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第四百二十九節 『実験魔法と封印魔法』

 〝血獣(ラヴィ・ヅィーヴェ)〟の団員が、頭を抱えて声を荒げる。


「ファン、あのなぁ……この非常時のどさくさで、テメエの性癖にオレらを付き合わせようとするんじゃねえ! マゾ女が!」

「そうだぜ、生きるか死ぬかって時によ。そういうプレイは無事に生きて帰ってからオレらの目の届かねえところでやってくれや」

「は、はあ!? そそ、そんなんじゃねえですよ!」


 ファンは動揺しながら耀晶典籍(ヴェリスルテラン)を素早く捲り、開いた頁を仲間たちに見せる。


「ほらこの魔法! こいつを使うためなんですよ!」


 しかし、団員たちは戸惑った様子で互いを窺う。


「いや、おまえ以外に魔導書を解読できる奴なんてここにはいねえんだぞ?」

「オレなんて字も読めねえし」

「私も」


 ファンはグレージュの髪をがりがりと掻き(むし)って舌打ちする。


「ちっ! これだから無教養な傭兵はよぉ! いいですか!? こいつは自分の体内魔素を他者の体へ流し込む魔法です!」

「あん? なんだそりゃ。なんのためにそんなことをするってんだ?」

「そりゃ魔素の移譲のためですよ。戦場とかで魔素切れを起こした仲間に、自分の魔素を分け与えれば、そいつの継戦能力を延長できるし、魔素欠乏を起こしている奴を助けることもできるってわけです」

「へえ。なかなか便利そうな魔法じゃねえか」

「いや待てよ。そんな魔法聞いたことねえぞ」

「たしかにな。普及しててもよさそうだけど」


 〝血獣〟の団員で魔法を使えるのはファンだけだが、、皆戦場暮らしが長いだけに、どんな魔法が使われているのかという知識は人並み以上に持っている。


「そりゃ普及なんざするわきゃねえですよ。だって未完成の実験魔法ですから」


 ファンの父の遺品で耀晶典籍に転写された稀覯本(きこうぼん)のひとつ『魔智の鍵』は、理論上は可能とされているも再現ができていなかったり、過去に魔導学会に発表されながら欠陥を指摘されたりといった、様々な理由から消え去った魔法ばかりを蒐集(しゅうしゅう)した魔導書だ。

 ファンが目をつけたのはその中のひとつで、彼女が述べた通り他者に魔素を移すことを目的に考案された魔法だったが、制御が極めて困難で、使い手自身が魔素をすべて流し尽くした挙げ句、急性の魔素欠乏症で絶命したり、魔素を流し込まれた相手の体内にある魔力の流れを損傷し、魔導師として再起不能にしてしまうといった、非常に危険な失敗のリスクを解決できず、結局考案者自身が完成を断念したという経緯があった。


「ちょっと待て。そんな欠陥魔法をいったいどう使おうっていうんだ?」


 説明を聞いた団員から疑問を呈され、ファンはニイと笑う。


「人の体内魔素ってのは、ほとんどが純粋魔素なんですよ。魔法に使われることではじめて、魔素はなんらかの性質を得るわけです。だから、この魔法で魔族の体に人間の体内魔素を流し込めば、純粋魔素が毒となる奴らに致命的なダメージを与えられるわけです」

「なるほど。元々相手を害する意図があるなら、対象の体の内の魔力の流れを害したとしても、むしろ好都合だしな」


 と言いつつ、団員たちの表情は落胆に沈んでいる。


「でもそんなの、量産型(ヴェリスヴェ)耀晶器(イプ・ロア)・乙型の還元とどこが違うんだ?」

「そうだぜ。むしろ王耀晶(ヴェリスティザイト)を使った方が、おまえの体内魔素を流し込むより威力高いんじゃねえのか?」


 すでに量産型耀晶器・乙型で大樹を(たお)そうと試みていたため、その下位互換のような魔法でどうにかできるなどとは思えず、ファンを除く誰もが、せっかく芽生えかけた希望が急速に萎んでいくのを自覚する。


「だから! 量産型耀晶器・乙型で私をぶっ刺せっつってんですよ!」


 なかなか意図が伝わらないことをもどかしく思い、おもわず声を荒げるファンを、彼女の仲間達はもはや面倒くさそうに諫める。


「落ち着けよ。今おまえが説明した魔法と、武器でおまえを刺すことにはなんの関係もねえだろ? おまえこのピンチにパニクって、自分の性癖と作戦をごっちゃにしちまってるんだって」

