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マッド ファンタジア ・ カーゴ カルト  作者: 囹圄
第十章

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第三百五十七節 『岐路』

 ディエビア連邦人類軍を率いて陽動を行うアニエル・ブロンズヴィーは岐路に立たされていた。

 耳を(つんざ)くような()え声を伴い、黒い魔力の奔流(ほんりゅう)によって雲が吹き飛ばされ空が斬り裂かれたのは、丁度魔族との交戦が予想される森林地帯に突入した直後だった。

 それが天龍(スティグバウロゼス)の〝咆哮(ほうこう)〟であるということは、以前、海に放たれたそれについて報告を受けていたことから、アニエルたちは即座に察せられた。

 大地を震わすほどの声と、天を割るかの如き不吉な光景は、味方の戦意を(くじ)き、対照的に奮い立った魔族が狂ったように(たけ)りながら押し寄せて来た。

 それでもアニエルの泥人兵(でいじんへい)によってひとまず相手の突撃を各所で止めることには成功していたが、浮足立った兵たちは連携を乱し実力を発揮しきれず、徐々に魔族の勢いに押されていた。

 だがそれでも、己が兵を鼓舞して泥人軍団を率い敵を押し返せば、味方の動揺を鎮めてふたたび攻勢に出ることは可能だろうとアニエルは考える。

 問題は、もはやこの作戦自体が破綻している可能性があるということだった。


 アニエル自身は目にしていないが、高所に配置した物見から、遠方で巨大な飛行物体が墜落するのが見えたと報告があった。

 タイミング的にも、それがフレデリカたちの搭乗する航空機だということは間違いない。

 つまりあの〝咆哮〟は、自分たちの作戦を見通した天龍が、航空機を撃ち落とすために放ったものだと推測できた。

 さらに、天龍にそれを許したということは、ミツキも早々に返り討ちにされたのかもしれなかった。

 天龍と巨群塊(グラボラル)を討伐できる可能性が絶たれたのであれば、ここで魔族と戦う意味もない。


「閣下! このうえは迅速に撤退し少しでも損害を抑えるべきです!」


 傍らのヤネスが焦りを隠そうともせずに訴える。

 しかし、アニエルは腕を組み目をつぶったまま無言で立ち尽くしている。

 今も通信機からは苦戦を伝える味方各部隊からの報告や応援要請が届いている。

 それでも、動かない。

 何故かといえば、航空機についての報告が、あくまで()()であったからだ。

 もし〝咆哮〟が直撃していたなら、墜落どころか消し飛んでいたはずだ。

 つまり、方法はわからないが航空機は、あの〝咆哮〟を(かわ)したか耐えたのだ。

 しかも、その時の様子を物見は、空から地上へ向かって突っ込んでいくようだったと言い伝えてきた。

 ということは、その時点では、墜ちながらも滑空に近い状態で体勢を立て直そうとしていたのかもしれない。

 そして、もしかしたら地上に着陸して難を逃れたという想像もできた。


 ゆえにアニエルは、本隊付きの通信隊に命じ、巨群塊討伐隊への呼びかけを続けさせていた。

 本隊の通信兵は、革命軍時代から使われているイヤーカフ型の通信機ではなく、より広域をカバーできる大型の通信装置を運用している。

 戦線が伸び、はぐれたり孤立した部隊とも連絡をとることができるわけだが、フレデリカたちが〝迷宮〟近傍に落ちたのであれば、通信が可能かもしれなかった。

 近くで通信兵が、地面に置いた装置の音声出力機を耳に当てながら、音声入力部に向かって絶え間なく呼び掛けている。

 その声に聴き耳を立てていると、通信機を通して味方部隊からの訴えが届く。


『地龍型の魔獣種に泥人兵の防衛線を突破された! このまま食い破られれば敵の軍勢が雪崩のように後ろへと抜け全軍が挟撃を受けることになる! 一刻も早く増援をまわしてくれ!』


