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マッド ファンタジア ・ カーゴ カルト  作者: 囹圄
第三章

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第七節 『同行者』

 アタラティアの陣を出発してから八日目、ミツキは四街道のうち最北に位置する第一街道を馬で駆け抜けていた。

 街道は闇地を貫いているはずだが、道の左右に広がるのは何の変哲もないただの森に見える。

 魔獣の住処だと聞いていただけに、些か拍子抜けではあった。




 ヴァーゼラットを放逐し、ミツキら被召喚者がブシュロネアの先発隊を迎え撃つと決した二日後、四人はそれぞれ割り振られた街道の迎撃地点に向けて出立した。

 移動手段として用意された馬は、監獄から闘技場までの移送やここに来るまでの馬車を引いていた、鳥と爬虫類を掛け合わせたような生き物だった。

 既に見慣れてはいたものの、騎乗した経験はなかったため二の足を踏んだが、意外なほど気性は穏やかで、馴らすのに半日と掛からなかったのは幸いだった。

 とはいえ、本陣から第一街道前の陣地まで、ほぼ六日間走り通しだったのには参った。

 倒れ込むようにして陣地に辿り着くと、アタラティアの兵士たちは疲労で朦朧とするミツキを案内役の兵士ともども天幕内に担ぎ込み、魔導士らしき集団数人がかりで何かの魔法を掛け続けた。

 ほとんど眠っていたため記憶は曖昧だが、おそらくは回復魔法の類だったのだろう。

 そのまま丸一日以上眠り続け、翌々日の夜明け前に叩き起こされると、疲労は完全に抜けており、日の出とともに樹海のような森に囲まれた第一街道に侵入したのだった。




 強行軍にも程がある、とミツキは憤っていた。

 思えば、ティファニアを出てからここまで、ほとんど移動しっぱなしだ。

 この世界は現代日本のように道が整備されているわけではなく、馬車や馬にしても乗り心地は、控えめに言って最悪なので、長距離の移動はそれだけで酷く消耗する。

 今となっては、薄暗くじめじめした側壁塔での暮らしが心の底から恋しいと思えた。

 だが、己がこのような目に遭っているのは、自業自得と納得もしていた。

 半ばサクヤにハメられたとはいえ、ヴァーゼラットとディセルバの策を潰した以上、ミツキ自身にもこの状況の責任がないわけではない。


 その点、今も先導している兵士は、完全にとばっちりを受けたと言える。

 彼女は迎撃地点までの案内と作戦の見届けを命じられ、本陣からここまでミツキに同行している。

 実際にブシュロネアを迎え撃つのはミツキの役目だが、作戦を見届けなければならない以上、巻き添えを食う危険性もあるだろう。

 それに、ミツキが失敗した場合、敵に気取られぬよう、うまく離脱できる保証もない。

 とんだ貧乏くじだと言えた。

 それでも、この作戦を発起した面子(めんつ)のひとりであるミツキに、恨み言のひとつも漏らさないのだから、ミツキ自身が不平を言うのは憚られた。

 不満を小さな溜息とともに吐き出すと、ミツキは同じような馬に乗り左斜め前を走る女に声を掛けた。


「あんたたちのその鎧さ」

「ええ!?」


 風がうるさかったのか、女は振り返り様耳の後ろに手を当て、聞こえなかったことを身振りで伝えてきた。


「その鎧さ! 何で色んな所に布が付いているんだ!? 動き難くないの!?」


 今度は相手が聞き逃さないよう、声を張り上げて伝えた。


「はあ!? 本気で言ってんの!?」


 女は手綱を引き絞って速度を緩め、ミツキの方へ馬を寄せた。

 追い越してしまわないように、ミツキも同じく馬の速度を落とす。


「何で知らないの? ちょっとヤバいよそれ?」


 ミツキはムッとして顔を顰めた。

 この世界の常識に疎いのだから仕方ないと抗議したかったが、一兵卒に事情を説明したところで理解してもらえるとも思えず、無言で睨み付けた。


「ちょ、そんな怖い顔しないでよ。まったく……武器もそうだけど、鉄とか金属の鎧は、付与魔法が効かないのは勿論、魔法への防御性能も低いでしょ? それはわかるよね?」

「わからない」

「えぇ……っと、武器とか甲冑は火を使って鍛えるよね? 鉱石の時点では地の精霊が宿っている金属も、火で精製する過程で地の精霊は消えちゃうんだよ、確か。かと言って火の精霊が付くわけでもない。だから精霊の加護を失った鉄器は、魔法に弱いの」

