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第四百十二節 『剣戟』

「〝風纏(フール・パルヴ)〟、〝空躍(スィラ・トッナ)〟、〝嵐鎧(ハルリ・ガーズ)〟、〝飄流(クィク・シェーキ)〟、〝反飆(カウ・バッガ)〟」


 ティスマスはありったけの補助魔法をジャメサとトモエ、ついでに自分にもかける。


「いいか? 奴は剣士で、ミツキのダンナにやり返すほどの腕前だ。絶対に間合いは詰めるな。特にトモエ、目の見えないあんたが奴と同じ間合いで斬り合うのは自殺行為だ。幸いふたりとも間合いの外から斬りつける技を会得してるだろ。離れたとこから削りまくって弱らせたら三人で囲んで仕留めるぞ」


 ティスマスの指示に対し、ふたりは返事をしない。


「ちょっと! わかったの!?」

「…………ああ」

「…………承知した」


 返事までの間と、横目で窺うふたりの表情から、不服そうだとティスマスは察する。

 まあ無理もないと彼は思う。

 軍でもトップクラスの腕を誇る剣士に、相手の方が上だから剣の勝負は避けろと言ったようなものなのだ。

 かなり屈辱的な指示だったはずだ。

 それでもふたりが同意したのは、己と同じような見立てだからだろう。


 讐怨鬼(リヴルロイゼス)と思しき鎧の剣士は、剣を持った手をだらりと下げ、三人の方を向いたままぼんやりと立っているように見える。

 なにを考えているのか、よくわからない。

 兜のバイザーを下ろしているため、表情も窺えないのがいっそう不気味だ。

 ティスマスはこめかみを脂汗が伝っていくのを感じながら、ふたりを促す。


「よし。じゃこっちから仕掛けるぞ」


 トモエとジャメサは、讐怨鬼を中心に、それぞれ逆方向へ歩みを進め、ほどなく、三人で相手を囲うような位置につく。

 その間も、敵は微動だにしなかった。

 いっそう薄気味悪いとティスマスが感じていると、最初にトモエが仕掛ける。


「しっ!」


 長巻を大きく振るい、放たれた飛剣を、讐怨鬼は先程と同じように丸盾で受ける。

 魔力の斬撃は緩やかな凸面を描く盾に当たって四散し、その余波で鎧の表面に付着した(さび)や、地衣類と思しき植物の残骸が剥がれ飛ぶ。

 トモエがたて続けに飛剣で斬りつけるのと同時に、ジャメサも地を這う斬撃を放つ。

 石畳を跳ね上げながら迫る攻撃を前に、讐怨鬼は剣の切っ先を地面につける。

 なにを考えているのだとジャメサは思う。

 そんなことをすれば、斬撃は剣から腕を伝い、肩、首、頭と断ち割るだろう。

 だが讐怨鬼は、斬撃が切っ先と接触した瞬間に、剣を跳ね上げることで頭上へ逃がす。


「なっ!? なんという、器用な真似を!」


 さらに続けて斬撃を放つも、讐怨鬼はその尽くをいなしてみせる。

 ただし、完全には殺しきれなかった僅かな衝撃が腕を伝って鎧を走り、やはりその朽ちかけた表面を削り落とした。


「たったひとりでこのふたりの切り札を凌ぎ続けるのか……やっぱり化け物だな」


 口元に引き()った笑みを浮かべつつ、ティスマスが槍の穂先に魔力を込めていく。

 風が逆巻き、先細った魔力の渦を創り出す。

 二方向からの攻撃には耐えられても、三方向からでは手が足りないだろう。


「〝旋空裂刺(スクル・パイサー)〟!」


 槍を突き出すと、竜巻のように渦巻く刺突が讐怨鬼に向かって放たれる。

 ふたりと連携して中距離から攻撃するために習得した魔法武技だ。

 不可視のドリルのような刺突は、命中すれば鉄の鎧でも削って貫くうえ、回転するエネルギーによって紙のように(ひしゃ)げさせる。


(たお)しきれはしないまでも、さすがに無事では済まないだろ」


 呟いたティスマスの笑みは、直後に凍り付く。

 讐怨鬼の蹴り上げた足が、迫り来る攻撃を散逸させたのだ。

 魔力に指向性を与えて放つ技だけに、別方向からの力に弱いという理屈はわかる、とティスマスは思考する。

 だが、人間が蹴り壊そうなどとすれば、足が引き裂かれ、最悪の場合関節から()げるはずだ。

 実際、讐怨鬼の下半身の鎧は表面が削れているが、降ろした足はしっかりと地を踏み、そして力強く大地を蹴る。


