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マッド ファンタジア ・ カーゴ カルト  作者: 囹圄
第四章

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第七節 『箱庭』

 扉の向こうから()れた光が目に差し込み、ミツキは反射的に手をかざして視界を遮った。

 どうやら、扉の内は外の宮殿廊下よりも大分明るいようだ。

 掌の隙間から洩れる光に目を細めながら、ゆっくりと手を下ろして扉の中へ視線を向ける。

 目の前の光景を視認し、ミツキは細めていた目を大きく見開いた。


 ドーム状の空間に、奇妙な庭園が広がっていた。

 広さは野球場のグラウンド程だろうか。

 庭園といっても、地面は土でも芝生でもない、白くてふわふわした何かが敷かれており、ぱっと見は雪原のようだ。

 ところどころ花が茂り、ミツキから見て右手側には疎らに木々が生え、左手側には泉が湧いている。

 しかし、どれも何かが不自然だ。

 屋内ということで天井は外の宮殿と同じ半透明の王耀晶(ヴェリスティザイト)に覆われているが、壁面には複雑なモザイクを描いたステンドグラスがはめ込まれ、そこから色とりどりの光が差し込み、純白の地面を虹のように染めている。


「……なんだ、ここ」

「さあ、ミツキ、こっちだ」


 サルヴァに促され、ミツキは扉の内へおずおずと足を踏み入れる。

 踏みしめた純白の地面は、マシュマロのように柔らかく、足が十センチほど沈んだ。


「な、なあ、本当にここにティア様がいるのか?」

「ああ、とにかく私の後についてきてくれ」


 ミツキは前を進む近衛騎士の背を追って柔らかな足場に苦心しながら足早に進んだ。

 歩きながら周囲を観察する。

 まず驚いたのは生い茂る草花だ。

 葉脈には金の筋が走り、花弁は原色に透け、中心の雌蕊(しずい)はカットされたダイヤのように光を乱反射して輝いている。

 一瞬、細工物かと思うが、それにしては質感が妙に生々しいようにも見えた。

 続いて木々に視線を移す。

 どの木も果実をたわわに実らせているが、なぜか一本の木に複数の種類の実が生っている。

 接ぎ木をすれば不可能ではないだろうが、もしそうやってこの状況を作り出したのだとすれば、途轍もない手間だろう。

 というか、この奇妙な地面にどうやって木々が根を張っているかが不明だった。

 サルヴァに従って泉に近付く。

 水が仄かに青く色付き、底の方から常に細かな泡が湧き上がっている。

 ほとりに屈んだサルヴァは、泉に手を差し入れつつミツキに振り返る。


「ここまで歩いて喉が渇いただろ? キミもちょっと飲んでみるといい」


 そう言って、手で掬った水を口に運んでみせる。

 少し警戒しつつ、ミツキも倣う。

 口の中で泡が弾け、馥郁たる香りが鼻腔に満ちた。

 驚きに大きく目を見開きながら口内の液体を飲み下したミツキは、口の端から薄青い流れを滴らせながら呟く。


「……酒だ」


 さほど強くはない。

 果実のような口当たりで、上等なスパークリングワインといった感じだ。

 喉を潤したところで、再び歩き出したサルヴァの背中を見ながら、ようやくこの場所のことがわかってきたとミツキは思った。

 宝石の花も様々な実の生る木も酒の泉も、おそらくはあのお姫様の贅沢のために用意されたのだろう。

 彼女の趣味に合わせて大分ファンシーではあるが、まるで酒池肉林だ。


 ここにきてミツキは強烈な不安を感じていた。

 いくら権力者だからといって、宮殿内にこのような庭園を造らせるなど、放蕩が過ぎているのと言わざるを得ない。

 昨日会った際の印象から、少々頭の緩そうな世間知らずの少女と考えていたが、実はとんでもない悪女なのではなかろうか。

 今になって、自分は何かとんでもない勘違いをしていたのではないかと不安を覚える。


「キミの考えていることはなんとなくわかるよ」


 前を行くサルヴァの声に、ミツキはギクリとして足を止めた。


「ただ、彼女が水晶宮の奥にこのような場所を持っているのには事情があるんだ。それだけは理解しておいてほしい」

「事情?」

「ああ。まず、彼女は先程言った通り〝祝福持ち〟だ。直接政務には携わっていないが、その力を使って大きな成果を上げている。彼女程国に益をもたらしている人物は、間違いなく存在しないと言えるほどにね」

「あの、お姫様が? 正直、にわかには信じ難いな」

「まあ、昨日話した限りではそう感じるだろうね……そうだな、キミは国家においてもっとも大切なものとは何だと思う?」

「唐突に何だよ? そんなの、ひとつに絞れるものでもないだろ。土地に資源、法に経済、状況によっちゃ軍事力も重要だろ」

「ああ、それはそうなんだが、もっと大雑把な話さ。まあ、正解を言ってしまえば〝人材〟こそ何より価値がある資源だ。極端な話、司法、行政、軍事、経済産業、あらゆる場所に頭抜けた才覚を持ち役職(ポスト)に相応しい人格も備えた人物をピンポイントで配置することができれば、それだけで国というものは問題なくまわる」

