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マッド ファンタジア ・ カーゴ カルト  作者: 囹圄
第三章

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第五節 『罷免』

「ちょっといいですか?」


 そう言って手を上げたミツキをヴァーゼラットは忌々し気に睨み付けた。


「まだ何か言うつもりか? 中央への義理立てに発言を許したが、もはや貴様の絵空事に付き合うつもりはない。これ以上私の部下を惑わすようなら容赦せんぞ」

「将軍は先程、〝多少の可能性がある〟とおっしゃられましたが、可能性どころかブシュロネア軍はまず間違いなく闇地を進んで来るはずです」


 警告を無視されたうえ、またしても己の言葉に異を唱えるミツキに向けられた将軍の視線は、殺意すら帯び始めていた。

 しかし、彼が何か言う前に、副王ウィスタントンが反応した。


「根拠はあるのかね?」

「あります。ブシュロネアの指揮官が余程愚かでないなら、街道を進めばアタラティア側の出口で迎撃されると容易に予想できるはず。一方、途中で街道を外れた場合、ブシュロネアの部隊は、アタラティア軍の対応を三つ、いや奴らが街道を外れる時点でアタラティアが街道を攻め上ってくる可能性は除外できる以上、最終的には二つにまで絞れるはずです」

「それは、そのまま街道口で布陣か後退かということだな?」

「そうです。まず、ヴァーゼラット将軍が決定した通り、アタラティア軍が街道口で待ち構えている場合、ブシュロネアからすれば完全に裏をかけます。既に申し上げたように、先発隊を街道組と闇地組に分ければ奇襲も挟撃も可能ですし、街道口で待ち構えるアタラティア軍を無視してローミネスに攻め込んでもいい。一方、ディセルバ准将が進言されたように後退していた場合、ブシュロネアとしては優位性を失います。しかし、進軍している兵の数が一万二千でこちらが一万強、奴らが闇地の進軍で数を減らしたとして、ほぼ同数程度での決戦になると想定しましょう。奴らにすれば、多少兵力で劣っていたところで、正面切って戦えば勝てるというのは初戦で証明されています。それに、勝てなさそうであれば、後退して闇地を魔法で焼き払い、大規模の越流を発生させれば、アタラティアは魔獣の対応に苦慮し、混乱に乗じて再び攻め返すという手もあるのでは?」

「そ、そのようなことを……」

「ただ、奴らがアタラティアを支配するつもりなら、これは最後の手段でしょう。自分たちのものとなる土地が、魔獣の侵入で荒廃していたのでは、せっかく侵略した苦労が水の泡ですから。いずれにせよ、街道を下れば不利な状況で迎撃されるのが目に見えており、闇地を進めばアタラティア軍の対応に関わらず高確率で勝利できるというわけです。将軍は闇地の進軍がリスキーだから街道を進んで来るとおっしゃられましたが、ブシュロネアの立場から考えれば街道を直進するという選択こそ最もリスクが高く、メリットもない。〝闇地は危険だから避ける〟という先入観を捨て、客観的に状況を分析すれば、敵の目論見を見抜くのは全く難しくありません」


 ミツキの提言を聞き終えたウィスタントンは、わなわなと唇を震わせながら呟いた。


「……なるほど、もっともである」

「閣下!? いけませんぞ、このような得体の知れん輩の言葉を信じては!」

「黙れヴァーゼラット。貴様は今の話の内容も理解できんのか? 初戦の敗北は準備不足に加え、囚人兵によって引き起こされた指揮の乱れが原因と報告を受け信じたが、貴様の指揮にこそ問題があったのではないのか?」

「なっ!?」


 主君から向けられた猜疑の視線に、ヴァーゼラットは驚愕し一歩後退った。


「准将の策ならともかく、あんたの決定からわかるのは完全な思考の停止だ。ブシュロネアがどう動くかなんて少し頭を使えばわかるだろうに、街道口での迎撃にこだわったのは、自分の都合の良い方へ事が運ぶと無意識に思い込んでいたからだろう。肥大化した自意識が過信を生み、プライドが他人の意見を排斥する。あんたみたいなのが指揮していたんじゃ勝てる戦にだって負けるだろうよ」

「……き、さま」


 ミツキに向けられたヴァーゼラットの目は憎悪に濁り、半ば正気を失っているように見えた。

 それでも、ミツキはあえて挑発するように言葉を継いだ。


「想像力の欠如した脳筋野郎が軍を掌握すると、国さえ滅ぼしちまうってのは、オレのせか……故郷の歴史が証明してるんだよ。なあ、将軍、あんたに言ってるんだぜ? 初戦じゃ一万人以上死なせたんだろ? それだけの犠牲を出して責任を負うべき立場の人間が、どうして上座でふんぞり返ってるんだよ。せめてもう少し、申し訳なさそうにできないのか?」

