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マッド ファンタジア ・ カーゴ カルト  作者: 囹圄
第三章

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第四節 『将軍』

 副王や将軍らの手前、なんでオレに振るんだよ、というサクヤへの文句を辛うじて呑み込んだミツキは、一斉に向けられた視線を受け気まずそうに立ち上がった。


「あー……えっと」


 己に対し値踏みするような視線を向けるヴァーゼラットをチラと見て内心辟易とする。

 とはいえ、誰かが言わねばならないことだというのも理解できる。

 サクヤにそのつもりがないなら、おそらく自分が言うほかないのだろう。


「その目論見は、多分外れますよ。さっき将軍が挟み撃ちするって言いましたけど、それ、そのままこっちがやられます。あるいは、首都を落とされる可能性もあります」

「なんだと! それはどういうことだ!?」


 そう叫んだヴァーゼラットは、顔面から頭頂部までが茹でダコのように真っ赤に染まっていた。

 滑稽ながら、迫力の方が勝り、ミツキは僅かにたじろぐ。

 卓を囲んだ他の男たちも激高して立ち上がりミツキに罵声を浴びせる。


「おい貴様! 街道を通って攻め込んで来る相手がどうして我らを挟撃できるというのだ! 適当なことを抜かすな!」

「そうだ! 先程この陣へ到着したばかりだというのに知った風な口を利きくな!」

「中央の寄こした加勢だから丁重に対応していればつけ上がりおって! 貴様のような若造に戦の何がわかるというのだ!」


 その他、将軍を擁護する声やトリヴィアやオメガの容姿を貶めるような発言も交え、陣幕内に怒号が飛び交った。

 だから嫌だったんだと顔を引き攣らせたミツキが連れの面々を窺うと、サクヤを挟んで座るオメガの口からは小さく唸り声が漏れ、隣で腕を組んだトリヴィアの周囲にも微かに気流が発生しつつある。

 サクヤだけは、我関せずといった表情で、会議が始まる前に若い兵士が運んでくれた白湯(さゆ)を啜っている。

 もはや収拾のつかない状況に対し、ミツキが途方に暮れかけた時、意外な人物が皆を制した。


「鎮まれ! 皆鎮まるのだ!」


 両手を挙げつつ逆上した幕僚たちを宥めたのは副王ウィスタントンだった。

 指揮官の策を真っ向から否定され、しかも自軍の敗北に等しい状況を予言されたことで頭に血が上った武人たちも、領主に制止されては口を噤むしかなかった。

 ミツキを睨み付けながらも、皆渋々といった様子で着座した。


「その者も根拠なくあのような発言はすまい。非難するのは詳しく話を聞いてからでも遅くはなかろう。そうではないかヴァーゼラットよ」


 唯一の上官から諫められた将軍は、赤らんだスキンヘッドに血管の筋を浮かべながらではあるが、どうにか平静な態度を繕った。


「……閣下の仰せの通りにございます。私としても、なぜ我が軍が挟撃されることになるのか、あの者に説明できるのであれば是非聞いてみたいところですな」


 納得のいく説明ができなければ、どうなるかわかっているだろうなと、ヴァーゼラットは目で語っている。

 うんざりさせられるが、説明の機会を与えられたのは幸いだと言えた。


「では説明させていただきますが、別に難しい話ではありません。単刀直入に言って、ブシュロネア軍が街道を使わず闇地を突っ切れば、街道口で待ち伏せするアタラティア軍をやり過ごし、その背後に回ることもできれば、無視して首都へ直行することも可能という話です」


 ミツキが話し終えると、一瞬、陣幕内が沈黙に包まれ、次いで幕僚たちの間から爆発的な笑い声が上がった。


「なるほどなるほど、確かにそれなら背後に回り込むのも容易い! しかしその前に魔獣の腹に収まらなければの話ではあるがな!」

「さすがは中央から派遣されてきただけのことはある! いやいや、これは仕方のないことですぞ? 何せ中央は副王領に囲まれ闇地に接する土地がない! であれば闇地の恐ろしさを知らぬのも無理からぬこと!」

「実際、ブシュロネアがその作戦を実践してくれれば、我らもこれ以上戦わずに済むのですがな!」


 無知な若造への嘲りに、自軍の敗北という予言が外れた安堵が重なり、幕僚たちはわざとらしい程におどけて笑い合っている。

 ヴァーゼラットも先程の激高から一転していやらしくほくそ笑む。


「笑止な。知恵を働かせたつもりなのだろうが、現実というものがまるで見えておらん。闇地狭窄地帯最深部の魔獣は、一頭討伐するのに兵士数百人を必要とする。そのような化け物がうようよしている場所を三千の兵で進軍するだと? 片腹痛いわ」

