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マッド ファンタジア ・ カーゴ カルト  作者: 囹圄
第三章

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第二十一節 『真空地帯』

「アタラティア兵!?」


 確かに、村は襲撃されていた。

 だが、そこにいたのはブシュロネアの部隊ではなく、アタラティア軍の鎧を(まと)った集団だった。


 ミツキは混乱した。

 当然だが、リーズたち警備の兵ではない。

 数が多すぎる。

 ミツキの位置から確認できるだけでも三十人近くは居るようだ。

 では、このアタラティア兵たちは救援で、ブシュロネアの部隊は既に退けられたということだろうか。

 それも違う。

 数軒の家が炎を上げているが、アタラティア兵たちは見向きもしない。

 それどころか、連中は手に松明を持っている。

 状況から察するに、奴らが放火の犯人だろう。

 そう考えていたところ、家の中から住人が火に巻かれて飛び出してきた。

 燃え盛る家を見上げていたアタラティア軍の鎧を着た人物が住人に駆け寄る。

 救助してくれとミツキが祈った瞬間、アタラティア兵は住人を蹴り倒し、仰向けに倒れた胸に槍を突き立てた。

 咄嗟に飛び出そうとして、ミツキは辛うじて自制した。

 あの家の住人は老夫婦だったはずだ。

 夫人は度々施設に足を運び、食事の準備や子どもたちの世話を手伝っていた。

 夫は村に来た当初はミツキに警戒した視線を向けていたが、子どもたちが懐くと顔を合わせるたび笑顔で挨拶してくれた。

 今殺されたのはその夫だろう。

 夫を残して夫人だけが避難しているとは考え辛い。

 つまり夫人は未だ燃え盛る家の中だと推測できる。

 しかし、どう見てももはや手遅れだ。


 怒りと混乱で震える体を必死に抑え付け、ミツキは村の状況を観察する。

 とりあえず、子どもたちの施設は燃えていない。

 だからといってレーナや子どもたちが無事とは限らないが、微かな安堵を覚える。

 村にはアタラティア兵が散らばっている。

 建物に盛んに出入りしている者たちもいるが、中央広場辺りの動きが慌ただしい。

 まるで戦場のようだと思い、その考えを即座に否定した。

 〝ようだ〟ではない。

 戦場そのものだ。


 よく見れば、広場中央辺りにひっくり返った荷車や樽が置かれ、その周囲をアタラティア兵が囲んで槍や斧を振り回している。

 バリケードだとミツキは悟った。

 更に目を凝らせば、バリケードの隙間に人影がせわしなく動いているのが確認できた。

 遠目なので顔はよくわからないが、ちらちらと見える衣服から、立て籠もっているのがリーズたちだと確認できた。

 なぜアタラティアの兵が同じアタラティア軍属のリーズらを攻撃しているのか。

 何がどうなっているのかさっぱり理解できなかった。


「だめだ……もっと情報を」


 呟いたミツキは、バリケードを攻めていた兵士のひとりがこちらへ走ってくるのに気付き、さらに身を屈めつつ腰のポーチに手を伸ばす。

 しかし、兵士はミツキに気付いたわけではないようだった。

 ミツキから向かってやや右に逸れると、数人の兵士の集団に近付き、何かを話し始めた。


 その集団を観察したミツキは、他の兵士たちとは違った印象を受ける。

 鎧は他の兵士と同じアタラティア軍のものだが、対魔法用の鎧布を多く身に着け、得物を携えた姿も妙に様になっている気がした。

 特に目を引くのが、集団の中心に立つ顔面の大部分に入れ墨を施した男だ。

 よく見れば、籠手を外した肘から先も彫り物でびっしりだ。

 右手にボウガンを持ち、長髪を背後で束ね顎に髭を生やしている。

 上背は周囲を取り巻く男たちの中ではやや低めだが、駆け寄った兵士の反応から、集団のまとめ役であるのは間違いなさそうだった。


「もしかして、あいつがボスか?」


 どう見てもカタギではない。

 本当にアタラティア軍なのだろうか。

 ミツキの中に疑念が過る。

 もしや、ブシュロネア軍が変装しているのではないのか。

 あるいは、あの人相から察するに山賊か。

 初戦で多くのアタラティア兵が屍を野に(さら)している以上、鎧を手に入れるのは難しくないはずだ。


 しかし、ミツキの思考は目の前の光景に遮られた。

 集団の中のひとりの手に緋色の光が膨れ上がっているのが見えたのだ。

 以前、森の中でサクヤの傀儡(かいらい)と化した看守が披露したのとまったく同じ光景だ。

 おそらく目視する前から詠唱は始まっていたのだろう。

