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第三百九十八節 『王都へ』

 空中要塞基底部には、資材搬入出用のリフトが六基設置されている。

 コンテナを載せたまま稼働できる垂直式昇降装置で、騎馬なら一度に三十騎搭載可能であり、王都奪還作戦の実行部隊は次々と地上へ降ろされた。


「な、なんだこりゃ!? 死ぬほど(さみ)い!」


 龍馬に騎乗したままリフトから降りたティスマス・イーキンスが、身を縮ませ震えながら不平を口にする。


「ミツキさんの魔法だってさ。ボクらが降りるより先に、地上の敵を掃討(そうとう)してくれたんだって」


 先に降りていたエウル・クーレットに言われて、ティスマスは周囲を見渡す。

 視界一面、白く染まっており、王都側の大地は魔族の屍らしきもので埋め尽くされている。


「う、うぅわ、マジか。なんだあの数」

「あの人が露払いしてくれたおかげで、こうやってのんびり降りることができてるんだから、多少寒いぐらいで文句言ったらバチ当たるよ」

「いや、それはそうだけどさ、私たちは良くても、騎馬の動きが鈍るでしょ。龍馬は寒さに強くないんだからさ」

「鳥馬の方が寒さには強いんだけどね。でも魔族が相手だと、鳥馬だと怯えて操作を受け付けなくなるんでしょ?」

「らしいな。闇地外縁部だと馬なんて使わなかったからなぁ」

「まあ馬鎧には、いろいろ魔法が付与されてるみたいだし、王都までならもつでしょ」

「ならいいけど。で? そのミツキさんはどこよ」


 ティスマスの問いに、エウルは顎で少し離れた場所を示す。

 巨大な魔族の屍の上に乗った、ミツキの背が見えた。


「なにやってんだ? あんなとこで」

「敵の生き残りが襲って来ないか、見張ってくれてるみたいだよ」

「へえ。ホント、よく働くよな、あの人。昔っからそうだったけどさ。私には真似できないなぁ」

「ティスは基本さぼることと女の人を口説くことしか考えてないもんね」

「そうそう、ってあれ? なんで私ディスられてんだ?」


 その時、ふたり会話を遮るように、レミリスから蟲の通信が届く。


『貴様ら、士官の分際でなにをくっちゃべっている。部下を指揮するつもりがないなら、せめて速やかに配置に着け。それともここへは遊びにでも来たのか?』

「い、いえ! 申し訳ありません!」


 舌打ちを最後に通信が途切れると、ティスマスは深く息を吐く。


「恐ええ。いつになくピリついてんなぁ」

「当たり前でしょ。ほら、また叱られないうちに、ジャメサのところへ行こうよ」


 リフト前で話していたふたりは、他の兵士らとともにあらかじめ決められていた配置に着くため移動を始めた。



 一方、ミツキは平野に転がる大量の屍に注意深く視線を這わせていた。

 義体の目に、微かな魔力反応を捉えると、即座に〝屑星〟を撃ち込む。

 地上の魔族は不凍體(ゼラスミリア)の力で一掃できたものの、墜落した飛行性の魔族の中には、少ないながら生きている個体がいるようだった。

 味方が王都へ攻め込む前に、そいつらの処理も済ませておくに越したことはない。


「まったく、嫌な殺し方をしてくれたものだ」


 背後から声をかけられ、ミツキはふり返る。


「サクヤ」


 龍馬に乗ったサクヤは、馬上から跳躍しミツキの傍らに着地する。


「凍っているうえにどの死体も損壊が激しい。これでは屍兵(かばねへい)にするどころか素材として利用すらできん」

「敵を(たお)すのにいちいちおまえの都合に合わせていられるかよ。それより、そっちの手勢はどうなってる」

「予定通り、別の方面で暴れさせ敵の注意を引いている。ただ、指揮を任せていた眷族を引き上げるので、ここからは組織立った攻撃はできなくなる。全滅する前に王都へ攻め入ることを勧める」

