第十三節 『不発』
間合いを詰める程に光弾を避けるのは難しくなっていたが、それは相手も同じことだろうとミツキは考えていた。
こうして間合いを詰めるのは非常に高いリスクを伴うが、もはやスタミナが限界だ。
どうにか隙を突き、足を止めて鉄球三個を同時発射するしかない。
遠距離では防がれたが、数十メートルも距離を詰めた今となっては、三方向からの同時攻撃を防ぐのは簡単ではあるまい。
そうやって相手の隙を窺うことに気を取られていたからか、それまで直撃させることを狙って放たれていた光弾の軌道の唐突な変化に、ミツキは意表を突かれることとなった。
敵の手元が光ると同時に飛来する光弾の軌道が、それまでより僅かに低いと気付き、ミツキは咄嗟に跳躍した。
案の定、光弾はミツキが次に踏み出そうとしていた地面を破裂させ、枯れ葉と土煙が飛散する。
「あっぶね!」
辛うじて躱したことに安堵するが、次の瞬間、ミツキの背に悪寒が走った。
今、この状態はマズくないか。
足元への一撃を避けるため、自分は大きく跳躍している。
地に足が付いていなければ、光弾を避ける術がない。
敵の武者に視線を敵に向ければ、その手元には既に光弾が膨れ上がっている。
マズい。
そう思い体を捻りかけた時、相手の口元が小さく動くのを視認した。
「終わりだ」
放たれた光弾は、今度はミツキの上半身を捉える軌道で飛来した。
必死で足を蹴り出すが、つま先が地面を捉える感触は得られない。
迫り来る光弾の向こうに、重装歩兵の顔が窺える。
勝利を確信し、微かに表情が緩んでいるように見えた。
それはつまり、この攻撃を凌ぐことができたなら、自分の攻撃を通すための隙ができるということではないのか。
ならば、何がなんでも、この攻撃だけは躱さなければならないだろう。
高速で飛来する光弾、喝采する敵兵たち、宙を舞う枯れ葉と土埃、そして跳躍から自由落下へと移行しはじめた自分の体、そのすべてをスローモーションのように感じながら、ミツキは意識を集中させた。
途端、引力のようなものを体に感じ、地面が目の前に迫った。
吸い寄せられるようにして両手を地面に付くと同時に、光弾が頭上を通り抜けた。
その空気を切り裂く音に、ミツキの肌が粟立つ。
間一髪だった。
中空を舞う自分の体を念動で動かしたのだが、〝飛粒〟とは違って慣れない力の使い方だったために、躱すのが紙一重になってしまった。
既に落下が始まっていなければ間に合わなかったかもしれない。
だが、と思い、地面から敵へ視線を移す。
案の定、確実に仕留めたと確信していた光弾を躱され、護衛の武者は呆気に取られていた。
とはいえ、奴ならせいぜい一、二秒で立て直すだろう。
十分だ、と心の中で呟きつつ、腰のポーチから鉄球を三つ取り出す。
足を止めさえすれば、鉄球は一度に三個飛ばせる。
今のは危なかったが、今度はこちらの番だ。
今度こそ頭を吹き飛ばしてやる。
「行け! 〝飛粒〟!!」
弾かれたように飛び上がった鉄球は、一直線に護衛の武者へと向かった。
相手が咄嗟に両手の盾を構えるのが見えた。
だが、もはやこの間合いで正確に防ぐことなどできまい。
今度はミツキが勝利を確信する番だった。
金属と金属のぶつかる耳障りな音が、二度鳴った。
しかし、予想した三度目の破裂音は鳴らない。
当然、敵は盾を身構えたまま立ち尽くしている。
「は? ……な、なんで?」
呟いたミツキは、左手の中の異物感に視線を下げる。
手の中に残った一粒の鉄球に目を見開いた。
「……まさか、不発?」
何故だと思い、混乱する頭の片隅で原因を考える。
今の自分は、状況によって鉄球を飛ばせる個数に制限がある。
そして、〝飛粒〟を発動させる直前、宙に浮いた体を念動で動かした。
その分、鉄球へ注ぐエネルギーの供給量が減った、ということではないか。
ギリ、と歯を軋ませる。
絶好の機会を棒に振った。
奴がこんな隙を見せることなど二度とないだろう。
「ちっくしょうが!!」
左手に握った鉄球を怒りに任せて護衛の武者目掛け放り投げた。
放たれた鉄球は、予想外の勢いで真っ直ぐに宙を飛んだ。
例によって野球の技能でも身に着けていたうえに、練気で常人離れした身体能力を発揮しているからだろうか。
それはまるで、イ〇ローの送球を彷彿とさせるレーザービームのような弾道だった。
脳裏に「Beautiful, Tagging got'im! Holy throw by laser-beam strike from Mitsuki!」という大リーグの実況の声が聞こえたような気さえした。
己は右利きと認識していたこともあって、左手で放った鉄球の予想外の勢いにミツキは戸惑う。
