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マッド ファンタジア ・ カーゴ カルト  作者: 囹圄
第四章

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第五節 『悪夢』

 早朝、王宮へ向かうため用意された馬車へ乗り込んだミツキは、これまで通ることの叶わなかった城壁の内へと入り、街中を駆け抜けた。

 馬車の窓から眺める街並みは、やはりというか、中世の西洋を彷彿とさせる。

 大通りや広場、市などにはかなりの人通りがあり、大国の首都らしい活気が伝わる。

 ただし、これまで仕入れなどの目的で非市民区へ通っていたミツキからすると、市民の豊かで清潔な暮らしぶりには複雑な感情を覚えた。

 また、稀に、街中に得体の知れない機械のようなものが設置されていることもあった。

 そのため、魔法の世界というよりは、スチームパンク的な印象を受ける。

 もしかしたら、あれらもカルティアなる超先進国から提供された魔導機器とやらかもしれないとミツキは想像した。


 馬車の乗り心地は極めて快適だ。

 アタラティアへ向かう際に乗った囚人護送車は論外として、闇地狭窄帯を貫く街道を超える際に用意されたアタラティア軍の馬車よりもさらに上等だとミツキは感じていた。

 しかし、車内の空気は決して居心地が良いとは言えない。

 レミリスが同行しているからだ。

 珍しく酒を飲んでいないのはいいが、そのためこの女軍人が本来備える威圧感をダイレクトに伝えて来る。

 しかも、彼女は一言も発することなく、向かい合って座るミツキを無表情に眺め続けた。

 気まずい沈黙と無遠慮な視線に耐えながら、ミツキは窓外に視線を向け、昨晩の他の召喚者たちとのやり取りを思い出していた。



 トリヴィアにはすまないことをしたと思っている。

 あの場で自分の()()()()()を伝えることができていたなら、あのような修羅場にはならなかったはずだとミツキは考える。

 しかし、側壁塔での会話は誰に監視されているかわかったものではない。

 周囲に気配などなくとも、この世界には魔法というものがある。

 だから、昨夜のあの場では口にすることができなかったのだ。

 と言っても、トリヴィアが暴走しかけた際、咄嗟に口を突きそうになったのは、今考えればかなり危なかったとミツキは思う。

 もし、サクヤが昏倒させていなければ、激高したトリヴィアの迫力に負けおもわずしゃべっていただろう。

 そして、それを何者か、例えばレミリスやアリアが盗聴していた場合、サルヴァやドロティアに報告される可能性は高い。

 そうなれば、ミツキの今後の行動に大きな支障をきたすはずだった。


 ミツキの考えというのは、そもそもドロティア王女の相手などまともにするつもりがないということだ。

 昨日の言動を見て感じたのが、彼女は体こそ成熟しているが、中身は甘やかされて育ったただの子どもだということだった。

 おそらく、精神年齢はペルよりも低いだろう。

 サクヤは〝たらし込め〟などと言っていたが、子ども相手にそんな気など起きようはずもない。

 だから己は、彼女のままごと遊びに適当に付き合ってやればいいのだとミツキは考えている。

 なにしろ、子どもの相手が得意というのは、開拓村で実証済みなのだ。

 そして、彼女が自分との恋人ごっこに飽きた頃にでも、あらためてサルヴァに自分たちの待遇改善を交渉すればいい。

 それまでは、今まで苦労させられた分、せいぜい贅沢な暮らしを満喫させてもらおうと考えている。


 ただ、ドロティア王女から向けられる好意を利用することに思うところがないわけではない。

 客観的に見て、決して褒められた行動ではないと理解している。

 しかし、と思う。

 それでも、再びどこぞの戦場に出て、無益な殺し合いをさせられるよりは、ずっといいはずだ。

 開拓村の襲撃の後、ミツキはもはや躊躇うことなどなく砦のブシュロネア兵たちを数え切れぬほど殺した。

 その時は、自分の中で何かが吹っ切れたような気になっていた。

 しかし、今思えばあれは、目の前でペルを殺された怒りと後悔で、心のタガのようなものが外れていただけだとわかる。

 開拓村でサクヤに語った覚悟も、昨日の訓練でトリヴィアに示した想いも、決して偽りではない。

 だが、どんな信念があろうと、憎くもない人間を手に掛けるという行為を簡単に割り切れるはずなどなかったのだ。