「は? 指揮官を引き上げたって? なんでだよ」

「奴は私が連れて行くからだ」


 そう言ってサクヤは南西の空に目を向ける。

 ミツキが彼女の視線を追うと、遠方より強大な魔力の持ち主が飛んで来るのに気付く。


「あれは――」


 瞬きする程の間に、凄まじい速度で飛来した異形の女が、サクヤの背後に降り立った。

 衣服も含めて全身が漂白されたように色のない異世界人の屍兵、白生(びゃくせい)だ。


「……こいつか」

「白生は私の最高戦力だ。魔王との戦いには欠かせん」


 サクヤがふり返ると、白生は彼女の影の中へと身を沈めた。


「さて、黒曜宮までの雑魚はおまえと兵士たちでどうにかしろ。それまで私は力を温存させてもらう」

「え? あ、おい!」


 サクヤはミツキの影を踏むと、水に潜るようにその中へ沈み込んだ。


「それまでは手伝わないつもりかよ!」


 自分の影に向かって抗議の言葉を吐いた直後、レミリスから通信を受ける。


『ミツキ、兵たちをすべて降ろし終えた。いつでも出発できるぞ』

「あ、ああ、わかった、すぐ行く」


 頭上を見上げれば、空中要塞が王都と逆方向へ動き始めていた。

 魔王にはバーンクライブの首都ヴラーヴェの大部分を壊滅させた強力な遠距離攻撃がある。

 護衛のミツキが離れる以上、狙い撃ちされぬよう、通信が届くぎりぎりの距離まで、北へ退くことになっていた。


「それでも安全とは言い難いが、それは皆一緒か」


 ミツキはサクヤが乗ってきた馬に跳び乗ると、仲間たちの方へ向かう。

 騎兵たちは既に整列していた。

 先頭のレミリスの前へ馬を進める。

 彼女の傍らにはアリアも騎乗して控えている。

 この期に及んでメイド服のままだ。

 オメガとテトもいるが、ふたりは徒歩(かち)だ。

 騎乗したミツキを見上げ、オメガは小馬鹿にしたように鼻で笑う。


「なぁに馬になんて乗ってんだ。おめえはオレたちと同じで走った方が全然速えだろ」

「こっからは皆と足並みを揃えなきゃならないんだから、これでいいんだよ。ってか事前に説明しただろ」

「知るかよ。ちんたらしてっと置いてくからな」


 オレたちだけで先行したら、兵士に被害が出るだろうがと、ミツキは内心でぼやく。

 彼らには、王都を取り戻すという役目があるのだから、自分たちが率いることで、なるべく無傷で送り届けなければならない。


「ミツキ」


 レミリスに声をかけられ、顔を上げる。


「出発する前に、兵たちに言葉をかけてくれ」

「オレが? こういうのはアンタの役目だろ」

「我々をここまで導いたのは貴様だ。皆もそれをよくわかっている。だから皆、貴様の言葉を欲している」


 そういうのは事前に言っといてくれとミツキは思う。

 そうすれば、原稿を用意しておいたのに。


「あー、おほん」


 兵たちの前に進み出で、とりあえずせき払いすると、全員の視線がミツキに集まる。


「まず、皆に感謝を。決死の戦いとわかっていて、よくここまでついて来てくれた」


 周囲一帯を凍結させたため、虫の音さえ絶えた大地に、ミツキの声はよく響いた。


「これまでだってそうだ。闇地外縁部で越流を防いできた者、難民を保護してきた者、他国にわたり魔族と戦ってきた者、皆自分のやるべきことを命懸けでこなしてくれた。その過程で、倒れていった仲間も少なくはない。この場にいる誰もが、無念を、恐怖を、悲しみを、怒りを、耐え忍びながら戦ってきたはずだ」


 兵たちは皆、口を(つぐ)んで耳を傾けている。

 言葉の合間に、龍馬の息と、風の音だけが聞こえる。


「だが、そんな日々も今日で終わる! オレたちは今から、魔族の手に落ちた国を奪還する! そしてそれは、奴らとの戦いの勝利をも意味するんだ!」


 ミツキは腰から対魔戦式耀晶刀(ヴェリスサージュ)の柄を取り出すと、頭上に掲げて王耀晶(ヴェリスティザイト)の刃を精製する。

 光り輝く剣で王都を示し、声を張り上げる。


「さあ武器を取れ! 奪われた故郷と人の世を取り戻しに行くぞ!」


 兵たちが(とき)の声をあげ、各々の耀晶器(ヴェリスヴェイプ)を振り上げると、レミリスが号令をかけた。


「これより我らは王都へ攻め入る! 皆私とミツキに続け!」


 喊声(かんせい)とともに、凍りついた地面と魔族の屍を踏みしだいて、ティファニアの騎兵たちが駆け出した。

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[良い点] 決戦開始 [一言] 龍馬「悲報。オレの背中の人がサクヤの姉御からミツキの旦那に変わった件」
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