 入れ墨男に意識を奪われていたうえ、考え事までしていたのが仇となった。

 魔法を発動させつつある男の腕は、バリケードに向けられている。

 もはや、いつ放たれてもおかしくはないだろう。


 ミツキはポーチに手を伸ばしかけるが、思い止まる。

 もし、こいつらが本当にアタラティアの兵士だったとすればどうなる。

 以前、レミリスの言っていた言葉が思い出される。


『逃亡すれば死、私やアリア、兵士や市民に危害を加えても死』


 奴らがアタラティア軍属ならば、それはティファニアの兵士に含まれるのではないか。

 もしそうなら、自分は禁則事項を破ったとして呪殺されるのではないか。

 その一瞬の躊躇(ちゅうちょ)の間にも、光球は輝きを増していく。


「かまうか!」


 ミツキは迷いを振り切って鉄球を掴んだ。

 そして、魔法を使おうとしている男に〝飛粒〟を放とうと意識を向ける。

 途端、己が反吐を浴びせた少年兵の死に顔がフラッシュバックした。

 鉄球を掴んだ右手が震えて指が開かない。

 なんだこれは。

 こんな時に冗談じゃないぞ。

 ミツキは鉄球を捨てると同時に駆け出していた。


「止めろ!」


 叫び声を聞いた男たちが一斉にミツキの方を向く。


「この村の民はアタラティアの領民だ! おまえらがアタラティア兵ならば即刻攻撃を中止しろ!」


 この勧告で相手の出方を見る。

 聞き入れないようなら自分も憂いなく攻撃できる。

 先日の戦いで、最初に相手をした武者を除けば、魔法を一度も喰らわなかったことを鑑みれば、対峙した集団に後れを取るはずがない。

 そんな打算は、次の相手の行動で完全に覆された。

 入れ墨男が魔法を使おうとしている男に声を掛けると、男はバリケードを狙っていた手をミツキの方へ向けた。


「は?」


 ミツキの魔法に対するアドバンテージは、その速攻性によって詠唱完了前に相手を狙撃できるということに他ならない。

 既に詠唱が佳境なら、当然優位性は失われる。

 そんなことも気付かぬほど余裕をなくしていたのかと心の中で己自身を責めつつポーチに手を伸ばすが、既に手遅れだった。


 放たれた光球が目の前に迫り、破裂した炎がミツキを包み込んだ。

 一瞬のホワイトアウトの後、ミツキは己の周囲が炎に包まれていることに気付く。

 咄嗟に念動を使い、直撃する前に火球を爆裂させたのだ。

 しかし、熱風までは防ぎきれず、服は焼け焦げ全身に疼くような痛みを感じている。

 しかも、周囲は激しく燃え盛っており、ぐずぐずしていればあっという間に丸焼けだ。

 ミツキは立ち上がろうとして足に力を込めつつ息を大きく吸った。

 だが、これがまずかった。

 視界が白むと同時に、意識が遠退く。

 ほとんど無意識に剣を引き抜き、腿に突き立てたミツキは、激痛で辛うじて意識を繋ぎ止めた。


 なんだ、今のは。

 疑問への答えを導こうと思考を働かせると、記憶にない知識が頭に浮かんだ。

 ベトナム戦争に用いられたナパーム弾は、急激に酸素を燃焼させるため、火災に巻き込まれなくとも一酸化炭素中毒で周囲の人間を殺したという。

 先程の魔法にナパーム弾程の威力があるかは疑問だが、炎の中心部の酸素がほとんど燃焼してしまった可能性は高そうだ。

 ということは、己は既に酸欠寸前のこの状態から、呼吸無しで脱しなければならないのか。

 再び立ち上がろうとするも、足が震えて力が入らない。

 ウソだろ、と思う。

 ここでこのまま窒息か焼け死ぬのを待つだけなのか。

 その時、男たちの歓声が耳に入り、ミツキは声の方へ視線を向けた。

 男たちは既にミツキに対する関心を失ったらしく、明後日の方向を見て騒ぎ立てていた。

 その視線の先に目を向け、ミツキは愕然とした。


 己の左手にある施設の入り口から、二人組の兵士が出てきたところだった。

 その一方の男は、肩に若い女を担いでいる。

 レーナだ。

 目を凝らして見ると、殴られたのか、顔を腫らしてぐったりとしている。

 ミツキは駆け出そうとして体勢を崩した。

 助けなければならないのに、体の自由が利かない。

 兵士らは入れ墨の男たちの方へ進んでいく。

 兜を被っていないため、ミツキには男たちの顔がよく窺えた。

 下卑た笑みを浮かべた顔は、戦利品を自慢しているようにも、入れ墨男らにへつらっているようにも見える。

 遠くで女が叫んでいる。

 おそらくリーズだ。

 バリケードの内側で奮戦していたところ、姉の危機に気付いたのだろう。

 しかし、あの包囲を突破するのは難しいはずだ。

 己が動かなければならないのに、一酸化炭素に冒された体は、電池が切れたように脳からの指令を受け付けない。