「いや、だからそれは最深部の話でしょう? 中間地点より前に街道を外れたなら、最深部を抜けなければならないんだろうけど、街道半ば過ぎまで進軍したうえで、深度の浅い場所から闇地へ入れば、そこまで危険な魔獣と遭遇せず闇地を抜けられるんじゃないですか?」


 ミツキの反論を聞き、ヴァーゼラットは面倒そうに舌打ちした。


「まだ言うか! これから戦をしようというのに兵を損耗することが確実な闇地を進むなど戦闘教義に反するわ! まったく何故このようなシロウトが派遣されてきたのだ。貴様からも何か言ってやれ」


 そう言ってヴァーゼラットは、隣に座る顔色の悪い男の肩を叩いた。


「……可能です」

「そうであろうそうであろう。これだから現場を知らぬ……今何と言った?」

「か、可能です、その、おそらくですが。ある程度街道を進み、低深域から抜ければ、さほど戦力を損なわずに闇地を抜けることはできるかと――」

「何を言っている!! 外縁部に生息する魔獣でさえ、闇地という地の利を得た奴らの脅威は貴様が一番解っているはずであろうが! ましてブシュロネアは闇地に囲まれた国! 闇地と魔獣の恐ろしさを我ら以上によく知る奴らが、自ら闇地への進路をとるなどあり得るはずがない!!」

「闇地に囲まれた国だからこそです! 奴らは長きに亘り国を挙げて闇地を切り拓いてきました。そのため闇地の知識と対魔獣戦の経験値において我らを大きく上回っております。よって、わが軍では困難な闇地の行軍も、奴らであれば可能と推測できるのです」

「き、貴様! 私の軍がブシュロネアに劣ると言うのか!?」

「そのような話はしておりません! 私はただ、ブシュロネアは闇地に慣れているゆえ先程の予測も不可能ではないと申し上げているだけです。さらに補足すると、奴らが闇地を行軍することで、小規模の越流を発生させる可能性があります。敵先発隊が闇地を抜けて来たとして、広大な闇地との境界域から奴らの出現地点を特定するのは困難なうえ、闇地から追い立てられ領内に侵入した魔獣にも対処しなければならない可能性があります」

「そんな余裕あるわけがないだろう! 街道口での待ち伏せであれば現在の兵数でも十分迎撃が可能だ! しかし、ブシュロネア軍の出現場所がわからないのであれば、狭窄地帯との境界域全体を警戒しなければならんのだぞ! ローミネスに集まりつつある臨時徴発の補充兵を緊急で投入したとて、とても間に合わん! しかも、魔獣まで出るかもしれんだと!? どうするのだ!!」


 ミツキはヴァーゼラットに進言し大声で議論を交わしている男に注目した。

 慣れない戦争に、天幕内の誰もが憔悴していたが、その男の病的なやつれ具合はひときわ目を引いた。

 土気色の顔は頬が削げ落ち、落ち窪んだ眼窩の中で血走った眼が濡れたように光っている。

 後ろへ撫で付けた黒髪に多くの白髪が混じっているため首から上だけ見れば還暦程の年齢に見えるが、鎧を着ていても解るがっしりとした体躯から、容貌より十や二十は若いのではないかと思われた。


「あれは?」


 ミツキに問われ、若い下士官は声をひそめて答えた。


「ディセルバ准将です。その……国境砦の司令官です」


 意外な回答に、ミツキは少し驚いた。


「砦は落とされたんだろ? なんでここにいるんだ?」

「司令官といっても常駐されているわけではございませんので。あちらに滞在されるのは、一年の内、三分の一程度の日数と窺っております」


 つまり、砦を落とされた時には別の場所に居たということなのだろう。

 砦の兵士で無事だったのは、当日の晩、哨戒に出ていた三十名のみだという。

 不在中に自分の砦が陥落し、部下のほとんどが安否不明なのだから、異常なやつれ様も当然と言えるのかもしれない。

 そんなことを考えながら自分たちを観察するミツキなど目に入らないかのように、将軍と准将は大声を上げ続けている。

 正確には、気色ばんだ様子で詰め寄るヴァーゼラットに、ディセルバが苦し気な表情で応対している。


「迎え撃つのが難しいのであれば、もはや攻めるしかあるまい! 全軍に行軍準備を急がせろ! 奴らが闇地へ入る前に街道で迎え打つことができれば、優位には立てずとも五分の状況には持ち込めるはずだ!」