これは敵に届きそうだ。
しかし、だから何だというのだ。
常人では視認さえできないだろう〝飛粒〟を立て続けに撃ち込まれても、奴は危なげなく盾で防いで見せたのだ。
放り投げた球などまったく問題にならないだろう。
だから、次の攻撃に備え、走り出そうと足に力を込めた。
ゴッという鈍い音が響き、敵兵たちのどよめきが止んだ。
何だ、と思い視線を護衛の武者に向けると、頭を押さえよろめいている。
「え……どうしたんだ?」
武者が頭から手を退けると、赤い筋が額から顎へと延びていた。
「まさか……当たったのか、あの鉄球?」
いったい何故。
確かに、我ながら見事な投球ではあったが、奴なら避けるのも防ぐのも難しくなかったはずだ。
〝飛粒〟が防げて普通に投げた球を防げない理由とは何だ。
「〝飛粒〟だから見えたのか? 特殊な力だから? でも、念動はサクヤに授けられた力でこの世界には存在しないはずだ。そんなものを察知するって、いったいどういう……」
待てよ、と思う。
念動が魔法と同じ原理だとすれば、魔法への対抗策をそのまま適用できるのではないだろうか。
そう考えれば、〝飛粒〟は見えて投げた球が見えなかったのにも説明がつかないだろうか。
「魔法が……見える? というより、魔素や魔力が見える、とか?」
確証はない。
だが、だいたいそんなところではなかろうか。
ではどうする。
普通に放った球なら見えなかったとしても、それで奴を殺すことなどできないはずだ。
念動の力を込めることなく、〝飛粒〟の威力で奴に球を撃ち込むにはどうすればいい。
ミツキは思考しつつ走り出した。
頭に受けた衝撃自体は、大したことはなかった。
そんなことよりも、自分の頭に直撃し,地面に落ちた物体を見て、アスルは頭を殴られたような衝撃を受けた。
「ただの鉄球……だと」
攻撃に失敗したティファニア兵が苦し紛れに何かを放ったのは見えた。
自分が魔道兵装と思っていた物体も掌から放たれていたので、おそらく故障か何かの理由で発動しなかったのだろうとアスルは考えた。
だが、まさかこの距離を届かせるとは予想しておらず、物体が指先ほどの小ささだったこともあり、頭に直撃を食らったのだ。
そして、地面に落ちたそれは、どう見てもただの鉄球だった。
魔道兵装とは、複数の素材を用いて構成された精密な魔導機構であり、パーツのひとつひとつに高度な術式が刻印されていると聞く。
足元の粗末な鉄の球がそうとはとても思えなかった。
そもそも、加工された鉄は魔法との相性が極端に悪い。
だから、この鉄球が魔導兵装である可能性は限りなく低いと言えた。
それに、先程放った光弾を躱された時、奴は中空に浮いていたにもかかわらず不自然な動きをした。
ただの鉄球を飛ばし、地面から足の離れた体を動かす。
これは同じ力だと考えるのが妥当だろう。
「つまり、魔導兵装ではない……奴自身の力だというのか?」
あり得ないとアスルは考えた。
無詠唱での魔法行使というだけなら、必ずしも不可能ではない。
人に魔法を扱うための力を与えるという精霊から、生まれながらに愛された存在、いわゆる〝祝福持ち〟と呼ばれる連中の中には、無詠唱で魔法を使う者も現れるという。
だが、目の前の歳若い敵兵が使うのは、ただの魔法ではない。
詠唱という入力作業を行わないばかりか、リアルタイムで出力情報を更新するという聞いたこともない魔法、否、もはやこれを魔法と定義しても良いのかとアスルは自問した。
己に目視できる以上、魔素を力の源にしているのは確実であり、そういう意味では魔法と言えるだろう。
しかし、技術体系としては、まるで別のものなのではないか。
そこまで考えて、アスルは首を振った。
戦闘中に考えることではないし、いち兵士が考えたところで解るとも思えない。
今考えるべきは、この状況にどう対処するかということだ。
魔道兵装を使っているわけではなかったが、奴がティファニアの実験兵という予想は、アスルの中でむしろ確信に変わっていた。
もし、捕獲して本国に連れ帰ることができれば、自国の魔法研究に大きな革新をもたらすことになるかもしれない。
だが、今は作戦中であり、あの得体の知れない相手を無理に捕獲するようなリスクは払えない。
幸い、この敵は既に体力が尽きかけ、魔法(あるいは魔法に似た力)もこれ以上己には通用しない。
であれば、あとは粛々と殺したうえ遺体だけは回収するというのが今取りうる最善の選択だ。
己の行動方針を決めたアスルは、ほんのわずかな間、足元の鉄球に向けていた視線を敵に戻した。
途端、目の前の光景に目を見開いた。




