第十二節 『研究者』
サクヤが額の目を閉じると、ミツキの体からがくりと力が抜けた。
はじめてサクヤの瞳に射竦められた時に「こんなものは外法ですらない。カエルがヘビに睨まれて動けなくなるのと同じだ」と言われたが、絶対嘘だとミツキは思う。
「サクヤ! おまえ――」
「大事なところだ。少し黙っていろ」
また自由を奪われぬよう、視線を外しながら憤るミツキの声をサクヤはすげなく遮った。
声を詰まらせたミツキは、サクヤの方を見ることができないので、仕方なくサルヴァの様子を窺う。
第一王女専属親衛隊の隊長は、口に手を当て考え込んでいる。
「どうした親衛隊長殿? 先程の条件を飲むか否か、己ひとりの裁量では決められんか?」
「ああいや、そうじゃない。その条件なら、できる限りのことはさせてもらう」
「できるかぎり、だと?」
「ああ、そうだ。実のところ、キミたちを召喚するに至った経緯とその方法、あと目的なんかについても、詳しいことはわからないんだ。それに、今となってはもう、調べることも難しい」
「おまえたちのしたことだろう。それがわからんとは、どういう意味だ」
「あの計画は、今病に臥せっておられる現国王陛下が主導で進めておられたのだ」
サルヴァの話によると、国王に召喚実験の計画を持ち掛けたのは、カルティアから亡命してきたという魔導学者の集団だったという。
カルティアの魔導技術の高さゆえ、その亡命者たちはかなりの特権を与えられ、王都郊外の地下に研究施設を与えられていた。
その者たちがある時、王に件の計画を持ち掛けた。
詳細は王だけが知らされたが、計画を受け入れた王は研究チームに規格外の資金を提供し、それ以外にもあらゆる協力を惜しまなかった。
例えば、第一王子に命じて監獄を空けさせたのも、召喚した実験体を入れておくためだった。
そして、計画が開始されると、地下研究施設で召喚された被召喚者たちは監獄に搬送され、選別までの期間、隔離された。
計画は順調に進んでいるかに思われたが、召喚実験の最中に計画の続行が困難になるような出来事に見舞われた。
王が病に倒れたのだ。
最初に召喚された実験体の選別まではどうにか行われたものの、計画にかかる費用は実は莫大なものであったことが発覚し、王の後を引き継いだ王子たちは即時計画の中止を決定。
カルティアの研究者たちも、王を唆した嫌疑がかけられ、捕縛される寸前だった。
しかし、研究者たちは捕縛に向かった衛兵が到着する前に、研究所もろとも自爆していた。
結局、その事件で研究者のほとんどは死に、施設も瓦礫に埋もれてどんな設備があったのかさえ今となってはわからない。
研究者以外では唯一計画の全容を知っていた王も、もはや二十四時間体制で魔法をかけ続け、辛うじて延命しているような状態であり、意識が戻る見込みもないのだという。
「なるほど、もはやどんな計画だったのか、どうやって召喚したのか、どちらも知りようがないというわけか」
「残念ながらね。キミらの後、追加で召喚が行われなかったのも、キミらの身柄がけっこうな日数放っておかれたのも、そういうわけなんだ」
サクヤの表情は普段の能面に戻っているが、ミツキの目にはこころなしか落胆しているように映る。
「……あれ、でも待てよ? 今研究者はほとんど死んだって言ったよな」
「そう、自爆して死んだのは全員じゃあない。カルティア研究者のチームでひとりだけだが生き残りがいる。ただ……」
「ただ……? なんだよ」
「その女は、他の召喚実験の研究者とは違って、魔導エネルギーの研究者でね。ここに来たのも、召喚に必要な機材の整備と運用のためのエンジニアとして、他の研究者にスカウトされる形で同行したに過ぎないそうだ。彼女とは一度面会したことがあるのだが、完全な技術屋で召喚実験自体には関わっていないどころか関心すらも持っていなかった。そんなわけで他の研究者とは必要以上の交流もなく、自爆についても何も聞かされておらず、たまたま不在だったため巻き込まれずに済んだらしい」