「精霊ってのは万物に宿るって聞いたことがある。武器の精霊とか、道具の精霊とかいないのか?」

「そりゃいるよ。だから、正確には精霊そのものが居なくなったわけじゃない。でも、火とか地とか、根源精霊に比べれば数段()が落ちるんだよ。だから魔法に弱い。攻撃魔法の多くは、根源精霊とか、とにかく強い精霊の力を借りて起こすわけだからね」

「へぇ……知らんかった。で、それと布と何の関係が?」

「布って元々、植物とか動物の毛とか虫の糸とか、つまり生き物の一部から作られているでしょ? 生き物の一部って魔法の触媒として一番適しているんだよ。だから、金属の鎧で物理的な攻撃を防ぎつつ、防御力魔法を付与した布、鎧布(がいふ)っていうんだけど、それで魔法攻撃から身を護るってわけ」


 マジかよと、背筋に冷や汗が伝う。

 ミツキが身に着けている防具は、胸当てに籠手と脛当て、それと服の下に鎖帷子を着込んでいるのみだ。

 兜も造ってもらったが、頭を覆うと念動の操作性能が落ちるような気がして使っていない。

 つまり、物理防御用の軽鎧しか用意しておらず、魔法防御用の布など、今の今までその存在すら知らなかった。

 何故誰も教えてくれなかったのかと憤りを覚えるが、女の反応を窺うに知っていて当たり前だからこそ教える必要性などないと判断されたのだろう。

 非市民区の鍛冶職人やイリスにしても、こちらの事情など詳しく説明していないので、そこまで気を回すことなどできなかったはずだ。

 アリアは聞けば答えてくれるだろうが自分から助言することはあまりない。

 レミリスに至っては、彼女が自分の要件を伝える時を除いて顔を合わせる機会もなかった。

 もちろん、トリヴィアとオメガもミツキと同じ境遇である以上、この世界の常識に関する助言など期待するべくもない。

 蟲を寄生させた(しもべ)共から情報を得ているサクヤだけは例外だが、あの女に親切を期待するなど以ての外だとミツキは理解している。


「そんなことも知らないなんて、ミツキは本当にバカだなぁ」


 そう言ってケラケラと笑う女は、名をリーズ・ボナルといった。

 やや癖のあるショートヘアに大きな目と小さな口、鼻のあたりのそばかすが幼い印象の快活そうな娘で、見た目通りよくしゃべる。

 装備は鉄製と思われる胴鎧に、手足には金属板を鋲で固定した革鎧を装着している。

 ミツキの装備に比べれば防御力は高そうだが、アタラティア軍の陣中でよく目にしたフルプレートアーマーを着込んだ兵士たちよりは軽装だと言えた。

 さらに、その上にはケープとストールを重ね着し、腰にはスカートを巻いている。

 おそらくは、これらの布地に魔法防御の効果があるのだろう。

 言われてみれば、ジャガード織りの布には、ミツキの顔に刻まれたこの世界の数字や転移塔で見た魔法陣に近い幾何学模様が描かれており、何らかの魔術的効能があるのではないかと思えなくもなかった。


 それはそれとして、なぜこの娘はこうも馴れ馴れしいのだろうかと、ミツキは戸惑いを覚える。

 本陣を発ってからの八日間行動を共にしているとはいえ、馬鹿呼ばわりされるほど、互いのことを知らないはずだ。

 そう思い、抗議した。


「教えてくれたことには礼を言うが、オレは常識を知らないだけでバカじゃあない」

「いやぁバカだよぉ。だって、将軍を病院送りにした罰で、ひとりでブシュロネア軍の迎撃に行かされるんでしょ? 中央からイカれた連中が派遣されて来たって、兵士たちの間で噂になってたよ?」


 何がどうしてそんな話になったのかと、ミツキは困惑した。

 本陣滞在中、兵士たちから妙な視線を向けられているとは感じていたが、それが理由だったのだろう。

 実際、ミツキの行動によって将軍が病院送りとなったのは間違いないのだが、その罰でブシュロネア部隊の迎撃を命じられたというのは全くの見当違いだ。

 おそらく、病院送りの情報まではその場に居合わせた衛兵あたりによって広められたのだろうが、将軍に手を出してタダで済むはずがないという先入観と、単身での迎撃という常識的に考えればあり得ない任務を結び付け、そのような噂が発生したのだろう。


「でもまあ、おかげでスッとした。あのボンクラの指揮のおかげ初戦は惨敗だったからさ。そのクセ責任は取らないわ、威張り散らすわ、太鼓持ちの連中以外であいつを好きな人間なんてうちの軍にはいないよ。だから、泣きながら連行されて行くのを見て、みんな指差して嗤ってたよ」

