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第四百十六節 『異形を統べし者』

 長い階段を駆け上っていたミツキは、建物が大きく揺れたため立ち止まり、近くの壁に手をついて身を支えた。


「これは……オメガが戦闘を始めたのか?」


 敵が大集団だということには気付いていたが、〝炎叫(えんきょう)〟を使えるオメガなら問題ないだろうとミツキは考える。


「……先を急ごう」


 そう呟いてふたたび駆けはじめる。

 ただし、強敵が待ち構えていると予想し、警戒のため移動速度は抑えている。

 そうでなければ、あの狡猾な猿がすんなり通すとは思えない。


「ん?」


 階段が途切れ、中層と思しきフロアの入り口に辿り着き、ミツキは立ち止まって周囲を窺う。

 異常なほど広いのは下層と共通している。

 ただ、下には数え切れないほどの直方体があったのに対し、このフロアには無数の巨大な柱が(そび)え立っている。

 鍾乳洞(しょうにゅうどう)みたいだと思いつつ、ミツキは歩き出す。


「そこで止まれ」


 背後から声をかけられ、身を(すく)める。


「びっ……くりしたぁ。脅かすなよ、サクヤ!」


 ふり返ると、足元に落ちた影が不自然に伸び、その中から浮かび上がってくるようにしてサクヤが姿を現した。

 その澄まし顔を見て、ミツキはぼやく。


「ようやく出てきたのか。もう最後まで隠れてるんじゃないかと思ったよ。みんなが命懸けで戦ってるってのにいいご身分だよな」

「ふん。忘れているようだが、今こうしている間にも私の眷族が敵の半数を相手にしているのだぞ? 誰よりこの戦いに貢献しているのは、他ならぬこの私だ」

「おまえじゃなくて、おまえの手下だろ」

「私には部下を従える才覚があるということだ。体を張るしか能のないおまえと違ってな」


 ミツキは舌打ちして深い溜息を吐く。

 この期に及んで口では勝てる気がしない。


「……どうして今出てきた」


 気まぐれ、というわけではあるまい。

 彼女が理由もなく行動を起こさないということを、ミツキはよく知っている。


「おまえがなにも気付かず敵集団の中へ進もうとしていたのでな」

「は? なんだって? 敵集団?」


 ミツキはサクヤに向けていた視線をフロアに巡らせ、生唾を飲む。


「それってまさか……この柱か?」

「ようやく気付いたのか? しばらく見ぬ間に戦う力は身に着けたようだが、探知能力ではなおも私の足元にさえ及ばんな」

「ぐぬぬ」


 ミツキは義体の目に魔力の視認能力を持ち、〝情報の祝福者〟から魔素の知覚能力を分け与えられている。

 しかし黒曜宮の壁は、ぶ厚い王耀晶(ヴェリスティザイト)が視界を遮り、汚染魔素がノイズとなって情報精度を狂わせた。

 なのにどうして、こいつには敵がいるとわかったのか。

 ミツキの疑念を見透かしたようにサクヤは続ける。


「どれだけ優秀な能力も使いこなせなければ意味がない。まさに宝の持ち腐れだな。私は違う。己の能力の使い方を完璧に把握し、応用する機転もある」


 サクヤの額の亀裂が広がり、剥き出しとなった瞳が怪しく光る。


「知覚が汚染魔素に塗り潰されているのなら、その情報を頭の中で除去すればいいのだ」


 王耀晶の壁を見通すサクヤの視界から、黒い魔素が消える。

 すると、中に閉じ込められた異形共の姿が浮かび上がる。


「……なるほど。魔王はこんなものを集めていたわけか。意外と気が合いそうだ」

「なんだって?」


 怪訝な顔になるミツキの前へサクヤは進み出る。


「まあ見ていろ」


 サクヤは袖の中に収めていた右腕を差し出すと、掌を上向ける。

 すると掌中に青白い炎が浮かび上がった。


「燐火」


 目の前に炎をばら撒くと、床が派手に燃え上がる。


「いや、なんで床を?」

「黙っていろ」


 炎の灯りが柱に濃密な影を生み出す。


「イブヤサカノマレチニテクナドノチマタニマシマスヨモツノカミニカシコミマシマスレバクナドノカゲヅチトゴコウノウラカゲニミソグヤズノホドハウミタマノオオグシヲツキタテタマフ」


