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第四百節 『大樹』

 ティファニア王都周辺の平野は、本来とてもなだらかで馬を走らせるのに適した地形のはずだった。

 しかし、ミツキが不凍體(ゼラスミリア)の力で魔族の大群を凍らせたことにより、今は凹凸の激しい岩場のような状態に変わり果てている。

 となれば当然、騎馬の行軍には不向きだ。

 しかし、そんな険しい地形を、ミツキたちの駆る龍馬は、飛び跳ねながら進んでいく。

 想定していたよりもずっと機動性に優れていることにミツキは驚いていた。


 今回の作戦に参加する龍馬は、対魔族戦を想定し、厳しい基準で選抜したうえ、軍の厩役によって長い時間をかけ鍛え上げられた。

 鳥馬にはない龍馬の身軽さを最大限発揮できるよう脚力が強化されているうえ、魔族の襲撃や不測の事態にも動じぬように調教も施されている。

 さらに、馬鎧は人間用の武器よりも大質量の王耀晶(ヴェリスティザイト)を使った量産型(ヴェリスヴェ)耀晶器(イプ・ロア)であり、走る速度を向上させるばかりか、肉体の耐久性も高められ、魔族に対する闘争心も掻き立てるなど、複数の魔法が付与されている。

 おかげで、移動手段として非常に優秀な仕上がりとなっているうえ、龍馬自体が爪や顎で魔族に攻撃を行う戦力として活躍が見込まれていた。


 ミツキの駆る龍馬が巨大な魔族の屍を跳び越えると、後続の騎馬も次々とそれに続く。

 この調子なら、王都まであっという間に到着するだろう。

 そう考えた途端、ミツキは違和感を覚える。

 これだけ大量の魔族を殺し、大地を白く染めているのだから、魔王軍はとっくに自分たちの襲撃に気付いているはずだ。

 にもかかわらず、最初に大群を一掃してから、後続の迎撃部隊が一向に現れない。

 サクヤの眷族が別方面から攻めているのに加え、未だに大地が凍っていることへの警戒から、北側より迫る人間たちは平野ではなく街で迎え撃つことにしたのだろうか。

 だが、上空に飛行性の魔族の姿さえ確認できないのは、さすがに不自然ではないか。


 ミツキはあらためて、周囲の平野と上空の魔素の動きを探査する。

 目に映らぬ敵が隠れているのかと警戒したのだが、やはりなにもいない。


「考えすぎか?」


 既に、出発地点から王都までの距離は、半分にまで縮まろうとしている。

 所詮魔族は知恵を得た魔獣だ。

 突然の襲撃に浮足立って、統率のとれた動きができていないのかもしれない。


「……いや」


 そうではないと、即座に己の考えを否定する。

 統率がとれていないのであれば、なおさら敵の一匹も姿を見せないのはおかしい。

 性質自体は魔獣と変わらぬ魔族は、人間を殺すことに強く執着している。

 だから、統率がとれていないのであれば、むしろ王都へ迫る人間に我先にと向かって来るはずだ。

 つまり今、魔族は完全に統率がとれている。

 そして、魔族が従うのは、より強い魔族だけだ。

 そこまで考え、ミツキの中の不安は確信に変わる。

 今のこの状況は、強い力を持った魔族の意向によるものであると。

 敵部隊が姿を見せないのは、その強力な魔族が攻撃するうえで邪魔になるからではないか。


「でもそんな奴、いったい何処……に?」


 周囲に意識を向けていたミツキは、視線を落とす。

 魔素を探知していない場所があることに気付いたのだ。


「まさか……地中?」


 ただ、ミツキが地中を魔素の探知能力で調べなかったのには理由がある。

 不凍體の力は、地上ばかりでなく地下深くまで大地を凍結させているからだ。

 地中に敵が潜んでいれば、当然地上の魔族同様凍りついているはずなのだ。

 だが周囲には、他に調べていない場所などない。

 ミツキは地面から地下へと、魔素の探知を拡げていく。


「――っ!?」


 二秒と経たず、ミツキの表情が引き()る。


 最初に感じたのは、不凍體の力の残滓(ざんし)だった。

 土中に残る濃密な魔力が、大地を地下深くまで凍らせている。