「い、いや蹴るて!」


 讐怨鬼が大きく踏み切り、己の方へ向かって来るのに気付いて、ティスマスは焦る。

 槍を構えながら、よく考えれば己を最初に狙うのは当然だと気付く。

 味方に補助魔法をかけたのも、ふたりに指示を出したのも、自分だからだ。

 ぼんやりしているようで、しっかりこちらの動きを見ていたわけだ。


 讐怨鬼が振り上げた大剣の動きに合わせ、ティスマスは槍を突き出す。

 ただし、攻撃を意図した動きではない。

 穂先が相手の切っ先に接触したところで、横へ払うように力を加えながら、槍を引く。

 すると大剣の軌道が逸れ、ティスマスを頭頂より斬り下げるはずの刃は、地面に振り下ろされ、砕いた石畳の中へ沈み込む。


「痛っつ!」


 石畳の破片を浴びながら、ティスマスは間合いを取ろうと跳び退(すさ)る。

 しかし讐怨鬼の腕が鎧ごと大きく膨れたかと思うと、地面にめり込んだ剣が凄まじい勢いで振り上げられる。

 身の丈ほどもある大剣を、羽箒(はねぼうき)のように軽々と振るその動きに、ティスマスは意表を突かれる。

 斬り上げらえた大剣は、彼の脇腹を捉え、肋骨を断ち内臓をまき散らし胴を両断する、はずだった。

 だが刃が命中する直前、ふたりの間で突風が巻き起こり、讐怨鬼の体をよろめかせ、ティスマスを大きく跳ね飛ばした。

 最初にティスマスが仲間と己自身にかけた補助魔法のひとつ、〝嵐鎧〟の効能だ。

 効果が持続する限り、致命的な攻撃に対しては、瞬間的に発生した気流が対象を保護してくれる。


「あっぶね!」


 ティスマスは青褪(あおざ)めながら着地する。

 ただし危機を脱したわけではない。

 讐怨鬼は腰を落とし追撃の構えを見せている。

 この化け物の攻撃をもう一度凌げというのかと内心で弱音を吐きながら、ティスマスがふたたび身構えると、その目が驚きに大きく見開かれる。

 ジャメサが讐怨鬼の背後に迫っているのを視認したからだ。

 仲間の危機に飛び出したのは明白だった。


「間合いは詰めるなって、言っただろ!」


 ティスマスはジャメサに合わせて讐怨鬼へとって返す。

 ジャメサの振り下ろした斬撃を、讐怨鬼は振り返りもせず剣の鍔元(つばもと)で受ける。

 さっきから後ろに目でも付いてんのかとティスマスは思う。

 ワンテンポ遅れて突き出されたティスマスの槍は、丸盾の中心で受け止められる。

 この小さな盾は、本来攻撃を受け流すためのものだ。

 だが、両手でしっかり握って突き出した槍を、片腕に固定した盾で受けながらビクともしない。

 同時に、ジャメサの刀が押し戻されはじめる。

 このままでは刀諸共に()し斬られる。

 しかし讐怨鬼は、ジャメサの刃を鍔元に絡め取ったまま、剣を捻る。

 その刃に、トモエの飛剣が命中し、飛び散った斬撃が讐怨鬼の鎧の表面と、ジャメサの頬とティスマスの額を掠める。

 それでもトモエは遠慮も容赦もせず、飛剣を続けて放つ。

 たとえジャメサとティスマスを巻き込む危険があっても、自分が援護を止めれば、二人はほどなく斬り伏せられるとわかっているからだ。

 ティスマスは連続で槍を突くもすべて盾で防がれる。

 ジャメサは讐怨鬼の腿を蹴って一度離れると、すぐさま斬り返す。

 讐怨鬼はトモエの飛剣を捌きつつ、ジャメサの放つ斬撃もすべて打ち落とす。

 リスクを冒して近接戦を挑んでもこのザマかと、ティスマスは歯噛みする。

 ただ、この戦いに参加しているのは、敵味方四人だけではない。


 鐘を突いたような金属音を響かせ、讐怨鬼の上体が仰け反る。


『今だ!』


 狙撃によって敵の頭に魔力の矢を命中させたエウルの通信に反応し、ジャメサとティスマスが得物に魔力を込め渾身の一撃を放つ。

 讐怨鬼はそれを剣と盾で受けるもバランスを崩した状態では凌ぎ切れず、足で石畳を砕きながら後方へ吹き飛ばされる。

 そこに飛剣の追撃まで受け、衝撃で跳ね飛ばされ、回転しながら地面に叩きつけられた。

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