第十二節 『精兵』
本陣を発つ前、ミツキたちの監督役だという女の武官から魔法を掛けられたリーズ・ボナルは、迎撃作戦の一部始終を目を逸らすことなく見届けるよう副王から直々に厳命された。
見届けるのはともかく、目を逸らすなというのは些か不自然な命令と感じたが、事前に掛けられた魔法と関係があるのだろうと察して納得した。
しかし、今にして思えば、命令を軽く考えすぎていたとリーズは思う。
カモフラージュによって森の風景に溶け込んだ彼女は、魔力の光が煌めく度に身を強張らせた。
視線の先には森の中を転げる様に走り回るミツキを捉えているが、一方的に魔法を打ちまくられ満身創痍だ。
それに、戦闘が始まってからかなりの時間が経過している。
もはや体力は限界だろう。
そんなことを考える間にも、敵の放った光弾を避けようとして、足を縺れさせ体勢を崩している。
「あぁ、ダメだ……」
絶望的な呟きを漏らしながらも、リーズは戦いの様子を直視し続けた。
敵の光弾を避ける際、足を縺れさせ、ミツキは躓きかけた。
右腕が動かないので、危うく顔面から地面に突っ込みそうになったが、咄嗟に左手を突き出して地面を叩き、辛うじて姿勢を戻すことに成功する。
だが、そんなことで安心などしていられない。
敵の武者の手元では既に次の光弾が膨張を始めている。
慌てて倒木の裏に飛び込むが、盾にしようとした木の幹は光弾の直撃で盛大に弾け、飛び散った木片がミツキの全身を打った。
「痛って!」
鋭い痛みに視線を向ければ、腿と肩に木片が刺さり赤黒く染まっている。
しかし、手当てどころか、痛みに身悶えする暇もなく、ミツキは駆け出した。
ひと所に留まっていては、間もなく放たれる次の光弾に貫かれ、今度こそお終いだ。
だが、あとどれ程の間、逃げ回ることができるだろうか。
あくまで体感ではあるが、逃げ回り始めてから既に一時間以上は経過していると思われた。
ほとんど走り通しなので、いい加減足に力が入らなくなってきている。
まして、右腕はピクリとも動かない。
やはり、あの第二射目がまずかったと歯噛みした。
最初の射撃を反射的に躱したミツキだったが、敵の司令官を逃した動揺もあって、立て続けに放たれた光弾を前に足が動かなかった。
ヤバい、と思い咄嗟に腰の剣を抜き払うと、飛来した光弾を斬り付けた。
刃に直撃した光弾は、衝撃とともに光の粒子となって花火のように飛散した。
その瞬間、ミツキは腕から電流を流されたような衝撃を感じ、握っていた剣を手放した。
見れば、掌から腕にかけてミミズ腫れが葉脈のように走っており、力を込めても指先はピクリとも動かなかった。
おそらく神経をやられたのだろう。
体にも鈍い痛みを覚え、しばらくの間痺れるような感覚が残ったが、首から上にはまったく影響がなかった。
多分、リーズから借りたストールが守ってくれたのではないかと、ミツキは考えた。
もし、ストールを身に着けていなかったら、脳まで魔法の影響を受け、動けなくなっていた可能性もあっただろう。
無論、そうなれば次の射撃で絶命していたはずだ。
そこからは、詠唱無しで光弾を放ち続ける護衛の武者相手にひたすら走り回った。
もちろん、ミツキも一方的に攻撃され続けたわけではない。
右腕がまったく動かない以上、左手から鉄球を放ち、〝飛粒〟による狙撃を試みた。
鉄球はふわりと舞い上がると、弧を描くような軌道を描き敵に迫った。
しかし、護衛の武者は、〝飛粒〟の軌道を見切ったように盾を構え、鉄球を弾き返した。
〝飛粒〟を使う際、加速した鉄球は、少なくとも人の目では視認できない程度の速さに達する。
それを盾で受けるなど、まぐれだとしか思えなかった。
しかし、武者が三発光弾を撃つ間に、一発程度の割合で反撃を繰り返したミツキは、尽く盾で弾かれたことにより、完全に見切られていると確信した。
このままではジリ貧だと、大樹の裏に逃げ込む。
束の間足を止めたことによって、どうにか三個の鉄球を操作して飛ばした。
光弾が幹の裏に直撃したのを感じ、咄嗟に木の影から飛び出すと、それぞれ別の方向から鉄球を撃ち掛けた。
すると、護衛の武者は、両腕の盾で二個の鉄球を弾いたうえ、頑強な肩当てで三個目を受け、攻撃を凌いだ。
この状況で、三個を超える数の鉄球を操ることは、今のミツキにはできない。
三個操る場合も、一瞬なりとも足を止め集中する間が必要だ。
だが、ミツキには敵兵と違って光弾を受けたり弾いたりする手段がない。
だから、相手が足を止めて射撃できるのに対し、ミツキは常に動き回ることを余儀なくされた。
