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マッド ファンタジア ・ カーゴ カルト  作者: 囹圄
第十章

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第三百八十六節 『報恩と憧れの果て』

 顔を知っている程度の相手から昼食に誘われた時は戸惑ったが、良い気分転換になったようだとリーズは思う。


「あの、誘っていただいてありがとうございます。実はここしばらくふさぎ込んでいたんですけど、綺麗な景色を観てお腹にものを入れたら、少しだけ気が晴れたみたいです」

「それは良かったですねぇ。ところで、私に敬語は不要ですよぉ? 一応、階級は私のが上ですけど

ぉ、今はプライベートですしぃ、歳もそう変わらないでしょう」

「あ、それじゃあ、ソニファさんもタメ口で話しましょう」

「いえ、私は誰に対しても敬語なんで、このままでお願いしまぁす。それとぉ、〝さん〟付けも不要でぇす」

「じゃ、じゃあ、そうさせてもらおうかな。実は堅苦しいの苦手でさ。えっと、あ、そうだ、ソニファ、の出身はどこなの?」


 先程の会話で自分の地元に触れたので、リースは何気なく話題を振った。

 しかし、ソニファの答えに意表を突かれ、身を硬くする。


「私ですかぁ? 私は生まれも育ちも王都ですよぉ」


 迂闊な質問だったとリーズは後悔する。

 考えてみれば、魔王軍に占領された王都ばかりでなく、ブリュゴーリュ軍による侵略で東部副王領も壊滅しているのだ。

 西部出身者の己のように、故郷が無事な人間ばかりではないと気付くべきだったと彼女は思う。


「ご、ごめんなさい。そうとは知らずに私、無神経なこと聞いたよね」

「いいんですよぉ。唯一の肉親だった祖母はとっくに亡くなってましたからねぇ。一応市民権はありましたけど、身寄りのない小娘がひとりで生きていくのは楽じゃなかったんで、あまりいい思い出はないんです。ただまあ、だからといって故郷が魔族の手に落ちたことを、なんとも思っていないわけじゃないですけどねぇ」

「その気持ちは理解できる。私も、故郷を焼かれたから」

「そんなことが?」

「うん。相手は魔族じゃなくて、自軍から脱走して野盗化した囚人兵たちだったけどね」


 ブシュロネアとの戦の最中、戦場に近い故郷の村を護るために、同郷の兵士たちと帰省していた彼女は、味方の装いで騙し討ちを仕掛けて来た賊によって、多くの同胞を虐殺された。

 中でも、姉の運営する児童施設の少年が命を落としたのが、今も忘れ難い後悔となってリーズの心に刻まれている。


「でも、ある人が私たちと村を救ってくれたんだ。おかげで私にはまだ帰れる場所がある」

「そのある人というのが、ミツキさんですかぁ」

「え、なんで知って?」


 戸惑い顔のリーズに、ソニファは口に押し込んだサンドイッチを呑み込んでから答える。


「民兵軍が組織されるより以前、あの人がアタラティアを侵略したブシュロネアとの戦いで手柄を立てたというのは、よく知られた話じゃないですかぁ」

「あ、ああ、そっか、なるほど」


 得心いったリーズは、何度も細かく頷く。


「そうだよ。だから、アタラティア出身者は皆、彼に感謝してる」


 当時を思い出し、リーズは遠くを見つめる。


「実は私、彼の初陣でバディになったんだ。だから、アタラティアでは私が誰よりミツキの活躍を近くで見てきたんだよ。街道での迎撃戦も、村で賊を(たお)した時も、人間離れした強さで、本当に驚かされたっけ。でも話してみると、いろいろ知らないことばかりで、なんか頼りないんだよね。だからなのか、戦場ではあんな滅茶苦茶な力を振るうのに、怖いと思ったことはなかったなぁ」


 その口元には微笑が浮かんでいたが、程なく表情に陰が差す。


「どうかしましたかぁ?」

「私だけが彼と同じ戦場に立って、私の村を彼に救ってもらって、戦の後は挨拶もなしに王都へ帰っちゃったけど、副王様の使いで向かったジュランバーで再会して……だからなのかなぁ、私勘違いしちゃったみたいで!」

「勘違い、ですか?」


 リーズは苦笑しながら俯く。


「そう。私もミツキと並び立てるかもしれないって、辺境の領国軍の下っ端兵士だった私なんかでも、彼と一緒に英雄になれるんじゃないかって、そういう運命なんだって、そんなふうに考えちゃった」


