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第四百十三節 『讐怨鬼』

 息を荒げながら、ティスマスは蟲の通信でエウルに伝える。


「ナイスタイミング! おかげで助かった!」

『うぅん、ぎりぎりになっちゃってごめんね。良い狙撃地点を探すのに手間取っちゃってさ』

「どこから射たんだ?」

『後ろに鐘塔が見えるでしょ』


 ジャメサが振り向くと、街から突き出た塔の上で、エウルが手を振っているのが見えた。

 その鐘塔が、かつてサルヴァから依頼されたミツキが、新たな王の即位を祝うパレードでセルヴィスを暗殺しようとした際に、狙撃ポイントとして身を潜めた施設であるなどとは、この場の誰も知らぬことだった。


『それにしても、三人揃ってあんなに苦戦するなんて、かなりの強敵だったみたいだね』

()()()、じゃない。まだ仕留めてないぞ」

「ああ。さすがに鎧の内までダメージは通っただろうが、あれで(たお)せはしなかっただろう」


 ティスマスとジャメサは離れた場所に倒れている讐怨鬼(リヴルロイゼス)に視線を向ける。

 状況を鑑みれば追撃の好機だが、ふたりとも足が動かない。

 讐怨鬼は剣を手放していない。

 不用意に近付けば、即座に跳ね起き反撃される気配がある。


「とりあえず、もう一度間合いの外から斬りつけてみるか?」


 そう言ってジャメサは、地を這う斬撃を放とうと身構える。

 一方のティスマスは、讐怨鬼をじっと見つめながら、考え込んでいる。


「どうした?」

「さっき吹っ飛ばした時に、奴の鎧を見た」

「鎧?」


 ティスマスの言葉に、ジャメサは怪訝(けげん)な表情を浮かべる。


「何の話だ?」

「奴の鎧、最初は(さび)(こけ)みたいなものに覆われていてわからなかったけど、私たちの攻撃を受けて汚れが剥がれ落ちたら、かなりの高級品だとわかった。といっても、意匠は滅茶苦茶古くて、骨董品も同然の代物だけどね」

「それがどうした?」

「胸のところにさ、王家の紋章が付いてたんだよ」

「は?」


 ティスマスを横目で窺っていたジャメサは、視線を讐怨鬼に戻す。


「王家? ティファニア王家のことか?」

「ああ」

「どうして奴がそんなものを身に着けている? 王宮を占領した際に、宝物庫からでも奪ったのか?」

「それなら、あんなに保存状態が悪かった説明がつかないでしょ。錆はともかく、あんなふうに苔()すなんて、ずっと雨ざらしになっていたとしか思えない」

「じゃあ、どこかの古戦場ででも拾ったのか?」

「それにしちゃ動きがスムーズすぎる。なんというか、()()は朽ちかけていても、ずっと使い続けていたから内側は錆びていないし、機能的にも問題ないって感じだ。まるで鎧を(まと)ったまま野原や森を長い間彷徨(さまよ)っていたような――」

「いい見立てだ」


 ティスマスの言葉を遮った声に、その場の全員が身を硬くする。


「お、おい、今しゃべったのって――」

「戦士としての実力も申し分ない。家臣として召し抱えたいほどだ。それだけに惜しい。いや、()()()()。貴公らのような者たちが、ティファニアの軍に奉職しているとはな」


 ティスマスたちが呆然と見つめる中、讐怨鬼がぎちぎちと鎧を軋ませながら身を起こす。

 その頭部、鎧兜のバイザーが、エウルの狙撃を受けて開いている。

 兜の中を見た瞬間、ティスマスとジャメサの背に怖気(おぞけ)が走る。


「な……んだ、あれは」


 呟いたジャメサの視線は、讐怨鬼の兜の内を満たした黒い(もや)に釘付けになっている。

 一方、ティスマスはその様子に思い当るものがあった。


「こいつ、影人間って奴じゃないか?」

「なんだ、それは?」

「ほら、バーンクライブのアルハーン王を救出しに闇地へ行った時に、降下した部隊が遭遇したっていう汚染魔素に侵された人間のなれの果てだよ」


 アルハーン救出部隊のメンバーに選ばれなかったティスマスたちは、実際には見てはいないが、後で闇地で起きたことについて報告を受け、汚染魔素に染まった人間たちによって部隊が追い詰められたことを知っていた。


「トモエ、あんたは遭遇したんだよな、影人間に」

「あ、ああ」


 ふたりから少し離れたところで身構えていたトモエは、ティスマスに問われて頷く。


「奴らは黒い靄を纏っていた。今の愚拙(ぐせつ)には確認のしようもないが、影人間だとすると口をきくのはおかしい。奴らは完全に汚染魔素に取り込まれた時点で、例外なく言葉を失っていた」

