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マッド ファンタジア ・ カーゴ カルト  作者: 囹圄
第三章

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第九節 『狙撃』

 ブシュロネア先発隊の先頭が姿を現したのは、ミツキたちが迎撃地点に辿り着いてから二日後の正午ぐらいの時間だった。

 体を苔や枯れ葉で覆ったギリースーツのような姿で森に溶け込んだミツキは、部隊先頭の一団を数百メートル離れた場所から観察していた。


 ほとんどの兵士は徒歩だ。

 敵が進んできた街道の距離は、ミツキが本陣から馬で走破した道のりよりも短いはずだが、進軍速度が遅いおかげである程度余裕を持って迎撃地点で待ち伏せることができた。

 ほとんどの兵士はリーズのように皮革を主素材とした軽鎧を身に着けているが、驚いたことにデザインは統一されていない。

 正規軍ではなく傭兵なのだろうかとミツキは小さく首を捻った。

 ただ、その先頭集団の中に、非常に目立つ者が居る。

 ただひとり馬に騎乗しており、アタラティア本陣の幕僚たちが着用していたものと似た豪奢な鎧に身を包んでいる。

 おそらくは指揮官、そうでなくともかなり位の高い武官であることは間違いない。

 行軍中ゆえか兜は被っていないが、未だ距離が遠く、顔を窺うことはできない。

 その代わりに、馬がミツキの目を引いた。

 己の知るこの世界の馬は、体格の良いダチョウのような二足歩行の鳥だ。

 しかし、敵武官の騎乗する生物は、二足歩行の巨大なトカゲのような姿だった。


「……ジュ〇シック・パークかよ」


 おもわず呟いていた。

 観た記憶もないハリウッド映画の映像が脳裏に浮かぶ。

 確か、ヴェロキラプトルとかいう小型の肉食恐竜が登場するはずだが、敵武官の馬はそれとよく似ていた。

 ただし、体は鱗ではなく毛に覆われているように見える。


「鳥よりも強そうだな」


 ブシュロネアではティファニアとは異なる生物を騎馬に仕立てているのだろうか。

 それとも、ミツキがティファニアで見たことがないだけなのか。

 いずれにせよ、狂暴そうなデザインの生物であり、鳥よりもずっと戦向きに見える。

 そしてさらに、馬の周囲を重装甲の鎧を装着し長物を携えた複数の武者が固めている。

 騎乗した武官のような装飾はないが、装甲はその武者たちの鎧の方が余程厚いように見える。

 しかも、両腕には中型の盾まで固定されている。

 機動力を殺してでも防御に特化したその姿からは、いかにも要人の護衛という印象を受ける。


 ミツキはおもわずほくそ笑んだ。

 先頭に部隊の幹部、できれば指揮官がいるということが、己の作戦を成功させる絶対条件だったからだ。

 〝飛粒〟という念動の技を身に着けたことに加え、錬気により運動能力も飛躍的に向上しているミツキだが、ひとりで三千もの兵を相手取ることなどできようはずもない。

 であれば、集団を退けるには、相手の〝頭〟を潰す以外に方法はない。

 そして、ライフルのように発砲音がしないばかりか、魔法のように呪文を詠唱する必要さえない〝飛粒〟であれば、相手に位置を特定されるというリスクを払うことなく狙撃することが可能なのだ。

 指揮官と思しき騎士を仕留めた後は、身を潜めたまま五つの鉄球で敵集団を滅茶苦茶に掻き回してやれば、行動の指針を失ったうえ反撃する相手さえ見つけられないブシュロネア兵たちは、撤退する以外の選択肢を失くすはずだ。

