第二百九十六節 『山岳城塞都市』
ペラーレ自治区の首都クールルは背後に巨大な岩山を背負った山岳城塞都市だ。
その歴史は新しく、少数民族であるペラーレ語族による自治が認められてから街が作られはじめたため、急ピッチで建造された城郭は完成していても、街の内部には未完成な設備が少なくない。
なぜ彼らが山岳地帯に都を築いたのかというと、それは先々代のバーンクライブ王、フリーヴァル・ズィ・マレナ・バーンクライブスによる侵略を受けた際、ペラーレ語族が後に都の築かれるクールル山に砦を建造し最後まで抵抗したからだ。
結局、大軍勢に包囲された砦は三日ともたずに陥落したものの、ペラーレ語族にとってこの地はバーンクライブの支配に対する抵抗の象徴となり、民族の聖地として認定されたことで都の建設地に選ばれたとされている。
ただし、より実用的な理由もある。
都市の背後に聳える岩山は高く垂直に切り立っており、しかも一枚岩で恐ろしく硬質なためハーケンを打ち込むことも困難だ。
つまり、人が登ることは難しく、都市を背後から攻めることはまず不可能となっている。
その岩山正面の斜面を掘削し、埋め、均し、棚状に整地たうえで城壁で囲んだ中に、都市が創られている。
それぞれの棚が壁で囲まれているため、仮にもっとも外側の低い区画が攻め落とされても、住民はより上段の区画に逃げられるようになっている。
壁に囲まれた上段の区画を攻め落とし続けるのは容易ではなく、高所では兵の疲労も激しいため、攻略が極めて難しい都市構造となっている。
つまり、ペラーレ語族は、過去の侵略から学び、ふたたび戦になって追い詰められても長く立て籠もることのできる堅固な都を創り上げたのだ。
「しかも、岩がごろごろしてる山の上じゃ攻城塔も投石機も持って来られねえ。こんな不便な場所に都を置くなんてアホかって思ったが、なるほど、よく考えられてんな」
額に水平にした掌を当ててひさしを作り、目に当たる陽光を遮りながら、盗賊団の頭目である金髪に褐色肌の男は、城郭を眺めて感心したような声を漏らした。
既に盗賊たちによる攻撃は始まっている。
しかし、壁上から放たれる矢や攻撃魔法によって、賊たちはなかなか城壁に近寄れずにいる。
さらに、どうにか壁に取り付いても、上から熱した油を浴びせられる。
ここへ到着するまでに進路上の村を襲ってきたが、襲撃を事前に察知して馬で逃れた村人もけっこういたようだった。
おそらくはその村人たちがクールルへ駆け込み、自分たちの侵攻を報せたことで、事前に迎え撃つ準備をされていたのも苦戦の理由だろうと頭目は心の内で分析する。
「ちっ……こりゃジリ貧だな」
頭目は手に握った拡声器を口の前に持ち上げ声を張る。
「おーし! 前へ出てる奴ら、一旦後ろへ引け! このまま攻めても無駄に損耗するだけだ!」
配下たちがばらばらと後退するのを視認すると、頭目は傍らに控える部下に耳打ちする。
「〝杖〟を使う。準備させろ」
「えっ!? ここで魔導兵装を使うんすか!? あれ消耗品っすよ!? もったいなくないすか!?」
「言ってる場合じゃねえだろ。籠城戦になると補給線がねえうえに高地に慣れてもいねえオレ等が不利だ。バテたところに打って出られたら、全滅だってあり得んぞ。じゃあどうするかって言やあ遠距離からの攻撃でとにかく壁をぶち抜くしかねえわけだが、うちにはまともに攻撃魔法使える奴なんざほとんどいねえ。だったら虎の子を出すしかねえってこった。わかったら法撃の準備急がせろや」
「へ、へい!」
部下が駆けていき、ふたたび城壁の方へ目を向けた瞬間、頭目は咄嗟に首を傾ける。
「うおっ!」
耳のすぐ横で、風切り音が鳴り、背筋に冷たいものが走る。
「おいおい、あの城壁から射った矢がここまで届くんかよ! なかなかの強弓じゃねえの! 危うく眉間を抜かれるところだぜ!」
どういうわけか、頭目は楽しげにはしゃぐ。
「やっぱ戦場はこうでなきゃあな! 互いに命をとり合うスリルがあるからたまんねえんだ! 虐殺なんてつまんねえ真似を我慢してここまで来た甲斐があるってもんだぜ!」
しかしそれ以降はなかなか攻撃が届かず、そのうち走っていった部下が戻って来る。
「カーヴィル王子殿下ぁ! もう間もなく準備が整いますんで下がってくださいや!」
