第四百五節 『突破』
ティファニア王都の奪還作戦は、実のところ二番煎じだ。
元となったのはバーンクライブ軍の精鋭部隊、〝王命・黒閃鉄騎団〟による同国首都ヴラーヴェの奪還作戦であり、これにはミツキも参加している。
相違点をあげるなら、バーンクライブでは足に〝鉄騎〟が用いられたのに対し、今回は龍馬が採用されたということだ。
最新の魔導機器である〝鉄騎〟と龍馬では、まさにバイクと馬ほど速度が違う。
その〝鉄騎〟でさえ、都市へ突入後は魔族からの厳しい迎撃に苦められた。
馬で突っ切ろうとすれば、当然、手荒い歓迎を受けることになるとは想像できた。
バーンクライブが空中要塞だけでなく〝鉄騎〟も提供してくれたなら大分楽ができたはずだとミツキは思う。
しかし、かの国は数に限りがある〝鉄騎〟と〝魔閃砲〟のほとんどを、絶対防衛線に投入している。
その絶対防衛線から精鋭を引き上げるティファニアが、〝鉄騎〟まで寄越せとはさすがに言えなかった。
「間もなく、非市民区の北口に到着する! 全員突入に備えろ!」
千遍万華の展開した黒い森を抜けたミツキとティファニアの騎兵隊は、なおも凍った大地を駆け抜け、ついに王都へ迫ろうとしていた。
かつて、外界との間を隔てる設備などなかった非市民区は、堅牢そうな城壁に囲まれていた。
というか、そもそも自分たちがブリュゴーリュとの戦に発つ前、ここは街ではなかったとミツキは思い出す。
ブリュゴーリュ軍を退けた後、多くの難民を受け入れた街は、第一王女を後ろ盾に民兵軍を支援した結果、商人として大成したイリス・ゾラが筆頭を務める商会の尽力で、大きく拡張され栄えたのだという。
手紙でイリス本人からそのことを知らされていたミツキは、いずれ王都へと戻り、様変わりした非市民区を見るのを楽しみにしていた。
それが、こんな形で帰ってくることになるとは残念だった。
『ミツキさん! 城壁の上に魔力反応多数! 魔族による迎撃かと思われます!』
「みたいだな」
〝魔視持ち〟の仲間から通信を受けるより早く、ミツキも義体の視界に、壁上に並んだ無数の光を認めていた。
セオリー通りであれば、こちらをできるだけ引き付けたうえ、魔力攻撃を放ってくるはずだ。
「任せろ」
ミツキは周囲の空間と上空に、自分でも数え切れぬほどの王耀晶の礫を創り出す。
ヴラーヴェの時との相違点をもうひとつ挙げるなら、とミツキは思考する。
己が幻獣を喰らう前か後かということだ。
「ぶち抜け」
ミツキの呟きに応じるかのように、一斉に放たれた〝屑星〟が、迎撃のため壁上に配置された敵と、ついでに壁外にて待ち構えていた伏兵を、次々と撃ち抜いた。
『うっ! ま、魔力反応、すべて喪失。敵迎撃部隊を殲滅したようです』
先程の部下がわざわざ報告したのは、ミツキではなく他の仲間のためだ。
ただ問題は、迎撃部隊よりも、堅く閉じられた壁の門だとミツキは思う。
「まあ、なんとかなるだろ」
先程は、空中の魔素で王耀晶の礫を生み出したが、今度は土中の魔素をミツキは操作する。
「全隊、このまま速度を緩めるな! オレが北門を抉じ開ける! 四列縦隊で侵入するぞ!」
各部隊の長から、蟲の通信で短く「了解」との返事が返ってくる。
ミツキはむしろ速度を上げながら、兵たちを率いて閉ざされた門へと向かって行く。
そして間もなく激突しようという距離で、土中の魔素を結晶化させた。
地面から突き出た巨大な王耀晶の棘、〝晶筍〟二本が、木と鉄でできたぶ厚い門を斜め下から突き上げるようにして破壊する。
その飛散した破片が落ちきる間もなく、先頭のミツキとレミリス、後続の騎兵たちが次々と街へ侵入する。
