第三百四十五節 『格上』
「がっ!?」
エリュニスの超音波に打たれた瞬間、フレデリカは、しまった、と思う。
カークスを野蛮と蔑む蝙蝠女が加勢するとは想定外だった。
とはいえもちろん、注意は払っていた。
しかし直前までこの女は、カークスを呆れ顔で見ながら静観を決め込んでいたのだ。
他の面々もカークスに味方をするようには見えなかったので完全に油断した。
エリュニスが声を放ったのは一瞬だったが、それでも、フレデリカは己に致命的な隙ができたと自覚した。
ところが、カークスも副腕から炎を消し、耳を押さえて苦悶の表情を浮かべている。
フレデリカよりもエリュニスとの距離が近い分、ダメージはより大きいように見える。
「くっそ……耳が! いきなり、なんだってんだ!」
動揺のためか、カークスはフレデリカからエリュニスへ視線を移す。
フレデリカは即座に符丁を口にしようとするが、エリュニスの様子が目に入り、思いとどまる。
「……おい……どうした?」
エリュニスは薄い皮翼を備えた長い腕を折り、頭を抱えて震えていた。
フレデリカに問われ、ガチガチと歯を鳴らしていた口をもどかしげに開くと、声を絞り出す。
「な、なにか、来る!」
「あ? なにか?」
「西の方角から、ものすごい速度でなにかがやって来きたのよ! し、信じられない魔力の持ち主が、要塞内に侵入して、こっちへ向かって来てる! わ、私たちじゃ、とても太刀打ちできない! 全員殺されるわ!」
エリュニスのあまりの取り乱し様を滑稽に感じたのか、カークスは薄ら笑いを浮かべる。
「おいおい、なにが来るんだか知らねえが、ビビりすぎだろ。ここに居んのは全員けっこうな実力者だぜ? それで歯が立たないなんて、こ、と……」
そう言う間に、カークスの全身が震えだす。
「……な、んだ、こりゃ? 急に、悪寒が。それに、震えも、と、止まらねえ」
「くっ! なんですか、このプレッシャー!」
「縺昴≧縺ェ繧オ繧、繝医′譁�ュ怜喧縺代@縺ヲ縺�※縲√≧繧上Γ!?」
「お、おぉお母さん! 怖い! 怖いよおぉぉ!」
カークスばかりではない。
セイリュウとナ・キカも激しく動揺し、カブラカンにいたっては半ばパニックに陥っている。
「おい、どうしたってんだ!?」
直接魔力を知覚することのできないフレデリカとクロゼンダだけが、状況について行けずに戸惑う。
「こ、蝙蝠女の、言う通り、かもしれねえ」
「なに!?」
「強大な力を持つ何者かがここへ近付いているのは間違いないようです! 迎撃は、推奨できません! フレデリカ、撤退の指示を!」
「バカヤロウもうすぐそこまで来てんだぞ! 今更どこへ逃げるってんだ! ちくしょう、こ、こんなとんでもねえ力の敵なんて、どうしようもねえだろ! もうオレたちは終わりだ! こんなことなら牢から出るんじゃなかった!」
セイリュウの焦りとカークスの狼狽ぶりから、さすがに只事ではないとフレデリカは判断する。
先程、エリュニスは西から飛来したなにかだと言った。
この要塞の西にはペーアがあり、さらに西にはフェノムニラ山脈が聳えている。
ということは、西から高速で飛んで来たのは、天龍なのではないか。
「い、いや、そんなことが、あるのか?」
敵である以上、幻獣が攻撃を仕掛けて来たとしても不思議はない。
ただ、〝龍〟と名がつくぐらいなので、天龍はそれなりに大きな魔獣なのだろうとフレデリカは想像していた。
そんな敵が襲来したというのに、耳に装着した通信機に報せも入らず、攻撃を受けている音も聞こえてこない。
襲撃を受けているにしては、あまりに平穏すぎる。
フレデリカがクロゼンダを窺えば、同じように感じているらしく、困惑の表情を浮かべている。
「な、なあ、やっぱり何かの間違いじゃ――」
「来ます! フレデリカ、こうなれば覚悟を決めてください!」
セイリュウが叫んだ直後、先程フレデリカたちの入ってきた広間の扉が、ガチャリと音を立てた。