消耗の度合いは比べるべくもない。
ただ、ミツキにとっては、不可思議ながら都合の良いこともあった。
光弾を放つ護衛の武者以外のブシュロネア兵がまったく手を出してこないのだ。
撃ち合いをしている武者の背後には、街道の幅いっぱいに展開した敵兵たちが盾を並べて戦いの行方を見守っている。
ミツキが攻撃を受ければ歓声を上げ、逆にミツキが攻撃を行えばブーイングをする敵兵たちの姿は、軍人にしてはあまり行儀が良いとは言えない。
なんというか、フーリガンみたいだとミツキは思う。
しかし、誰も手出しをしてこない。
余程厳しく躾けられているのだろう。
だからこそ、解せないとも思う。
仮に、もうひとりでも光弾の使い手がいたなら、ミツキはここまで凌ぐことはできなかったはずだ。
否、それどころか、魔法や弓矢による援護があっても、その時点で詰んでいただろう。
護衛の武者が周囲の兵士たちに命令する様子とそれに対する反応から、ミツキはこの武者が隊の副長だと推察していた。
最初に仕留め損ねた司令官らしき人物はお飾りで、実質的にはこの男が隊を纏めていたようだ。
だが、それならば、どうして隊を取り仕切る重責を担った者が、部下に援護もさせず、突出しての一騎打ちなどするのか。
「何か事情があるのか?」
光弾を躱しつつ、ミツキは思考する。
この男が部下たちを下がらせ自分で戦わなければならない理由があるのであれば、そこに何かしらの光明があるのではないか。
じりじりと追い詰められつつあるミツキは、敵からも味方からも、勝利を絶望視されていた。
ただの人間が、たったひとりで三千の兵を迎え撃とうなど、土台無理な話なのだと誰もが思っていた。
そんな中、ただひとりだけ、ミツキを高く評価し、最大限に警戒している者がいた。
他ならぬ、ミツキと撃ち合いを演じている護衛の武者だ。
その男は、名をアスル・グークスといった。
百メートル以上距離を空けて撃ち合っているため、ミツキからは遠目にしか姿を視認できないが、兜を脱いだ容貌は短髪黒髪で浅黒い肌をした、四十がらみの精悍な男だ。
背後の部下たちは、相手のティファニア兵は斥候で、こちらの大将首狙いで仕掛けてきたのだろうと考えているようだったが、アスルの考えは少し違った。
大将を狙ったのは間違いないだろう。
しかし、ただの斥候だとは思えなかった。
そう考える理由は、相手の攻撃手段にあった。
魔法というものは詠唱によってその効果や威力が決定される。
つまり、詠唱が完了した時点で、その直後に発生する魔法が、詠唱した以上の効果を発揮することなど決して無い。
詠唱という入力作業を経て、魔法という現象が出力されるので、入力作業を飛ばすということは理屈から言えば不可能なはずだし、出力後にその効果を変更することもできないのだ。
だが、相対するティファニア兵は、何らかの物質を詠唱という入力作業抜きで操作している。
それも、リアルタイムで、だ。
詠唱(入力)→ 発動(出力)という工程が必要とされる魔法において、リアルタイムで出力情報を更新するなど、原理的にあり得ないはずなのだ。
であれば、とアスルは思考する。
奴が使っているのは、最近異国の戦場で使われ始めていると言われる〝魔導兵装〟と見て間違いあるまい。
南部諸国の中では、最近急激に国力を伸ばす新興国・バーンクライブのみがその技術を有していると聞いていたが、どうやらティファニアも開発にこぎつけていたようだ。
ただ、国土の南端に位置する副王領のアタラティア如きが、そんな最新兵器を備えているとは考えにくい。
そもそも、もし持っていたなら、初戦で使わぬ理由などなかったはずだ。
つまり、眼前の敵は、ティファニア中央から派遣された実験部隊か何かと考えるのが妥当ではないのか。
ただひとりで襲撃に臨んだのも、敵部隊への急襲に際する個体の戦闘能力を測るためだと考えられないこともない。
実際には当たらずとも遠からずといった予想をたてながら、アスルは安堵していた。
危なかった。
副官の己が自ら指揮官の護衛のため部隊の先頭に立っていなければ、被害は甚大なものとなっていたはずだ。
アスルがそう考えるのには理由があった。
ブシュロネアという国は、闇地に囲まれ他国との交易が困難なうえ、狭い国土は何処も土地が痩せている。
そのため、貧しさに不満を暴発させた民によって度々内乱が勃発し、また、闇地から魔獣が侵入することも多く、兵士の数は常に不足している。
首都の下級軍人の家庭に生まれ育ち、幼少の頃から強い愛国心を心に抱いていたアスル・グークスは、当然のように父と同じ軍人の道に進んだ。
