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第四百七節 『金泥』

 屹立(きつりつ)したまま固まっている黄金の魔族に向かって、レミリスは声を張る。


「いつまで動けぬふりなどしているつもりだ!? 戦うために出てきたのだろう!?」


 一瞬の間を置いて、魔族が体をブルリと震わせる。

 表面に付着していた(しも)が散り、金色の体の周りでキラキラと光りを反射させた。


「……よく、私が動けるとわかりましたね」

千遍万華(サウズフラブレム)も耐えていたからな。〝近衛(同格)〟の貴様ならば、やはり耐えるのではないかと考え、かまをかけてみたまでだ」

「なるほど……くく、あなたらしい」

「なに?」


 ほくそ笑む魔族に、レミリスは目を(すが)める。


「貴様が、初対面である私の何を知っているというのだ?」

「よく知っておりますとも。我々魔族は、あなたたちと(たもと)を分かつ前の魔王様の記憶を共有していますから。豪胆(ごうたん)とはったり、そして並みならぬ忍耐力、それがあなたの武器なのでしょう? もっとも、実戦における力量については未知数ですが」

「ふん、そういうことか」


 ()()が自分をよく観ていたと知り、レミリスは意外に感じる。

 てっきり、ミツキにしか興味がないものとばかり思っていた。


「それで? 動けたのなら何故、ミツキたちを行かせた? 貴様は主を護るためにこうして立ちはだかっているのだろう」

「私が戦おうが戦うまいが、魔王様が負けるということはあり得ないでしょう。それに、ほとんどは大した手合いではないようでしたが、二名ほど私の手にも余りそうな者がおりましたのでね」


 おそらく、ミツキとオメガのことだろうとレミリスは察する。


「ふん、見逃した理由は、怯懦(きょうだ)か」

「勝てない相手との戦いを避けるのは、怯懦ではなく賢明というものでしょう。それに私は、他の魔族共と異なり、獲物の()にはこだわりを持っているのです。人間だからと誰彼かまわず相手にするなど、美学に反する」

「なんだと?」


 黄金の魔族は、目もないのに、三人の女ひとりひとりに顔を向け、ゆっくりと腕を持ち上げる。

 そして警戒する三人を、順に指差していく。


「ふむ……〝忠節〟、〝報恩〟――」


 アリア、テト、と移動した指先が、最後にレミリスに向けられる。


「んん、〝責務〟? ……いや、〝絆〟、もしくは〝愛〟、あるいは〝約束〟か。あなたはなかなか複雑ですね」

「……なにを言っている」


 黄金の魔族は、誇らしげに答える。


「あなた達という人間の根幹にある想いの話ですよ。行動原理と言い換えてもいい。私は人間のそういった本質を見抜くことに長けているのです」


 そう宣うと、大きく広げた両手を、胸の前で激しく打ち鳴らす。


「いや素晴らしい! あなた達は御三方とも、とても高貴な魂を有している! 本当に、私のような者の目には(まばゆ)いばかりですよ!」


 はしゃいだように語ると、一転して落ち着いた口調になる。


「そしてそんな(たっと)き者を、汚し、犯し、腐らせ、泥の底へと沈め、糞便と変わらぬ存在へと(おとし)める。そんな行為に、私は無上の悦びを覚えるのです」


 レミリスの口から、舌打ちが出る。


「ちっ! 気色の悪い奴だ」


 普段ポーカーフェイスのアリアも、不快そうに眉間(みけん)(しわ)を寄せている。

 そんな様子が、どうも嬉しいらしく、黄金の魔族が口の端を釣り上げる。


「ぬふぅ、良い顔をされる……そういえば、先程は邪魔をされたため、自己紹介がまだでしたね」


 黄金の魔族は、己の胸に右の掌を当て、左腕を腰の後ろへ隠すような姿勢をとると、頭を下げ、如何にも慇懃(いんぎん)な口調で名乗る。


「魔王様の〝近衛〟を拝命しております、私、金泥(エルドルブロ)と申します。どうぞお見知りおきを」

「やはりか。だが、さっきの奴もそうだったが、貴様らが〝近衛〟の役目を果たしているとは思えんな」

「そもそも魔王様には護衛など必要ありませんのでね。〝近衛〟という肩書きは、猿猴将(マジルゼラール)が考えたもの。魔王様に近しき者こそ、我々魔族の中ではもっとも高い権威を持つのです。ただし、強者に相応の格を与えながらも、自分以外の者を政治にはかかわらせたくない。それで、(ただ)の護衛である〝近衛〟なのでしょう。ちなみにあの猿は、〝近衛〟であるのと同時に〝参謀〟も名乗っております。卑しき猿如きが魔王様の知恵袋を気取るなど、滑稽とは思いませんか」


