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第四百三十五節 『異世界人たち』

 サクヤのけしかけた合成生物の群れは、一瞬で緑の炎に包まれると、熱に悶えながら焼け焦げ、炭化した部分から崩れ落ちていく。


「ほう! 守護のまじないを打ち消したぞ! どうやら普通の炎ではないな。なんらかの呪術的な性質を備えているようだ。興味深い」


 声を弾ませるサクヤを、ミツキは呆れ顔で見下ろす。


「おもしろがってる場合かよ。おまえのとっておき、瞬殺されちまったぞ」


 他の二体にしても、(けしか)けられた狗賓(ぐひん)に余裕で対処している。

 甲殻に(よろ)われた左の異世界人は、伸ばされた触手を手首から生えた刃で次々と斬り飛ばしている。

 右側の四つ足の獣は、周囲にプラズマを発生させ襲い来る敵を消し炭に変えている。

 しかし、サクヤはまったく動じた様子もない。


「問題ない。狗賓ならいくらでも替えが利く」


 そう言う間にも、足元の影からは絶え間なく異形が這い出て来る。

 狗賓の群れは、為す術もなく(たお)されながら、味方の(むくろ)を盾にして徐々に異世界人を包囲していく。

 質より量で圧殺するつもりか。

 ミツキがそう思う間に、もっとも手駒を費やして攻められていた白肌の異世界人は、(おぞ)ましい化け物どもに(たか)られ、姿が見えなくなる。


「……まず一体か。存外呆気ない――」


 サクヤの言葉の途中で、団子状になった狗賓が弾け飛び、巨大な火柱が上がる。

 炎の中心には、白肌の異世界人が無傷で浮かんでいた。


「……まったくダメージなさそうだな」

「案ずるな。奴の魔力を見ればこの程度の攻撃で斃せんのは承知している。ただ――」


 白肌の異世界人は炎の中でふたりの方へ掌を差し向ける。


「さすがにあの炎を食らうのはまずいか」


 影が大きく広がり、先程の異形どもより巨大な個体が次々と浮き上がって異世界人との間を遮る。

 直後、異形の向こう側で炎が弾け、ミツキたち方まで熱波が押し寄せて来る。

 飛散した炎がフロアを包み、サクヤは熱に(あぶ)られ顔を(しか)める。


「ちっ」

「サクヤ、もう一度訊くが、本当に手を貸さないでいいんだな?」

「くどいぞ。そもそも私はまだ切り札を出してすらいない。黙って見ていろ」

「そうかよ。じゃあ――」


 ふたりの左手から、斬り飛ばした血肉を跳ね上げ、甲殻の異世界人が姿を見せる。


「まずそいつをどうにかしてみせろ」


 中央の敵に気を取られすぎたなとミツキは思う。

 すかさず、影から這い出た狗賓が迎撃に向かうが、一瞬でなますにされ、断ち割った体を押し退けるようにして敵はサクヤへ迫る。

 異世界人は駆けながら大きく振りかぶると、手首から伸びた刃をサクヤの首元目掛けて振り下ろす。

 動脈を断ち、首から脇の下までを斜めに両断するはずだったその斬撃は、サクヤの足元の影から突き出された巨大な戦斧によって受け止められる。


「お? 武器持ちの手駒か?」


 ミツキが目を見張るのと同時に、サクヤの倍以上の背丈の人影がとび出し、斧を振り切り甲殻の異世界人を跳ね退ける。

 全身に継ぎを当てたような痛々しい姿に、ミツキは一瞬眉を(ひそ)める。

 生体か死体かはわからないが、いずれにしろ余程酷く損壊した素体をベースに作られた手駒らしいと察せられた。

 その頭部を見た瞬間、ミツキはおもわず息を詰まらせる。


「こ、こいつは――」


 頭髪は生えておらず、凹凸の少ないのっぺりとした顔に、大きく裂けた口に鋭い歯が並び、鼻には三角形の穴だけが空き、昆虫の複眼じみた目が等間隔に並んでいる。

 身震いするほど醜悪な容貌だ。

 ただし、ミツキの動揺は醜さに対する嫌悪感によるものではない。

 頬のあたりに、召喚された異世界人の体に例外なく刻印されている数字と記号が確認できた。

 さらに、眼球のひとつを刀創が塞いでいる。

 その顔も、刻印も傷も、ミツキには見覚えがあった。

 目にしたのはほんの短い時間だったが、今も脳裏に強く焼き付いている。


「こいつ……ブシュロネアの鎧の巨人か!」


 初めて遭遇した、ティファニア以外の国の異世界人だ。

 当時、異世界人の召還はティファニアだけで行われていると思っていたミツキにとって、命懸けで斃した敵の兜の下に、自分の顔のものとよく似た刻印が施されているのに気付いた瞬間の衝撃は、忘れられるものではなかった。