「あれ? じゃ違うのか?」


 讐怨鬼は剣を地面に突き刺し、杖のように体を支えて起き上がる。


()が汚染魔素に染まっているのだと考えているなら、正解だ。そして、その娘の言う通り、余以外の人間が汚染魔素の(とりこ)となれば、皆言葉と自我を失う」

「あんただけが特別ってわけ?」

「さよう。余が汚染魔素を浴びてなお自我を保てている理由……それは憎悪だ」


 〝憎悪〟と口にした瞬間、実際に相手の胸に巣食う憎しみの感情が伝わったような気がして、ティスマスは身震いする。


「そもそも何故人が汚染魔素に染まると自我を失うのかといえば、汚染魔素の持つ膨大な情報の中に個人の人格など容易に呑み込まれ塗り潰されてしまうからだ。だが、余は汚染魔素に侵された後も、心を満たす闇の中で憎悪の炎を燃やし続けることで己を保ち続けた。ひと口に憎悪といっても貴公らの想像をはるかに超えるほど激しい感情だ。そもそも汚染魔素は人の負の感情の吹き溜まりのようなものゆえ、生半な憎しみなら吸収されてしまう。だが余の憎悪はティファニアを滅ぼしすべてのティファニア人を根絶やしにするまで消えはしないのだ」


 讐怨鬼の感情の揺れに反応するかのように、兜の中から汚染魔素が吹き出し、煙のように立ち昇る。


「あんたが憎んでいるのはこの国かい。いったい何者なんだ?」


 ティスマスの問いを受け、讐怨鬼は兜の内に手を差し入れ、顔を撫でるように手を横へ動かす。

 すると一瞬汚染魔素が(ぬぐ)われたことで、その顔があらわとなる。

 讐怨鬼は精悍(せいかん)な顔の青年だった。

 ただし、肌は石膏のように白く、無数のヒビが走っている。


「余の名はヒルダリウス……ヒルダリウス・ライティネン・ヨズル・ティファニエラ。ティファニアの第八代国王となるはずだった者だ」

「は?」


 なにを言い出すのかとティスマスは思う。

 王族を僭称(せんしょう)するばかりか、何百年も前に国王となるはずだったなど、荒唐無稽にも程がある。

 だが、もし本当の話であれば、王家の紋章の入った朽ちかけた鎧にも説明がつく。


「余は余を裏切り(おとし)めたティファニアの総てを否定する。特に、軍は真っ先に打ち滅ぼす。故に貴公らはこの場で鏖殺(おうさつ)する」


 ふたたび汚染魔素が溢れ出し、王族を名乗る男の顔を覆い隠す。

 ティスマスは口元をおさえて蟲の通信でエウルに指示を出す。


「顔を射抜け」

『了解』


 一瞬の間を置いて、空気を斬り裂き魔力の矢が飛来する。

 一直線に讐怨鬼の顔に向かっていた矢は、しかし直前で止められる。


『なっ!?』


 讐怨鬼は盾も使わず、ガントレットを嵌めた手で魔力の矢を受けた。

 掌に残る魔力の残滓(ざんし)を握り潰すと、讐怨鬼は大剣を大きく振りかぶる。


「遠くからこそこそと……狙撃手には退場してもらおうか」


 薙ぎ払った剣の切っ先から魔力を帯びた斬撃が放たれ、ティスマスとジャメサはその圧を浴びてたたらを踏む。

 続いて背後で破砕音が鳴り、ふたりが振り返ると、砕けた鐘塔が倒壊するところだった。


「エウル!」


 ジャメサが早口に仲間の名を繰り返す。


「おいエウル! 応答しろ! おい!」


 しかし、呼び掛けに応じる声はない。


「くそっ!」


 青褪(あおざ)めたふたりは、ふたたび讐怨鬼に顔を向ける。


「今の技……トモエの飛剣だったよな」

「ああ。何度か受けただけで、模倣しやがった。しかも、威力はオリジナルを大きく凌ぐぞ」


 讐怨鬼は兜のバイザーを下げる。


「まずひとり。そして射手(いて)を失ったことで、貴公らに勝ち目はなくなった」

「なめるな。おまえが化け物だってのは認めるが、さっきの攻防はオレたち三人とほとんど互角だっただろうが」

「たしかに貴公らは一筋縄ではいかぬ。ただし、致命的な穴がある。次はそこを突かせてもらおう」


 そう言うと、讐怨鬼の兜が、並び立つティスマスとジャメサから、トモエの方へ向けられた。

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