 懸念すべきは、魔法を出鱈目に撃ちまくられるという場合だが、それもおそらく問題ないだろうとミツキは踏んでいる。

 リーズによると、街道内での魔法の使用は結界を破損させる恐れがあるらしい。

 そうなれば、破損個所から魔獣が侵入し、連中は襲撃者だけでなく魔獣にも対応しなければならなくなる。

 それに、以前サクヤの傀儡の男が使ってみせた魔法は、詠唱開始から放たれるまで十秒近く時間が掛かった。

 それなら、仮にやけくそで魔法を使おうとする兵士がいたとしても、タイムロスのない〝飛粒〟なら詠唱を完了させるまえに仕留められるはずだ。

 つまり、イレギュラーな事態が発生しない限り、かなりの高確率でブシュロネア軍を退けることができるはずだとミツキは予想していた。


「……そろそろか」


 敵部隊の先頭が〝飛粒〟の射程圏内に入ろうとしていた。

 これまで実験を重ねた結果、〝飛粒〟の射程は一五〇メートル強程度とわかっている。

 ミツキは深呼吸しつつ首に巻いたストールを握った。

 それぞれの持ち場に付く前に、対魔法用の防具を身に着けていないミツキを気遣ったリーズから渡されたものだ。

 彼女も離れた場所に身を潜め、ミツキとブシュロネア部隊の動向を観察しているはずだ。

 大きく息を吐いてから、敵の指揮官に視線を送る。

 距離が縮まったため、今度は容貌が確認できた。

 若い。

 ミツキよりも年少に見える。

 髪と瞳は明るい茶色で肌は白く、整った顔立ちだ。

 しかし、その表情は強張っており、内心かなり気を張っているのが窺える。

 おそらく、軍事行動に慣れていないのだろう。

 オレもだと思い、これから殺すつもりの若者に親近感を覚える。

 そうして視線を外さぬまま、腰のポーチから鉄球を五つ取り出す。

 四つは左手に握ったまま、大ぶりの一つだけを右掌に載せ、宙に浮かせた。


「……あれ?」


 広げた右掌が震えているのに気付き、ミツキは動揺した。

 そういえば、己は人を殺した経験がない。

 生存や作戦の成功にばかり気を取られ、人を殺すための覚悟ができていなかったというのか。


「冗談じゃない」


 今更だと思う。

 ここで敵を殺せなければ、死ぬのは自分の方だ。

 震える右掌を無理やり握り込み、再び目標へ視線を向ける。

 そこで、異変に気付いた。

 武官の護衛についていた武者のひとりが集団の先頭に走り出て、味方の進軍を制止している。

 何だ、と思い、観察していると、その兵士がおもむろに兜を脱ぐ。

 途端、ミツキの背に悪寒が走った。

 兵士の視線が、ミツキの方へ向けられていたからだ。

 まさか、見つかったのか?何故?と、パニックになりかけるが、ならば攻撃される前に狙撃せねばと思い至り、咄嗟に鉄球を発射した。

 馬上の武官の頭部目掛け、一直線に飛ぶ鉄球の軌道を感じ取り、狙撃の成功を確信する。

 だが、ここで更に予想外の事態が起こった。


 パカァンという、やや間の抜けた響きの金音とともに、鉄球が弾かれた。

 先程、行進を止めた護衛が、騎乗の武官の眼前に戦斧を突き出したのだ。

 驚いてバランスを崩した武官は落馬し、そこへ周囲を固めていた護衛たちが群がった。

 鎧の兵士たちが盾となり、もはや狙撃などできそうもない。


「……ヤバい。しくじった」


 狙撃を防いだ武者が何か声を掛けると、他の護衛たちは〝おしくらまんじゅう〟でもしているように密集したまま、集団の後方へと下がって行った。

 奇襲に混乱して奇声を上げる恐竜のような馬も、複数の兵士たちに綱を引かれ、引き摺られるように主の後を追う。

 騒然とする敵部隊をなすすべもなく眺めながら、ミツキは青褪めながら独り言ちる。


「まずいまずいまずいまずい、指揮官殺し損ねた! どうする? どうすれば……」


 そう言いながら、特に考えもなく狙撃を防いだ兵士に目を向けた。

 武者はミツキの方へ向け手をかざしている。

 口は動いていないので、呪文を詠唱しているわけではなさそうだ。

 それでも、足が横へ一歩動いたのは、兵士の動作に既視感を覚えたからだった。


 兵士の手元が一瞬光ったかと思うと、閃光がミツキの横をすり抜け、背後で破裂音が鳴った。

 振り返れば、右斜め後方の樹が大きく抉れている。

 横へ移動するのが一秒でも遅れていれば、頭部が砕けていたはずだ。


「今、詠唱無しで魔法を……呪文を唱えなきゃ使えないんじゃ……?」


 いや、と思い、ミツキは既視感の正体に気付いた。

 以前、牢獄から出されて闘技場で戦わされた際、控室に居た監視の兵の指揮官が、戦わされる理由を聞き出そうと詰め寄った被召喚者の頭を破裂させた際の動きとそっくりだったのだ。

 あの時は、魔法についての知識などまるで無く、呪文の詠唱の有無などまったく気にしていなかったが、今にして思えば、他の兵士に指示を出していた指揮官が、危機を察知し瞬時に光弾を発射したはずだ。

 そしてそれは、魔法を行使するためには呪文の詠唱が必須だというサクヤからの情報と矛盾している。

 話が違うじゃないかと、ミツキは狼狽した。

 しかも敵は、百数十メートル離れた位置に潜み、カモフラージュまで施しているミツキをピンポイントで狙ってきたのだ。


「何なんだあいつ!」


 想定外の事態に、全身の毛穴から冷や汗が噴き出る。

 どうすれば良いのかわからない。

 だが、まずはとにかく移動しなければ。

 こちらの位置は既に把握されている。

 ぼさっとしていたら、今度こそ撃ち殺されてしまう。

 そう考え、足に力を込めたところで、再び敵兵の手元が光り、光弾の第二射が放たれた。

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[気になる点] オメガが気持ちよく能力使ったら結界壊れちゃいそうですな
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