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マッド ファンタジア ・ カーゴ カルト  作者: 囹圄
第五章

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第一節 『辛酸』

 円卓会議場は沈黙に包まれていた。

 無理もないとミツキは思う。

 ティファニア王領軍と各副王領領国軍による連合軍がここで最後の会議の後出立して半年以上の間、一度として勝利の報がもたらされることはなく、敗戦に敗戦を重ね、遂に全滅の知らせが届いたのだ。

 〝全滅〟というのは、損耗率が三割を超え、継戦能力を喪失し、全滅と見なされたとかいう次元の話ではない。

 文字通り、全て滅ぼし尽くされたという意味だ。


 総司令官であった第一騎士団長ヴァリウスは、派兵から五十日程で戦死。

 それでも、指揮権を受け継いだ第二騎士団長ディエックや、それを補佐する第三、第四騎士団長がどうにか戦線を維持して最終的に二百日程は持ちこたえることができたのは、むしろよく健闘したと言えた。

 だが、最終的には立て籠もった砦を落され、軍を支え続けたディエックは壮絶な最期を迎えたという。


 即ち、今のティファニアは、剣も盾も失い無防備な状態であるも同然だった。

 第九、十、十四副王領は既に陥落し、第七、八、二十三副王領が迎え撃とうとしているが、これらの副王領も連合軍に兵の数割が参加していたので、現状、万全な戦力とは言い難く、陥落は時間の問題だ。


「……誰か、何か案はないか?」


 絞り出すように呟かれた国王セルヴィスからの問いに答える声はない。

 当然だとミツキは考える。

 今まで交渉のためブリュゴーリュ軍には何度も使者を出したが、生きて帰った者はひとりもいなかった。

 それどころか、降伏した副王領に対し、それすら受け入れずに蹂躙したというから交渉の余地などあるはずもなかった。

 

 軍が全滅した以上、打って出ることもできない。

 王都に残る軍人は、治安維持のために残された少数の兵士と近衛だけだ。

 しかも、治安維持隊の兵士のほとんどは、高齢であるなどの理由で反攻作戦から外された者たちだ。


 さらに付け加えると、同盟国などに助けを求めることもできない。

 この世界の地図は闇地によって複雑に分断されているため、国家間の行き来は極端に制限される。

 その結果、少なくともティファニアに軍事的な同盟を結べるような国は存在しない。

 そもそも、隣接する国自体が今回侵略を受けているブリュゴーリュと、最西部の一部が接するブシュロネアの二ヵ国のみなのだ。

 そして、カルティアとは転移塔で繋がっているが、ティファニア側からかの国へ行くことはできず、今回の侵略が始まって以降、向こうからの接触もない。

 おそらく不干渉を決め込まれていると、セルヴィスらは判断したようだった。

 要するに、戦いも交渉も援軍も望めない以上、座して死を待つ外にできることがない。


 それでも、あえてできることを挙げるなら、ティファニア王都を捨て、西に逃げるという手がある。

 しかし、それとて結局は問題を先送りにする程度の意味しかない。

 それに、こんな状況で西に行けば、ブリュゴーリュ軍への交渉材料として、現地副王領からさえ命を狙われかねない。

 なにより、ティファニアの民を残して逃げることなどできない。

 結局は、城壁内に籠城するぐらいしか対応策がないのだ。


「奴らは、いったい何がしたいのだ?」


 それは誰もが感じている疑問だった。

 ブリュゴーリュ軍は略奪をせず人を攫うこともない。

 街を占領もしなければ天然資源が目当てなわけでもない。

 ただひたすらに蹂躙だけを目的として暴れ回っていた。

 貴重な兵馬を出征させ、装備や糧秣にも金をかけ、その結果何も得ないなど戦争をする意味がないはずだ。

 だから、ティファニアはブリュゴーリュから攻め入られる理由さえ未だ把握していない。


「金でも人でも寄こせというなら、まだこちらも対応のしようがある。しかし、何の望みもなしにただひたすら殺戮を続けるなどまるで意味不明だ。これではどうしようもないではないか!」


