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マッド ファンタジア ・ カーゴ カルト  作者: 囹圄
幕間

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『傍観者たち』

 そっと目を()()()


 程なくして瞼の裏の闇の中に、複数の人物の茫漠とした輪郭が浮かび上がる。

 おそらく、相手にも自分が同じように見えているだろうとその人物は思う。

 あるいは、情報の取得精度を上げ、己の姿を明確な像として捉えているのか。

 知ろうと思えばほんの少し意識しただけでもわかるはずだ。

 しかし、まるで興味のない情報のために、脳のリソースを僅かでも割くことに、意味があるとも思えない。

 そう思考してその人物は、異世界の言葉を自然と思い浮かべたことに気付く。

 その異世界の人類は、この世界の人類と似通った容姿でありながら、己自身を〝魔〟の力の媒体とすることができない。

 この世界の人間からすれば、非常に不便な存在と言わざるを得ない。

 その生態だけを知れば、かの異世界の人類は極めて原始的な生活を送っていると、この世界の人類の誰もが考えることだろう。

 しかし、少なくともその人物の知覚した時代において、かの人類の発展は己の世界を遥かに凌駕していると言えた。


 その異世界では、魔素を元にして現象を起こすというこの世界の人類が編み出した〝魔法〟という文化が、まるで別の形で再現されていた。

 即ち、肉体の代用として高度に発達した道具を用い、魔力の代用として主に電気を動力とすることによって、魔法さながらの現象を引き起こすのだ。

 〝リソース〟という言葉にしても、脳の機能拡張と、極めて高度かつ多様な情報の入出力及び伝達を主目的とした装置の運用に際して用いられる専門的な用語だ。

 その機構を知った際の衝撃を言葉に言い表すことは難しい。

 かの世界の言葉を借りるなら「青天の霹靂」か。

 いや、「目から鱗」か。

 その技術は、転移塔や魔導兵装など、他国への輸出を目的としたさまざまな自国製品に応用されている。


「今回、意識を繋げたのはこれだけか?」


 ふいに、声を知覚し、その人物は闇の中に浮かぶ輪郭のひとつに意識を向ける。

 実際に、その輪郭が言葉を発しているわけではない。

 輪郭の人物が聴覚刺激として送信した情報をあたかも己の耳で聞いたように錯覚しただけだ。

 こんな回りくどい方法など用いずとも、情報の共有は可能だ。

 しかし、今進めている計画の性質上、共有する情報の選択は各個体に一任されており、そのためにわざわざこのような会議(チャット)形式での情報交換の場を定期的に設けているのだ。

 面倒と言えば面倒だが、件の異世界人の物質文明は、まさしく魔法など使えない己の不自由を解消させるために発達したものと考えれば、必ずしも無駄な行為と断ずることはできない。


「また、かなり減ったな」

「意識の喪失ばかりが原因ではあるまい。中には、意図して参加を拒んでいる分体も複数存在しているようだ」

「それはそれでかまわないだろう。肩入れするも傍観するも、すべての裁量は各分体に委ねられているのだからな」

「居ない奴らのことなどどうでもいい。通例通り北部から報告を始めろ」

「ポメラタは私の担当するシャーメスの侵攻を受け三日前に首都が陥落した。担当の分体と召喚体もその際にすべて消失している。というわけで、今回は私から始めよう」


 大陸最北に位置する小国を担当する分体が状況の報告をはじめる。

 シャーメスと言えば、国土は狭く土地も痩せ、なにより軍事的にも弱小国だったはずだ。

 それが、三倍もの国土と十倍近い人口のポメラタを落とすとは、余程優秀な個体の召喚に成功したのだろう。

 とはいえ、己の担当するティファニアとはあまりに距離が離れており、最北の現状など知ったところで、おそらく意味はない。 

 国際情勢を知るための会議ならともかく、これは、あくまで召喚体の現況と各個体の性能を把握するための催しなのだ。


 飛ばす(スキップする)か、とその人物は思う。

 自分たちの情報伝達速度は、その情報量がどれ程膨大であったとしても、瞬きよりも短い一瞬で完了する。

 だから、この会議も、体感でどれだけ時間を費やそうと、現実時間には全く影響を与えない。

 つまり、こうして思考する間も含め、ほんの刹那の間の出来事なのだ。

 そのため、今この場において、特定の情報を意図的に受け取らなければ、感覚的には時間を跳躍するのも同然となる。

 それにしても、あらゆる召喚体の情報を把握しようと意識を向ける者もいれば、自分のように必要最低限の情報だけで充分だと考える者や、そもそも会議に参加さえしない者までいる。

