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マッド ファンタジア ・ カーゴ カルト  作者: 囹圄
第三章

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第十八節 『指導』

 木剣を振り上げながら踏み込んできたペルをミツキは半身を開いて躱し、すり抜けざまに少年の背を木剣で押した。


「うわっ!」


 体勢を崩しながらも押された勢いを利用し、低い姿勢で回り込むようにして再びミツキに向かって来たペルは、ミツキの死角を突こうと摺り上げるような一撃を膝目掛けて振るった。

 しかし、ミツキの木剣に撃ち落とされたうえ、腹を蹴り上げられ数メートルも吹っ飛ばされ、苦し気に呻きながらもがいた。


「機転を利かせたつもりなんだろうけど、そんなへっぴり腰で斬り付けたって人は殺せないぞ。真剣だと仮定したうえで、さっきのがオレの膝を捉えていたとして、目の前におまえが屈んでいる以上、倒れ際に脳天を割って終いだ」


 ペルは腹を抑えながらどうにか立ち上がる。

 膝は笑っているが、気勢が削がれていないのは目を見ればわかる。


「いいか? 地力で劣るからといって奇策に頼るな。そういうのは基礎ができてこそ効果を発揮するもんだ。オレなら稽古中に誤って大怪我させたりはしない。だから安心してボコられろ。そうやって痛い思いをして強くなるのが一番堅実なんだよ。楽しようとすんな」


 自分を鼓舞するためか、叫び声を上げながらペルは挑みかかって来た。

 少年の攻撃をのらりくらりと躱しつつ時折急所を外して打ち据えながら、ミツキは彼を鍛えることになった経緯を回想する。




 土下座についてどうにかリーズに説明したミツキは、続いてペルから話を聴くことにした。

 断るにしろ引き受けるにしろ、自分に頭を下げてまで頼んだ経緯や動機ぐらいは知っておくべきだと考えたのだ。

 リーズと二人でベンチに腰掛け、目の前にペルを立たせると、不祥事を起こした生徒を説教する中学教師にでもなった気分だった。


「理由? そんなの、強くなりたいからに決まってんじゃん」

「いや、だから、どうして強くなりたいかって聴いてんだよ」

「独り立ちするためだよ。オレの両親はオレが赤ん坊の頃に闇地で魔獣に殺された。だからオレはじいちゃんに育てられたんだけど、そのじいちゃんも四年前に病気で死んで、それからはずっとここで世話んなってる。でもオレは、ここじゃレーナ姉の次に年長なんだ。いつまでも世話んなりっぱなしじゃいらんないだろ?」

「バカねぇ。あんたまだ十三でしょ? 家族もいないんだからまだ甘えてていいのよ」

「良くねえよ! オレの親父たちが死んだのは開拓民として、狩猟者として力が足りなかったからだ! それに、ここにいるにしたって戦う力がなけりゃ何かあったときにレーナ姉やみんなを守れねえんだ! 軍に入ったリーズ姉なら、少しはオレの気持ちもわかるだろ!?」


 ペルに指摘され、リーズは口を噤んだ。


「ん? どういうこと?」

「攻撃魔法とか、あと補助魔法もそうだけど、戦闘用の魔法は一般人が学ぶことを禁止されているの。逆に言えば、軍に入りさえすれば、戦闘用の魔法を学べる。それに、軍属じゃなくても、闇地を開拓する際には戦闘用の魔法を使うことを国は許しているのよ」

「なるほど。だからリーズや他の連中は砦の兵役に就いていると。軍を辞めた後、故郷に戻れば大活躍できるわけだ」

「そう。戦闘用の魔法を使えるってことは、開拓民にとって大きな利点(アドヴァンテージ)になるから。それに兵役に就けば給金も出るから、仕送りもできるしね」

「兵役には何歳から就ける?」

「十五歳ね。私と、この村に駐屯している面子のほとんどは、その歳から従軍してる」

「だったら、あと二年足らずだろ。少し待って軍に入ればいいじゃないか」

「ダメだ。一旦軍に入ったら、最低でも十年は退役できないんだ。そんなの長すぎるだろ」

「でも、軍に入れば仕送りだってできるんだろ?」

「オレは、死んだじいちゃんには何の孝行もしてやれなかったんだ。だからせめて、ここまで養ってくれたレーナ姉にはちゃんと恩返ししたい。金を仕送りするだけとかじゃなく、ちゃんと傍にいて支えたいんだよ」

