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第四百二十六節 『純情』

 突如上空に現れた飛行物体に気を取られたのは、レミリスとテトだけではなかった。


「「「なんだ、あれは?」」」


 金泥(エルドルブロ)の人型も、一斉に空を見上げて困惑する。

 凄まじい速度で飛び去った物体は、魔王の記憶から、人間の魔導兵器であるとわかった。

 そしてそこから謎の光が放たれ、滑空しながら徐々に近付いて来る。

 人間の魔導兵器に乗っていたということは、まず敵と考えて間違いあるまい。


「「「襲撃者共の増援か」」」


 だとしたら(あなど)られたものだと金泥は考える。

 どうやって飛んでいるのかは不明だが、相手は単騎だ。

 たったひとりで己を(たお)せるなどと思っているのであれば、今まさに追い詰めている女たちよりも、さらに無謀で愚かだ。

 近付いて来る相手に侮蔑と敵意を抱く金泥だったが、高度が下がり光の正体がはっきりと確認できるようになると、印象は急速に変化した。

 空を飛翔してやって来たのは、少女と言ってもいい年頃の女だった。

 王耀晶(ヴェリスティザイト)を豊富に用いて拵えられている装備に身を包み、背中に光輪と六枚の光の(はね)を浮かべたその姿は、勇ましさと神聖さを兼ねそなえている。

 しかも、装いに反して銀髪をたなびかせた少女の顔はあどけなく、戦場にあって恐怖も敵意も感じさせない。

 その容貌に見入った金泥の人型のひとつが、我知らず呟く。


「………………尊い」


 これほど無垢でありながら強烈な存在感を放つ存在を己は知らぬ。

 魔族の己が、人である女に対し、崇敬の念すら抱くとは信じられないことだった。

 そして不意に、天啓を得る。

 嗚呼(ああ)、己は、今日この少女を(けが)し、腐らせるために生まれてきたのだ。

 金泥の人型は次々と胸の前で手を組み、口元に恍惚とした笑みを浮かべる。

 そして、涙腺どころか目もないはずが、眼窩(がんか)のあたりが裂け金色に輝く随喜(ずいき)の涙を流した。



 上空から舞い降りた少女を、レミリスとテトは呆然とした顔で迎える。


「……キミは」

「ティファニアのレミリス将軍閣下とお見受けいたします。ミツキ殿の求めに応じ加勢にまいりました、ハリストンのミラ・シンです。ご無沙汰しております」

「ミ、ラ?」


 無沙汰している、ということは以前に会っているはずだが、レミリスはなかなか彼女を思い出すことができない。


「あの……ヴィエン・シンの妹です」

「あ! ゆ、勇者殿の妹御か!」


 たしかに、一度ドラッジで顔を合わせていたとレミリスは思い出す。

 ただし、記憶の中の勇者の妹と、目の前の少女の印象が、まるで一致しない。

 あの時、兄の車椅子を押していた彼女は、おどおどとしてひどく頼りなかった。

 それが、しばらく会わぬ間に、別人のような貫禄(かんろく)を身に着けている。

 ハリストンでの活躍は聞いていたが、こうして対面してみて、激戦が彼女を叩き上げたのだとよくわかった。


「ん? ミツキの求めに応じたと言われたか?」

「はい。直接要請を受けたのはマキアスのアニエル殿ですが」


 そんな話はまったく聞いていなかった。

 己に報告しなかったということは、ミツキは実際に加勢を得られるとは期待していなかったのかもしれないとレミリスは憶測する。


「ありがたいが、援軍はあなたひとりか?」

「いいえ。ただし戦闘要員は四名だけです。私とアニエル殿の他に、ニースシンクのクリッサ殿と、ジョージェンスのフュージ殿です」


 少数精鋭だ。

 ということは、おそらく〝近衛〟との戦いを見据え、ミツキがアニエルに加勢を求めたのだろうとレミリスは察した。

 そう考えれば、ディエビア連邦が保有している航空機でやって来た理由にも説明がつく。


「それより、この周囲を満たしている不定形の魔族が斃すべき標的ですね? 微力ですが、私も戦いに参加させていただきます」


 彼女が強力な光魔法を駆使して魔王軍と戦ったということは、ミツキとオメガ、それにハリストン軍に紛れ込ませた諜報からの報告によってレミリスは知っていた。