しかし、体内魔素総量が常人よりも多いという以外、彼は兵士として特に優れた素養を持ち合わせておらず、何より複雑な魔法を使うための才覚に恵まれていなかった。
一兵卒として退役まで勤め上げるだけなら、それでも問題はなかっただろう。
しかし、高い志を持って軍人となったアスルは、己を高めるため研鑽を惜しまず、魔法の才能がないという欠点を埋めるため、時にはリスクも厭わなかった。
まず、彼が選んだのは、〝彫紋魔法付与〟という外科手術による後天的な魔法技能の獲得だった。
体に魔法陣や術式の入れ墨を彫ったうえ、付与魔法を施すというその方法は、当人が魔法を使用せずとも恒常的に魔法の効果を発揮するというメリットがある反面、常に魔素を消耗するという大きなデメリットを伴う。
言うなれば、就寝中も含め常に走り続けるようなものであり、魔素の欠乏によって命を落とす危険も伴っていた。
そして、苦手とする魔法については、〝飛煌〟という三級攻撃魔法に絞って会得と練磨に励んだ。
〝飛煌〟とは、事前に発動させることによって、攻撃の度に詠唱することなく光弾を発射できるというかなり特殊な魔法だ。
それだけ聞くと非常に有用そうだが、発動後は光弾を撃とうが撃つまいが継続して魔法を使っている状態となるため、効果を消すまで魔素が垂れ流しとなってしまう。
それゆえ、長時間の使用に耐えるものではなく、効果を消すタイミングを誤れば自滅する恐れもあった。
さらに、三級魔法の中でも威力が低く射程距離も短い。
それでも、中距離での白兵戦では高い効果を発揮するが、多大な魔素を消耗することを考慮すれば、矢を消費するだけの弓矢の方が余程実用的だと言えた。
そのため、一般的には、大きなデメリットを承知のうえで無詠唱のメリットを欲するごく一部の兵のみが使うマイナーな魔法と認識されていたが、結果的にアスルの戦闘スタイルにはハマった。
高威力の魔法の使い手なら、アスルより優秀な者はいくらでもいた。
だから、自身は最前線に突出し、彫紋魔法で得た技能によっていち早く敵影を捕捉したうえ、機動力を持って任務を遂行するよう心掛けてきた。
入営から二十年も経つと、中央兵団の中でも屈指の経験と実力を備えた下士官と評価されるようになり、今回のアタラティア攻略でも、先遣隊の副長に抜擢された。
指揮官は実績を積ませるためにポストを用意された軍幹部の子息だったため、実質的にはアスルが指揮官だと言えた。
ミツキへの射撃を続けながら、あのボンボンはとアスルは考えていた。
いくら諫めても部隊の最前で兵を率いると言って聞かず辟易とさせられていたが、結果的にあれが囮となったおかげで敵の奇襲に対応することができた。
危うく命を失いかけたうえ、部下たちにもみくちゃにされながら後方まで運ばれたことで、今後少しは大人しくなるだろう。
思考する間にも、飛来した鉄球を盾で跳ね返す。
自分がこうして襲撃者に対応していることを鑑みれば、あのボンボンに感謝しても良いとアスルは思った。
他の兵たちでは、この攻撃に対処することはできないはずだからだ。
アスルが彫紋魔法付与を施したのは右の眼球だった。
瞳の周囲に刻まれた〝魔視〟の術式によって、彼は魔素及び魔力を視認することができた。
敵の手から放たれる物体は魔力を帯びているため、アスルの目にはその軌跡が空中に筆を走らせたように視認できた。
それが中空に複雑な線を描きながら己へと迫って来る。
軌道を見極めつつ、盾を突き出すと、甲高い金属音とともに腕に衝撃を感じた。
すぐさま盾を下ろし、カウンター気味に光弾を発射する。
敵は地に伏せて光弾を凌いだ。
互いに決め手を欠いたまま続けられてきた撃ち合いも、そろそろ佳境だとアスルは考えていた。
相手との距離はじりじりと詰まって来ている。
これまでは距離が遠すぎたのだ。
己と同じく襲撃者も決着を望んで間合いを測っているのをアスルは長年の経験から察していた。
そして、大したものだと内心で襲撃者に称賛を送った。
人から発せられる魔力を〝魔視〟で見ると、相手の感情によってその色が変化する。
すなわち、冷静な程青く、激高するほど赤くなる。
或いは、穏やかな程緑で、恐怖や混乱は黄色に反映される。
眼前の男から伸びる魔力の筋は、やや黄色味を帯びているものの、概ね青と緑の中間色だ。
つまり、これだけの苦境に立たされながら、未だ冷静さを失っていない。
だが、それもここまでだ。
アスルは敵が特定の間合いを超えたことを確認すると、光弾を発射する右腕の角度を僅かに下げた。