「たしか、遺体は軍に回収されたとだけ聞いていたが……」


 あらためて考えてみると、トリヴィアに瀕死の重傷を負わせるほどの力を持った素材を、サクヤが放っておくはずなどない。

 それにサクヤは、当時既にティファニア軍内に自分の手駒を作っていた。

 遺体を手に入れるのは、決して不可能ではなかったと、ミツキは今更ながら納得させられる。


 あらためて目の前の巨体を観察すると、〝飛粒(ひりゅう)〟で削った体は、魔獣の素材で補修されているようだ。

 かつての鎧の巨人は、パッチワークのようになった体を屈めると、爆発的な勢いで突進し、甲殻の異世界人に斧を振り下ろす。

 相手が手首の刃で受け止めると、火花を散らして凄まじい剣戟(けんげき)が始まる。

 その迫力に僅かな間見惚れていると、背後に強烈な魔力を感じとり、ミツキは弾かれたようにふり向く。

 すると、甲殻の異世界人と同じように、右側から回り込んできた四つ足の異世界生物が、周囲に青紫色のプラズマ光を生み出しながら駆け寄って来るのが見えた。

 先程と異なるのは、敵が現れたのがミツキの立ち位置に近い方向だということだ。

 手出し無用とは言われたが、さすがに自衛のためには戦わねばならない。

 そう考えて腰に差した対魔戦式耀晶刀(ヴェリスサージュ)の柄に手を伸ばしたミツキの横を、冷たい風が吹き抜け、次の瞬間、プラズマを生み出す獣が吹っ飛ばされて転がった。


「速い」


 獣の横面に跳び蹴りを浴びせたその人影は、空中で身を(ひね)ると、音もたてずに着地した。

 その頭部が、兎とよく似た見た目であるのに気付き、ミツキはブリュゴーリュとの戦でオメガとぶつかったという異世界人の情報を思い出す。

 凄まじい速さで動くうえ、オメガの〝炎叫〟でさえ融かせぬ氷を創り出すほどの冷気の使い手だったと報告を受けていた。

 結果、オメガを負かすも、アリアとレミリスによって討たれたという。

 よく見れば、目の前の兎男はタキシードのような黒服を着用しており、それも報告通りだ。

 服はぼろぼろで所々破れ、特に上着は斜めに裂けているのを雑に縫い留めてある。

 レミリスの光の剣で両断された体と服を、サクヤが補修したのだろう。


 離れたところに転がった獣が身を起こすと、蹴り飛ばされた顔の右半分が白く変色しており、どうやら凍り付いているらしいと察せられた。

 獣が咆哮をあげると、周囲に稲妻が走る。

 対する兎男は跳躍(ちょうやく)すると、創り出した氷を蹴り、空中を跳ね回って敵を攪乱(かくらん)する。


「おまえ……ブシュロネアだけでなく、ブリュゴーリュの異世界人の遺体まで回収していたのか」

「ああ。といっても、()()()回収できたのはそいつら二体だけだ。おまえが相手をした蟲騎士とやらはサルヴァの魔法で中身が使い物にならなかったし、トリヴィアが対処したという小娘も、奴が消し飛ばしてしまったらしいからな」

「おまえの言ってた切り札ってのは、こいつらのことか?」

「いいや違うな」


 サクヤが正面に(そび)える狗賓の壁を顎で示す。


「あれ?」


 ミツキはいつの間にか白肌の異世界人の炎が収まっているのに気付く。


「どうして、攻撃が止んでるんだ?」


 既に焼かれて炭化していた狗賓が崩れ落ち、周囲に灰が舞い上がる。

 ミツキは、以前、王耀晶(ヴェリスティザイト)の指輪から得たトリヴィアの風魔法で灰を吹き飛ばす。

 すると、白肌の異世界人は先程と同じ位置に体を浮かせていた。

 ただし、その胸を破って腕が突き出ており、手には心臓が握られている。


「い、いつの間に、斃されて!?」


 異世界人の心臓が握り潰され、粉々に飛び散る。

 その腕が引き抜かれると、白肌の異世界人は支えを失って床に転がり、背後から心臓を貫いた者の姿がミツキの目に(さら)される。


「……あいつ、たしか白生(びゃくせい)とかいったか」


 ()()サクヤの最強の(しもべ)、異世界人の屍兵(かばねへい)、白生が腕をひと振りすると、白い灰塗れの床に鮮血の線が描かれた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ウサギ頭にタキシードって言われるとどうしてもローゼンメイデンを思い出しますね
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