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マッド ファンタジア ・ カーゴ カルト  作者: 囹圄
第五章

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第五節 『軍服』

「鎧、ねえ」

「ああ、鎧だ」


 ミツキの提案を受け、サルヴァは俯き加減で少しの間考え込む。

 ここのところ、サルヴァは民兵募集の件で、王都と第三副王領(ノエニア)にあるという砦を頻繁に往復しており、かなり忙しそうだった。

 この日も、七日ぶりに王都に戻ってきたものの、王宮で所用をこなしてから、本日中に再び砦へ向かうのだという。

 側壁塔へも、その合間の僅かな時間を割いて顔を出したようだった。


 一方のミツキはと言えば、まだ大してできることもないので暇を持て余している。

 同じようにやることのないトリヴィアと稽古したり、オメガの取ってきた獣で燻製(くんせい)を作ったりと、まるでアタラティアへ派遣される以前の日々に戻ったようだった。

 王都が戦争や移民の流入で騒然としているというのに、自分たちだけ時間の流れから取り残されたようだとミツキは感じている。

 ただし、これから民兵軍を創りあげるうえで何か思いついたことなど考え、教えてほしいとサルヴァからは言われていた。

 だから、こうしてやって来たサルヴァに、ここ数日考えていたことを伝えているのだった。


 そして、ミツキは民兵軍の鎧を揃えることを提案した。


「理由は?」

「傭兵やアウトローを集めて組織したって、所詮は烏合の衆だ。格好を揃えることで軍としての体裁を整える」

「それに、それ程の意味があるのかな」

「仮にも王族旗下の軍だからな。揃いの装備を与えたうえ、しっかりとした規律で管理すれば、根無し草の私兵でも自分が(おおやけ)の軍に所属していると自覚し志気も高まるはずだ。それに、途中で都市に駐留したりした場合、公の軍だとわかった方が揉めずに済むだろ」

「まあ、少なくとも武器は揃えなければ、作戦行動に支障をきたしかねないか。傭兵の使う安物装備じゃブリュゴーリュ軍に対抗できないかもしれないしね」

「じゃあ――」

「しかし、鎧は無理だ。数十万人分の鎧など、作り終える頃にはとうに決着が着いているだろう」

「……ああ、それもそうか」


 考えてみれば当然だ、とミツキは思う。

 現代日本であれば、工場と機械による大量生産が可能だ。

 しかし、この世界の文明レベルは、一部のトンデモ魔法装置を除けば、未だ中世を脱していないのだ。

 職人が手作りする鎧を数十万着揃えるなど、どれだけの時間が必用になるのか見当もつかない。


「しかし、そうだな……代替案(だいたいあん)がないこともない」

「代替案?」


 サルヴァの呟きに、うなだれていたミツキは顔を上げる。


「実は先日、魔導工学の専門家を雇い入れたんだ。兵器開発なんかに役立ちそうだと思ってね。で、早速彼女が開発した技術がある」


 流れ的に、金属製品のライン生産技術とかであれば良いとミツキは思う。


「キミは鎧布(がいふ)のことは知っているね?」

「ああ、鉄の鎧じゃ魔法を防げないから、対魔法用に防御魔法を付与した布だろ」


 ブシュロネア軍を街道で迎撃した際には、リーズから借りた鎧布が勝敗を分けたのだから、忘れるはずもない。


「そうだ。鎧布ってのは、その製造過程で魔導士が直接針と糸を使って刺繍などを施す必要がある。だから、製造には手間がかかる。今回の遠征でも、全軍に行きわたらせるだけの数を揃えることは不可能なはずだった」

「……〝はずだった〟ってことは」

「ああ。その専門家が開発した技術というのは、皮革等の素材に直接術式を焼き付けることで、魔導士が長い時間を掛けて縫い上げていた鎧布と同等の効果を付与するというものなんだ。〝彫紋(ちょうもん)魔法付与〟っていう、入れ墨などによって人体に直接魔法を付与する技術の応用らしいんだが、これで鎧布の大量生産が可能になりそうなんだよ」