 分体によって随分と思考に差異があるものだとその人物は考える。

 そして、人格というものは、環境によって育まれるものだと、強く実感する。




 遮断した情報の受信を再開すると、会議は南部でも東に位置するディエビア連邦の話に及んでいた。

 少し飛ば(スキップ)し過ぎたかと、その人物は反省する。


「現状、我が国は〝革命者〟を中心とした複数の召喚体が、儀式国であり連邦宗主でもあるダイアスの拘束と支配を逃れており、連邦各地のパルチザンと合流し反体制活動を展開している」


 ディエビア連邦を担当する女の分体の発言を聴いて、その人物は軽い驚きを覚える。

 召喚体の中でも、選別を通過したうえ、今後の活躍が見込める個体に対しては、分類名が与えられる。

 儀式国と選別番号では単純に覚え難いというのが理由だが、分類名にはその個体の特性を表す名が採用されるため、覚えやすいばかりか、その行動や性質をイメージしやすい。


 〝革命者〟は前回の会議で命名された個体だが、件の物質文明の世界からの召喚体ゆえ、魔法を一切使うことができない。

 実は、かの異世界から召喚された個体は、各国で複数確認されている。

 かなり運任せな儀式において、この世界との階層(レイヤー)的な近さから召喚に成功しやすく、また元の世界の知識にも期待して対象に選ばれるわけだが、そのほとんどは選別かそれ以前に脱落する。

 やはり、魔法が使えない以上、この世界で生き残るのは難しいということなのだろう。

 だから、〝革命者〟も次の会議、つまり今回の会議までには落命しているものとその人物は思っていた。


「召喚体の制御に注意を怠った儀式国の責任はでかいな」

「ああ。ディエビア各地で行われる苛烈な階級統治への不満も、あれの価値観とはとことん合わなかったようだ。そして奴は、虐げられてきた者たちを先導し反撃に出た。奴自身の武力は皆無と言っていいが、周囲を固める召喚体の実力は折り紙付きだ。〝革命者〟はそう遠くないうちにディエビア各国の統治機構を解体し、文字通り連邦に革命を起こすだろう」


 ディエビアだけで済めばよいがと、その人物は不安を覚える。

 隣国ブリュゴーリュを挟むとはいえ、かの国は自分の担当するティファニアと同じ大陸最南に位置する。

 革命とやらが飛び火しないとも限らない。

 それに、地理的に盾となるはずのブリュゴーリュを担当する分体が不在なのも気になる。

 前回の会議では、〝鉄騎蟲〟〝無限嬢〟〝雪兎〟〝千軍妃〟〝翼槍〟〝青猫〟といった強力な召喚体が揃ったことを、喜びの感情を隠そうともせずに語っていたが、今にして考えると、隣国担当者の異様なテンションには違和感が残る。

 杞憂であれと願うその人物に、輪郭のひとりが意識を向ける。


「ブリュゴーリュの担当が不在ということは、次はティファニアだ」

「……ああ。ティファニアの召喚体は揃ってアタラ――」

「待った。それなら私も一緒に報告した方が手っ取り早いだろう」


 そう言って言葉を遮ったのは、ブシュロネアを担当する分体だ。

 ブシュロネアは召喚体を利用して、ティファニアの副王領であるアタラティアへの侵攻を行い、結果、両国の召喚体は南部では初めて国と国との戦争という場で敵対することとなった。


「……アタラティアへの隣国からの侵略に対する切り札として紛争地に投入された」


 ブシュロネアの担当者の言葉をスルーして、その人物は話を続けた。


「初戦は、南西部闇地狭窄地帯連絡四街道を下って来る敵軍への迎撃任務で、当方の召喚体四体はこれをすべて撃退することに成功した」

「四街道?」

「〝道の祝福者〟が闇地を貫いて造ったと伝わる四つの街道だ」

「祝福持ちではないだろう。あれを造ったのは、四百年程前の召喚体だったはずだ」

「いや、六百年前だろ」


 輪郭の人物たちが口を挿む。

 この報告が最後になるので、既に報告を終えた連中に集中力が途切れたような言動が目立つ。


「ブシュロネアの召喚体もその侵攻作戦には二体参加していたよ」


 ブシュロネア担当者の発言に、その人物は多少の驚きを感じる。

 作戦の経過は把握しているが、件の迎撃戦において、敵側に召喚体は確認されていない。


「情けないことに認識されることさえなくリタイアしてしまったけどね。まず、第二街道の部隊に参加していた〝鎌蜥蜴〟は一騎打ちで瞬殺されたようだよ。鎧を着ていたから他の兵士と見分けがつかなかったはずさ。そして、第三街道には〝影斬〟が同行していたけど、強力な範囲攻撃魔法に巻き込まれて何もできずに死んだみたい」

