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第三百九十六節 『有終』

 ドラッジ出立より十四日後、ついにその時が訪れた。

 最初に発見したのは、他の者より視力に優れ、魔力を視認できるミツキだった。


「あれは……ドームか?」


 遠方に半球型の魔力壁が展開されている。

 これが話に聞く、王都を覆っているという障壁かとミツキは察した。

 予想外だったのは、その規模だ。

 近寄るほどに大きさが明確となり、ミツキと、他にも〝魔視〟持ちの兵は、圧倒されることとなった。


「……なんだこりゃ。デカすぎるだろ」


 王都を覆っているというより、王都を中心に王領のかなりの範囲を包み見込んでいる。

 魔王の力の大きさに驚かされるのと同時に、これだけの広範囲から魔族を逃がさなかったサクヤにもあらためて感心する。


「閣下、このまま直進すれば、あれにぶつかり墜落します。いかがいたしましょう」


 操舵を任されている士官に問われ、レミリスは声を張る。


「速度を落として高度を下げろ! アリア、奴を連れて来い!」

「承知いたしました」


 レミリスの傍に控えていたアリアが姿を消すと、空中要塞はゆっくりと地上へ近付きはじめる。

 すると、遠方で戦闘の気配を感じ、ミツキは視線を遠くに向ける。

 この障壁は、外からの侵入者を阻む一方で、内から外へは出られるのだという。

 今も外へ出てティファニア各地への侵略を試みる魔王の(しもべ)を、サクヤの眷族が迎え撃っているのだろう。

 魔力を探ると、そのうちの一体から凄まじい力を感じ取り、ミツキは息を呑む。

 敵ではない。

 サクヤが白生(びゃくせい)と名付けていた異世界人の屍兵(かばねへい)だろう。

 たしか、オメガとの決闘の時に、巻き添えを喰わぬよう護衛としてサクヤが使役していたとミツキは思い出す。

 以前のミツキにはわからなかったが、力を得た今なら、この異世界人が幻獣一体と同等以上の力を有していると察知できた。

 だからこそ、魔王軍を封じ込めることが可能だったのだ。

 魔王が直接出向きでもしない限り、敵があれを斃すことはできないだろう。

 己を死なせないというサクヤの大口にも根拠はあったわけだとミツキは思う。

 と同時に、こんな力を持った手駒を隠していたことには腹も立つ。

 ディエビア連邦にしろバーンクライブにしろ、戦の時にこれを出していれば、楽に戦況を覆せたはずだ。

 サクヤがそれをしなかったのは、切り札を隠しておくためと、人を観察して己の好奇心を満たすためだったのだろう。


「っとに自分勝手な奴だな」

「どうした?」

「い、いや、なんでもない」


 無意識にぼやいたのをレミリスに聞かれ、ミツキが慌てて誤魔化したところで、アリアが階段を上ってブリッジへ戻ってきた。

 その後に、三人の兵士たちに抱えられ、車椅子に乗った男が続く。

 階段を上りきり、兵士たちが車椅子を下ろすと、アリアが背後へまわり、ミツキとレミリスの方へと押した。

 包帯にまみれた車椅子の男に、レミリスは視線を向ける。


「ヴィエン・シン殿、調子はいかがか?」

「ああ、悪くないよ」


 〝光の祝福〟者にして、かつて覇権国家ハリストンの最高戦力であった〝勇者〟、ヴィエン・シンが穏やかに応じた。


「私が呼ばれたということは、ついに出番が来たということだね?」

「そうだ。契約を忘れてはいまいな」

「もちろんだ。死にかけとはいえ頭の方は健在なんでね」


 レミリスは、ヴィエンの首にかけてある、大ぶりの王耀晶(ヴェリスティザイト)を用いて作られたペンダントに視線を向ける。


「準備も万端だな」

「ああ。キミたちの王都を覆う魔王の障壁は、私の魔法で壊すよ」


 屈託なくそう言ってのけたヴィエンに対し、レミリスは神妙な面持ちで深々と頭を下げる。


「よろしくお願いする」

「任せてくれ。では早速行こうか」


 車椅子を押そうとするアリアを、ミツキが止める。


「待った。オレが押そう」

「さようでございますか? ではお任せいたします」


 甲板への出入り口に向かって車椅子を押すと、司令塔にいる兵士たち全員が起立し、ヴィエンに向かって敬礼する。

 ミツキはゆっくりと車椅子を押しながら、ヴィエンの耳元で囁く。


「なあ、本当にいいのかよ」

「なに言っているんだ? ずっと前からこうする手筈(てはず)だっただろう」


 かつて、各国の将兵に量産型(ヴェリスヴェ)耀晶器(イプ・ロア)を提供した際、ヴィエンはティファニアに交渉を持ちかけた。

 妹であるミラ・シンの潜在的な能力を完全に引き出すため、特別製の耀晶器(ヴェリスヴェイプ)を用意してほしいと。

 引き換えに、自分は残った力を使い、勇者の切り札である最強の光魔法を()()()()ティファニアのために使うと申し出た。

 その時点で王都の障壁を突破する手立てのなかったティファニア軍にとっては、願ってもない申し出であり、交渉は成立した。

 おかげで、マリ謹製の耀晶器を複数身に着けたミラは、ハリストンの大都市を取り戻す戦いで八面六臂(はちめんろっぴ)の活躍を見せ、味方からは次代の勇者と見做(みな)されるに至った。