 潮時か。

 そう考え、アニエルは目を開きながらゆっくりと組んだ腕を解く。


「全軍に通達。これより速やかに――」

「応えた! 討伐隊との通信が繋がりました!」


 通信兵の叫びを聞き、言葉の途中でアニエルは駆け出す。

 通信装置の前へ転げるようにしてしゃがむと、通信兵から入出力機をひったくるように奪った。


「こちらアニエルだ! そちらは無事か!?」

『ケツア……か!? ……伐隊のメンツについ……は生きて……ロゼッタが動かな……ちまったけどな!』


 おそらく通信可能なぎりぎりの距離にいるのだろう。

 声が途切れがちに聞こえて来るが、概ね意味は理解できた。


「重畳だフレデリカ! して、作戦の続行は可能か!?」

『続行?』


 一瞬の間を空け、フレデリカは続ける。


『退路……てねえんだ! ……っ行以外に選択肢は……ぇだろ!』

「よし! ならば我らも当初の作戦通り〝迷宮〟外の魔族を引き付ける! そちらは確実かつ迅速な任務の達成を目指してくれ!」


 フレデリカがなにか大声でわめいたように聞こえたが、その途中で通信が切れた。

 通信兵が恐縮した様子で進言する。


「距離がありすぎて、通信状態が極めて悪いのです。もう一度通信を試みますか?」

「いやもういい。向こうの無事と作戦続行の意思が確認できただけで十分だ」


 アニエルはヤネスに命じる。


「魔導士部隊に命じてふたたび雨を降らせよ。雲がふき飛んでしまった以上、かなりの魔素を消耗するだろうが、一部隊が使えなくなってもかまわん」

「まさか、まだ泥人兵を増やすおつもりですか!? さすがに無茶でしょう! あなたこそ魔素欠乏に陥ってしまいます!」

「案ずるな。体内魔素量においてこのオレの右に出る者はない。それに、貴公の故国の軍より提供されたこの耀晶大剣(ヴェリスエルセーヴス)のおかげで、魔素も魔力も飛躍的に向上している」


 そう言って背負った大剣を引き抜く。


「それと、貴殿の裁量で、応援を必要としているところへ、戦力を動かせ。こういう時のための参謀だぞ」

「し、承知いたしました!」


 程なくして空に雲がふたたび立ち込めると、アニエルは剣を構えて魔法の使用に備えながら、今度はどのように兵を鼓舞するかと頭を働かせた。




 フレデリカは耳に装着した通信機を指で弾きながら、舌打ちした。


「ちっ! 切れやがった! まあいい。オレ等の無事を伝えた以上、奴もケツまくったりはしねえだろ」

「あ、(あね)さん」


 墜落中に打ち付けた頭を押さえながら、カークスがおずおずと訊ねる。


「本当に作戦を続行するんで?」

「あ? 当たり前だろうが」

「いやでも……どうやって?」


 振り返ったカークスの視線の先には、墜落の衝撃で両翼を喪失し、本体も中央付近から真っ二つに折れた航空機が転がっている。


「あれに乗って〝迷宮〟の上まで飛んでく手筈(てはず)だったんでしょう? こっからだと、まだけっこう距離がありますよ」

「しかも、周りにはかなりの数の魔族がいるし」


 そう言いながら、周囲を窺っていたエリュニスが、上空から降りて来た。


「それも、〝迷宮〟に近寄るほど数が増えてくみたい。だから、敵が手出しできない空から行こうって話だったよね。徒歩で向かうなんて自殺行為じゃない?」

「んなこたぁわかってんだよ。だから今どうすっか考えてんじゃねえか」

「考えてどうにかなるの?」


 フレデリカはハットを脱いでガリガリと頭を掻く。


 航空機の操縦士は墜落に際し、できるだけ迷宮に近付きながら、木が低く地形的に平らな場所へどうにか胴体着陸を成功させた。

 そのふたりの操縦士は、ひとりは窓を突き破って何処かへ飛んでいき、もうひとりは操縦桿(そうじゅうかん)に胸を潰され息絶えていた。

 その一方で、ナ・キカの触手に絡め取られていたため、墜落の衝撃が吸収されたフレデリカたち討伐隊員たちは、奇跡的に無傷か軽傷で済んでいた。

 皆で機体から這い出た後、自分たちの置かれた状況を確認している時、フレデリカの通信機に陽動部隊からの連絡が入ったのだ。


 フレデリカは不安を顔に滲ませるカークスとエリュニスに背を向けると、カブラカンとナ・キカを使って荷物の回収を行っているクロゼンダの方へ歩み寄る。


「どんな感じだ?」

「……作戦に必要な物資は概ね無事だ。一緒に積まれていたパラシュートがクッションになったのが幸いしたようだ」

「オレの武器は?」


 クロゼンダは丁度カブラカンが肩に担いで運び出してきたものを顎で示す。


「大丈夫そうだな」


 これが壊れてしまっていたら、作戦の遂行は不可能となっていただけに、フレデリカは胸をなでおろしながら安堵の息を吐いた。

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