「討ち取ったのは、こちらの〝瑠璃夜叉〟と〝火焔獣〟だ」

「他の召喚体は〝邪黒天〟と〝白瘴姫〟だったな。ティファニアは大国の割に数は少ないが、質に恵まれたな」

「いや、〝邪黒天〟は参加していない。選別直後に監督官の判断で排除された」


 その言葉を受け取り、輪郭の人物たちから動揺したような声が伝達される。


「排除だと? 〝邪黒天〟は今回の召喚体の中で、選別時の評価は傑出していた。あれ程の逸材を監督官如きが独断で殺したというのか」

「ティファニアが召喚体を制御するために採用した呪いは極めて強力だが、備えさえできていれば〝邪黒天〟なら耐えられただろう。だが、選別直後でまだ右も左もわからん状態に使われたのではさすがにどうしようもなかったか。つくづく惜しい」

「あれ程強力な個体だ。監督官は恐慌をきたして衝動的に呪いを発動させたのか、それとも自分の手に余ると判断したのか、いずれにせよティファニアは人選を誤ったな」


 周囲から聞こえてくるのは優秀な召喚体を失った嘆きと、監督官の浅はかな行動への批判ばかりだった。

 ただ、その人物だけは、他の者とはまったく異なる意見を持っている。

 確かに、〝邪黒天〟は強力な個体だった。

 しかし、だからこそ、人の手で管理できるのか疑問を覚える。

 実際、召喚体の暴走や造反は珍しくない。

 あれ程の実力者を制御できなければ、下手をすれば人類の脅威となった可能性さえあったのではないか。

 あの監督官も、そこに思い至り、殺せるうちに芽を摘んだのではないのか。


「しかし、ちょっと待て。〝邪黒天〟が不在ということなら、残りの街道は誰が担当したのだ?」

「分類名未設定の召喚体だ。選別番号は三二五。〝革命者〟と同じ世界出身の同じ種族だ」


 再び周囲が騒めく。

 妥当な反応だとその人物は思う。


「〝革命者〟と同じ種に魔法は使えないはずだ。もしかして一個体ではないのか?」

「いや、単独で任務にあたった。その召喚体は〝白瘴姫〟による外科処置を受け、後天的に異能を身に着けたようだ」

「異能とは?」

「魔素を魔力に変換して現象を起こすという意味では魔法だ。しかし、詠唱も彫紋も法陣も必要としない。体系化された魔法理論はまったく当てはまらない。そういう意味では魔法とは一線を画す力だ」

「戦力的にはどうなのだ?」

「その作戦ではブシュロネアの将兵に辛勝した後、一方向から突撃してくる歩兵やその後方の弓兵、そして魔導兵を合わせて百名程殺して部隊を退けている」

「興味深い、が〝邪黒天〟には遠く及ばんな」

「ああ、ただし、その後開拓村の警備に回され脱走兵との戦闘になったのだが、能力値に大幅な向上が見られた。目を見張るほどの成長速度には期待できる。最後に砦を陥落させた作戦でも、〝白瘴姫〟の死霊魔術(ネクロマンシー)()()()と、その分類名未設定の個体が大きく貢献している」

「死霊魔術だと? 多芸というのは知っていたが、そんなものまで使うのか」

「先の街道迎撃戦にて、〝白瘴姫〟は未知の能力で敵兵の死体を影の中に封じて保有していたらしい。その死体を歩かせて、味方と勘違いした敵に砦内へ迎え入れさせた。〝白瘴姫〟を除いた三名も同時に侵入し、当初は敵指揮官を確保もしくは殺害する予定だった」

「おっと、ここで私にもブシュロネア側の召喚体について報告させてくれ」


 ブシュロネアの担当者が再び口を挿み、皆がそちらに意識を向ける。


「こちらの召喚体の最高戦力である〝巨凱〟は砦の陥落に貢献するも、その武力と扱い辛さゆえブシュロネア軍の総指揮官が危険と判断し、この時まで地下に幽閉されれていた。〝巨凱〟を封印したのも召喚体〝閉じ込める者〟だ。封印に特化した奴の能力と、対魔獣用の牢獄の合わせ技の前には、さしもの〝巨凱〟も完全に動きを封じられた。しかし、指揮官はアタラティアの攻撃を察知し、慌てて〝巨凱〟の封印を解いてしまった。長い間封じられていたことに怒りを爆発させた〝巨凱〟は、司令官を追い回した挙句に殺害。一緒にいた副官や部下たち、あと〝閉じ込める者〟もこの時〝巨凱〟に殺されている」

