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マッド ファンタジア ・ カーゴ カルト  作者: 囹圄
第十章

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第三百八節 『砕身』

 賊軍の参謀、フソヨ・ヴンランはジャメサに向かって〝杖〟を構える。


「ならばワシの魔法で燃やし尽くしてご覧に入れましょう」


 身構えるジャメサの背筋を冷や汗が流れる。

 かつてエリズルーイ・フランが得意とした短転移魔法は、魔法式があまりに高度過ぎるゆえ、大陸でも使える魔導士は数えるほどしか存在しないと聞いていた。

 それをこの老人は使ってみせた。

 先王の側近だったという話からしても、余程凄腕の魔導士であることは間違いあるまい。

 それでも魔導士は詠唱に時間がかかるため、距離さえ詰められれば勝機はある。

 だが、今は見えない壁があるため接近することができない。

 それに、手にしている〝杖〟は、おそらく魔導士用に調整されたものだろうとジャメサは推測する。

 となれば、仮に壁がなくとも、迂闊(うかつ)に接近できないと考えられた。


 ジャメサの予想通り、フソヨが手にしている〝杖〟は一般兵用に量産された壱型ではなく、魔導師の能力を引き出す目的で設計された参型というモデルだ。

 使用者の魔法の発動を大幅に短縮させられるのに加え、威力の増大に効果の付加や拡張もできる。

 この〝杖〟を装備することで、元々は研究を専門とする老魔導士でも、魔力とセンスだけで祝福持ちの魔法戦士並みの戦闘能力を得られるのだ。


「待ちな爺さん。あんたが出たんじゃすぐ終わっちまうだろ」


 老魔導士は振り返らずに問う。


「なにか問題でもございましょうや?」

「せっかくの強敵なんだ。いい機会だから十五番と二十三番に戦わせてみようぜ」

「今さらなにを……あれらの力については、殿下もご存知でしょう」

「そりゃまあ村とかで暴れさせたのは見たぜ? たしかに大した能力だと思ったよ。十五番なんて、さっきも狙撃野郎の攻撃を防いだしな。だが、ここに来るまで大した敵と戦わせたこたぁなかったろ? 強敵相手に経験を積ませるいい機会だ」

「それは……ですがこれらは、我々の切り札です。まんがいちここで損なうようなことになれば――」

「腕が立つとはいっても、敵はたったのふたりだ。一対一の戦闘で敵に負かされるようなら、バーンクライブ軍を襲撃なんざとてもできやしねえだろ。それともあんたの研究成果ってのはこの程度の仕事も任せらんねえってのか?」


 フソヨはただでさえ皺にまみれた顔を(しか)め、さらに(しぼ)ませながら〝杖〟を下ろす。


「そこまでおっしゃられるのならばお好きになさいませ」

「そうさせてもらうぜ。爺さんはオレの護衛についてくれ。おし! 十五番は狙撃野郎! 二十三番はジャメサの首をとれ!」


 指示を受け、まず女が動き出す。

 その挙動に、ジャメサは虚を突かれる。


「な、なんだ、こいつ?」


 女はエウルのいる斜面の方へ踏み出すと、どういうわけかなにもない空間に足をかけ、階段を登るように空中を昇って行く。


「見えない壁で攻撃を防ぐのがこいつの能力じゃないのか?」

『ジャメサ危ない!』


 エウルの通信に、ジャメサは咄嗟(とっさ)にその場から跳び退く。

 すると、一瞬前まで立っていた場所へ、男の方の〝人造祝福者〟が(つち)を振り下ろした。


「速っえ!」


 そう吐き捨てながら、ジャメサはすぐさま斬り返そうとする。

 だが二十三番と呼ばれる男は、かなり重量のある鉄の鎚を持ちながらも、一瞬で間合いを詰めて来た。

 ジャメサは反射的に攻撃ではなく回避に動きを切り替える。

 横に振り抜かれた鎚の下を、スライディングで滑り抜けた。


「くっ!」


 起き上がる勢いで斬り付けようとするも、頭上に鉄鎚の影が迫り、バク転で後方へ下がり距離をとる。


「こいつ! 人間の動きじゃ――っ!?」


 体勢を立て直しながら相手に目を向け、ジャメサは息を呑んだ。

 鎚をつかんだ右腕が、捩じれて奇妙な方向に曲がっている。

 それでいて男は、痛みを感じた素振りすらなく、相も変わらず正気を失ったように左右の目を別の方向へ向けながら震えている。


「……なんなんだ、こいつは?」


 ジャメサが動揺して呟いた直後、カーヴィルが拡声器を口に当て、戦場全体に届くような声を張り上げた。


「おまえらももう動いていいぞ! つっても、どうせこいつらの戦いにビビッてなかなか手出しできねえだろ!? だからこうしようぜ! 〝逃げんのは当然として、十秒以上ジャメサを倒すための行動を起こさねえ奴は自爆する!〟」


