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マッド ファンタジア ・ カーゴ カルト  作者: 囹圄
第三章

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第二十七節 『欺瞞』

 第四街道先発隊の隊列先頭が砦の前に到着すると、跳ね橋が下ろされ、次いで正門の扉がゆっくりと開かれた。

 先発隊の兵士たちは先頭の馬車に続き緩慢な足取りで橋を渡り砦内へと侵入する。

 砦内の兵士たちは城壁や建物の上に集まり歓声をもって迎えた。

 誰もが全滅したと思っていた部隊が帰還したうえ、自分たちを攻撃していた敵国の軍を退けたのだから、兵士たちの称賛と歓びは当然だと言えた。

 しかし、収まらぬ喝采の中にあって、砦の中に入った帰還兵たちは顔を俯けて身じろぎひとつしない。

 違和感を覚えた一部の兵士たちは表情を曇らせたり首を傾げたりしたが、それでもほとんどの者は未だ異変に気付いていなかった。

 また、帰還した先発隊に駆け寄る兵士の姿もあった。

 友人知人を発見した者たちだ。


「ケイル! おい、ケイル! よく無事に戻ったな!」


 友人に向かって手を振りつつ、他の兵士たちをかき分け帰還者の列に走り寄ったのは、最初に司令官に進言した若い兵士だった。


「心配したぜ。オレはおまえが戻らないと思ってたから、おまえのおふくろさんにどう伝えりゃいいんだって、ずっと悩んでたんだ。でもこれで、一緒に村へ……ケイル?」


 若い兵士の顔から笑顔が消え、不安そうな表情が浮かぶ。

 生還した友人は汚れ切っているうえに口元を布で覆っているため今の今まで気付かなかったが、よく見れば顔色が青紫に変色し、焦げ茶色だった瞳は白濁していた。


「お、い。大丈夫……か? おまえ、何か病気なんじゃ……」


 若い兵士が友人の顔を覗き込むのと時を同じくして、第四街道先発隊を先導していた馬車の御者にブシュロネアの下士官が接触していた。

 馬車は資材運搬用の簡素なもので、荷車には幌も取り付けられておらず、荷物の上にボロ布が被せられている。

 下士官は馬車の荷にチラと目を向け一瞬訝しげな表情を作ったが、すぐに気を取り直して御者に話し掛けた。


「よく戻った。すぐに休ませてやりたいところだが、まずは話を聴きたい。部隊長はどこだ」


 貫頭衣のフードを目深に被った御者は小さく頷くと、腰のあたりをごそごそと探り、取り出した何かを下士官の眼前に差し出した。


「なんだ?」


 下士官が覗き込むと、御者の掌には小さな鉄の球が乗っていた。


「悪いな」

「え?」


 破裂音が鳴り、下士官が後方へと吹き飛ぶ。

 仰のけに倒れた彼の顔面はクレーター状に抉れていた。

 一瞬、兵士たちは何が起きたのかわからず言葉を失い、砦内に沈黙が訪れた。


「罠だぁ!!」


 叫び声に続いて、砦内を混乱が支配した。

 戦おうと走りだす者と、逃げ出そうと駆けだした者が接触し、多くの兵士が転倒して、中には城壁の上から転落する者もあった。

 矢を番えて先発隊を射ろうとする者を状況を理解していない者が取り押さえ、味方同士で諍いが起こった。

 しかし、大半のブシュロネア兵たちは、未だ何が起こったのかわからず、先発隊と仲間の表情を交互に見て狼狽するばかりだった。


 友人に駆け寄った若い兵士も同様の反応だった。


「な、なんだ? 前方が騒がしいが、なにかあったのか?」


 戸惑いの表情を浮かべる若い兵士の肩に、彼が駆け寄った友人の手が置かれた。

 気付いた若い兵士は、隊列前方に向けていた注意を生還した友人へと戻す。


「ケイルどうし――」


 言い切る前に、若い兵士の喉笛にケイルと呼ばれた兵士が喰らいついていた。


「がはっ! な、んっ!!」


 ブチブチと音を立てながら、喉肉をごっそりと食い千切られ、若い兵士は友人に疑問の視線を投げ掛けながら崩れ落ちた。

 周囲のブシュロネア兵から悲鳴が上がるのと同時に、それまで身じろぎもせず立ち尽くしていた第四街道先発隊の兵士たちは、一斉にかつての仲間たちへ襲い掛かった。