門から続く長い一本の道を見て、拡張はされても街としての造りは変わっていないのだと、ミツキは実際に目で見て確認する。
ミツキの知っていた街であれば、この大通りを駆け続ければ、非市民区と市民区を隔てる森への入り口まで辿り着けた。
ただ、ブリュゴーリュとの戦の後、森は非市民区の拡張と建材の確保のため大幅に縮小され、各区との間に設けられた関所も撤廃されているはずだ。
いずれにせよこの道は、懐かしき側壁塔のある、市民区を囲う城壁の門へと続き、そのまま王宮まで伸びているはずなのだ。
「ミツキ、来るぞ!」
傍らのレミリスから声をかけられ、ミツキは駆けながらも周囲に視線を巡らせる。
すると、道沿いに建てられた家々の陰から、続々と異形が湧き出て来るのを視認できた。
それを、再び王耀晶の礫を精製し、狙い撃ちにしていく。
ミツキが斬り込み役を引き受けているおかげで、待ち構えていた魔族は総崩れとなり、騎馬の速度を落とすことなく駆け続けられている。
ただし、ミツキひとりで後続の味方すべてのカバーまではできない。
「総員、武器を構えろ!」
レミリスの号令で、兵士たちは馬上で構えた得物に魔力を通していく。
配布された量産型耀晶器・甲型には、各々が己の戦闘スタイルに合わせた魔法を付与している。
魔法の苦手な民兵出身の兵士でも、同盟を結んだ大国の魔導士の協力を得たことにより、皆が強力な魔法を武器に宿している。
「襲ってくる魔族は各自で排除しろ! 市民区へ突入する第七部隊まではこのまま一気に非市民区を突破する! 第八部隊以下は司令部の誘導に従い指定の施設を占拠した後、そこを拠点に各地区の制圧を進めろ!」
部下に指示を出すレミリスと並行し、ミツキは攻撃を続けながら空中要塞のヴォリスに通信を入れる。
「観ているなヴォリス! オレたちは一直線に王宮を目指す! 兵たちの指揮は頼んだぞ!」
『お任せを! ミツキ殿は心置きなく魔王のもとへ向かってください!』
空中要塞の指令室では、カルティアの研究者であるリズィ・モーヨンが王耀晶のタブレットを基に開発した巨大モニターに、非市民区の地図と、視覚共有魔法によって兵士たちの視界が映し出され、オペレーターが情報をまとめ指揮官のヴォリスにリアルタイムで報告を行っている。
現在の非市民区の地図は、フィオーレに避難して来た王都民の代表者、ボロス・ゾラから提供されたものだ。
かなり細かく正確な地図だが、魔族によってどう手を加えられているかは未知数だ。
だから、兵たちには状況に応じた指示が必要となる。
「今こそ第十七副王領を救ってもらった恩を返す時だ」
ヴォリスはモニターに映し出されたミツキの視界を見つめ、表情を引き締めた。
後方でたて続けに魔力が迸るのを察知し、どうやら後続の味方と敵が接触し、戦闘が始まったようだとミツキは察知する。
視線は前方を見据えながら、魔素の知覚能力を使えば、まだ後方の味方の援護射撃ぐらいはできそうだ、などと考える。
「かまうな」
隣を走るレミリスに声をかけられ、ミツキは視線を横へ向ける。
「え?」
「後続の兵たちのことだ。奴らもここに来るまで魔獣との戦闘を十分に積み、量産型耀晶器も使いこなせるようになっている。貴様が不在中も、皆この作戦を見据えて腕を磨いてきたのだ。魔族が相手だろうと、そう簡単に討ち死にたしはせん」
どうやら、味方の安否に気を取られすぎていたのを見透かされたらしいと、ミツキは察する。
「貴様はひとりで戦っているのではない。仲間を信頼して、任せろ」
「ああ……そうか。そうだな」
いずれにせよ、街の奪還と魔族の掃討は、味方の兵に委ねなければならない。
ここまで来たら、自分は目標を目掛けて駆け抜けるのみだ。
そう再確認し、ミツキは馬上で体を前傾させ、龍馬に加速を促した。