第十六節 『上達』
トリヴィアは成人男性の背丈ほどもあるハルバードを体操のバトンのように回転させながら振り回し、鉤と斧が一体となった槍で上下から斬り付けてきた。
まるで数人を同時に相手取っているかのような連撃だが、ミツキはすべて紙一重で躱す。
頭上から振り下ろされた斧を右足を軸に半身だけ引くようにして避けたところ、トリヴィアはミツキの首の高さでぴたりと切っ先を止め、一瞬で刃を九〇度捻り、攻撃の軌道を縦から横へ切り替えた。
人を超越した膂力ゆえに可能な動作だが、ミツキは上体を反らすことでこれも躱したうえ、右足でハルバードの柄を蹴り上げ更なる追撃を防いだ。
跳ね上がった長物は、その重さゆえに蹴りの衝撃を殺しきれず、トリヴィアは獲物に引っ張られるようにして体勢を崩した。
それを視界の端に捉えたミツキは、仰け反った姿勢を戻す勢いのまま、大きく踏み込み右手の剣で上段から斬り付ける。
しかし、トリヴィアはアンダースローのように腕を振ることで、後方に流れていた穂先に遠心力を加え、ミツキの脇腹目掛けて下からすくい上げた。
咄嗟に剣筋を変え、袈裟懸け気味の軌道で迫る斧を打ち落とす。
だが、トリヴィアの大振りに打ち勝つには、ミツキは重量不足だった。
火花を伴って鈍い金属音が響き、ミツキの体は後方に向かい宙を舞っていた。
吹き飛ばされたのではない。
自分の剣では斧を防げぬと判断し、自ら飛び退き打ち合いの衝撃を殺したのだ。
おかげで体は四メートル程も舞い上がったが、剣も腕も折れずに済んだ。
空中で体を捻り体勢を直すと、着地と同時に剣を持たない左手だけでバク転を決め、体に掛かった衝撃を逃がしきる。
再びトリヴィアへ向き直りながら、ミツキは苦々し気な口調で問うた。
「体勢を崩したのはわざとだな? おかげでまんまと攻撃を誘われたよ」
その悔しそうな顔を見て、トリヴィアは呵々と笑う。
「こちらの連撃を躱し続けていたのは見事だったが、同時に攻めあぐねてもいたようだったからな。隙を見せれば乗ってくるだろうと思ったんだ。しかし、あの迎撃を凌いだのは見事だったよ。腹に直撃はさせられないまでも、腕ぐらいは折れると予想していたんだけどね」
ミツキの口元が引き攣った。
笑顔だが、彼女は冗談を言っているわけではない。
実際、トリヴィアとの訓練で骨折程度の怪我はざらだ。
そして、怪我を負う度、彼女自身の治癒魔法によって、ミツキはその場で快癒した。
致命傷になるほどの大怪我を負ったことはないので、手加減はしているのだろう。
裏を返せば、自分が癒せる限りでは、相手に怪我を負わせることにまるで躊躇がない。
現代日本であれば大問題なりそうなほどスパルタ式の訓練だが、おかげで白兵戦の技量はメキメキと上達していた。
というか、少々現実離れした上達ぶりだとミツキは己自身に驚いている。
「しかし、ここのところ飛躍的に動きが良くなっているな。吹っ飛んだ時に体勢を立て直した動作もだが、その前の連続攻撃を躱した動きには正直驚かされたよ」
「先生が良いから上達も早いんだろ」
そう言うと、トリヴィアは目尻を下げて照れ笑いを浮かべた。
彼女に指摘されたように、動体視力の向上も著しい。
先程の攻防に際しても、トリヴィアの動きがスローに見えていた程だ。
その過剰な身体能力の上昇に、ミツキは心当たりがあった。
「後でサクヤに聞いてみるか……」
「何か言ったか?」
「いや、なんでもない。それより稽古を続けよう」
そう言って、再び剣を構えた。
「間違いなく〝練気〟だな」
サクヤの回答に、やはりかとミツキは納得する。
「鬼娘との特訓の賜物だろう。練気の習得に必要なのは実戦と、瞑想による気力の充実だという。後者の方は、結果的に念動の訓練が影響したと推測できる。図らずして二兎を得たな」