「くそっ! いくらなんでも、胸糞(むなくそ)悪すぎるだろ!」


 先発隊を率いていた馬車の御者に扮していたミツキは、貫頭衣のフードを下ろすと後方で繰り広げられている惨劇に視線を向け毒づいた。

 確かに、これなら確実に砦を落とせるだろう。

 それにしても、もう少し手段を選べなかったのか。

 ミツキは二日前の会議でサクヤが提案した作戦を思い出し表情を歪めた。




「作戦を提案する前に、まずはこれを見てもらいたい」


 副王ウィスタントンやディセルバ准将など、幕僚たちを集めた会議の席で、サクヤが披露したのは異様な光景だった。

 皆に見えるよう前に進み出たサクヤが小さく祝詞を唱えると、足元の影がぼこぼこと波打ち、そこから人間が這い出てきたのだ。

 その人物はブシュロネア軍のものと思われる装備に身を包み、しかも全身の肌が鬱血しているうえ瞳も死んだ魚のように濁っていた。

 一瞬でパニックに陥った天幕内の面々がどうにか落ち着きを取り戻すと、サクヤは皆の前で立ち尽くした不気味な人物の正体について話し始めた。


「この男は第四街道の作戦で捕らえたブシュロネア軍人だ。と言っても、捕獲する直前に毒殺しておいたので、ご覧の通り少々傷んでしまっているがね。防腐処置は施しておいたから、たいして臭いはしないだろう」

「毒殺!? 何を言っている! 今こうして立っているではないか!」

「いや、こいつは死んでいる。私の外法で操っているだけだ」


 反論したサクヤの言葉に、天幕内の空気は凍り付いた。

 幕僚のひとりが、サクヤではなくレミリスに向かって声を荒げた。


「ど、どういうことだ!? 死霊魔術(ネクロマンシー)は法でかたく禁じられているはずだ!」


 レミリスが無言で肩をすくめる一方、サクヤは嬉々として声を返した。


「ほう、この世界には死者を操る魔法があるのか? それは興味深い。是非とも見てみたいものだ」

「何を言っている! 今、自分でやっているではないか!」

「いいや、これは陰陽術における式神の応用だ。人型の紙よりは人体の方が依り代として相応しいと考えたのだが案の定だったな。元々が魂の器なのだから、あとは腐敗さえ防げればそのまま再利用が可能というわけさ。こねくり回した魔素を疑似的な魂魄として降ろしただけで動く動く。と言っても、命令の精度は虫憑きにも劣るから、それほど実用的とも言えんがね。そういえば私の世界の話だが、大陸の道師の中には死体を操る者が存在するらしいが、同じような原理なのかもしれんなぁ」

「な、なにを言っているんだ……」


 天幕内の面々は意味の解らないサクヤの説明に戸惑いの表情を浮かべる。

 無理もないとミツキは思う。

 おそらくこの女なりに噛み砕いて説明したのだろうが、ある程度事情を知る己ならともかく、この女の正体を知らぬ者には何を言っているのかさっぱりだったはずだ。

 珍しく興奮気味の様子から、自分の成果を自慢したいとでも思って早口に説明したのかもしれないが、そもそもこの女は自分が満足することしか頭にないので、まともに理解させる気などないのかもしれなかった。


「この際、その魔法がどういうものなのかなどどうでも良かろう。貴様はそれでどうしようというのだ?」


 そうレミリスが訊ねると、数人の幕僚が「そうだそうだ」「どうするんだ」などと言って便乗した。


「私は影の中に、第四街道を進軍して来たブシュロネア部隊員すべての屍を沈めている」


 サクヤの回答に、天幕内が静まり返った。

 スケールが大きすぎて信じられないが、これまでの実績を鑑みれば嘘を言っているとも思えない、そんな空気をミツキは感じ取った。


「それを一度に影の中から出すことはできるのかね?」


 疑問を呈したのは副王だった。


「ああ、今まで戦闘にも参加せず体内魔素の回復に努めたおかげで、今なら問題なく出せるし、動かすこともできる。先程言ったように細かい仕事はさせられんが、合図と同時に近くの人間を襲わせることぐらいなら朝飯前だ」

