第三十三節 『全弾』
アタラティア本陣。
副王をはじめ幕僚も兵士たちも作戦の成功を祈り、天幕から出て砦の方を見つめる中、サクヤはただひとり天幕内で酒を食らっている監督官を訪ねていた。
「仮にも監督下の兵が決戦に出ているというのに、ひとり酒とはいいご身分だな」
「そう言う貴様は作戦行動中ではなかったか? 嫌味を言いに来たのであればさっさと持ち場へ戻れ」
「そんなくだらないことのために酔っ払いの相手をするほど暇人ではない。監督官殿の使用人をお借りしたく参上した」
「アリアを?」
レミリスはサクヤに訝し気な視線を送る。
「ああ、トリヴィアが腹部の損傷と出血多量で重体だ。怪我の治療はアタラティア軍の治癒魔導士数人がかりで間に合わせるとして、失血はいかんともしがたい」
「ああ、〝増血〟魔法か」
「そうだ。私もこの世界の事情を自分なりに調べたが、かの魔法は余程特殊な適性を持たないと使えないらしいな。当然だが、アタラティア軍にも使える人材はいなかった」
アリアは闘技場での選別後、出血多量で死にかけていたミツキに〝増血〟魔法をかけ、その命を救っている。
あの時、トリヴィアがミツキの命を長らえさせたからこそ、その光景を見ていたサクヤよって、今度はトリヴィアの命が救われようとしていた。
だが、サクヤの要請に対し、レミリスの返答は冷淡なものだった。
「そうだ。あの魔法は非常に珍しい。いち使用人が会得しているなど、本来有り得ん程にな。そんな魔法を多くの人前で使うということは、今まであれの能力を隠してきた私にとって大きなデメリットとなる。さて、貴様の頼みを受け入れるべきか、拒絶するべきか」
そう言って、濁った瞳の顔に歪んだ笑みを浮かべる。
サクヤは、目の前の監督官を凝視しながら口を噤んだ。
頭の中では、多少強引な方法を使ってでも目の前の女を従わせてトリヴィアを救うか、それともトリヴィアを切り捨てるか、秤にかけている。
しかし、その答えが出る前に、レミリスは面白くもなさそうに鼻で笑うと、簡単に前言を翻した。
「冗談だ。そう怖い顔をするな。アリアを使いたければ好きに使うと良い」
「……恩に着る」
立ち去ろうとしたサクヤに、レミリスが声を掛ける。
「作戦はどうなった?」
この女は、いちいち去り際に呼び止めねば質問もできんのかと、煩わしく思いながら振り向いて答える。
「砦の制圧はほぼ完了したが、予期せぬ戦闘能力を有する個体が出現したため交戦中だ。トリヴィアもそいつにやられた」
「ほう、あれに手傷を負わせる程か。ということは、犬男が単独で対処しているのか?」
「いや、奴ならトリヴィアを担いでこちらに撤退中だ。今は監督官殿が言うところの『あの男』がひとり残って戦っている」
「なに?」
酒で濁った眼を小さく見開いた監督官を一瞥し、サクヤは今度こそ天幕を後にした。
レミリスは、しばらく盃の中の液体に視線を落としていたが、ひと息に酒を煽り呟いた。
「本当に化けるとはな」
壁上広場は耳をつんざくような不快な高音に包まれていた。
トリヴィアたちが撤退した以上、力を加減する必要などない。
浮遊した無数の鉄球は、念動の負荷に軋みを上げ、それが高速回転と微細振動によって、鉄の悲鳴に変換される。
その鉄球のひとつに、ミツキは視線を向け意識を集中する。
鉄球は魔力を帯びると、程なく巨人目掛けて放たれた。
直線的な弾道で巨人に迫った球は、ミツキが中指を振り上げると、その動きに連動するように跳ね上がる。
巨人の頭上で掻き回すように鉄球を飛ばしてから、弾くように中指を折り曲げると、急降下して巨人の肩に命中し、そこから血煙が上がった。
「よし」
やはり、あの分厚い甲冑は、物理攻撃対策だったのだと、ミツキは確信した。
しかし、巨人は鉄球を食らっても、まるで動じた気配がない。
全力で打ち込めば、対物ライフルを食らったように人体が吹き飛ぶ〝飛粒〟の一撃がまるで効いていないようだ。
それがどうしたとミツキは思う。
某B級SF映画の主人公も言っていたではないか。
〝血が出るなら殺せる〟と。
ミツキは浮遊する鉄球を前方へ広く展開すると、その内の十個に魔素を送り込むようイメージする。
動き出した鉄球は両手の十指の動きに連動して複雑な軌道を描いて飛行を始める。
開拓村での戦いを経て、どういうわけか〝飛粒〟の性能は威力、操作性、ともに飛躍的な向上を見せていたが、正確な狙いを付けるなら、未だ指の感覚と繋げて動かす必要があった。