「違えっつってんだろ、こんボケが!」


 (すね)を蹴られた団員は、悶絶して倒れる。


「おいなにやってんだよ!」

「いいから聞けです! 量産型耀晶器・乙型を魔素の供給元にして、私の体を媒体に、その魔法で大樹に大量の純粋魔素を流し込むんですよ!」

「ん? えっと……」

「つまり、どういうことだ?」

「ああもう、わっかんねえかなぁ! 量産型耀晶器・乙型で直接純粋魔素を流し込んだところで、千遍万華(サウズフラブレム)の体がクソでかすぎて効果がねえ! だったらここにいる全員分の耀晶器から還元された魔素を私の体に一旦溜めてから一気に流しこみゃあ、魔素量が大幅に増加して効果があるかもしらねえだろ!」

「そのための、さっきの魔法か。だが……」

「ああ。そんなのおまえの体が耐えられんのか?」

「いやそもそも、全員分の耀晶器の刃を体に刺したら、その時点で普通に死ぬだろ」

「それについても考えてあるです」


 ファンはふたたび耀晶典籍の頁を捲って皆に見せる。


「いや、だからわからねえって」

「こいつは魔導協会から指定されている封印魔法です」

「え? な、なんかヤベえやつか?」


 封印魔法とは、禁止魔法よりさらに厳しく使用を戒められた魔法であり、その情報は魔導協会によって厳重に秘匿されている。

 許可なく使用したことが露見すれば、魔導協会から派遣された執行官によって厳罰が与えられるのだという。

 それだけに、団員たちは皆身構える。


「この魔法をかけられた生き物は、効果が切れるまでの間、ほとんど不死身になるです。たとえば、斬り刻まれようが窒息させられようが生き続けます。原理は単純で、魔法が血液の効能を肩代わりすんですよ。だから、細切れにされたり体の芯まで炭化したりすればさすがに死ぬみてえですけど」

「な、なんでそんな魔法が封印されてるんだ?」

「ああ。べつに危険じゃなさそうだよな。むしろ怪我人の延命とかに使えるだろうし、平和利用できそうじゃねえか」

「昔、この魔法を兵士たちに使って戦場へ投入した国があったんですよ」


 その光景を想像して、皆生唾を飲む。

 致命傷を負いながらも死ねない兵士と、そんな敵と戦わなければならない相手国、どちらの勢力にとっても地獄だろう。


「テメエらが想像した通り、軍事利用すれば目も当てらんねえほど凄惨な状況を生み出すってんで、人道的理由から封印されたわけです。今となっちゃあ魔導協会なんざ機能してねえでしょうが、ここで使ったことは他言無用で頼みますよ」

「お、おう」

「つまり、おまえはその魔法で半分不死身みたいな状態となって乙型を全身に受け、そこから還元された純粋魔素を最初に言った魔法で大樹に流し込むってわけか」

「いやでも、それでこのバカでけえ樹をどうにかできるのか? いくら流し込む純粋魔素が増えたっつっても、この樹からしたらオレたちなんて虫みたいなもんだろ」

「ああ。大きさが違い過ぎる」


 弱気な仲間たちに(まゆ)(ひそ)めつつファンは反論する。


「毒虫だって一刺し二刺しで人間を殺すことはあるでしょう」

「そりゃそうだが」

「いや虫ってのは例えであってだな――」

「それに、教養のねえテメエらは知らねえかもですが、王耀晶ってのは実はとんでもねえ量の魔素でできてるんですよ。欠片程度の王耀晶でさえ一級魔法を何発撃っても消えねえぐれえの魔素量があり、あの空中要塞だって元は小さな王耀晶をかき集めて動力にしていたぐれえなんです。耀晶器に使われている大きさの王耀晶なら、こんな樹ぐれえ消し飛ばしたって余りある量の魔素は確実にあるはずなんです。あとは、それを人間が使いこなせるかどうかって問題なんですよ」

「だから、それができねえんじゃねえかって話だろ」

「失敗する可能性が高くても試すべきってのはわかる。でもよ、この作戦は失敗しようがしまいが、おまえは全身串刺しなんだぜ?」


 ファンは溜息を吐くと、仲間たちに背を向け、大樹の窪みに歩み寄る。


「私は、(かしら)からこいつをどうにかしろって命令されました。そして、私にとっちゃあ頭だけが絶対なんです。だったら死んでもどうにかするしかねえでしょう」


 〝血獣〟の団員たちが何も言えずにいると、黙って経緯を見守っていたフレデリカが前へ出て、団員たちの方へ手を差し出す。


「よお、テメエらの持ってる乙型、全部オレに寄越せ」


 唐突な発言に戸惑い、団員のひとりが訊ねる。


「なにをする気だ?」

「はっ! 決まってんだろ」


 フレデリカは片方の眉を大きく釣り上げ、威嚇するような笑みを作りながら言う。


「オレがひとりでこいつの体に刺してやんだよ」

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