 アタラティアから帰還し、側壁塔での生活に戻ってから、ミツキは毎日のように夜中に悪夢で飛び起きるようになった。

 悪夢の中で、ミツキは決まって足元に横たわる屍を見つめていた。

 その屍は、時にペルであり、時に迎撃戦の後で反吐を吐きかけた少年兵だった。

 そして、気付く。

 自分の手が、その屍の主の血に塗れていることに。

 そこで、悲鳴を上げて飛び起きると、決まって毛布は冷や汗でぐちょぐちょになっていた。


「もう、うんざりなんだよなぁ」


 レミリスに見られているのも忘れ、ミツキは小さく呟いていた。




 王宮の敷地に入ったのは、正午を回った頃だった。

 ミツキの体感ではあるが、六時間程は馬車に揺られていたはずだ。

 巨大な鳥のような馬に引かれた馬車の速度は、一般道を走る自動車の速度と大差ないように感じた。

 そう考えれば、王都は自分が想像していたよりも、ずっと広そうだとミツキは驚いた。

 しかも、王宮内の敷地がまた広かった。

 用途のわかならい巨大な施設の前を横切り、美しい庭園に沿って進み、体感で三十分以上走ったところで、ようやく馬車は停車した。


 降車したミツキは、目の前に聳える構造物に圧倒された。

 端の部分が三階程の高さの建物は、内に向けて大きく盛り上がり、中央に尖塔を形成している。

 上から見れば、まるでウェディングドレスのスカートのように、地面に向けて広がっているのが見えるだろう。

 そのスケールは極めて大きく、尖塔部分との距離から察するに、建物の端から端までが二~三キロ、頂点の高さは軽く八百メートル程あるのではないかと思われた。

 そして大きさ以上に特筆すべきなのが、その材質だ。

 構造物のすべてがガラスのような透明な物質で構築されており、しかもひと目見た限りでは鉄骨などまったく使われていない。

 プリズムのように輝く建造物を前にして、ミツキは以前この塔を見た記憶を思い出していた。

 召喚された後、十日間閉じ込められた独房から解放され、屋外に出て最初に目にした塔に間違いなかった。

 監獄は非市民区に建てられていたはずだが、あの時の出口は監獄の四階付近に位置していたらしいということが非市民区に住む悪童兄弟の兄、タイロスの証言から判明している。

 王都の広さは先程実感したばかりだが、高所からであればこの建物が見えたのも不思議ではないと、ミツキは納得していた。


「すごいだろう? ティファニア王都の象徴、水晶宮(クリスタルパレス)は」


 正面から声を掛けられ、尖塔に向けていた視線を下ろすと、目の前には第一王女専属親衛隊の筆頭騎士サルヴァ・ディ・ダリウスが昨日と変わらぬ笑みを浮かべ立っていた。


「よく来てくれたねミツキ。キミならティアの願いを受け入れてくれると信じていたよ」

「わざわざ迎えに来たのか? あんたけっこう偉いんじゃないのかよ。案内ぐらい部下に任せてもいいだろうに」

「そういうわけにはいかないよ。今日から君は大事な仲間なんだからね」

「え? ああ、そう?」


 意味深な笑みを浮かべるサルヴァに、ミツキは一瞬引っ掛かるものを覚える。


「王子や王女は水晶宮の一区画を与えられている。早速だけど案内するからついてきてくれ」


 そう言って踵を返したサルヴァの後を追おうと、ミツキは歩き出しかける。


「待て」


 唐突に、背後から声を掛けられ、ミツキは振り返る。

 呼び止めたのはレミリスだった。

 馬車から降りるとミツキの方へと近づいて来る。

 そのまま、息がかかるほど間合いを詰められ、その距離感にミツキは狼狽える。


「ちょっ! なになに!?」

「黙って聞け」


 レミリスの囁くような声に、ミツキは口を噤む。


「もし、途中で気が変わったら……」

「え?」

「夕暮れまでは、そこの木陰に馬車を停めて待つ」

「それは……どういう……」


 レミリスはミツキの疑問になど聞く耳も持たず、馬車へと戻って行った。

 何のつもりだったんだと、呆気にとられるミツキに、サルヴァの声が届いた。


「何をやっているんだい? ちゃんとついてこないと迷ってしまうよ?」

「あ、ああ……悪い、すぐ行く」


 そう大きく声を返し、ミツキはサルヴァの後を小走りで追った。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 不穏な流れになってきたなあ
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