「……ああ、早かったな。まあ、楽しい時間は壁を抜いた後だな」
城壁に視線を向けたまま歩き出す頭目、カーヴィルに、部下は訊ねる。
「あのー、王子殿下? お訊ねしてえんですが、いいすか?」
「あ? んだよ?」
「へえ、あの、どうしてあのふたりを使わねえんで?」
途端、カーヴィルの口元がへの字に歪む。
「わざわざ下の者らに攻めさせたり、貴重な魔導兵装を消耗せんでも、あいつらに任せりゃすぐ陥落させられるんじゃねえですか」
「わかってねえなあ」
カーヴィルは頭をガリガリと掻く。
「それじゃあおめえらに経験を積ませらんねえだろが」
「へ? えっと……どういうことすか」
「だぁからぁ、オレ等はいずれバーンクライブ軍相手に戦を仕掛けんだぞ? だっつうのに実戦経験のある奴ぁ少ねえ。ああ、実戦っつうのはごろつき同士の殺し合いとかヤクザの抗争なんかは数に入らねえぞ? 戦働きをした経験があるかってことな?」
「その予行練習をここでするってことっすか?」
「そーだよ。まあこんな特殊な構造の城塞に仕掛ける攻城戦なんて、あんまよその戦で応用が利かねえかもしらねえけど、少なくとも戦場の空気とか、命をやり取りする感覚とかは経験できんだろ」
「はぁ、なるほど」
「あとあんな奴らに任せたんじゃイージーゲームすぎて楽しめねえだろうが」
「え? そんな理由……?」
話している間に、整列した部下たちのところへ、カーヴィルたちはやって来る。
「おーしよく聴け! テメエらに持たせた〝杖〟って兵器は、正式名称を刻印式魔導支援装置っつう第一世代魔導兵装だ! 先端についてる魔石には事前に魔法が付与されていて、魔力を込めれば誰でも発動させることができる! つまり、魔法を使えなくても、爺さんの楔を打ち込まれて魔力ビンビンのテメエらにはもってこいの得物ってわけだ!」
賊たちは、おおっ! と歓声をあげる。
皆、玩具を与えられた子どものように、無邪気で残酷な表情を浮かべている。
「とりあえず、今渡した〝杖〟に付与してあんのは、〝爆熱鏢〟っつうシンプルな攻撃魔法だ! まあまあ射程距離があり、命中すると爆散し熱と衝撃両方のダメージを与えられる! 二級魔法だからそれなりに魔素を食うが、今のテメエらなら問題ねえだろ! テメエらがやるべきはこの距離からそいつを撃ちまくって壁を破壊することだ! おし、じゃあさっそく撃ってみんぞ! まず城壁へ向けて構えろ! おいそこ! おまえだよおまえ! もっと腋を絞めねえか! 照準がブレんだろうが! そっちの奴ぁ姿勢が悪い! 反動でぶっ飛ばされんぞ!」
カーヴィルは尻を蹴り上げながら、配下たちの姿勢を正していく。
「あー、まあこんなもんか。そんじゃあ合図で魔力を充填しろ! そうすりゃ勝手に魔法が発動して射撃される! いいかいくぞ!? …………撃てや!」
がなるのと同時に、賊たちが構えた〝杖〟の先端の前に、魔法陣が展開され、次の瞬間には緋色に輝く光弾が放たれる。
光弾はわずかに放物線を描いて城壁に命中すると、爆裂して轟音と閃光を撒き散らした。
〝杖〟を握った賊たちは、興奮に顔を上気させ、続けて光弾を放とうとするが、カーヴィルが止める。
「待て! どんぐれえの効果があったか見る! だから撃つな! おい、撃つんじゃねえっつってんだろテメエ!」
勢いで二度目の法撃を行った部下を背後から蹴倒し、カーヴィルは爆炎の向こうへ目を凝らす。
「……んー?」
やがて視界が戻ると、カーヴィルは僅かに肩眉を上げる。
爆炎が晴れても、壁が健在だったからだ。
「……あー、ってこたぁ、抗魔処理が施されてんな、あの城壁」
顎をさすって考えていた彼は、唐突に鼻で笑う。
「だが、強度はそれ程でもねえ」
壁の表面は黒く焦げ、小さく亀裂の走っている箇所も視認できた。
「万全に備えたつもりだったんだろうが、作った奴の腕はいいとこ二流ってとこだな。これなら撃ち続けりゃあ日が暮れる前に抜けそうだ。おうテメエら! 聞いてたな!? あとは撃ちまくるだけだ! もう合図はしねえからぶっ倒れるまで放ち続けろや!」
一瞬の間を置き、ふたたび並んだ〝杖〟が魔法を発動する。
そこからは城壁へ向けひたすら光弾が発射され続けた。




