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マッド ファンタジア ・ カーゴ カルト  作者: 囹圄
第四章

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第二節 『訪問者』

 午前の稽古を終えて戻る途中、ミツキとトリヴィアは森の中で同時に足を止めると、怪訝そうな表情で顔を見合わせた。

 側壁塔の方向から、なにやら物々しい空気を感じたからだ。


「なんだ、トラブルか?」

「いや、そんな感じの雰囲気でもないような……とにかく少し急ごう」


 小走りに駆け、側壁塔に近付くと、案の定、視界に見慣れぬものが映った。


「……なんだあれ?」


 側壁塔の前に到着したふたりは、目の前の光景に、しばしの間言葉を失った。

 普段は閉じられている巨大な正面扉が開け放たれ、その入り口を覆うようにして天幕が設置されている。

 天幕の布地は桃色や黄色の花柄に金糸の刺繍があしらわれている。

 ミツキがこの世界に抱いている殺伐としたイメージとは真逆のファンシーなデザインだ。

 その入り口では、アリアに似たメイド服の女たちや燕尾服を着用したバトラー然とした男たちが荷物を運びこんだり持ち出したりして忙しなく動き回っている。


「どういうことなの?」

「もどったな」


 戸惑いの声を漏らしたミツキは、横から声を掛けられ視線を向けると、いつの間にかサクヤが傍らに佇んでいた。


「おまえたちが稽古に出て間もなく、監督官殿に表で待てとだけ言われて締め出された。すると、こ奴らがやって来て塔の門を開き、天幕を組み始めたのだ」

「なんのために?」

「説明は受けていない。が、なにやらけばけばしい輿(こし)のようなものが運び込まれるのを見た」

「輿?」

「そうだ。おそらく、人が乗っていた。となれば、この見た目からして貴人だということは推測できる」

「いや、なんでそんなのがここに来るんだよ?」

「私が知るわけもない。しかし、まあ、ある程度の推測はできる」


 サクヤは天幕に向けていた視線をミツキに向けながら続ける。


「アタラティアでの戦いで我々は結果を出した。これまでかなり粗雑に扱われてきたが、評価をあらためた監督官の上役が直接様子を見に来たのかもしれん」

「なるほど」


 つまり、おまえの期待通りに事が運んでいるわけだと、ミツキは内心で思う。


「しかし、だとすれば妙でもある。あの監督官は自分が軍属だと言っていた。つまり、あれの上役であれば軍の高官というのが妥当だろう」

「ああ、そうか。目の前の天幕は、どう見ても軍のものには見えないよな」

「そうだ。そしてあの天幕の意匠から察するに、どうもまともな感覚の持ち主とは思えん。余程の大物でなければ変人の可能性が高そうだ」

「それは、まあ、わかるよ……ところでオメガはどうした?」

「奴は私と一緒に追い出されたが、見ているのもバカバカしいと言って森の中へ姿を消した。まあ、また鹿や兎でも狩っているのだろう」


 三人は中に入ることもできず、しばらくの間並んで、天幕とそこに出入りする人々の動きを眺め続けた。



 小一時間程が経過し、人の出入りが途絶えた頃、正門に張られた天幕ではなく、普段の出入りに使っている門の脇の扉からアリアが現れた。


「お待たせいたしました皆様。おや? お犬様はご不在でいらっしゃいますか?」

「……オメガのことだよな? 大分前に森の中へ入ってったらしい。多分狩りだから日暮れ頃まで戻らないと思う。あと、今の呼び方、あいつの前では使うなよ? 基本的に犬扱いは地雷なんだよ」

「失礼いたしました。肝に銘じます。それはそうと、天幕より中へお入りください。皆様と会いたいという方がお待ちです」

「ん? オレら三人だけでいいの?」

「ミツキ様以外は不在でもかまわないと仰せつかっております」

「なんでオレだけ」


 一瞬疑問を覚えるが、すぐに、以前サクヤと交わした会話が思い出された。

 サクヤは被召喚者の中でも、こちらの人間に近い容姿のミツキだけは、こちら側の人間に取り入ることができるだろうと予想した。

 これは、つまりそういうことなのではないか。

 ちらりとサクヤを窺うと、眉を額の方へと寄せながら薄い笑みを浮かべている。

 そのしたり顔がムカつき、おもわず顔に出そうになるのをどうにか堪え、ミツキはアリアに向き直った。


「それで? いったい誰がオレ等を待ってるんだ?」


 ミツキに問い掛けられたアリアだったが、無表情で口を引き結び、質問に答えようとしない。


「どうした?」

「……申し訳ございません。ご質問にお答えする権限を与えられておりません。どうかご自身の目と耳でお確かめください」

「いや、権限って……まあ、いいや」


 ミツキはアリアの対応を訝しく思いながらも二人を引き連れ天幕へと進んだ。


 天幕の入り口を潜り驚愕する。

 側壁塔内部は色とりどりの布で壁を覆われており、特に正面に見える扉前広間の奥は、設置された天蓋から円柱状に布を張られて中が窺えないようになっている。


「どうなってんだ、これ」

「やあ! キミがミツキだね!」


 屋内の様子を目の当たりにして呆気に取られていたミツキは、唐突に名前を呼ばれて驚き、ぎくりと身を強張らせながら声の方へ顔を向けた。

 ミツキから見て右手の布をかき分けるように現れたのは、二十代半ば程と思われる青年だった。


 服装は、白地にところどころ銀糸の装飾が施されたナポレオンジャケットに似た上着を着用しており、ボトムスは折り目の付いた濃紺のスラックス、靴はやや先の尖った皮革製のショートブーツだ。