「おまえ、もしかしてレーナに惚れてんのか?」

「ばっ! そ、そんなんじゃねえよ! ただオレは、役立たずが嫌なだけだ。皆の役に立ちたいんだ」


 気恥ずかしそうに俯くペルを前にして、不覚にもミツキは感動していた。

 見上げた心意気ではないか。

 現代日本の同世代であれば、大多数は家の手伝いすら碌にしないのに、この健気な少年は義理を果たすため何ができるか自分で考え、余所者に土下座さえしてみせたのだ。

 それに、ペルの言葉で気付かされたこともあった。

 ここに来る前のサクヤとの会話で、あれ程(いくさ)(いと)うていたにもかかわらず戦線から外されるのに難色を示したのは、戦うこと以外に存在意義のない己が、その意義すら失うのを忌避(きひ)したからだったのだ。

 ミツキは、役立たずは嫌だというこの少年と己を重ねた。

 しかし、同時にその考えを強く否定もした。

 ペルは家族や仲間のために役立ちたいと志しているのに対し、己は生存と存在証明のためだけに戦うのだ。

 どちらが尊ばれるべきかなど考えるまでもあるまい。


「あんた、滅茶苦茶強いんだろ? 三千人のブシュロネア軍をひとりで壊滅させたってリーズ姉から聞いたんだ」

「おいリーズ、話を盛るな」


 ミツキが睨むと、リーズは誤魔化し笑いを浮かべて目を逸らした。


「え? 違うのか?」

「壊滅はさせていない。撤退はさせたけどな。殺したのは百人そこそこってところだ」

「十分すげえよ!」


 ミツキは少年の表情を注視した。

 視線を受け、ペルも緊張した面持ちで居住まいを正す。

 その瞳は真剣そのもので、だからこそ危ういとミツキは感じた。

 ここで己が承諾せずとも、いつか無茶をするのは間違いないような気がした。


「オレはいつまでここに滞在できるかわからない。呼び出されりゃすぐにでも戻ることになる。それはわかるな?」

「わかってる! けどオレは――」


 少年の言葉をミツキは手で遮った。


「承知しているならいい。明日から稽古をつけてやる。ただし、訓練はスパルタ方式だ。あと泣き言は一切聞かないから覚悟しておくように」


 ミツキの返答に、ペルは瞳を輝かせながら訊ねた。


「恩に着るぜ! でも、〝すぱるた〟って何だ? 聞いたことのない言葉だ」

「ああ、死ぬほど厳しいって意味だ」


 脅すように言っても、少年の顔は不敵にほほ笑んでいた。




 死人のように青褪め、情けなく顔を歪ませて喘ぐペルに、ミツキはバケツいっぱいの井戸水を浴びせ掛けた。


「まあ、初日にしては頑張った」


 髪から水を滴らせながら、ペルはよろよろと立ち上がった。


「くそ……やっと、終わりか。本当に、死ぬかと、思った」

「ああ、午前の稽古は終わりだ。戻って昼飯を食ったら日暮れまでしごいてやるよ」

「……嘘だろ」


 ペルはがくりと膝を付く。

 まあ無理もないとミツキは思う。

 実際、ここまでのしごきについてこられたのには感心していた。

 手加減はしているが、おそらくは長期滞在できない以上、多少無茶なペースで鍛えなければ結果は出せないとミツキは考えている。

 それで音を上げるようなら、訓練を中止するまでだ。


「あ、あのさぁ、あんたが大した剣士だってのはわかったよ。オレもこの村で育った以上、魔獣と戦えるだけの実力者を見て育ったけど、確かにあんたは別格だ」

「そりゃどうも」


 当然だとミツキは思う。

 練気によって身体能力が大幅に向上しているうえ、トリヴィアとの文字通り命懸けの特訓によって人間離れした技倆(ぎりょう)を身に着けたのだ。

 ベテランの開拓者だろうが、今の己とは比較になるまいと確信している。


「でも、いくら剣の腕が立つからって、本当に百人もの兵士を斬って、三千の軍を退けたのか? ちょっと想像がつかないんだけど」

「ああ、いや。先日の作戦じゃ剣はほぼ使ってない。敵の最初の魔法を弾いただけだな。しかも、それも失敗だったし」

「は?」


 ペルはぽかんと口を開けると、一瞬の間をおいて顔を紅潮させた。


「ふっ、ふざけんな! オレは強くなるために特訓を受けてんだ! それなのに、実戦でテメエが使わねえ剣技を教えるとか、ガキだと思ってバカにしてんムグゥ!?」


