第六十七節 『銃と盾』
剣盾隊を率い塹壕内の敵の処理と友軍の救助を行っていたジャメサは、距離を開けて対峙するディエビア連邦軍銃兵隊からの激しい銃撃にあい追い詰められていた。
密集陣形をとり、盾を並べることでどうにか銃撃を防げてはいるものの、元々銃を想定して作られた盾ではないので、攻撃を受けるたびに少しずつ削られていく。
ジャメサは自分の前で盾を構える部下の肩に手を置き、戦場の音に掻き消されないよう大声を張り上げる。
「ジザム! おまえの盾はそろそろ限界だ! イェニッツと交代しろ! イェニッツは前へ出て合図で入れ替われ!」
「はっ!」
背後の部下が傍らに進み出ると、ジャメサは短く叫ぶ。
「今っ!」
滑るようにして、前方で盾を構える兵士たちが入れ替わる。
そのほんの一瞬開いた隙間から銃弾が通り、ジャメサの右頬を掠める。
「隊長!」
「構うな。かすり傷だ」
己を気遣う部下の声に短く答え、泥で茶色に染まった制服の袖で流れた血を拭う。
「それより、盾はあと何枚残っている?」
「十八枚消耗しましたので、控えが七枚、今使っているものを含めても十二枚です」
部下の答えにおもわず舌打ちが出る。
それを使い切った後は、玉砕覚悟で全員で突撃するか、イチかバチか塹壕から這い出るしかない。
それとも、そうなる前に盾兵を押し立てて前進するか。
しかし、それとて自殺行為だ。
銃弾だけであれば盾で防げるが、問題はディエビア連邦兵の持つ筒状の兵器だった。
投擲して少し時間を置き爆発するその武器は、盾では防げない。
爆発する前に投げ返そうにも、足元が泥水に満たされているため、一度落ちると探すのに時間が掛かる。
投擲の間合いの外に追い詰められているのはそういった理由からだった。
かといって、塹壕の上に這い出せば、開けた場所に身を晒すことになる。
どうやら腕の良い銃兵が常に遠方から地上を狙っているらしく、顔を覗かせるだけで即座に狙撃される。
もちろん、盾より上に身を乗り出して這い上がろうとすれば、対峙する敵からも狙い撃たれるだろう。
このように侵入した敵兵から追い詰められることのないよう、塹壕に袋小路はないはずだったが、爆撃で通路が塞がっており、移動することもできない。
通信で援軍を要請してはいるが、どこの部隊も魔導兵器への対応に苦慮しており、同じような援軍要請がひっきりなしに届くような状況では、味方の助けは期待できまい。
「盾も残り少ない……そろそろ方針を決めなければならないか」
どうすればひとりでも多くの部下を生かせるか、あるいはひとりでも多くの敵を道連れにできるか、ジャメサが勘定を始めたところ、頭の中に声が響いた。
『塹壕内の兵たちよ。私はサルヴァ・ディ・ダリウスだ。ディエビア連邦軍の捕虜より魔道兵器について重要な情報を得たので今から伝える』
「総督? 前線に出てきているとは聞いていたが……」
魔導兵器の情報と聞いて、ジャメサの心に微かな期待が膨らむ。
まさに今、魔導兵器によって追い詰められている以上、この情報が現状を打破するヒントとなるかもしれない。
『ディエビア連邦軍は自軍の兵すべての位置や健康状態を常時把握しているらしい。より具体的には、地図上に光点として兵の位置が示される魔道具が前線本部に配備されているようだ。敵部隊を壊滅させた後、その場に砲撃を受けるケースが非常に多いのはそのためだ。味方の生存者はおらず、味方を襲った敵がいる可能性が高いと見越してそこを狙い撃っているわけだ。だがこれは、裏を返せば自軍の兵の生存が確認できる以上は、そこを攻撃できないということでもある。つまり、敵兵を捕虜にして連れ回せば、ほぼ完全に爆撃を防ぐことができるようになるということだ。これまで全軍には敵を殲滅するよう動いてもらっていたが、ここからは可能な限り殺さず、無力化した捕虜を同行させるよう努めてくれ。以上だ』