「お言葉ですが、現在の我が陣営には迎撃を念頭に置いた備えしかございません。進軍には武器も馬もまるで足りないうえ、戦場が闇地に挟まれた街道である以上、地形を意識した魔法装備も不可欠です。しかし、ローミネスからの補給を待ち、準備を整えてから街道を進軍しても、間に合う可能性は低いでしょう。かといって、手持ちの装備だけで進軍を急げば、初戦の二の舞になるのは目に見えております」

「馬鹿な! 迎撃は無理、進撃も無理ではどうしようもないではないか! そうまで私の策を否定する以上は貴様にも考えがあるのだろうな!?」

「それは……街道口の包囲を解き、狭窄地帯とローミネスの中間付近まで後退して布陣するというのが唯一の方策かと。少なくとも、街道を外れて進軍してきたブシュロネア部隊から急襲を受けるという懸念は払しょくされますし、闇地と距離を置けば越流によって魔獣が侵入したとしても遭遇するリスクは低くなります」

「自分が何を言っているのかわかっているのか!? 敵が進軍してきているというのに後退するなど、自ら招き入れるも同然ではないか! 奴らが当初の予想通り街道を直進して来たなら、易々と退けられるのだぞ!?」

「しかし、ブシュロネアが街道を進むか闇地へ逸れるかがわからない以上、街道口で迎え撃つという当初の作戦は取り下げるべきです。後退すれば、おそらく泥沼の攻防となるのは免れないでしょうが、補充兵を投入して戦線を維持しつつ、中央や他の副王領へ援軍の要請を行い長期戦に持ち込むというのが最も堅実でしょう。ブシュロネアの国力では投入できる戦力には限りがある一方、援軍を望める我らは時間が経過するほど有利になると予測できます」

「ふざけるな!! 散々煮え湯を飲まされた挙句に一矢も報えぬまま中央や周辺の副王領に泣きつくなど騎士としての誇りが許さん!? それに、あの女の言うように領国の守護は副王とその直臣の務めだ! 自力での防衛が叶わなかったとなれば、王は我らの領地召し上げや官位の剥奪をお命じになられるかもしれん!」


 あの女というのはレミリスのことだろう。

 それにしても、この期に及んで己の地位や財産、プライドに固執するとは、いかにも俗物だった。


「なにやら騒がしくなってきたな」


 そうトリヴィアが呟いたように、ヴァーゼラットの発言が男たちの動揺を誘い、天幕内がざわつき始めた。

 ふたりのやり取りを窺っていた幕僚たちは、雲行きが怪しくなってきたのを見て取り、侍従の武官たちに何かを命じて走らせたりしている。


「そもそもだ! 敵が街道から闇地へ進路を変えるという前提で話を進めているが、元はといえばそこの若造の戯言ではないか! 貴様の言うように不可能ではなかったとして、ある程度の兵を消耗するのは間違いあるまい。これから格上の大国に攻め込むというのに、ブシュロネアがそんなリスクを冒すわけがなかろう! 多少の可能性があるからといって浮足立ち、後退するなど愚の骨頂よ! 狭窄地帯全域の監視は強めるとして、布陣を変える必要はない!」

「しかし! 万が一にも闇地を抜けて来られれば取り返しのつかないことになりますぞ!」

「くどい! 貴様は砦を落とされたことで神経質になり過ぎているのだ! これ以上何か申せば讒言(ざんげん)と見なすぞ!」


 将軍に一括され、ディセルバ准将は苦々し気に顔を歪めつつ口を噤んだ。

 そんな様子に、隣のサクヤは凍えるような視線を向け小さく呟いた。


愚昧(ぐまい)。こ奴らにはまるで興味が沸かん」


 そう切って捨てるのは簡単だが、とミツキは思考する。

 幕僚たちはミツキの闇地に対する無知を嘲ったが、むしろ闇地に接する土地で生きるからこその過剰な警戒心ゆえ、〝闇地の進軍〟という発想に至らなかったのだろう。

 そして、その可能性を提示されたにもかかわらず、まったく同じ理由から、闇地への進軍はないと判断している。

 闇地をよく知ればこそ、それを作戦に利用したブシュロネアと、闇地への知識が枷となり、客観的な判断ができないアタラティアで、完全に明暗が分かれたと言えるだろう。

 しかし、ヴァーゼラットがこのまま作戦を押し通せば、アタラティア陣営の自分たちまで負け戦に巻き込まれることになる。

 せっかくここまで生き延びたのに、座して死を待つつもりはミツキには無かった。

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[一言] 絶対闇地から来る想定なんだなって。可能性がありますとかじゃなくて
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