 サクヤが早口に祝詞を唱えると、影から無数の棘が生え、手近な柱を串刺しにした。

 王耀晶がひび割れ、次の瞬間砕け散る。

 すると中から、全身を鱗に覆われた長身痩躯の異形が現れ、床に頽れた。


「魔族が隠れてたのか?」

「違うな。そいつの右肩を見てみろ」


 促され、倒れ伏した異形の肩に視線を向けたミツキは、息を呑む。

 入れ墨よりもくっきりとした色で、この世界の文字が刻印されていたからだ。

 ミツキは無意識に左目の下を指でなぞりながら呟く。


「こいつ、まさか……異世界人か?」

「そのようだな」


 素っ気なく言うサクヤに、ミツキはおもわず声を荒げる。


「そのようだなって……なんでこんなところに異世界人が閉じ込められてんだよ!?」

「さあ、魔王の指示なのか、各地を攻めた際に捕獲したのだろう。もしかしたら、肉体の予備でも手に入れるつもりだったのかもしれん。考えてみれば、魔族が台頭してから異世界人と遭遇することが少なすぎた。北部諸国連合の盟主でラムドゥールとかいったか。奴ぐらいではなかったか?」

「ディエビア連邦では、革命戦争で生き残った異世界人たちと会ったぞ?」

「そいつらは魔王軍から侵略されていない場所に居たのだろう? ここに閉じ込められている奴らは、魔族が滅ぼした国で捕らえたはずだ」

「そういえば、カルティア人たちは大国以外に亡命者を送り込んで異世界人を召喚させたんだったな。でもオレたちは大国と手を結んで魔族と戦ってきた。だから他の国の事情はあまり知らない。もちろんバーンクライブで保護した避難民の中にはハリストンやニースシンク以外の国の民もいたけど、異世界人のことなんてただの一般人が知るはずもない」


 ゆえに今の今まで、魔王軍が異世界人を狩ってきたことなど知らなかったのだとミツキは思い至る。


「無駄話は終わりだ。動くぞ」

「え?」


 サクヤの言葉を受けミツキが周囲を見渡すと、王耀晶の柱にひびが生じ、一斉に砕ける。


「侵入者に反応したらしいな」


 王耀晶の中から出現した異世界人たちは、皆一様に体から黒い瘴気を立ち昇らせている。


「こいつら、汚染魔素に侵されてるぞ」

「やはりな。こいつらは魔王のなりそこないだ。トリヴィアの知識と、奴を支配したことから、同じ異世界人を利用できると汚染魔素が判断したのだろう。ただし、見たところどいつも魔王には遠く及ばないようだ。大量の汚染魔素を受け入れるだけの器は見つからなかったらしい」


 サクヤの言う通りだとミツキは思う。

 汚染された王耀晶が砕けたことで、ミツキにも異世界人たちの魔力と体内魔素が把握できるようになっている。


「ああ。でも中にはヤバそうな奴もいるぞ」


 これまで戦ってきた異世界人は、アキヒトのようにただの人間と変わらぬ者から、サクヤが従えている白生のように幻獣並みの化け物まで、実力に大きなバラつきがあった。

 フロアに溢れた異世界人の中にも、今のミツキであろうと油断できないほどの力を持った個体が複数確認できた。

 その異世界人たちが、一斉にミツキとサクヤの方へ向き直る。


「オレたちを敵と認識したようだな」

「当然だな。こいつらは汚染魔素の傀儡だ。汚染魔素そのものとも言える魔王と敵対する我らをみすみす通しはしないだろう」


 ミツキは〝黒鎧〟を展開しようと周囲の魔素を操る。

 が、サクヤが前へ進み出ながら、手を挙げてミツキの行動を制す。


「な、なんだよ」

「ここは私に任せてもらおう」


 意外な申し出に、ミツキは驚く。

 サクヤが最前線で戦ったことなど数えるほどしかない。

 しかも、そのいずれの状況にもミツキは居合わせたことがなかった。


「どういう風の吹きまわしだ?」

「どうもこうもあるか。皆魔王と戦うおまえの力を温存するため力を尽くしてきたのだろう? 私がそうしない理由があるか?」

「いや、おまえにそんな協調性はないだろ」

「ふん……失礼な奴め」


 サクヤは身を屈め足元に落ちた影に手をつく。


「まあ、せっかくここまで温存した眷族を出し惜しみしたままなのが惜しいというのもあるがな」


 サクヤの紫水晶の瞳が輝くと、彼女の影が蠢き四方八方へ伸びる。

 そして異世界人や崩れかけた柱の影と繋がると、その中から数え切れぬほどの異形が一斉に湧き出で、ミツキたちに注意を向けていた異世界人たちに襲い掛かる。


「私と魔王、どちらの手駒が上か、試してみようじゃないか」


 一瞬で地獄さながらの状況となった黒曜宮中層を見渡しながら、サクヤが微笑を浮かべてそう呟いた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] やっぱサクヤだけやたらキャラ立ってるなあ(笑) 穢土転生合戦楽しそう
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