「でも、そんな都合良く人材なんて揃うものじゃないだろ。優秀な者が正当に評価されないことや、逆に取るに足らない奴がコネや家柄だけで重要な役職に就くなんてのもよくあることだ。まして、階級格差のでかいこの国ならなおさらだろう」


 ミツキは非市民区の様子を思い浮かべる。

 城壁との間にあれ程広大な土地を設けてまで市民区との距離を隔てているのだ。

 ああいう場所に生まれ育った人間が、上の階級の人間から正当な評価を受け重用されることなどまずないだろう。


「しかし、ティアの力ならそれが可能なんだ」

「なに?」

「〝人見の祝福〟。それが、ティアが生まれ持った才能だ」

「ひとみ? 人見、か。もしかして、人間の素養を見抜くってことか」

「まあ、だいたいそんな理解であっているよ。才能や素養はもちろん、性格や嗜好、果ては運勢や漠然とした運命まで見抜くことができる。その才能をもって、これまで彼女が見出してきた人材は数知れない」

「そりゃ……確かにすごい力だな」


 つまり、己もその能力によって見出されたのだとミツキは察した。


「それだけじゃないよ? 特筆すべきは、彼女と同じ〝祝福持ち〟の発掘さ。実は〝祝福持ち〟というのは当人に自覚がなく周囲にも気付かれず、その稀有な才能を開花させないまま一生を終えることがかなり多いとされている。それは、世の〝祝福持ち〟に下層階級出身者がほとんど確認されていないことから証明されている」


 それはそうだろうなとミツキは考える。

 非市民区の人間は魔法教育を受けていない。

 ならば、自分に魔法の才能があるか否かなど、測るための物差しすらないはずだ。


「〝祝福持ち〟の力というのは、途轍もないものが多い。例えば、〝祝福〟を攻撃魔法に応用できる者が軍にいる場合、少なくとも並みの兵士千人以上の戦力になると言われている。つまり、〝祝福持ち〟というのは才能や素養などというものを超越した、いわば超人だと言って良い」


 〝祝福持ち〟とやらがとんでもないことをやらかすというのは、アタラティアの四街道を敷いたという〝道の祝福者〟の例からも想像できた。

 そして、そう考えれば、そんな人間を見出したうえ有効活用することにも力を発揮するドロティアの能力は、確かに途轍もない国益をもたらしているのだろうと想像できた。


「彼女の能力は相手と対面せずとも発揮できる。本人に聞いたところによると、彼女は上空から地上を俯瞰(ふかん)するようにして、人の放つ魔力の輝きを見ることができるのだそうだ。無論、そんな魔法はない。彼女だけが使える固有能力(ユニークスキル)だ。だから、彼女は各副王領を眺め、潜在的な〝祝福持ち〟や人材の発掘を義務付けられている。おかげで、我が国の〝祝福持ち〟の数は他のどの国よりも多いと言われている」

「なるほど。その見返りとして、こんな庭園を持つことが許されているというわけか」

「いや、理由はそれだけじゃない。彼女はそんな稀有な才能を持っているがゆえに、常にその身を狙われている。他国は勿論、国内にも彼女を拉致し、その力を手に入れようという者は少なくない」


 確かに、国家をはじめ、組織を運営する者にとっては垂涎というべき力だろう。

 軟禁でもして力を使わせ続けるだけで、〝祝福持ち〟や優秀な人材をいくらでも発掘できるのだ。


「だから、ティアは安全のためにもなかなか宮殿の外へ出ることができないんだ。彼女は王族という以上にこの国にとって最も有用な人材だからね。昨日、キミらの所へ出向いたのも、実はかなり無茶だった。そんな彼女だからこそ、王はその境遇を不憫に思い、宮殿内ではかなりの自由を許している。この庭園にしても、滅多に外へ出られないティアのために、王が造るよう命じたんだ」


 なるほど、とミツキは思う。

 正直、酒の泉はどうかと思うが、一国の王が国に大きく貢献しながらも不自由を強いられている娘を不憫に思い贈ったというのなら、この異常に造り込まれた庭園にも納得がいく。

 そして、彼女のあの無邪気な様子にしても、国に身を捧げ宮殿での窮屈な生活に耐えるからこその空元気なのではないかと考えられまいか。

 サルヴァの話を聞いたことで、ミツキはドロティアという王女が、最初の印象とは違い、健気で哀れな少女と感じられた。


「悪かったね長々と。キミをティアのところへ連れて行く前に、どうしても知っておいてもらいたかったんだ」

「いや、話してもらって良かった。事前に聞いていなけりゃ、ティア様に対して誤解を抱いていたかもしれない」

「そうか。それじゃあ行こう。もうあと少し歩いたところで待っているよ」


 ミツキの心から、先程までの不安は消えていた。

 当初の予定通り、王女を女として扱うつもりはないが、彼女が己に飽きるまでの間は、せめてできる限り優しく接しよう。

 そう思いを新たにし、ミツキは歩き出したサルヴァの後に続いた。

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