ミツキとサクヤは顔を見合わせた。
たまたま助かったというのが、いかにも怪しい。
あるいは、自爆ではなく、その女が何らかの理由で消したのではないか。
「その研究者と会うことはできるか?」
「まあ、できないこともないが、それが条件ということでいいのかな?」
「ああ、かまわない。ただし、会うのは暗殺実行の前だ。やることやらされて、後で反故にされては叶わんからな」
「かまわないよ。では、そうだな、明後日にでもキミたちふたりを彼女のところに連れて行こう。ただし、キミらの満足のいく情報が得られなくても、責任は取れないからね」
「わかったそれでいい」
話がまとまると、騎士団は撤収を始めた。
「ではミツキ、暗殺の詳細については研究者との面会の後に話し合おう。キミが協力に承諾してくれてティアも喜ぶだろう」
そう言って、サルヴァは帰って行った。
「オレは一度も承諾した覚えはないんだけどな……」
「あのお姫様を王にせねば国が亡びるというのだ。そもそもおまえに選択肢はなかった。ならばできるかぎりこちらの希望を飲ませるのが最善だろう」
悪びれもしないサクヤに、ミツキは嘆息する。
「そのために、この国の民やオレの命まで盾にして交渉するとか、迷惑なんだよ」
「ああ、あれを信じたのか?」
ミツキはギョッとしてサクヤを窺う。
「は? 信じたのかって、まさか……」
「虚仮威しに決まっているだろう。交渉というのは、ああやるものだと憶えておけ」
それだけ言うと、サクヤはさっさと自室へ引き上げて行った。
その背を呆然と見送るミツキの背後では、ソファの影でオメガが未だに震えていた。
二日後、ミツキとサクヤを迎えに来た馬車が向かったのは、なんと、かつて自分たちが収監されていた監獄だった。
懐かしきかな始まりの場所、などと感傷に浸れるはずもない。
できれば二度と来たくなかったと、ミツキは大きなため息をつく。
正面の巨大な門を潜り、馬車の窓へ眼を向けると、外には異様な数と大きさの建築群が延々とそびえている。
敷地の広さだけであれば、王宮以上かもしれないとミツキは思う。
以前、非市民区の女商人、イリスに聞いたところによると、この施設を造るために非市民区の一区画を潰し、大規模な暴動が起こったというが、なるほどと思わせるものがある。
しかし、大きいのはあくまで規模だけで、景観は実に味気ない。
小さな窓が等間隔で並ぶ立方体や円柱の中を駆け抜けるのは、小人にでもなって、転がった積み木の間に迷い込んだような錯覚を覚える。
時折、建物と建物の間の薄暗い空間に、金網張りの運動場のような空間が見えるが、人気は皆無だった。
というか、この敷地内に入ってから、一度も人影を見ていない。
もしかしたら、自分たちが出された後も、囚人は入れられていないのかもしれないと、ミツキは考える。
唐突に馬車が停車し、ミツキたちが降車すると、部下と思しき騎士ふたりを従えたサルヴァに迎えられた。
「よく来たね。件の人物は、この特別監視棟に収監されている」
そうサルヴァに言われ、見上げた建物は、〝特別〟というわりには、他の建物との違いがわからない。
「まあ、監獄に求められるのなんて機能性だけだからね。どこの建物も、似たような外観なのは仕方がない。とはいえ、ここに入れられているのは主に政治犯などだ。貴族も多いから中の設備はキミたちが入れられていた棟とは比べ物にならないほど過ごしやすいと聞いている」
ひと口に監獄と言っても、身分や量刑に応じて設備に差があるらしい。
おそらく、自分たちの入れられていた場所は、最も劣悪な施設だったのではないかとミツキは予想する。
「施設のことなどどうでもいい。早くその研究者とやらに会わせろ」
サクヤの言葉に苦笑を浮かべたサルヴァは、ミツキらについて来るよう伝えると、建物の入口へと歩き出す。
自分たちがこの世界に召喚された経緯を知るかもしれない人物との対面を控え、ミツキは高鳴る胸を押さえつつ足を踏み出した。