 光沢のある紺色のマントを羽織り、腰には豪奢な装飾の施された剣を帯びている。

 容貌は、プラチナブロンドの髪に瞳は不自然な程鮮やかなブルー。

 ハリウッドスターも顔負けといった美丈夫で、人懐こそうな笑みを浮かべている。


 青年の背後にレミリスが従っているのに気付き、ミツキはこの男が彼女の上官かと考え緊張を覚える。

 だから、青年から無造作に差し出された手を見て一瞬戸惑い、すぐに握手を求められていると察し慌てて右手を差し出した。


「話はレミリスから聞いているよ。街道を進軍してくるブシュロネア兵三千を退け、敵の手に落ちた砦に正面から乗り込み奪還したそうだね。私よりも年下に見えるのに信じられないような活躍だ! 尊敬に値するよ!」


 そう言って握った手を上下に振る色男に、ミツキはどう対応してよいのかわからず、口元に曖昧な笑みを浮かべるしかない。

 そんな相手の戸惑いに気付いた青年は、自分の勇み足に苦笑して居住まいを正すと、先程よりも少し落ち着いたトーンで自己紹介する。


「失礼。私は近衛第三部隊長兼第一王女親衛隊筆頭騎士サルヴァ・ディ・ダリウスという。以後、お見知りおきを」

「こ、これはご丁寧にどうも。ミツキです」

「畏まる必要はないよ。お互いの立場など気にせず、フランクにいこうじゃないか。名前もサルヴァと気安く呼んでくれ」


 近衛や親衛隊という肩書から察するに、王族の警護や城の警備を担当していると考えるのが妥当だろうかとミツキは思考する。

 しかも、部隊長や筆頭というのを鑑みるに、この若さでかなりの地位にいると判断できそうだ。

 そんな人物が、己に何の用だと訝しく思う。


 ミツキの疑念になど気付く様子もなく、若き騎士はミツキの背後のふたりにも声を掛ける。


「お二方のご活躍も聞き及んでおりますよ。武芸と魔法ともに無双の強さを誇るトリヴィア殿と未知の魔法と智謀でアタラティアを勝利に導いたサクヤ殿。私も騎士である以上、女性には跪いて礼を示すべきなのですが、今は御前にてお許しを」

「御前?」


 小さく呟いたミツキに意味深な笑みを向けると、サルヴァ・ディ・ダリウスは天蓋の脇へと移動し片膝を付いた。

 近衛を自称する若き騎士の行動と発言に、ミツキはひとつの推測を立てるが、すぐに発想の飛躍が過ぎると己の考えを否定する。

 そんな思考を遮るように、レミリスが三人に歩み寄り、小さく声を掛ける。


「貴様らも跪け。それと、貴様はもう一歩半前へ出ろ。女どもはそのままの位置でかまわん」


 三人は、一瞬視線を交わしてから、監督官の指示に従う。

 言われるままに跪くのは少々癪だが、反抗したところで碌な目に合わないというのは身に染みている。

 ミツキが膝を折りながら横目で背後を窺うと、なぜかトリヴィアの背後でレミリスが膝を折っているのが見えた。

 その不自然な位置に小さく首を傾げてから、膝立ちで深く頭を下げる。

 この世界の礼儀など知らないので、どんなポーズをとればよいかと一瞬迷ったが、すぐに天蓋脇に控えるサルヴァを真似ればよいと思い至ったのだ。


 その場の一同が膝を付いて間もなく、天蓋の中から女性の甲高い声が響いた。


「ティファニア第二十六代国王メイルスト・ライティネン・ガラル・ティファニエラ陛下が第三子にして我が国の第一王女であらせられるドロティア・ライティネン・エル・ティファニエラ姫殿下のご出座である」


 そのセリフを聞き、ミツキは先程の予想が当たっていたことに驚愕する。

 やはり、訪問者は王族だった。

 しかし、そんなやんごとなきお方が、なぜこんな場所へ出向いたのだろうか。

 それに、いくら何でも急すぎる。

 普通なら、王族が特定の施設を訪問するとなれば、遅くとも数ヶ月前から予定を組むものではないのか。

 だが、朝の時点でアリアから何の通達もなかったということは、アポなしで急にやって来たということさえあり得そうだ。

 この国の王族とは、そんなにフットワークが軽いのだろうか。


 ミツキの困惑を余所に、彼の目の前の布は左右にゆっくりと開かれていった。

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