 円卓に並ぶ要人を前に、若き王は狼狽を取り繕おうともしない。

 もはや精神的に限界なのだろう。

 その容姿も、ミツキがはじめて会った時の、穏やかながら威厳も感じさせる風貌は、この数ヶ月ですっかり様変わりしている。

 ワインレッドの髪には白いものが目立ち、顔も十歳以上は老け込んでいるようだ。

 目の周りは隈に覆われ、瞳は常に不安げに揺れていて挙動不審だ。

 完全にノイローゼだなと、ミツキは深く同情する。


「ふむ、そろそろ潮時か」


 斜め前の席に座ったサルヴァが呟いた。

 今回、ドロティアはこの場に出席していない。

 サルヴァは第一王女親衛隊隊長としてではなく、近衛第三部隊長として会議に参加している。

 ミツキはその補佐官兼護衛として、サルヴァの斜め後方に控えている。

 第一王女親衛隊の隊員という設定で周囲に紹介されているミツキだが、近衛第三部隊に所属しているわけではないので、見る者が見れば怪しまれてもおかしくはないはずだった。  

 しかし、この期に及んでは誰もそんな些事を気に掛けたりしない。


 ミツキは半歩前に出ると身を屈めサルヴァに囁く。


「ここで言うのか?」

「ああ。タイミングとしては申し分ない。部下も待機させてあるしね。それに、ブリュゴーリュ軍だって待ってくれるわけじゃない」

「そりゃそうだけど」


 ここで計画を明かすということは、あとはもう、迅速に行動を起こすだけということだ。

 そうなれば、もはや引き返すことはできない。

 この期に及んで怖気付いたりなどしないが、何か準備に見落としなどなかったかと不安を覚えずにはいられない。


「どうしたサルヴァ。意見があるなら申してみよ」


 ミツキとサルヴァのやり取りに気付き、セルヴィスが口を挟んだ。

 これでもう、後戻りできなくなったと、ミツキは気付かれないように小さく嘆息する。


「陛下。実は、ブリュゴーリュ軍への反攻のための秘策がございます」


 サルヴァの発言に、会場内がどよめく。

 以前の会議とは異なり、近衛の各隊と治安維持部隊のトップを除けば、円卓に座るのは文官ばかりだ。

 それでも、今のティファニアにブリュゴーリュ軍に対抗するだけの戦力などないことは誰もが理解している。

 それだけに、出席者の顔には、期待よりも戸惑いの感情が色濃く表れている。

 セルヴィスも、疑念に眉根を寄せている。

 きっとサルヴァがおかしくなったと考えているのだろうとミツキは推察した。


「この状況でまだ反撃の目があると?」

「はっ。その方法とは――」


 この状況を覆すような手段など残されているわけがない。

 そうとわかってはいても、あるいはという気持ちが多少なりともあるのだろう。

 円卓に着いた面々が身を乗り出すのが、ミツキの位置からはよく見えた。


「その方法とは、民兵を組織することです」


 複数の溜息が会議室に響いた。

 王も露骨に失望の表情を浮かべている。


「……民兵?」

「はい。副王領の垣根を越えて、ティファニア全土から集めればブリュゴーリュ軍に対抗できるだけの兵数は揃えられるでしょう。正規軍人でない以上、あまり魔法には期待できませんが、傭兵や冒険者など、荒事を生業とする者は少なくはありません。鍛えるのにもそれほど時間はかからないかと思われます」


 セルヴィスは顔をひと撫でしてから、サルヴァに視線を向けた。

 その眼差しには、おかしくなった家臣への同情が滲んでいる。


「サルヴァよ、今から民兵など募ったところで間に合うわけがあるまい。ブリュゴーリュ軍がここまで攻め寄せるのに、どれ程の猶予が残されていると思っておるのだ。どうやら貴公は疲れておるようだな。もう下がって休むが良い」

「いえ陛下、既に完了しているのです」

「ん? 何がだ?」

「民兵の募集と、編成が、でございます」

「馬鹿を申すな。ティファニアでそのような動きがあれば、余の耳に入らぬわけがなかろう」

「ですから、ティファニアで、ではございません。民兵を集めたのは、第三副王領ノエニアでございます」

「……なに?」


 会議場の空気が凍り付いた。

 国王はもちろん、他の出席者にもサルヴァの言ったことの意味が伝わったのだろうとミツキは察した。

 いち軍人が、国王に無断で武装集団を組織するなど、到底許されるわけがない。

 まして、今は国の存亡の危機だ。

 これを期に、クーデターを起こそうとしていると受け取られても仕方がないだろう。

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