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第四百二十節 『援兵』

 空を見上げたジャメサが強烈な嫌悪を露わにしたのは、視界に捉えたものが、彼にとってもっとも忌まわしい記憶を呼び覚ましたからだ。

 フィオーレの爆撃。

 それは、少年時代に父親から受けた虐待や、剣闘士となってからのいつ死ぬとも知れぬ日々さえ霞むほどのトラウマを、彼の心に刻んだ出来事だった。

 あの悲劇を繰り返さないという決意によって、ジャメサは兵士としての在り方を大きく変えた。

 だから、絶対的な死を目前にしながらも、彼はそんなことなどおかまいなしに、吐き捨てるように言った。


「どうして……ディエビア連邦の爆撃機が、王都の空を飛んでいる!?」



 ただジャメサは、ひとつ勘違いをしていた。

 王都上空に突如出現し、低空で旋回するその航空機は、爆撃機としての機能を剝奪され、空中からの輸送物投下を目的に改造されていた。

 改造を施したのは、元ディエビア連邦革命軍の魔導技師で、今はティファニア軍に所属しているマリ・ジュヴィラメリン。

 その後部ハッチが開き、四つの人影が戦場と化した王都を見ようと身を乗り出す。


「なんや、もう始まっとるやないか。ワイら出遅れたんとちゃうか?」


 矛を担ぎ、地上を見下ろす目を(すが)めるのは、ジョージェンスの青年将校、フュージ・ディッツだ。


「それはどうでしょう。この高度からでも街中で魔法を駆使した戦闘が行われているのがわかりますけど、その割に建物などへの被害は少ないように見えます。あくまで私見ですが、ティファニア軍が街へ攻め入ってから、まださほど時間は経っていないように感じます」

「同感だ。我々も複数の街を奪還したからわかるが、市街で対魔族戦を行えば施設への被害は免れんからな」


 フュージの言葉に反論したふたりの女は、ハリストンの〝勇者〟ヴィエン・シンの妹、ミラ・シンと、ニースシンクの精霊騎士団聖庁衛士分隊総長、クリッサ・ディル・ピジャンだ。

 フュージは一瞬ふたりに剣呑な目を向けるも、すぐに小さく鼻を鳴らして呟く。


「だったらええわ」

「うむ! 間に合ったのであれば重畳というものよ! このオレの古き友も言っていた! ヒーローは遅れてやって来るものだとな!」


 そう声を張り、マキアスの元大統領、アニエル・ブロンズヴィーが高笑いする。

 他の三人は哄笑するアニエルから目を反らして囁き合う。


「ひーろー、ってなんでしょう」

「知るものか」

「ケツあごのおっさんっちゅう意味とちゃうか?」


 いたたまれない雰囲気の三人にかまわず、アニエルは手を振りかざし、地上に向かって吠える。


「聞こえるかミツキ! あの日の約束を果たすために、このオレが飛んできてやったぞ!」

「いや聞こえへんやろ。この高さやぞ」


 横に立つヒュージが、しらけた顔でそう突っ込みを入れた。



 アニエルの言葉の通り、四人が王都へやって来たのは、彼がミツキと約束を交わしたからだった。

 ディエビア連邦で魔族軍との戦に勝利した後、凱旋式の夜にふたりで酒を回し飲みした際、国を救ってくれた恩に報いるため己にできることがあるなら言ってほしいと申し出たアニエルに、ミツキはこんな望みを伝えた。


 ティファニア王都での最終決戦では、複数の強力な魔族と戦わなければならないと予想されるが、己は魔王との決着まで力を温存するため、味方にそいつらの相手を任せなければならない。

 しかし、大国に送られた魔王軍の〝摂政〟をも凌ぐ実力を持っているという強敵に、味方は間違いなく苦戦を強いられるはず。

 そこで、少数精鋭の助っ人を連れて加勢に来てほしい。

 無論、戦を終えたばかりのディエビア連邦で、十分な実力を備えた人材を確保するのは容易でないだろう。

 そこで決戦までに、同盟を結んだ大国を巡り、つわものを集めてもらいたい。


 ミツキにしてみれば、酒の席での口約束ゆえ、本当に来てくれるとは期待していなかった。

 しかしアニエルは、凱旋式の翌朝にマキアスの首都ペーアを発ち、フレデリカたちが巨群塊(グラボラル)討伐のため航空機で飛び立った兵器工廠へ向かった。

 そこには、先の作戦の際、機体トラブルに備えて用意されていた、予備の航空機が残っていた。

 アニエルはそれに乗って、ニースシンク、ハリストン、ジョージェンス、バーンクライブと巡り、仲間を募ったのだ。

 各国には、戦後も魔王軍の残党が跋扈(ばっこ)し、未だ討伐や都市防衛のための戦力が必要だった。

 しかしそれでも、アニエル以外にもミツキに返しきれない借りがあると感じている人間は多く、いずれの国も、国を離れられる立場でもっとも実力の高い者を派遣してほしいという彼の求めに応じたのだった。