 戦いを静観していた賊共から、どよめきと悲鳴があがる。

 ジャメサは、捕虜にした賊軍幹部の後頭部が弾けたのを思い出す。


「まさか、今のひと言だけで、自爆させるための条件付けを完了させたのか?」


 だとしたら、カーヴィルの部下への影響力は相当なものだろう。

 あの捕虜が、解放されるため簡単に裏切ったのも納得がいった。

 そう思考する間にも、カーヴィルはさらに部下たちに向け声を張る。


「そんかわり、そいつを討ち取った奴にはこの金貨と――」


 そう言いつつ取り出した革袋を傾け、中に入った黄金色の貨幣(かへい)を地面にこぼす。

 金属の落ちる音が続けて響き、兵たちに顔つきが一変する。


「うちの軍の三番手の地位をくれてやる! 成り上がってみせろや!」


 兵士のひとりが、手に持った斧を振り上げ雄叫びをあげると、他の兵たちも続いて叫び、周囲はにわかに殺気に包まれる。


「おい……冗談じゃ――」


 狼狽えるジャメサに、二十三番がふたたび襲いかかる。

 おそらく関節が捩じ切れたと思われる右腕を、構わず振り回してくる。

 手には鎚が握られたままであり、メイスのように遠心力を得た攻撃をたて続けに振るわれ、後退するしかない。

 その攻めを凌ぐ間にも、敵は雪崩のように迫り来る。


「この、いい加減に……しろっ!」


 鎚が前髪を掠めた直後の隙を突き、下から刀を振り上げる。

 腰の入った一撃ではなかったが、付与された魔法により斬撃を展延させる効果を得ている耀晶刀(ヴェリスサージュ)は、切っ先が届いていないにもかかわらず男の右半身を縦に深く引き裂いた。

 鮮血が迸ったうえ、右目が破裂しゼリー状の中身が飛び散る。

 これならば傷は脳まで達しているはずだ、そう確信したことで、刹那の間、ジャメサの気が緩む。

 しかし二十三番は、まるで動じた様子もなく踏み込んできた。


「なっ!」


 慌てて剣を掲げるが、刀で槌を受け止めきるのは難しい。

 未だティスマスの魔法が付与されているので死ぬことはないかもしれないが、それでも鉄槌の重さとこの勢いでは、ただでは済むまい。

 深手を覚悟したジャメサの耳に、鈍い音が届く。


 ゴキン


 同時に二十三番の腰が落ち、振り下ろされる途中だった鎚が浮き上がる。

 ジャメサは反撃する余裕もなく、大きく跳び退き間合いを取る。

 その背に、接近する雑兵共の奇声が届く。


「ひぃぃぃいいいやっはあぁぁぁああああ!!」

「金貨金貨金貨ぁぁぁぁぁああ!」

「しぃしし死ぃねえぇぇぇえぇぇええぇえ!」


 視線を向けるまでもなく、声で間合いが手に取るようにわかった。

 ジャメサは振り返りもせず、左右の手に刀を持ち変えつつ背後まで周囲を斬り払う。

 聞くに堪えない絶叫の後、体を上下に両断された人間が崩れる音が、水音交じりに耳に届いた。

 最初に斬り込んだ一団が瞬殺され、迫っていた兵たちの気勢が一瞬で殺がれる。

 だがジャメサの意識は、間合いを空けて周囲を囲む雑兵よりも、急に動きの鈍った二十三番に向けられている。


「……貴様、その足」


 二十三番は、体を傾け、辛うじて立っている。

 その右膝を破り、折れた骨が上に向かって突き出していた。

 右腕と同様、体の動きに耐え切れず、壊れたのだとジャメサは察した。


「痛みがないってことか」


 強敵ではあったが、最後は自滅とは、なんともしまらない。

 とどめを刺そうと刀を振り上げる動きが止まり、ジャメサは息を呑む。

 二十三番の肩に、背後から子どものものと思われる小さな白い手が、ひたとかけられた。


「……は? な――」


 ジャメサの口から何か言葉が漏れる前に、二十三番の体が大きく跳ねた。

 無事な左足だけで跳躍したのだ。

 明らかに不自然な体勢で槌を持った右腕を振ろうとする二十三番に向け、ジャメサは振り上げた刀で斬り込む。

 その斬撃が相手の胴に吸い込まれる寸前、壊れかけた二十三番の体の後ろから何かが飛び出した。

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