 僅かな沈黙を挟んで、彼女は顔を上げる。


「でも、最初は全然だめで……ブリュゴーリュ軍との戦なんて、どうにか自分の身を護るだけで精一杯。なんとか生き残ったけど、こんなんじゃだめだって思って、思い切って瞳に〝魔視〟の彫紋魔法を付与したり、必死で頑張ったんだよ。その甲斐あって、弓兵隊に所属していた頃は少しずつ活躍できるようになって、ディエビア連邦との戦いではサルヴァ様から、北から戻ったオメガの迎えを頼まれたり、バーンクライブ軍との戦じゃ〝魔視〟を使ってエウル隊長の観測手を務めたり、けっこう重要な役目を任されるようになった。でも、バーンクライブとの停戦後、ミツキが大怪我を負って、面会謝絶だって知った時は本当に心配したよ。それでも、あんな体になってまで復帰してくれて、今度こそ支えになりたいって、あらためて思った。そんな私の気持を汲んでくれたのか、ニースシンクの〝大聖女〟様を迎えに行く任務では彼のチームに選ばれて、あの時は本当にうれしかったなぁ。でも、私に何かできたのはそこまで。彼が幻獣を討伐するため各国を巡っている間、最後は王都を取り戻すため一緒に戦うため、絶対防衛線でひたすら魔獣狩りに明け暮れ腕を磨いてきた。でも……でも私、王都奪還作戦からは外されちゃった。参加を志願していたのにだよ」

「それで、ミツキさんと、作戦に参加する方たちの訓練を、あんな暗い顔で見ていたんですねぇ」

「暗い顔かぁ……だから心配してお昼に誘ってくれたんだね? なんか気を使わせちゃったみたいでごめん」


 リーズは苦り切った笑みを浮かべる。


「結局、私はミツキの支えにはなれなかった。本当はわかってたんだ。私なんて特別でもなんでもない……シェジアさんみたいに強くないし、エウル隊長たちみたいに才能にも恵まれてない。そんなんじゃ、あの人の足手まといにしかならないって。それなのに、こんな世界の果てみたいな所まで追いかけて来て、それでも最後の最後でなんにもできなくて……私、なにを思い違いしてたんだろ」


 そこまで語ると、リーズは口を噤み、ふたたび俯いた。


「王都奪還作戦に参加する兵士は、もちろん実力で選ばれますが、それだけじゃありませんよぉ」


 ソニファのその言葉を聞き、少しの間を置いて、リーズはゆっくりと顔を上げる。


「…………それ、どういうこと?」

「たとえば幼い子どものいるいる者とか……あるいは、戦後に兵役以外で社会貢献が望めそうな人材とか、そういった事情を鑑みて作戦から外される人は多いんです。ティファニア軍は元々根無し草の義勇兵が大半を占めてましたしぃ、フィオーレで家族を持ってもあの爆撃で身内を亡くした人は少なくありませぇん。一方で、王都奪還作戦に必要な量産型(ヴェリスヴェ)耀晶器(イプ・ロア)は、他国にもまわしてきたことで数に限りがありますしぃ、空中要塞といっても小型の〝小竜のはぐれ雲(ゲール・ベ・イータ)〟の搭乗人数はそこまで多くないんですよぉ。だから参加する兵はかなり絞り込むぐらいで丁度よかったんですねぇ」

「だから、私も弾かれたってこと? でも私、子どもなんていないし、特殊な技能だってないよ」

「私はカナル様の秘書として人事に直接かかわっていたので知っているんですけどぉ、リーズさんは軍への貢献度も高かったですし、参加を志願もしていたので、順当にいけば選抜は通っていたはずです。でも、他でもないミツキさんがぁ、カナル様とレミリス様にあなたを外すよう直接伝えたんですよぉ」


 息を呑んだリーズは、戸惑った様子で問う。


「な、なんで、ミツキがそんなこと――」

「あいつは故郷に家族が待ってる。自分はリーズにも彼らにも世話になった。だからどうしても無事に帰してやりたい、って言ってましたよぉ。要するに、えこひいきですねぇ」

「ひ、いき?」

「私もミツキさんとはそれなりに付き合い長いですけど、あの人、けっこう身内に甘いですからねぇ。まあそれでも、特定の個人を自分の都合で作戦から外すというのは異例でぇす」


 思いもよらぬ話を聞かされ、リーズは愕然とする。

 ソニファは最後のサンドイッチのひとかけらをたいらげると、淡々と続ける。


「きっと、今のミツキさんと並び立てる人なんていないんじゃないですかねぇ。でも、あなたは少なくとも、彼の特別な人のひとりにはなれていたんじゃないかと、私は思いますよぉ」

「………………そっか……そっかぁ」


 リーズはぎこちなく微笑もうとするも、表情がくしゃくしゃに崩れたため、咄嗟(とっさ)に顔を手で覆う。

 露出した唇を震わせながら、彼女は声を絞り出した。


「じゃあ、いっかぁ」

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― 新着の感想 ―
[良い点] リーズの事を思い出せた。懐かしいな。一般人目線だとあの頃もチートだったんだな。
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