「無礼者が! 私を誰だと思っている!!」


 逆上したヴァーゼラットは、立ち上がって腰の剣を抜き払うと、大股でミツキに走り寄った。


「待て将軍! 斬ってはならん!」


 副王の叫びは、我を忘れた将軍には届かなかった。

 金の装飾が施されたけばけばしいデザインの剣を振りかぶると、ミツキの頭蓋目掛け振り下ろした。


 しかし、金音と同時に飛び散ったのは、ミツキの脳漿ではなくヴァーゼラットの剣の方だった。

 衝撃を受け後方へと吹き飛んだヴァーゼラットは、砕け散った無数の刃が顔面に突き刺さった痛みで、苦悶の声を漏らしながらのたうち回る。

 その様子を見下ろしながら、ミツキは小さくため息をつく。

 サクヤに与えられてから数ヶ月を費やし、どうにか実用段階まで練り上げた神通だ。

 人に対して使ったのは初めてだったが、これなら実戦にも耐えるだろうと内心で安堵していた。


「お、おい。なんだ、今のは」

「魔法、なのか? だが詠唱は?」

「い、いや、それよりも、将軍に傷を負わせたぞ。取り押さえるべきでは?」

「しかし、中央から派遣されてきた者たちだぞ? 迂闊な真似をすれば、我らの立場が危うくならんか?」


 陣幕内の男たちが動揺する中、ヴァーゼラットは血まみれの顔面を手で覆いながら、ようやく体を起こした。


「貴様ら何をしている! そいつは私を殺そうとしたのだぞ! 衛兵を呼べ! その若造を斬り刻め!」


 まずいな、とミツキは思う。

 副王に将軍を罷免させるため、挑発して刃傷沙汰を誘ったところまでは良かった。

 しかし、ヴァーゼラットの得物だけを破壊するつもりが、加減を誤り負傷させてしまったため、大事になりつつある。

 ウィスタントンとディセルバが男たちを宥めようと声をあげているが、ヴァーゼラットの剣幕に押された幕僚たちや入り口の脇を固めた兵士らは、得物に手を掛けようとしている。

 そんな一触即発の空気を吹き飛ばすかのように、陣幕内に熱風が吹き荒れた。

 自分の両脇から発せられる熱気と風を肌で感じ、ミツキは口元を引き攣らせる。

 そういえば、こいつらの存在を忘れていた。


「……貴様、ミツキに斬り掛かったな? それに〝斬り刻め〟だと? 私がいるのにさせると思うのか?」

「おい、ミツキ! こいつ等殺る気だぞ! ってことはよ、敵はこいつらってことでいいんだよな!? 燃やしちまっても構わねえんだよなぁ!?」


 ブシュロネアとの初戦を除けば、多くの者が実戦など経験したことがないとはいえ、天幕内に居並ぶのは、ほとんどが高級武官だ。

 それだけに、トリヴィアとオメガが如何に規格外の化け物であるか、皆が瞬時に悟っていた。

 感情を高ぶらせただけで、体内の魔素が溢れ周囲に物理現象を引き起こすなど、人の所業ではなかった。

 それこそ、闇地の最奥、人の未踏領域に住むと伝えられる伝説上の魔獣でもなければあり得ないはずだ。

 そして、今更ながらに、中央がたった四人しか派遣しなかった理由を男たちは理解した。

 少なくとも、目の前で臨戦態勢をとる両名は、比喩でもなんでもなく、文字通り一騎当千の戦力なのだ。

 そんな化け物の怒りを買った恐怖に、幕僚たちは縮み上がっていた。

 先程まで喚き散らしていたヴァーゼラットも、腰を抜かした姿勢でトリヴィアたちに絶望的な視線を向けている。

 その様子を見て、ミツキは好機と捉えた。

 実際に、将軍や幕僚たちに危害を加えようとすれば、レミリスが呪いを発動させ、少なくともトリヴィアとオメガ、最悪の場合はミツキら四人全員が命を落とすことになったかもしれない。