「能力をふたつも得て、キャパシティ……えっと、力を使うための素地みたいなものが割り振られ、習得できる各能力の上限が引き下がるってことはないのか?」
「そんな心配は無用だ。習得する能力を一系統に絞らせたのは、単に修練の時間が足りないからだ。別の特訓のついでで、神通をもう一系統会得できたのであれば拾い物だと考えて良い」
「それなら良かった」
実際、念動だけでは心許ないと思っていたところなので願ってもなかった。
「それより、あれは何をさせているのだ?」
サクヤの視線の方へ顔を向けると、夜の林で看守の男が何かを組み立てている。
「ちょっと思うところがあって、鎧を用意した」
組み上がったのは、西洋のフルプレートアーマーを思わせるデザインの甲冑だった。
ただし、鎧の下半身はなく、上半身の鎧を支えるための木台が剥き出しになっている。
「三日前の晩、訓練の最終課程に入った」
「ほう。と言うと〝火煙土器〟の〝器〟だな?」
「ああ」
サクヤは毎晩ミツキの訓練に付き合っているわけではない。
十回訓練を行えば一、二回姿を見せる程度であり、それ以外は看守の男と二人きりだった。
ミツキが最終課程に入ったと判断したのは、サクヤから事前に目標にしろと言われていた岩を持ち上げるのに成功したからだ。
それから三日間、自分なりに実戦を想定した念動の攻撃を試していたが、自分のイメージと実際にできることの間にズレを感じはじめていた。
「これを兜の中に詰めてくれ」
そう言ってミツキが看守の男に手渡したのは、リンゴよりもやや大きめな緑色の果物だった。
イリスから届けられた食材のひとつだが、若干の甘みはあるものの水気ばかり多いスポンジのような食感の果肉でお世辞にも美味いとは言えない。
看守の男は首の穴から落ちないように布を隙間に詰めながら兜の中に果物を収め鎧の上に設置した。
看守の男が離れると、ミツキは十メートル程距離を取って鎧と向き合い集中を始めた。
「対人戦闘を意識しての工夫か? しかし、動かぬ鎧ではあまり意味がなさそうだな」
「いや、これはそういう訓練じゃない。まあちょっとした実験だ」
集中を途切れさせることなくサクヤに応答する。
ひとりの特訓が多かっただけに、この程度の会話なら力の行使と並行してこなせるのかと、ミツキは心の中で微かに安堵する。
程なくして、パカンという軽い金属音とともに兜が小さく跳ね上がった。
地面に落ちた兜に駆け寄ったミツキは、中に手を差し入れる。
「やっぱり……割れてない」
「果物のことか?」
背後から覗き込むサクヤに、布に包まれた果物を差し出す。
「なるほど、傷ひとつ無い。中身は……やはり無事のようだ」
額の目を剥いて果物を観察した後でそう答えたサクヤに、ミツキは胡乱な目を向ける。
まさか、透視できるのだろうか。
この女ならあり得るなと思う。
ともあれ、おかげで確信が持てた。
「この念動って力、思ったより応用が利かない。今のは鎧を通して中身の破壊を試みたわけだが、見ての通りまったくの無傷だ。成功すれば鎧を着た相手でも、脳や重要な血管を傷付けるだけで倒せると思ったんだが、うまくいかないな。遮蔽物の向こうにまで力を伝えるのは難しいみたいだ。それに、念動で起こせる衝撃波の威力にも期待できない。何度か鎧で試してみたが、凹みすらしない」
「念動そのものの力は直接攻撃に向かないというわけか。殺傷力の高い使い方を考えねばならんな」
「それについては一応結論が出ている」
「ほう?」
ミツキは再び鎧から距離をとると、視線を地面に落とし、掌を開いて上に向けた。
両手に皿を持っているような体勢だ。
そのまま集中し、小さく指を曲げると、地面から小石が浮かび上がる。