 金泥は含み笑いを漏らす。

 どうやら魔族の参謀は、少なくとも他の幹部はまとめきれていないようだとレミリスは察する。

 こいつらは魔王には従っているが、その魔王からの命令がないために、こうも自由に振る舞っているのだろう。


「猿猴将とやらは魔王の威を借りているだけというわけか」


 そういえば、とレミリスは気付く。

 大国に派遣された魔王軍は、傑出(けっしゅつ)した力を持った〝副王〟と、実際の指揮を担う〝摂政〟がツートップを務めていたが、あれは猿猴将が、魔王と自分の関係を再現したのかもしれない。


「お察しの通りですよ。私たち〝近衛〟は実のところ、元は大して強い魔獣ではなかったのです。その私たちが、他の魔獣と同じように汚染魔素浴びながら、ここまでの力を持った個体となった原因は、強烈な執着心にあります。それを果たし心を満たすための手段として、私たちは力を求めた。その結果が他の魔族とは一線を画した魔力です。だから、我々は魔族という集団のためには動きません。ただただ己の欲求を満たすため、執着を果たすために戦うのです」

「その執着とやらが、さっき語っていたことか?」

「その通りですよ! 烏合(うごう)(しゅう)などどうでもいい! 高貴なる存在を手間暇かけて貶めることだけが我が悦びなのです! あなた達三人がここに残ってくれたのは、本当に本当に幸運としか言えませんよ!」

「……そうか。だが貴様の執心が満たされることは、二度とない」


 レミリスは腰に収めていた刃のない剣の柄を抜いて構える。


「ふっ。なんですかそれは。そういえば、あなたは汚染魔素を(はら)う力のある、光の剣とやらを創り出せるのでしたね。ということは、それが触媒ですか。そして剣で私を斬り殺そうと?」


 金泥は右手を額に当てて高笑いする。


「なんと哀れな! しかし気高い! ますます私好みですよ!」


 レミリスは柄に魔力を流し込みながら、目を細める。


「哀れなのは貴様の方だ。長々と話す間に、私は魔力を練りながら、〝魔視〟を用いて貴様を十分に観察できた。おかげで、何処を狙えば良いのか、しっかり見定めることができたぞ」

「狙う? 不定形生物の私には、人の急所のように弱点となる部位などありませんよ?」

「いいやある。速攻で死ね」


 一歩踏み込むとともに右手の柄を突き出した瞬間、鍔元(つばもと)が眩い光を放ち、光線が放たれた。

 それは、マリによって開発された対魔戦式耀晶刀(ヴェリスサージュ)弐型の刀身だ。

 一瞬で長く延びた光の刃は、金泥の、人間であれば鳩尾(みぞおち)のあたりを貫き、切っ先が背中から突き出る。

 あまりの早業に何をされたのかわからず、金泥は数秒の間、レミリスに(ほう)けたような顔を向けていたが、彼女の手元から延びる光の筋に気付いて、その先を確かめようとゆっくり顔を下へ向ける。

 そしてそれが己の腹を貫いているのに気付くと、一瞬驚いたのか言葉を失うも、すぐにふたたび口元に笑みを浮かべる。


「ふ、ふは、こんな攻撃で私が――」


 言葉の途中で、黄金の体がぶるりと震える。


「んごあっ! い、いや、これはっ……ま、まさかぁ!!」


 顔を上げた金泥に向かって、レミリスは短く伝える。


「そうだ。貴様の核石を破壊した」

「わ、私を観察したというのは、その、ためかぁ!」


 金泥の体がぼこぼこと波打ったかと思うと、破裂したように飛び散った。

 地上に降り注いだ黄金の粘液は、一瞬で色褪せ、ヘドロと見分けがつかなくなる。


「……たわいなかったな」


 溜息を吐き、レミリスは柄を腰の鞘に戻す。

 しかし、少し離れた場所、死角となる位置のヘドロが、静かに泡立ちながら盛り上がるのに彼女は気付かない。


「死んらのか?」

「核石を砕かれれば、魔獣は例外なく死ぬ。魔族も変わるまい」


 テトの疑問に答えるレミリスの後ろで、アリアがふと横を見る。

 すると、泥の中から突き出た腕の先が、レミリスに向けられているのに気付いて大きく眼を見開く。


「お嬢様!!」


 黄金の指先から同じ色の粘液が噴射されるのと、アリアが動いたのは、ほぼ同時だった。

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