 しかし、ふたりは威嚇だけで踏み止まっており、陣幕内の男たちは逃げ出すこともできない程に竦んでいる。

 少しでも安全な状況を創り出すため、将軍を排除し、己の主張を押し通すには今しかなかった。


「……副王閣下、先程の将軍の行動についてご説明いただきたい。あれは、明らかに私を殺すつもりだった。中央から派遣されてきた我らを害するなど、許されるとお思いか?」

「ま、待て! 違うのだ! あれはヴァーゼラットが勝手にやったこと! 無論、謝罪はさせてもらうが、我らに貴殿らを害する意思は断じてないと理解してほしい!」


 レミリスに倣い強気に出ると、トリヴィアたちの威嚇もあって、ウィスタントンは哀れなまでに狼狽え、必死の形相で弁明した。

 やはりこの男は勘違いしていると、ミツキは内心諸手を挙げる。

 実際には奴隷同然の境遇だが、レミリスが四人の立場を説明しなかったためか、副王をはじめ幕僚たちはミツキらが何者なのか測りかねていた。

 身なりで判断しようにも、四人の服はミツキが金にあかせてオーダーメイドで作らせたもので、この世界の感覚では奇抜なデザインながら、仕立ては上等だった。

 しかも、ミツキ以外の三人は、人と言えるのかも怪しい。

 それでいてサクヤは、人の上位種ゆえの気品と威厳を発揮し、先程まで会議を取り仕切っていた。

 ウィスタントンのように臆病なまでに慎重な人物であれば、内心で相当警戒していたはずだ。

 トリヴィアとオメガの圧倒的な力を見せ付けたうえで、ヴァーゼラットの軽率な行動に付け込めば、こちらの要求を突っぱねることはできないはずだとミツキは判断した。


「言葉では何とでも言えましょう。将軍の独断だというなら、それに対する処分を具体的に示していただきたい。それとも、まさか将軍ゆえにお咎め無しなどとは言いますまいな?」


 厳しい表情でウィスタントンに詰め寄るが、内心で副王は断らないと確信している。

 これでヴァーゼラットを排除し、副王に助言するというかたちで、己の目論見通り軍を動かせるかもしれない。

 どうにか最悪の状況を回避するための算段がつき、ミツキの心に余裕が生まれる。


「もちろん、処罰は下す! 陣中で味方への殺害未遂に及んだ将軍は、軍規に則り斬首とさせていただく!」

「そう、ざんしゅ……ファッ!!!?」


 予想外の返答に驚き、ミツキはおもわず奇声をあげた。

 まさか副王の独断で、将軍の極刑を決定するとは思ってもみなかったのだ。

 動揺したのはミツキばかりではない。

 幕僚や衛兵たちも揃って狼狽した様子を見せ、天幕内は異様な空気となっている。

 当の将軍はといえば、トリヴィアとオメガの威嚇に余程肝を潰したのか、未だ呆然としたまま腰を抜かしており、自分に下された死刑宣告に気付いていない。

 そんな様子に視線を向けながら、冗談じゃないぞとミツキは表情を強張らせた。

 確かに、初戦の敗北の責任なども加味すれば、死を持って償わせるのは妥当と言えなくもないだろう。

 しかし、自分が挑発して刃傷沙汰を起こさせたうえ、自分が副王に厳格な処分を促した結果が死刑では、己が殺したようなものではないか。

 将軍が自分と関係のないところで裁かれ死ぬのは一向に構わないが、結果的に自分の言動が死に向かわせたというのは、さすがに寝覚めが悪いというか、重すぎた。


「む?〝ふぁっ〟とは何かね?」

「あ、いや、何でも……それよりも、そこまで厳しい処罰はこちらとしては望んでおりません。将軍ほどの身分の方を我々とのいざこざで処刑したとなれば、いろいろと角が立つでしょう。それに、今は戦時で人手も足りていないはず。将軍には、どこか僻地の指揮をお願いするということでいかがでしょう」

「なるほど、道理である。では後方に設けた野戦病院の監督を任せよう。ただし、将軍は先の戦闘の心的外傷によって心の均衡を著しく崩しており、陣中で味方に斬り掛かるほど過度に暴力的になっておる。当面は同院にて加療を行い、精神抑制の魔法で行動も制限することとする」


 そう言うと副王は衛兵を呼び、将軍を退去させるよう命じた。

 放心状態となっていたヴァーゼラットは、衛兵に両脇を抱えられたことで正気を取り戻し、自分を拘束する腕を振り払おうともがいた。


「き、貴様ら何をやっている! 捕らえる相手を間違えているぞ!」

「いいや、間違えておらんぞ将軍。陣中で刃傷に及ぶなど、とても正気とは思えん。今を持って全軍の指揮権をはく奪、野戦院での精神治療を命ずる。治療が完了した後はそのまま院に残り、現場の監督に就くがよい」


 主君からの命令を受けたヴァーゼラットは、みるみる青褪めながらも抗議の声をあげた。


「馬鹿な! 私は正気を失ってなどおりません! そこの若造を誅そうとしたのも、誣言(ふげん)によって閣下を惑わそうとしたからだと何故お判りいただけない!」

「この者の言葉が誣言だと私には思えぬし、仮にそうであってもこの場で証明することはできぬ。だが、貴様の凶行はこの天幕内の者すべてが目撃している。明白な軍規違反であり、もはや言い逃れはできぬ。処罰ではなく後方での謹慎というのはせめてもの慈悲である。潔く受け入れよ」

「そんな……間違っている……私が……何で……こんなのは……悪い夢だ」


 ヴァーゼラットは顔色を失い、何やらブツブツと呟きながら、半ば放心状態で衛兵たちに引き摺られ天幕から姿を消した。

 ミツキは複雑な心境でその後姿を見送った。

 いけ好かない男であるのは間違いないし、放置すれば敗北の要因になり得たとも確信しているが、何ひとつ納得できないまま他人によって人生を弄ばれる理不尽には、誰よりミツキ自身が苦しめられてきたのだ。

 一軍のトップから転落した惨めな姿には、同情せざるを得なかった。

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