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マッド ファンタジア ・ カーゴ カルト  作者: 囹圄
第六章

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第六十八節 『約束』

「隊長!」

「先に逝くぞ!」


 距離的に、投擲(とうてき)された筒が落下する前に刀で打ち返したりはできないだろうとわかってはいたが、ジャメサは背後で叫ぶ部下たちを振り切るように駆け出す。

 部下に命を捨てるように言ったのだから、まずは自ら範を示さないわけにはいかない。

 せめて落下地点を正確に把握(はあく)するため、筒を投げようとしている敵兵の動きに注目する。

 腕を引いたディエビア連邦軍兵士が、筒を持った右手を大きく振りかぶる。

 その瞬間、どこからか飛来した矢が、兵士の右腕を射抜いた。


「なっ!?」


 咄嗟(とっさ)に足を止めたジャメサは、腕に衝撃を受け何が起きたかわからず目を白黒させる敵兵の手から筒がこぼれるのを視認し、背後に叫ぶ。


「静止して伏せろ!!」


 突然の命令に勢いを殺しきれない部下たちは、伏せるというよりドミノ倒しのようにして全員が転倒する。

 その様子を確認してから、ジャメサも泥の中へ飛び込む。

 泥水に顔を突っ込む直前、敵を窺えば、腕を貫かれた敵兵は慌てた様子で濁り切った水に手を突っ込み、落とした筒を捜していた。

 その背後の兵士たちは、仲間を手伝おうと駆け寄る者と、逃げ出そうと距離をとる者とで分かれていたが、誰もかれもが恐慌をきたしていた。


 体を投げ出した瞬間、水を通して強烈な衝撃がジャメサの体を襲う。

 泥水ごと吹っ飛ばされ、うつ伏せに倒れたはずが、次の瞬間には仰向けになっていた。

 口と鼻から入った土砂を吐き出しつつ立ち上がったジャメサは、顔を拭いながら背後の部下たちを窺う。


「おい! 無事か!?」


 一拍の間を置き、泥水の中から次々と人影が立ち上がる。


「げはっ! な、なんとか、生きています」

「ぺっぺっ、くそ、飲んじまった……しかし、この泥のおかげで、まとめて倒れた時潰されずに済んだな」


 ホッとするのも束の間、ジャメサは部下たちに背を向けながら指示を出す。


「イェニッツとカニッサで脱落したリグの回収と手当てをしろ! 他の者は武器だけ持ってオレに続け!」


 部下たちが後に続くのを確認もせず通路を駆け、敵兵たちが陣取っていた場所に辿り着いたジャメサは、周囲に倒れているディエビア連邦軍兵士たちに視線を巡らす。

 爆煙が立ち込め、視界はあまり利かないが、どうやら爆心地付近にいた者たちは木っ端微塵に吹き飛ばされたようだ。

 しかし、煙の向こうからは複数の呻き声が聞こえてくる。

 後方にいた兵士たちは、仲間の体が盾となり、即死を免れたのだろう。

 先程、サルヴァからもたらされた情報を考慮すると、敵がすべて絶命すると同時に爆撃を受ける可能性が高いだけに、ジャメサは安堵する。


「とはいえ、放っておいたらいつ死ぬかわからんな」


 先程まで追い詰められていたことを想えば(しゃく)ではあったが、自分たちの安全のためにも救助しないわけにはいかない。

 そう思い、一歩踏み出したジャメサは、噴煙の向こうに複数の人影が現れたのを目にして刀を構える。

 まさか、あの爆発を食らい立ち上がれる者が何人もいるというのか。

 しかし、煙の中から現れた顔を確認すると、大きく息をついてから納刀した。


「どうやら、間に合ったみたいだね」

「かなりぎりぎりだったようだけどな」


 そう言ってジャメサに駆け寄ったのは、エウルとティスマスだった。

 ディエビア連邦軍が新たな魔導兵器で攻撃してきた直後、ジャメサたちは塹壕の最前に配置されていたふたりの部隊を救出している。

 後方に下げた後は言葉を交わす間もなく別れたが、どうやら無事だったようだ。

 そう考えたジャメサは、ふたりの顔を見て、いや、と思い直す。

 制服はぼろぼろで、泥に塗れた顔は疲労を滲ませている。

 ブリュゴーリュ軍との戦いの後でも、こうまでやつれたりはしていなかったはずだ。

 ふたりの背後を窺えば、ぼろぼろのなりのティファニア兵たちが敵兵の救助をはじめている。

 その頭数は、ジャメサ達が救出した時よりも、さらに減っていた。

 元々塹壕最前に配置された迎撃部隊はかなりの大所帯だっただけに、多くの仲間を失ったのだということをジャメサは察した。


「五体無事みたいだな。さっきの借りを返し損ねなくてよかったよ」


 ティスマスに肩を叩かれ、ジャメサは首肯する。


「救援要請を聞いて来てくれたんだな?」

「そういうことだね。こっちもあの後すぐ塹壕内の敵の掃討(そうとう)に戻ったんだけど、けっこうヤバい状況だったんで、駆け付けるのが遅くなってしまった。悪かったな」

「いや、助かった。正直、今回ばかりは本当に終わったと思ったが、おかげで部下たちも死なせずに済んだ」


 そう言って微笑むジャメサに、ティスマスとエウルは顔を見合わせる。


「珍しいね、ジャメサが笑うなんて。いつも仏頂面なのに」

「まったくだ。でもそれを言ったらエウルだってさっきまで見たことないぐらい怒り顔だったし、私なんか寒いわ怖いわで何度泣きそうになったかわからないんだから、まあお互い様だろ」