 絶望的な気持ちで男たちの歩みを見ていたところ、予想外の事態が起こった。

 レーナを担いでいた男が唐突に仰け反ると、地面に(くずお)れたのだ。

 倒れる寸前、男の頭に何かが直撃したのを視認していたミツキは、その飛来した方向を見て、おもわず声を上げていた。


「ペ……ル……!」


 森の中から現れたペルが、レーナと兵士たちに向かって駆けていた。

 その右手はスリングを振り回している。

 先程兵士を倒したのも、スリングを用いた狙撃だったのだろう。

 残ったもう一人の男は、腰の剣を抜いて構える。

 ペルはスリングの二射目を放つも、難なく躱された。

 しかし、足は止めず、スリングを手放し短刀を抜く。

 無茶だ、と叫ぼうとするが、掠れた吐息が微かに漏れただけだった。

 剣と短刀では、リーチに差があり過ぎる。

 ましてペルは実戦の経験がないのだ。

 しかし、ペルは微塵も怯む様子を見せず、男に向かって行く。

 倒れたレーナの前に立った男は、踏み込んできたペルの首を刎ねようと、袈裟懸(けさが)けに剣を振り下ろした。

 しかし、間合いに入ると同時に身を屈めたペルは、転がりながら男の横をすり抜けると、最初にスリングを命中させた男の腰から剣を引き抜いた。

 振り返った男は、ペルが手にした剣を目にして、一瞬狼狽した表情を見せる。

 そのスキを見逃さなかったペルは、短剣を鞘に収めつつ踏み込み、上段から二度、相手の頭頂部目掛けて斬りつけた。

 咄嗟に剣で受けた兵士は、少年の意外な膂力に、明らかに動揺していた。

 だから、ペルが三度(みたび)振りかぶった時、剣の軌道も確かめず上段を防御した。

 振り上げた剣を担ぐように肩へ乗せたペルは、兵士の横へと踏み込み、腕の付け根、鎧に防御されていない脇の下に担いだ剣身を当てつつ、すり抜ける勢いとともに振り抜いた。

 右肩の下から鮮血が迸り、悲鳴とともに倒れた男は千切れかけた腕の付け根を抑えてのたうち回った。


 その立ち合いを目の当たりにしたミツキは、酸欠の苦しみも身を焼かれる痛みも、そして自分の置かれた状況さえ忘れ感動していた。

 己が教えた通り、ペルはフェイントで勝ったのだ。

 ほんの二ヶ月弱指導しただけの少年がこれ程の成長を見せるなどとは予想もしていなかった。

 それではあと数年も鍛えたらどうなるのか。

 その想像はほんの一瞬、ミツキに希望に満ちた未来を想起させた。

 だが、もちろん、そんな空想に浸っていられるような状況ではない。

 ペルがレーナを抱き起そうとするのを見て、ミツキは男たちの方へ視線を向けた。

 意外なことに、男たちの大半は突如乱入した少年の勝利に喝采を送っていた。

 もはや予定調和で終わろうとしているイベントに、意外なサプライズが用意されていたのを楽しんでいるといった反応だった。

 だが、ただひとり、入れ墨の男だけは、ペルに対し異常な殺気を放っている。

 ミツキが姿を現した時には、小さな驚き以外にこれといった心の動きを見せなかった男が、何故少年一人にこれ程強烈な感情を向けるのか、ミツキにはわからない。

 だが、少なくとも、部下を殺された恨みに起因するものではないと、なぜか確信できた。

 男がゆっくりとボウガンを持ち上げるのを見て、ミツキは心の中で叫んだ。

 止めろ。

 頼むから、止めてくれ。

 ボウガンの照準を合わせる男の、憎悪に歪んだ顔に笑みが浮かぶ。

 たまらずペルの方へ目を向けると、レーナを引きずるように、森の方へ数歩進んだところだった。

 ミツキは毒と知りながらも無理やり肺に空気を送り込み、()けた喉を震わせて叫ぼうと試みた。


「に……げ……ろ……!!」


 絞り出すことができたのは、ささやきとも言えないような掠れた音だった。

 しかし、その声が届いたのか、ペルがミツキの方へ首を捩り、ふたりの視線がぶつかったように、ミツキには感じられた。


 何か鋭利な物体が、空気を切り裂いた音がミツキの耳に届き、ペルの体が大きく傾いた。

 少年は、丁度ミツキに背を向けるように転倒した。

 その背に突き刺さった矢を中心に、彼の命が漏れ広がっていくのを目の当たりにした瞬間、炎の赤に覆われていたミツキの視界は、鮮血のような紅に染まった。

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[一言] 「そんなことも気付かぬほど余裕をなくしていたのかと心の中で己自身を責めつつポーチに手を伸ばすが、既に手遅れだった」 あまりにも無様な対応に呆れました。
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