 ただ、ヴィエンにとってこの交渉は、大きな代償を伴うものだった。

 絶影獣(ヴァルフェーン)の一撃を受けた彼は、腕一本と両足を失ったばかりでなく、身の内で魔力を生み出し体内を循環させる仕組みも、ほとんど破壊された。

 だから、今ヴィエンを生かしているのは、体を破壊される前から残っている魔素であり、これを使い切れば、その瞬間に絶命することは明白だった。


「妹はこのこと、知らないんだろ?」

「知っているわけがない。もし知っていたら、なりふり構わず止めただろう」

「後で知ったら悲しむぞ」

「仕方のないことさ。ハリストンのためにもティファニアのためにも、必用な犠牲だ。妹もわかってくれると信じている」


 ハッチを空け、ミツキとヴィエンは甲板に出る。

 なおもゆっくりと車椅子を押しながら、ミツキはヴィエンに言う。


「あの頃とは状況が変わった。今なら、オレでもこの障壁を破壊できると思う」


 ミツキは天龍(スティグバウロゼス)の核石を吸収したことで、龍の〝咆哮(ほうこう)〟を使えるようになっている。

 大陸を削るほどの威力を誇る重力波砲であれば、このぶ厚い魔力障壁も貫けるはずだとミツキは確信する。


「だから、やっぱり魔法は発動できなかったってことにすれば、あとはオレがどうにかする」

「私を生かしてくれるわけか。でも、それは悪手だよ」

「なんだって?」

「あれだけのものを破壊する魔法となれば、消耗は避けられないだろう。これから魔王と戦おうというのに、キミがそんなリスクを負うのは賢明とは言えないな」


 ヴィエンの言う通りだった。

 天龍は、〝咆哮〟を撃つために、時間をかけて魔力を溜めていた。

 だから、ミツキとの十日間にも及ぶ戦いで、結局不発だった最後の一発を含めても、たった四回しか〝咆哮〟を撃てなかった。

 もし天龍が、いくらでも際限なく〝咆哮〟を撃てたのであれば、勝てなかっただろうとミツキは確信している。

 それだけ、消耗の激しい技なのだ。

 魔王と戦ううえで、それが致命的な枷となる可能性は低くない。


「でも、手立てがあるっていうのに、人ひとりの命を犠牲にするなんて――」

「勘違いしてほしくないんだが、この役目は私自身の望むところなんだ」

「は?」


 ヴィエンの意外な発言に、ミツキは戸惑う。


「間違いなく死ぬってのに? どういうことだ?」

「どのみち、この体では長く生きられやしないさ。少し長く生きられたところで、もはやできることなんてなにもない。自分で動きまわることさえできず、無為に死を待つだけだよ」


 ヴィエンは、小指と薬指の欠損した右手で、右目を覆った包帯をずらすと、首を反らせてミツキを見上げる。

 右目は半ば白濁し、視力も失いかけているのがわかった。


「でも、ここであの障壁を破れば、こんな体でも最後まで戦場で役立てたってことになる。正直、〝勇者〟としてまつりあげられたことに思うところがなかったわけじゃないが、それでも、私にだって戦士としての矜持(きょうじ)はあるんだ」


 濁った瞳の奥に、ミツキは確かに強い意思の輝きを見出す。


「それに、魔王とはカンドルで一度やり合っていてね」

「なに?」

「正直、どう転んだところで勝てる見込みはなかっただろう。だが私は奴に負けたわけでもない。途中で横槍が入り、人質をとられて無抵抗で奴の側近に体を砕かれたんだ。だからこそ、ここで一矢報いることで、あの日の勝負に決着をつけたいんだ」

「……わかったよ」


 甲板の先端まで来ると、ミツキは事前に設置してあった台座に、車椅子を固定する。


「そこまで覚悟が決まってるっていうんなら、もう止めやしない」

「ありがとう……キミは司令塔へ戻ってくれ。その漆黒の半身じゃ、光を吸収してダメージを負いかねない。離れていた方がいい。それと、魔法を直視しないよう、皆にも伝えてくれ」

「ああ……任せたぞ、ヴィエン・シン」


 ミツキが歩き去ると、ヴィエンはペンダントを握って深く息を吐く。

 そして、ぼんやりとしか見えない目で前方に広がる魔法障壁を睨み、口の端を釣り上げながら独り言ちた。


「さあ、最後の花道だ」

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