フレデリカは反射的に腰の銃へ手を伸ばし、クロゼンダも抜剣の構えを取る。
異世界人たちは、セイリュウとナ・キカが身構えているのに対し、カークスとカブラカン、エリュニスは戦意を喪失し、腰を抜かしてへたり込んでいる。
ゆっくりと扉が開くのを、一同は固唾を飲んで見守る。
扉が半ばまで開くと、広間を覗き込むようにして、ひとりの異形が入って来た。
「おつかれー……って、え? なに? どうしたの?」
「は?」
侵入者の顔を見て、フレデリカとクロゼンダは拍子抜けする。
「いや、ミツキじゃねえか。なんでテメエがここにいるんだ?」
「なんでって、〝迷宮〟に入る面子の顔合わせがあるってアニエルから聞いたんで来たんだけど。オレは別行動だけどさ、一応同じ作戦に従事するんだから、自己紹介ぐらいした方がいいのかなって」
「いやそうじゃなくて、テメエはペーアに滞在してるはずじゃなかったのかよ。ここまでけっこう距離あんだろ」
「ああ、今のオレは超高速で走れるから、ペーアからここまでぐらいなら、秒で来られるんだよ」
そういうことかとフレデリカは納得する。
たしかに、エリュニスの言うことに間違いはなかったのだ。
「ったく、人騒がせな」
深く溜息を吐くフレデリカと構えを解いたクロゼンダに、異世界人たちは戸惑う。
「フレデリカ、その、この方とはお、お知り合いなのでしょうか」
恐るおそる尋ねるセイリュウにフレデリカは答える。
「ああ、こいつはミツキってティファニアの異世界人でな。オレの……あぁっと……」
少しの間言い淀み、小さく舌打ちしてから続ける。
「まあ、仲間みてえなもんだ。今はな」
「おっ、仲間って認識してくれてんだな」
少し含みのありそうな笑みを浮かべてミツキが口を挟む。
「あ? るっせえな、テメエとの因縁をいちいち説明すんのが面倒なだけだっつぅの」
「なんだよ、ようやく距離が縮まったと思ったのに、つれないな」
「くっそウゼえ」
忌々しげに顔を歪めるフレデリカの反応に苦笑すると、ミツキは異世界人たちの方へ向きなおる。
「紹介に預かったミツキだ。まああんまりかかわる機会もないと思うけどよろしくな」
顔の半分に親しげな表情を浮かべているものの、もう半分は黒光りする石のような素材でできており、眼窩の中には魔力の光が不気味に揺らめいている。
そのアンバランスな容姿と、内に秘めた規格外の魔力に圧倒され、異世界人たちはおもわず目を逸らす。
「あ、あれ? なんだよ、みんな随分シャイだな?」
「テメエらいつまでビビり散らかしてやがる! 挨拶もまともにできねえのか!?」
自分が選んだ者たちだけに、すっかり畏縮した異世界人たちの無礼をフレデリカは咎める。
「悪いなミツキ。こいつらテメエの魔力にあてられて縮みあがってんだ」
「え、あ、そうなの? なんか申し訳ないな。突然押しかけて」
「んなこと気にすんな。これから命懸けで働いてもらおうってのに、こんな体たらくじゃ先が思いやられんぜ」
「ふーん、でもけっこうみんな強そうじゃない。特にそっちのウロコ系女子とか」
視線を向けられ、セイリュウは緊張に身を強張らせる。
どこかで見たような反応だとミツキは思う。
「そいつはセイリュウ。一応前衛の要になる予定だ。そっちで腰抜かしてんのがカークス。肩から生えてる腕から熱波を放つ」
「へえ、ちょっとトリヴィアとオメガを思い出すな」
そう呟いて、ミツキは先程セイリュウという女の様子を見て覚えた既視感の正体に気付く。
かつて、ティファニアの側壁塔ではじめて異世界人同士が対面した時に、トリヴィアとオメガが黒髪の男に示した反応によく似ていたのだ。
当初は魔力がなくこの世界の兵士にさえ敵わなかった己が、今は異世界人の実力者を圧倒するだけの力を手に入れている。
ずいぶん遠くに来たものだと、ミツキはあらためて実感した。