サルヴァからの通信を聴き終え、ジャメサは落胆した。
たしかに、遠距離から爆撃してくる敵魔導兵器の情報は重要だが、今自分たちが必要としているのは、筒状の兵器への対策だ。
しかも、ただでさえ苦戦しているというのに、殺さないよう加減せよとは無茶を言ってくれる。
そう考えている間にも、並べた盾のひとつが大きく砕け、後ろに控えた部下が慌てて交代する。
また一枚盾が減った。
もはや身を守る手段を失うのは時間の問題だ。
ジャメサは遂に腹を括った。
「……仕方ない。塹壕を出て逃げようとしても、上から後ろから狙い撃たれたんじゃ生き残るのは難しいだろう」
腰の刀を抜いてから、周囲の部下たちに向け声を張る。
「全員聞け! これより正面の敵銃兵隊に突撃を敢行する! 最前列は引き続き盾で防御し、銃撃を遮りつつ駆け抜け一気に近接戦闘へ持ち込む! なにか質問はあるか!?」
「敵投擲武器への対処はいかがいたしますか!?」
部下のひとりに問われ、一瞬間を置いてから答える。
「盾兵以外で間に合う者が上から覆い被さり威力を殺す! 泥の中から拾えずとも、だいたいの落下地点はわかるだろうからな! 心配するな、最初の手本はオレが見せてやる!」
兵士たちは一瞬意表を突かれたような顔を見せるが、ジャメサの覚悟に当てられたのか、皆表情を引き締めて頷く。
「仕方がないですね! うちの隊には遠距離攻撃ができる奴はいないし、他に逃げ道もない。せめて奴らをひとりでも多く道連れにしてやりましょう!」
「オレは元々根無し草の自由民でしたが、ここに来てようやく故郷と呼べる場所ができました! フィオーレを守るためなら命ぐらい懸けてやりますよ!」
怖気づいた者はひとりもいなかった。
剣盾隊は元傭兵かジャメサと同じ元剣闘士で構成された部隊で、全員がブリュゴーリュとの戦を生き延びた猛者だ。
戦争が終ってからも、同じ部隊として国境へ派遣された者が多く、結束も強い。
そして、フィオーレがブリュゴーリュの新たな都として復興、発展するのを一から見守ってきただけに、皆町への愛着が強く、中にはここで家庭を築いた者もいる。
それだけに、ジャメサは部下をここで死なせるのがしのびなかった。
「……ありがとう……すまない」
そう呟いて、自分も変わったなと、かつての闘技場の帝王は思う。
人生の大半をただ己の力のみを頼りに生き抜くことに費やしてきた彼は、ティファニア軍に参加してはじめて互いに命を預け合うことのできる仲間というものを知った。
以前の己であれば、どんな局面であろうと、自分が真っ先に死ぬなどとは言いださなかったはずだ。
戦を経験し己を鍛え直し、さらにミツキから助言も得たことにより剣の技倆は確実に向上したが、はたして己は強くなったのか、それとも弱くなったのか。
「それももはやどうでもいいことか」
自分でも理由のわからない笑みを浮かべながら、ジャメサは敵部隊に視線を向けると剣を構えて叫ぶ。
「命を惜しむな! 活路はその身と剣で切り拓け! 突撃!!」
その声を合図に盾兵が走り出すと、身を屈めて銃撃を凌いでいた全員が身を起こして駆けはじめる。
敵の銃撃がいっそう激しさを増すが足は止まらない。
盾が一枚砕けて最前の兵がひとり倒れるも、後ろに控えていた盾兵がすかさず前へ出る。
ジャメサが敵を窺えば、銃兵たちは皆顔を引き攣らせ何か喚き散らしている。
圧倒的に有利な貴様らが、どうしてビビっているのだ。
そう考え、ジャメサはおもわず噴き出す。
どういうわけか並走する部下たちも笑っていた。
そうして敵との距離を半分ほどまで詰めたところで、唐突に銃撃が止む。
と同時に、件の筒状の武器を腰から抜いた兵士が前へ進み出る。
「来たな!」
ジャメサは前を走る部下の構えた盾の縁を掴むと、体を横にして跳び越え、部隊の最前へ躍り出た。




