出す。

 しかしあの時、実際には、魔王を討伐すると言った彼女に、失望を覚えていたのだ。


「……なあオメガ、オレはな、本当はぎりぎりまでサクヤに打ち明けるか迷っていたんだ」

「打ち明ける? トリヴィアを救うつもりだってことをか?」

「ああ。協力してくれるなら、それに越したことはないからな」


 ミツキは小さく溜息を吐くと、サクヤに複雑な感情をこめた視線を向ける。


「でも、こいつは〝魔王〟を()()と言いきった……ならもう、説得の余地なんてないだろ。だからオレは……」

「……そうかよ」


 しばらくの間ふたりは、結晶の中に封じられた魔女を見つめ続けた。

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― 新着の感想 ―
やはり正ヒロインはおいぬさまでしたか
[良い点] やっぱ正ヒロインはオメガきゅん!
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