 どうやら、勇者との取り引き材料として、マリに用意させた特注の耀晶器(ヴェリスヴェイプ)が、彼女の潜在能力を引き出したらしい。

 勇者の魔法がどれほど規格外かは、王都を覆っていた魔王の障壁を破壊したことが証明している。

 おまえけに空まで飛べるのであれば、この状況では非常に頼りになる助っ人だ。

 ただし、彼女に協力を頼むのであれば、その前に伝えておかなければならないことがある。


「ミラ殿、どうか心して聞いてほしい。あなたの兄、ヴィエン殿が命を落とされた」

「……え?」


 ミラは大きく目を見開く。


「死んだの、ですか? 兄が。いったいどういう――」

「お初にお目にかかります!!」


 ミラの言葉を遮り、金泥が噴水のように飛沫をあげて逆巻いたかと思うと、四方八方からうねりながら三人に襲いかかった。


「私は金泥と申す者! お嬢さん! どうやら私はあなたに恋をしてしまったようだ! どうかお願いです! この想いを受け入れ、腐れて融けて私とひとつに――」

「〝暉玉響(トワル・キーヴァ)〟」


 頭上から襲い来る粘液を遮るように、三人の周囲に拳大の光球が無数に出現する。

 粘液が触れた瞬間、光球は弾けて閃光が(はし)り、奔流となった金泥の体は蒸発する。

 ただ、飛び散った金の飛沫が、なおも三人に降りかかる。


「〝断隔帷(シェラル・パーラ)〟」


 ミラが頭上に向け盾を構えると、表面に光りの膜が浮かび上がり、金の雫を尽く跳ね飛ばした。


「な!? わ、私の攻撃が!」


 周りを満たす粘液の表面が波打ち、動揺した金泥の声が響く。

 ミラは首だけで振り向くと、金の粘液を一瞥(いちべつ)し、早口に伝える。


「今取り込み中なので、後にしていただけますか」


 金泥の攻撃をものともしない己を前に愕然としているふたりに、ミラは向きなおる。


「何故、兄は死んだのですか?」

「そ、それは――」


 レミリスは一度生唾を飲み込んでから答える。


「だいぶ前の話になるが、ヴィエン殿は我々に取引を持ち掛けてきたのだ」

「取り引き、ですか?」

「妹に特別上等な耀晶器を作る見返りに、己の習得している最強の魔法をティファニアのために使うという内容だった」


 ミラは息を呑み、己の装着している耀晶器の鎧に手を当てる。


「他の人に支給された武装に比べ、私だけ上等だとは思っていました。きっと兄の根回しなのだということも、なんとなく察していました。でも、その条件は……」

「ああ。ヴィエン殿の体で、魔法を使うこと自体が自殺行為だ。言い訳をするつもりはないが、我らは彼が心変わりするようなら、無理に魔法を使ってもらわなくとも良いと考えていた。一方的に施しを受けるのが嫌なら、別の代償を払うという手もあっただろう。しかし、ヴィエン殿は一度約したことだと言って引き下がらなかった。結果的に、彼の魔法で魔王が街の周囲に張った障壁を破壊し、我らは王都へ侵入できた」


 ミラは思いのほか冷静に話を聞くと、少し考えてからレミリスに問う。


「なぜそれを、今、私に聞かせたのです?」


 見ようによっては、ヴィエンはティファニアの戦いの犠牲となって命を落としたともいえる。

 そんな事実を知れば、己の怒りを買い、協力を得られなくなる可能性があるのに、どうして今このタイミングで明かしたのかとミラは訊いているのだ。


「たしかに、このまま何も言わずにあなたの助力を得るという手もあっただろう。しかしそれは、命まで捧げてくれた兄君と、こうして危機に身ひとつで駆けつけてくれたあなたに対し、あまりに誠意を欠いた対応だ」

「…………真面目な方ですね」


 ミラは小さく溜息を吐くと、上目遣いにレミリスを見る。


「あなた方に感謝せねばならないことが増えました」


 意外な発言に、レミリスは(まゆ)(ひそ)める。


「どういうことだ?」

「兄は勇者として、国のため戦うことを強いられてきました。そこに兄自身の意思はなかったはずです。しかし、最後に兄は、己の命を賭す戦いを自らの意思で選んだのでしょう。兄を、勇者ではなくひとりの戦士として死なせてくださったこと、兄に代わって礼を言わせてください」


 そう言ってミラは深々と頭を下げた。

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