おそらく、経験さえ積めば、ただ思考しただけでも精密な射撃が可能になるとは感じていた。
しかし、とにかく今はこれまで通りの方法でこの局面を乗り切る他ない。
甲冑の巨人を囲むように鉄球を旋回させ、その間合いを徐々に狭めていく。
今なら、三百六十度、どの方向からでも攻撃を仕掛けられる。
一方の巨人は、最初の一撃を受けてから、その場を一歩も動いてない。
どういうつもりだとミツキは訝しむ。
実は初撃が予想外に効いていて動けないのだろうか。
「だったら、このまま蜂の巣にするだけだ」
飛行中の鉄球十個の内、五個をそれぞれ異なる角度から一斉に放つ。
巨人は大きく戦斧を振りかぶると、斧の刃ではなく側面を団扇のようにして振るった。
金音が鳴ると同時に、周囲の空気が薙ぎ払われ、ミツキのところまで突風が吹いた。
「何の真似だ?」
呟いた直後、放った五個の鉄球の内二個が消失したことに気付いた。
〝飛粒〟を発動中の鉄球は、体の一部を遠くへ飛ばすような感覚で操作しており、そのスピードゆえに視覚で認識できずとも、ミツキには位置を把握することができた。
しかし、念動の効果の及ばぬ距離に出れば、その時点で鉄球を認識することはできなくなる。
つまり、甲冑の巨人は、先程の素振りで五個の内二個の鉄球をバッティングして、ミツキの認識できない距離まで吹っ飛ばしたのだ。
「なんて奴だ」
呆れて呟いたミツキだったが、驚くべきはそれだけでないとすぐに気付いた。
命中した三個の鉄球を回収するため、指を折り曲げ動かそうと試みたが、巨人の体に突き刺さった鉄球は、盛り上がった筋肉に埋まってビクともしない。
初撃の鉄球を放置したため今まで気付かなかったが、一度命中した鉄球は、銃弾と同様に再利用できないと考えた方がよさそうだった。
これまで、敵の体を貫いた球を使い回してきたため、さほど残弾を気にせず戦えてきたが、今回はそうもいかないらしい。
「くそっ、鉄球あと何個あるんだ。足りるのか?」
浮遊する鉄球から五個を飛ばし、巨人を周回する弾丸の輪に加える。
巨人はといえば、腰を落として斧をバットのように構えている。
「おいマジかよ。こっちの球が尽きるまで凌ぎ切るつもりか?」
焦りを覚え、十個の球を同時に放つ。
再び振り回された斧は、鉄球四個を弾き飛ばした。
「さっきより多く鉄球を放ったのに、打率はそのままかよ!」
命中率は同じでも、五個中二個と十個中四個では、後者の方が難易度は高いだろう。
つまり、巨人は確実に〝飛粒〟に対応してきている。
しかも、斧の巻き起こした強烈な突風は他の鉄球の軌道をも微妙に逸らし、命中した箇所は狙いから微かにずれていた。
巨人の急所が人間と同じとは思わないが、それでも攻撃がことごとく芯を外せば、巨人の目論見通り凌ぎ切られる可能性は十分にあるだろう。
ではどうすればいい。
そう思考し、ミツキは一瞬で腹を括った。
「経験値を積んでこちらの攻めに対応するってんなら、おまえが慣れる前に押し切ってやる!」
ミツキは腕を振り、指を動かし、浮遊する鉄球を次々と放った。
甲冑の巨人は、その初撃を打ち返したものの、時間差で撃ち込まれる鉄球を立て続けに食らい、その度に血肉が弾け、周囲を紅く染めた。
だがそれでも、甲冑の巨人は戦斧の柄を短く持ち替え、小さく何度も振り回して次々と鉄球を弾き飛ばしていった。
オーケストラの指揮者のように腕を振るい、ピアノを弾くような指使いで鉄球を操りながら、ミツキは残りの鉄球の数を思考の片隅でカウントする。
あと、三十二、二十七、二十二……。
もはや血達磨となった巨人は、しかし動きに衰えは見られない。
もっと速く、もっと強く、もっと正確に、ミツキの集中力も増していく。
巨人の右膝と左肘が弾け、その巨体が微かに沈む。
一気に畳み掛けると決め、残りの鉄球を間髪入れずに放つ。
カウントも佳境に入る。
十七、十三、七、三、〇。
「……球切れ、だ」
目の前に視線を向ければ、甲冑の巨人は上半身をズタズタにされながら、両の足でしっかりと立っていた。
一方、浮かんでいた鉄球はひとつも見当たらず、金属音の絶えた壁上広場は、耳が痛くなるほどの静寂に包まれている。
それゆえに、掠れるようなミツキの呟きは、嫌に大きく響いた。
「この勝負、おまえの勝ちだ」