十本の指を曲げ軽く隙間を空けたまま握り込むと、ミツキの周囲には無数の小石が浮遊していた。
「その指の動き、念動の力を身体感覚になぞらえることで、素早く発動させることができるのか。初心者なりの工夫と考えれば悪くはないな」
相変わらず上から目線で偉そうな女だと心の中でぼやきつつ、握り込んだ指のうち右手人差し指だけを弾くように開く。
同時に浮遊していた石のひとつが、ヒュっと音を立てて消えた。
一拍置いて、鎧がけたたましく鳴り、グラグラと揺れる。
続けて二本三本と指を開くと、カン、カカァンと鎧が悲鳴でも上げているように鳴る。
右手の五本指を立て続けに開いてから、残った左手の指を一気に開くと、浮遊していた残りの小石が一斉に消え、派手な金属音とともに鎧が倒れた。
「石礫か」
「ああ」
「なんというか……地味だな」
「……ああ」
ミツキは小さく肩を落とした。
サクヤに指摘された通り、自分でも地味だと感じていた。
看守の男の火球でさえ低威力だというのに、こんな素朴な攻撃が実践で通用するのだろうか。
「そう落ち込むな。目立たないというのは、戦場ではむしろ利点だ。念動は魔法と違い詠唱が要らず、しかも攻撃まで目立たないとあれば、奇襲や相手の意表を突く際には大いに役立つはずだ。とはいえ……」
倒れた鎧の表面を指でなぞりながら、サクヤは視線をミツキに向ける。
「威力不足は否めんな。石ではなく、剣や槍を使ってみてはどうだ?」
「それはオレも考えた。でも、どうもこの力の特性のせいで、武器を飛ばすという手はあまり有効じゃないんだ」
「特性?」
「まあ、見ててみな」
そう言って看守から槍を受け取ったミツキは、掌の長物を浮かせると、サクヤから数歩離れた位置にある木の幹に向けて放った。
槍は一直線に飛び、幹に突き刺さるとビイィィンと音を立てて揺れた。
サクヤは木に歩み寄り、槍の振動を掴んで止めると、突き刺さった穂先を観察した。
「予想よりも刺さりが甘い。礫と同じ威力ならもっと深く突き刺さると思ったのだが……。それに、礫は消えたように感じる程速かったのに対し、槍は手で投げるのとそう変わらない速度だったように見えた。これではただの投槍と変わらんな」
「何度も試してわかったんだが、念動は小さい物、というか質量の少ない物ほど素早く正確に操ることができ、ぶつけた際の威力も強力になるようだ。おそらく、ひとつの物体に加えられる力が、大きさに関わらず一定なのだろう。だから、剣や槍よりも小さな石礫の方が高い効果を望める。ただし、一度に複数の物質を操る分には、力が分散されるということはない」
「小さい方が高威力か。まあ、石ころ程度の大きさでも、急所さえ正確に射抜けるなら実戦でも使えそうだな。とはいえ、扱いやすいからといって操作する物体を小さくし過ぎては、さすがに殺傷力が落ちよう。それに、礫の硬さでは鎧を貫くこともできまい。となれば――」
「事前に念動用の弾丸を用意しておく」
サクヤは小さく頷いた。
「用意するなら急いだほうが良い。ここ数日、メイドが城壁内に出かける頻度が増している。散々待たされたが、ようやく出番かもしれん」
「実戦か……」
そう呟くと、ミツキはしばらくの間口を噤み、心の内に沸き上がる不安を押し殺そうとした。
看守の男の持つ燈火が、彼の青褪めた貌を朱く照らしていた。
翌日、武具の製作を依頼した職人を訪ねたミツキは、念動での攻撃に使うための投具を発注した。
シンプルな形状ゆえ、職人は中一日で依頼の品を仕上げてくれた。
当面は、その投具の操作に時間を費やすつもりだったミツキだが、職人からの納品の翌日には、アリアから初陣の通達を受けることとなった。
ミツキたちが側壁塔に拘留されてから、実に百二十日が経過していた。