「焼き付けるだけって……一瞬でできるのか?」

「らしいね」


 それは、さらっと語ったが、革新的な技術なのではなかろうか。

 おもわず口を噤んで考え込むミツキに、サルヴァは続ける。


「そんなわけで鎧布の生産の方は問題なくなったわけなんだけど、今の話を聞いて思ったんだ。いっそ鎧ではなく防御魔法を付与した制服にすれば、大量生産も可能なんじゃないかってね」

「それは、鎧布と鎧の機能を兼ね備えた制服ってことだよな? 作れるのか、そんなの?」

「一般的な大きさの鎧布では無理だが、全身を覆うだけの生地の面積があれば、魔法防御だけでなく物理防御用の魔法を付与することも可能なはずだよ。そもそも全身用の鎧布が極端に少ないのは、生産にかかる手間が途轍もないからだ。狭い面積と単純な意匠の布でさえ、製造にはけっこうな手間暇が掛かる。服なんて作ったら、それこそ一着に年単位の時間が必要だよ。それでも、貴人が身を護る目的で、莫大なコストをかけて制作されることも、あるにはある。実際、ティアも外出時にはドレス型の鎧布を着用するしね」

「な、なるほど」


 しかも、衣服で鎧と同様の防御性能を発揮できるのであれば、重量を大幅に落とせる分、かなり有利な立ち回りが可能だろう。


「鎧の問題は代替案でどうにかなりそうだね。じゃ、あとは任せたよ」


 そう言ってサルヴァは席を立つ。


「は? 任せるって、オレに?」

「そうだ。キミが言い出したことだからね。それに、暇だろキミ」

「いや、そりゃ時間は持て余し気味だけど、オレには何のノウハウも伝手もないんだぞ!?」

「伝手ならあるだろう? 非市民区に」


 サルヴァに言われハッとする。

 同時に、何もかも見透かしたような発言に気味の悪さを覚える。


「どうしてオレの交友関係を知ってるんだよ」

「当然だろ。キミたちの行動は選別直後から常に監視させている。何のための監督官だと思っている? 費用についても彼女に預けてあるから好きなだけ持っていくと良い。いくらかかってもかまわないから、とにかく迅速に数を揃えるよう動いてくれ」


 立ち去るサルヴァの後ろ姿を見送りながら、ミツキはレミリスの顔を思い浮かべる。

 ただの飲んだくれのようで、やることはやっているのだということに驚かされる。


「はぁ、それじゃ久々に顔を出すか」


 ミツキは非市民区へ向かうべく腰を上げた。




「絶対無理!」


 ミツキの依頼を聞いたイリス・ゾラは、速攻で拒絶の言葉を口にした。

 背後に控える弟たちまで呆れ顔を浮かべている。


「いや、もう少し考えてみてよ」

「物理的に無理だって言ってんの! 百や二百ならともかく、〝とりあえず二十万着〟って、さらっと言う数じゃないだろ!?」

「じゃあ、どうして無理なのか説明してくれよ」


 イリスは頭を抱えため息をつく。


「わかるでしょ普通……職人の手が圧倒的に足りないんだって。非市民区のすべての職人に依頼しても、一日にできるのはせいぜい数十着。仮に百日かけたとして、できるのは数千着だろ?」


 その答えを聞き、ミツキは思案する。


「例えば、郊外なんかに大きめの工場を建てて、パーツ毎に分業で製作していけばどうだ? 生地を裁断するだけならそれほど手間はかからないだろうし、職人には縫製に専念してもらえば効率は上がるだろ?」