 アニエルは近くの伝声管の通話口を掴むと、ただでさえ大きな声をおもいきり張って操縦士に伝える。


「高度が高すぎるぞ! これでは目標を発見できんではないか! もっと低く飛べんのか!?」

「やってみますが、これ以上高度が下がると、飛行性の魔族の迎撃を受けると予想されます!」

「かまわん! そ奴らの対処はこちらで済ませるゆえ頼んだぞ!」

「了解!」


 コクピットにて、伝声管から頭を離してアニエルと通話していたのは、バーンクライブ軍の精鋭部隊、〝王命(ゼル)黒閃鉄騎団(グラーヴェン)〟に所属し、闇地でのアルハーン救出作戦にも参加したヴァン・スベルメルという士官だ。

 ヴラーヴェの奪還作戦で〝王命・黒閃鉄騎団〟の団長、カイニー・リューセンが戦死したため、今は彼が団長代理を務めている。

 他国が派遣した面子の実力を鑑みれば、バーンクライブはアルハーンの護衛であるファナ・ローラルを出すのが筋だったが、彼女は十二角地龍(ゼファロバウロズ)との戦いで片腕を失ったうえ激しく消耗した。

 そのため、〝人造祝福者〟の短い寿命をこれ以上削らぬよう、軍のトップであるベルレ・ダンドール将軍の判断で、彼女は派遣しないこととなった。

 代わりに、同国からは航空機の操縦士を出すと決まったのだ。

 魔導先進国であるバーンクライブで、最新の魔導機器である〝鉄騎〟の走りを極めた〝王命・黒閃鉄騎団〟のトップとその部下は、アニエルがマキアスから連れて来ていたパイロットたちよりも、はるかに優れた操縦技術を発揮した。

 また技術面ばかりでなく、航路の選択などにも才覚を発揮し、彼らの働きがなければ王都への到着が大幅に遅れていたかもしれなかった。


 計器のひとつを見ていたヴァンの部下が、早口に報告する。


「高度、さらに下降します。四千五百……四千三百……」

「下がりすぎてあのバカでかい浮遊体にぶつからないように気をつけなければな……ん?」


 魔力探知のレーダーに反応があり、ヴァンの顔に微かな緊張が走る。


「早速来たか」


 複数の飛翔体が後方から接近しているのに気付き、部下が動揺を抑えた声で訊ねる。


「ふ、振り切りますか?」

「いや、速度を上げるなら、旋回飛行を止めねばならん。王都を俯瞰(ふかん)するため下降したというのに、街から離脱したのでは本末転倒だ。あの男は対処すると言ったのだ。任せるぞ」

「了解、しました」


 操縦桿(そうじゅうかん)を握る手に力を込めながら、ヴァンは小さく呟く。


「お手並み拝見といこうか」



 航空機の後方では、ハッチから見える黒い構造物に、フュージが首を傾げていた。


「なんやあれ?」

「ティファニア王都の中央には、王耀晶(ヴェリスティザイト)の王宮が(そび)え立っていると聞く。そこに浮かんでいるということは、あれがそうなのかもしれん」


 クリッサの披露した知識に、フュージは顔を(しか)める。


「王宮やと? あのけったいなもんが?」

「魔王は王宮を占拠したはず。つまり、魔王が己の居城として改造したのかもしれんな」

「ほ~う? そらええこと訊いたわ。せっかく遠路はるばるやって来たんや。中ボスの始末なんてつまらん仕事より、いっそあそこに乗り込んで魔王の首獲ったろか」


 フュージは一度魔王に遭遇し、その時闘っていたラムドゥールとともに命からがら逃げ出したという過去がある。

 だから、四人の中では魔王に対して特に因縁を感じている。


「あなたには無理ですよ」

「あ?」


 傍らの小娘にそう言われ、フュージは気色ばむ。


「なんやとコラ? 喧嘩売っとんのか」


 視線で射殺そうとでもするように睨み付けてくるフュージに、ミラは落ち着いた様子で応じる。


「魔王は幻獣を従えていたんです。気候さえ変える幻獣よりも遥かに強い敵に、あなたは勝てるのですか? それができるとすれば、幻獣を狩ってみせたミツキさんだけでしょう。私たちはあの人が望んだように、魔王の配下の討伐に専念するべきです」


 毅然とした態度に、フュージはたじろぐ。

 ドラッジではじめて顔を合わせた時は、己に嘲弄(ちょうろう)され震えていた小娘が、まるで別人だ。


「そのぐらいにしておくがいい」


 伝声管から戻ってきたアニエルが、ふたりの間に割って入る。


「ほんのひと時とはいえこのオレたちは共闘する仲間だ。しかも今は戦の直前。(いさか)いをしている場合ではあるまい」

「ちっ。わぁっとるわ」

「ええ、そうですね」


 ふたりが引き下がったところで、外を窺っていたクリッサが振り返る。


「どうやら話している場合ではないようだぞ?」


 そのセリフと表情から、敵が迫っているようだと察し、三人は表情を引き締めた。

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