「泣いていたのか……」


 リーズがミツキに馴れ馴れしい理由がようやくわかった。

 自分たちの嫌う上官を、割を食ってまでミツキが追い出したと思っているからだ。

 彼女らにしてみれば、単に嫌いという以上に、己の生死や戦の勝敗に関わる問題なのだから、身を挺してまでヴァーゼラットを追い出したミツキらに親近感を抱くのも当然と言えた。


「そもそも、初戦の指揮だってうちのボスに任せていれば、少なくともあんな無様な結果にはならなかったんだ。闇地向こうのことは地形からなにから全部頭に入ってるんだからさ。それを錐形陣で正面突撃、しかも囚人兵を最前に押し立ててって、どんだけ頭悪いんだか。鏃ってのは先端が硬いから突き抜けるんだっつぅうの」


 話の内容から、錐形陣というのが魚鱗や鋒矢のような先頭を尖らせた陣形であるのは推測できた。

 しかし、闇地向こうの地形に明るい〝ボス〟とは何者なのか。


「ああ、うちのボス? ディセルバ准将のことだよ」

「准将の旗下ってことは、もしかしてリーズは国境の砦の生き残りなのか?」

「そうそう。私が案内に選ばれたのもそれが理由だよ。砦の兵を除けば、初戦の往復以外で街道を通った経験のある兵士なんてほとんどいないからね。と言っても、私自身は生まれも育ちも闇地の向こうだから、そんなに街道を通った経験はないんだけどさ」

「闇地向こうの出身って……もしかしてあっちには街でもあるのか?いや、そんな話は聞いていないから、砦で生まれ育ったってことか?」

「どっちも外れ。私は開拓村の出身だよ。ってか砦の兵士のほとんどは、開拓村の出身だね。准将とか、お偉いさんは違うけどさ」


 闇地を開拓するための村があるという情報は、アリアから事前に得ていた。


「じゃあ心配だろ? 今、向こう側はブシュロネアに占領されているんだから」


 そこから先はあえて言葉を続けなかった。

 他国からの侵略に巻き込まれた村がどのような被害を受けるかは想像に難くない。

 まして、闇地への開拓行為は、ブシュロネア国土に対し、越流(えつりゅう)による魔獣の流入という被害をもたらしているはずだ。

 〝自国の敵〟に対し、ブシュロネア兵が容赦するとは思えなかった。

 しかし、リーズは思いのほか、けろりとした様子で言葉を返す。


「ああ、それなら多分大丈夫。開拓村はどこも魔獣除けに〝隠蔽〟の魔法を使っているから、そう簡単には見つけられないんだ。それに、ブシュロネアは今、私たちとの戦に手一杯で、魔獣と遭遇する危険を冒してまで闇地との境界域を捜索したりできないはずだよ」


 そう言って不敵に微笑んで見せる。


「それに、砦の仲間たちだって、そう簡単にやられるようなヤワな連中じゃない。だいたい、一晩と経たずに砦の兵士全員を無力化するなんて、できるわけがないんだ。だからみんなきっとどこかで身を潜めているに違いないよ。助けに行くためにも、街道の先発隊をさっさと追い返さなくちゃ」


 気丈な娘だ、とミツキは思う。

 故郷と戦友の安否が不明だというのに、その不安を態度に出さないのは、さすが兵士だと言えた。

 しかし、手綱を握る手が小刻みに震えているのをミツキは見逃さなかった。


「だったら期待してくれていい」

「え?」


 ミツキの言葉にリーズは首を傾げた。


「奴らを迎撃するのがオレに与えられた役割だ。ブシュロネアが敗走するところを特等席で見せてやるよ」


 ミツキの言葉を聞いたリーズは、少しの間ぽかんと口を開けてから、ぷっと噴き出したかと思うと、ケタケタと笑い出した。


「いや、笑うところじゃないんだけど」

「だってさ、せっかく格好付けたのに悪いとは思うけど、さすがに無茶だって! 一対三千だよ?」


 そう言ってミツキの肩に手を置いたリーズの顔には、自分への気遣いに対する感謝と、死地に向かいながら前向きな言葉を吐く兵士への敬意と、無謀な作戦を命じられた若者への同情が綯い交ぜとなった、複雑な表情が浮かんでいた。


「ま、隙があったら骨ぐらいは拾ってあげるから、せいぜい派手に散ってきなよ」

「酷くね?」


 くしゃりと顔を歪めるミツキを見て、リーズは再び楽しげに笑うのだった。


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