 ミツキの提案を聞き、イリスは口に右手を当て声を震わせた。


「え……天、才?」

「い、いやいや、オレの地元で昔やってたやり方だから、別にオレが考えたわけじゃないんだよ」


 いわゆる工場制手工業(マニュファクチュア)というやつだ。

 元の世界では、義務教育で習う知識なだけに、あまり過剰に褒められるのはばつが悪かった。

 ミツキが見た限りでは、都市の郊外などに大きな工場などはなく、武器の製作を依頼した職人街でも職人が家内制で手作りしていたようだったので、工場制手工業まで産業が発達していないと考えたのだが、案の定だった。


「そんなにすごいか姉ちゃん? たしかに効率は上がりそうだけど」

「はあ!? わかんないのかいあんた! この革新的な発想の凄さを!!」


 下の弟ボロスの質問に、イリスが感情剥き出しで反応する。

 その剣幕に、ふたりの弟は引いたような表情を浮かべる。


「単に効率が上がるだけじゃなくて、ひとつひとつの工程の難易度が下がるから、シロウトを雇っても製造が可能になるんだよ! 今なら難民が都市郊外に押し寄せているから、人手はいくらでも調達できる! 場所も、それこそ平原の土地を確保できれば――」

「そのことなんだが、先日出立した副王領軍のキャンプ地跡を再利用できないかと思ってる。簡易的な作りだが宿舎が残されているから、そこを住み込みの工場にできれば人手は確保しやすいだろ?」


 仮にも軍事施設ということで閉鎖されているが、ドロティアの鶴の一声でどうとでもなるとミツキは判断した。

 なんなら、市民区と非市民区を隔てる森林地帯から木材を伐り出して工場を増設しても良いだろう。

 イリスは両手を口に添え再び声を震わせる。


「え……神、様?」

「それはもういい。で? それなら依頼の達成は可能なのか?」


 ミツキに問われ、イリスは考え込む。


「難民の数は現状でも百万は超えそうだし、人員(マンパワー)は確保できる。敷地と設備も少なくとも十万以上の軍が駐留していたし多分問題ない。分業で効率も飛躍的に上がる。準備には時間が掛かるけど数万人も雇って工場を常時稼働させれば意外と余裕でイケる、のかな? あとは、材料か……あ、でもそういえば……」

「どうした?」

「いや、東方が侵略を受けてまずいことになってるだろ? だから、東方の商人が食料以外のいろんなものを捨て値で売り払ってるって、組合(ギルド)で情報を仕入れたのさ。急げば、その中から服飾素材を買い占めることができるかも」

「素材もなんとかなりそうだな」

「それと、金に糸目は付けないって言ったよね?」

「ああ」

「じゃ、市民区の職人が使っているっていうカルティア製の〝自動縫い機〟を仕入れれば、さらに生産速度は向上すると思う」

「自動縫い機?」

「魔力を通すと直線的な縫製をやってくれる機械のことさ」

「ミシンがあるのか!?」


 カルティアの超技術には驚かされるばかりだと、ミツキは絶句した。

 まるで、己のいた世界を見てきたかのようだ。


「ミシン?」

「あ、いや、わかった。それもこちらで手配する。そっちでも、仕入れられそうであれば、遠慮なく買っちゃてくれ。デザインもできるだけ早めに用意する。サンプルを作ってもらうための職人も紹介してくれると助かる」

「それはいいけど、素材にしても機械にしても先立つものがなけりゃ買えないよ。すぐに用意できるんだろうね?」


 イリスに問われ、ミツキは足元に置いた雑嚢の中から麻袋を取り出すと、その中身を卓の上にぶちまけた。


「金貨!?」


 山のように積まれた黄金の輝きに、イリスの背後の弟たちが身を乗り出す。


「それじゃ足りないだろうから、明日中には追加で届けるよう手配する。それでも足らない分はあらためて用立てるから遠慮なく言ってくれ」


 呆れ顔のイリスは、金貨とミツキの顔を交互に見てから嘆息した。


「あんた……本当に何者なんだい?」


 そう問われ、ミツキは首を傾げながら呟いた。


「オレの方が訊きたいよ」

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