 だが、さらに下へ意識を向けると、強力な魔力が網の目のようにどこまでも広がっているのがわかった。

 なぜこれほど巨大な存在に今まで気付かなかったのかというと、不凍體の力が大地を覆っているため、それが壁となりミツキの感覚が及ぶのを妨げていたのだ。


「なんだよこれ」


 周辺一帯の地下に広がる巨大な存在にどう対処すれば良いのか、ミツキは考えが及ばない。

 しかし、迷っている時間はなかった。

 地下より巨大な質量がせり上がってくるのを察知したからだ。


「全隊止まれ!!」


 その叫びは、蟲の通信によって伝えられ、すべてのティファニア兵は即座に馬の手綱を引いて急停止する。

 と同時に、大地が大きく揺れ、動揺した龍馬たちが吠えながら足踏みする。


「どうした!? 地震か!?」

「敵の攻撃!?」

「前方地中から来るぞ! 衝撃に備えろ!」


 ミツキの声に続いて、進行方向の地面が捲れ上がり、土砂をまき散らしながら巨大な黒い壁が出現したように、ティファニア兵たちには見えた。

 壁は凄まじい勢いでその高さを増し、上から四方八方へ枝分かれして、空を覆い隠していく。


「……で、でかい」


 ティファニア兵たちは、その威容に圧倒され、唖然とした顔で頭上を見上げるしかない。

 やがて、当初壁だと思われたものの動きが止まり、その全容が明らかとなる。


「これは……樹か?」


 それも、ただの樹ではない。

 幅も高さも、巨大な城を凌ぐ大きさだ。

 特徴的なのはその色で、根元から幹、枝から葉の先に至るまで万遍なく漆黒だ。

 その黒一色の樹に、ミツキは見覚えがあった。


「これ、闇地の樹だ」

「大正解!」


 ミツキの呟き反応したかのように、女の声が響き、兵士たちはざわめく。


「誰だ!? どこから!?」

「お、おいあれを見ろ!」


 ミツキたちの正面、大樹の表面の(こぶ)のような部分に、いつの間にか花の蕾が生まれていた。

 まるで早送りの映像のような速度で蕾が花開くと、さまざまな極彩色が折り重なった花弁が複雑に伸び、さらに花床(かしょう)の下から(つた)が伸びて絡まり、徐々に人の型を形成していく。

 やがて花糸(かし)が髪となり、子房(しぼう)は頭に、花弁は体を覆う衣に、葉が手指に、果実が乳房に、(がく)が足となる。

 数秒で生まれた花の女は、ゆっくりと顔を上げ、眼下の人間たちに微笑みかける。


「ようこそ私の領域へ。歓迎するわ、人間さんたち。私の名は――」


 言葉の途中で、女の頭が弾け飛ぶ。

 ミツキが〝屑星(くずぼし)〟で速攻を仕掛けたのだ。

 頭を失くして傾いた女の体に、ミツキは〝屑星〟の連射を浴びせて粉々に砕く。

 突然敵らしき女が現れ話しかけてきたかと思ったら、ミツキが瞬殺したため、兵士たちは呆気(あっけ)にとられる。


「お、おい、なんか(たお)しちまったぞ」

「容赦ねえな」

「あら、いきなりご挨拶ね」


 再び女の声が響いたかと思うと、樹の別の箇所から先程と同じ姿の妖女が現れる。

 即座にミツキが攻撃し、再び粉砕されるが、今度は地上から女の声が響く。


「あなた、ずいぶんとせっかちなのね。その生き急いでる感じ、嫌いじゃないけど」


 地上に咲いた巨大な花が三度(みたび)女の姿となり、近くの兵たちは慌てて距離を取る。

 ミツキは〝晶筍(しょうじゅん)〟で女を真っ二つに引き裂く。


「無駄よ。あなたが攻撃しているのは、ただのアバター。あなたたち人間さんとおしゃべりするために私が創り出した、かりそめの肉体よ」


 樹の幹や枝、地上に芽吹いた蕾から、次々と花の女が生まれる。

 ミツキは小さく舌打ちすると、もっとも近くに生まれた女に短く問いかける。


「何者だ?」

「やっと会話をしてくれる気になったようね」


 花女たちは連動して一斉に微笑むと、胸に手を当て慇懃(いんぎん)に頭を下げる。


「私の名は千遍万華(サウズフラブレム)。魔王様の〝近衛〟を任されている者よ」

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