「コントロールはできなかったのか?」

「ブシュロネアにはティファニアのような呪術使いは居ない。だから、召喚体は我々の提供した制魔(せいま)鋏絞帯(きょうこうたい)で行動を制御していたが、〝巨凱〟はあまりに頑強なうえに痛覚刺激への耐性が強く、ほとんど効果がなかったんだ」


 魔物さえ行動不能にする制魔鋏絞帯が効かないなど前代未聞だった。

 つくづくタフな個体だったのだなと、その人物は呆れ半分に感心する。


「ブシュロネア側の召喚体は、この時点で〝巨凱〟を残すのみだな?」

「その通り。〝巨凱〟はブシュロネア軍指揮官を追い詰め殺害した直後、塔の上から飛び降り、そこでティファニア側の召喚体と鉢合わせした」

「その際に〝瑠璃夜叉〟が重傷を負い〝火焔獣〟とともに本陣まで撤退。一騎打ちの末、分類名未設定が〝巨凱〟を撃破した」

「信じ難いな。選別時の〝巨凱〟の評価は相当なものだったはずだ。圧倒的なフィジカルに加え異常な魔法耐性。少なくとも、〝人〟が単騎でどうにかできるとは思えん」

「奴の鎧はブシュロネアが技術の粋を結集して作りあげた逸品だった。あれがある限り魔法以外の攻撃も通用しないはずだったけど、それを〝瑠璃夜叉〟に破壊されたのが大きかったっていうのはあるよ。とはいえ……」

「ああ、分類名未設定というわけにはいかんな。命名を」

「承知した。それでは現時点をもってティファニア国保有の召喚体三二五番を――」


 この展開を予想していたその人物は、既に考えてあった名前を口にする。


「〝覚醒者〟と呼ぶこととする」

「……〝覚醒者〟。たしかに、選別後に能力が覚醒したという稀有な例として妥当な呼び名ではあるか」

「では、これをもって今回の報告会を終了とする。次の開催は予定した月齢に」


 声を受け取った直後、闇の中に浮かぶ輪郭が次々と姿を消した。

 なおもその場に意識を残したその人物は、闇の中にひとつだけ残った輪郭に疑問を発する。


「これからどうする?」

「今回の遠征に失敗したことでブシュロネアは召喚体を失ったからね。盤面からは降りざるを得ないだろう。というか、あれだけの戦費を投入し、大規模な徴兵まで行ったのに、敗戦したことでアタラティアへの賠償も必要となる。正規軍人は勿論、徴兵された兵士らもほぼ全滅。国民の不満は爆発し、アタラティアからは尻の毛まで抜かれ、ブシュロネアは破綻するだろう。逃げるよ。転移塔で本国に引き上げる。後から亡命などされるのも面倒だから、転移塔は時限式の魔導爆弾で破壊するようにしておくさ」

「そうか」

「キミはいいよなぁ。ティファニアぐらいの大国なら相当優遇されてるだろ? まぁ、私はここでリタイアするけど、キミはまだまだ楽しむといいさ。じゃ、脱出の準備があるからこれで失礼するよ」


 ブシュロネアを担当していた分体の輪郭が消える。


「……優遇、ね」


 そう呟き、静かに目を()()




 瞼を開くと、目の前を小さな虫が飛んでいくのが見えた。

 目を閉じる直前に、視界の端に捉えていた蠅だろう。

 周囲を見回せば、目に入るのは石の壁ばかりだ。

 この牢獄に入れられ、何日が経過しただろうか。

 場合によっては、一生このままということさえあり得るだろう。

 しかし、まあいいとその人物は思う。

 少なくとも、当面の間、危険はないはずだ。

 むしろ、ここより安全な場所も少ないとさえ言える。

 それに、どこにいようと、あらゆる情報を手に入れることができるのだから、退屈はしない。

 盤面が動くまで、まだ時間はかかるはずだ。

 それまでは、引き続き傍観を続けよう。

 そう決めると、その人物は再び瞼を閉じた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 百万文字とかいってて凄い 邪黒天とかいう名称のカッコ良さよ そういえば彼の死体はヤベェ女が持ってるから再登場に期待 [気になる点] ティファニアはホントに優秀ですね。ちゃんと召還した化…
2021/03/03 14:10 マスケット銃
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