「え? ボクそんな顔してた?」

「ああ、正直敵より怖かったな。隣にいてあんまり怖いものだから、ガタガタ震えていただろう?」

「それは寒さのせいじゃないか」


 軽口を叩き合うふたりを前にジャメサが苦笑していると、頭の中に気の抜けたような女の声が響いた。


『えー、塹壕内で戦闘中の皆さんにお伝えしまぁす。先程、サルヴァ総督からお知らせがあった通り、ディエビア連邦軍の捕虜を連れて行動することで、敵魔導兵器からの攻撃を防げることが判明しましたぁ。ただし、簡単に敵兵を捕らえることのできない部隊も少なくないものと思われまぁす。そこでカナル指令は、塹壕第十六区画帯に四カ所、捕虜の簡易収容所を設けることに決めましたぁ。これより複数の敵兵を拘束した部隊には、後方へ下がっていただき不要な捕虜を預けていただきまぁす。こちらで引き取った捕虜は、捕虜を保有していない部隊へ分配しますが、全部隊が一斉に下がれば防衛に支障をきたしますのでぇ、こちらの指示に従って順番に後退してくださぁい』


 通信を聞き終えた三人は顔を見合わせた。


「今のソニファちゃんだよな? 何度か食事に誘っているんだけど、あれでガードが固いんだよなぁ」

「いや、そんな情報はどうでもいいよ。それより、さすがに元大将軍だね。対応が早い」

「うちらはまず、敵生存者の数を確認すべきか。さっきの爆発でどれだけ生き残ったのか」


 間もなく、敵兵の救護にあたっていた兵士のひとりが、三人に駆け寄って来た。


「敵の生存者は十二名ですが、うち半数が重傷者で、我々の手には負えません」

「そうか。おそらく捕虜の収容所なら治癒専門の魔導士も待機させているだろう。急いで運ぶべきだ」

「それはジャメサの隊に任せよう。さっきのでかなり装備を失ったようだし、ついでに補給もして来るといい」


 その申し出に、ジャメサはティスマスらの部隊に視線を向ける。


「いいのか? おまえらの部下もかなり消耗は激しそうだが」

「我々が揃って後方へ下がればさすがに守りが薄くなる。うちには弓兵が残っているし、矢にも余裕があるからまだ戦えるさ。でも剣盾隊は銃撃を防ぐ盾がなければどうしようもないだろ? 下がるとしたらどっちが優先されるかは一目瞭然だよ。ただ捕虜は何人か残していってくれ。ひとりふたりじゃかまわず撃ち込んでくるかもしれないからね」

「……わかった。正直助かる。戦が終ってフィオーレに帰ったらおまえらの部下も含めて(おご)らせてくれ。こないだいい店を見つけたんだ」

「おまえもずいぶんと社交的なことを言えるようになったじゃないか。でもうちの隊員はウワバミ揃いだ。あとで後悔するなよ?」

「剣にしか興味のないジャメサのお気に入りの店ってだけで興味があるなぁ。楽しみにしてるよ」


 ティスマスとエウルの部隊は拘束した捕虜四名を連れ本来の持ち場へと戻って行った。

 ジャメサは敵の得物の残骸や放棄された自軍の兵士の長物と制服を使って部下に即席の担架(たんか)を作らせると、負傷した部下と歩けぬ怪我を負った捕虜を乗せて運ばせることにした。


「どうにか生き延びましたね」


 後方へ撤収する途中、ジャメサは部下にそう話し掛けられた。


「今回はな。だがあれは運が良かっただけだ。ティスマスたちが駆け付けてくれなけりゃ全滅していた可能性が高い。初日からこれでは先が思いやられるな。魔導兵器への対策が見つかったのだけが救いか」

「生き残れますかね、我々は。この戦争を」


 不安げな表情の部下の背を平手で叩き、ジャメサは自分に言い聞かせるように言葉を吐く。


「一度は死ぬ覚悟もしたが、オレはなにがなんでも生きて帰るつもりだ。約束もしたことだしな。おまえも弱気になるな」

「約束?」

「ああ、ティスマスたちとな。行きつけの酒場で奢ってやるんだ」

「いいですね。我々もご一緒しても?」

「生きて帰りゃ連れてってやる。ひと晩貸し切りで戦勝を祝おう」

「はは、そりゃ死ねなくなりましたね!」


 そうは言っても、戦場にいる以上は必ず生きて帰れるという保証などない。

 だから、ジャメサは自分が死ぬ覚悟も、友が死ぬ覚悟も決めていた。

 しかし、想像を絶する無惨な成り行きによって、彼らの約束が踏みにじられることになるなど、ジャメサには知る(よし)もなかった。

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