 言葉の途中で頬を掴まれ、ペルはタコのように口を突き出したながらもミツキを睨み付けた。


「さっき基礎が大事だって言ったばかりだよな? いきなり必殺技だけ教えてもらって強くなりたいなんて虫が良すぎんだよ。まずは体力を付けつつ技術を学ぶ段階だろ?」

へほ(でも)はほうほふはうはあ(魔法を使うなら)はひひょふほは(体力とか)はんへひはひあお(関係ないだろ)!?」

「あー、おまえオレが魔法でブシュロネア軍を退けたと思ってんのか」


 確かに、この世界の人間がひとりで集団を相手にするなら、そう考えるのが普通だよなとミツキは納得した。


「勘違いさせて悪いが、オレは魔法なんて使えないよ」


 そう言って頬を掴んでいた手を放す。


「はあ!? 嘘つくな! それじゃあどうやってブシュロネアを追い返したんだよ!?」

「まあ、こうやってだな」


 ミツキは嘆息しつつ、ポーチから鉄球を取り出す。

 訝し気に見守るペルに見えるよう掌に載せ目の前に突き出す。

 ペルが怪訝そうな目で鉄球に注目したところで、十数メートル程離れた位置の樹に向かって一斉に鉄球を放った。

 一拍置いて、離れた樹から規則的な打撃音が鳴る。


「うわっ!」


 鉄球の消失と同時に顔面へ風を受けたペルは、驚いて尻餅をついた。

 驚愕の表情のまま音の方へ顔を向けると、樹の幹が大きく削れていた。


「え? 今、何して?」


 戸惑うペルを無視して、ミツキは上空に飛翔させた鉄球を操り、再び樹の幹にぶつけてみせた。

 鉄球の打撃に合わせて、樹はマナーモードの携帯電話のように振動する。

 同時に、木片が派手に飛び散り、幹が更に痩せたかと思うと、自重に耐え切れなくなった樹はメキメキと音を立てて倒れた。

 跳ね返った鉄球を再度操り手元に戻す。

 一瞬で掌に戻った球を手品のタネでも見せるようにペルの眼前へ差し出してからポーチにしまった。


「い、今どうやって!? 魔法、じゃないのか!?」

「魔法じゃない」

「いやいや! どう考えたって魔法だろ!? あんなの、それ以外に考えられないって! でも、あんたは詠唱してなかった。ってことは〝祝福持ち〟ってやつだろ!? どうりで強いわけだ! でもって、オレには使えないってことじゃんかよ! くそっ!」

「祝福……? 何の話だ?」

「自分のことだろ!? 何で知らないんだよ! 生まれつき精霊に愛されて、すげえ魔法を使える奴のことだよ! よく知らないけど、詠唱を必要としない奴もいるって聞いたことがある!」


 そんなのもいるのかと、ミツキは感心する。

 どこの世界にも天才は存在するということなのだろうか。


「今のは本当に魔法じゃないんだよ。ただまあ、おまえに使えないってのはその通りだ」

「何だよそれ、ちくしょう」


 ペルは悔しそうに表情を歪め肩を落とした。

 強力な魔法を教えてもらえると期待していたのだろう。

 リーズたち上の世代が魔法目当てに軍に入ったのを見てきたのだから、そこに強さの基準を求めるのも無理はないとミツキは理解した。


「魔法を使えたからって戦いに強くなるとは限らない」

「……気休めだろ、そんなの。剣が強くなったからって、遠距離から魔法で狙い撃ちにされたらお終いじゃないか」

「先日の作戦でオレに対しそう試みたブシュロネア兵の多くは、詠唱が終る前に鉄球に撃ち抜かれて死んだ」

「それは、あんただからできたことだろ? 普通の奴にはそんな真似できないんだよ」

「いや、手がないわけでもないぞ?」


 うな垂れていたペルは、ミツキの言葉に興味を覚えたのか、ようやく顔を上げた。


「訓練を続ける気になったか?」

「別に、魔法を覚えられなくたって止めるつもりはなかったよ。でも、魔法に対抗する術があるんならもちろん知りたい」

「教えてやるよ。でも少し準備が必要だから、午後は予定通り剣の稽古な?」


 うんざりしたように頭を振るペルだったが、顔に浮かんだ苦笑は、落胆から立ち直ったことを窺わせた。

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