「つまり、作戦というのは――」

「そうだ。この屍の兵士を味方と勘違いさせ、砦の中へ入れさせたうえでブシュロネアの兵士たちを襲わせる」


 再びの沈黙。

 幕僚たちは戸惑いの表情を浮かべ、互いに視線を交わし合った。


「それでうまくいくのかね? 我々にはその、屍の兵士たちがどれだけの戦闘能力を有するのかまるで未知数なので、本当にそれで砦を制圧できるのか、どうにも判断がつかないのだが」


 次に発言したのはディセルバ准将だった。

 元々砦の司令官を務めていたというこの男は、初対面の時には心労から酷くやつれていたが、戦況が好転した今は少し血色が良くなっていた。


「屍の兵士……そうだな、今後は屍兵(かばねへい)と呼ぼうか。屍兵は生前のような機敏な動作も戦闘技術も発揮できないだろう。単純な戦闘能力は生きた兵士よりも劣るはずだ」


 幕僚たちの表情が曇る。

 中には首を振って落胆したとでも言いたげな者までいた。


「ただし、元々死んでいるがゆえに切っても突いても死ぬことはない。止めるには、動けなくなるまで肉体を損壊させる、もしくは魔法によって私が施した外法を打ち消すしかないだろう。また、屍兵には痛覚も恐怖もないため、攻撃を受けても怯むことはない。そして、肉体的な枷が外れているので、腕力は常人を遥かに凌駕する。そのうえで想像してみてほしい。砦という閉鎖空間の中で、どれだけ武器で攻撃しようと向かってくる味方の死体の集団に対し、ブシュロネア兵たちは冷静に対処できようか」


 一度は失望を滲ませた幕僚たちの顔は、恐怖のイメージに引き()っていた。

 質問をしたディセルバも、せっかく血色の良くなった顔色を青褪めさせている。


「とはいえ、敵がどんな手を残しているかは未知数だ。そもそも奴らが短時間で砦を落とした方法もわかっていない。ゆえに、屍兵に紛れさせてミツキ、トリヴィア、オメガも砦内に潜り込ませる。おそらく砦内の混乱は想像を絶するものとなろうが、おまえたち三人であればどうにでもなるだろう」

「マジかよ」


 また無茶振りだと、ミツキは顔を顰めた。

 今度はゾンビの群れの中に放り込まれるのかよと不平を口にしかけるが、村とペルのことを思い出して言葉を飲み込んだ。

 この戦争を最短で終わらせるためなら、ゾンビだろうがエイリアンだろうが相手にしてやる。


「しかし、この死体、見るからに〝死体〟すぎよう。こんな兵士が戻ったとして砦に入れるとは思えん」

「死体とわからんほどに汚せばいい。今まで野外に身を潜めていたのであれば、まったく不自然ではなかろう。それと、こちらの兵に砦を攻めさせておいて、屍兵に追い払わせて見せれば、頼もしい味方の帰還ということで喜んで迎え入れるはずだ」


 そう言うサクヤを見る幕僚たちの顔は複雑そうだった。

 勝利を目指すうえでは頼もしいが、人間性が著しく欠落した思考には嫌悪を覚えずにいられない。

 己自身がそう強く感じているだけに、ミツキは彼らの気持ちがよくわかった。

 そんなアタラティアの幕僚の中にあって、副王ウィスタントンだけが、にこやかな表情を浮かべてサクヤの献策を称賛した。


「素晴らしい! それならば、これ以上我が軍の損耗は皆無ということになりますな。よもや敵を打倒するために敵兵の骸を利用するとは、サクヤ殿にしか立てられぬ奇策と言えましょうなぁ!」


 そう言って呵々(からから)と笑ってみせる。

 このおっさんも、やはりとんでもないタヌキだと、ミツキはうんざりした。

 その後、細かな段取りを決め、その日の晩にサクヤが影の中から召喚した屍兵を闇地内に潜ませた。

 トリヴィアとオメガが同行していたからか、低深域の弱い魔獣が襲ってくることはなかった。

 屍兵の汚れは自ら地面を転げさせて付けた。

 そして、ミツキらは物資運搬用の馬車の御者と積み荷に扮し、屍兵を率いてアタラティア軍を急襲し退け、まんまと砦の中へと招き入れられたのだった。

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