第六十六節 『修羅場』
アキヒトは目の前のヒカリから向けられる視線を黙って受け止めていたが、やがて耐えられなくなったように俯くと、小さく呟いた。
「すまなかった」
ヒカリは一瞬眉を顰めてから問い返す。
「それは……なにに対しての謝罪なの?」
「なにって、グレンデルたちを死なせてしまったことだろ?」
その答えに、ヒカリは表情を歪めゆっくりと首を振る。
「違うよアキくん。なんにもわかってないよ」
アキヒトは俯けていた顔を上げヒカリの顔を窺う。
「それじゃあ、言うべきことって……」
「たしかに、グレちゃんたちが死んだのは、すごく悲しい。でも、それはアキくんのせいじゃないよ。革命が成功して、私たちは自由になった。だから、軍から離れるって選択肢だってあったはずでしょ。実際、アキくんだったら、三人が戦い以外の場で活躍できるよう便宜を図ることだってできたよね? それでも三人は自分の意志でここに残った。それは、ちゃんと覚悟を決めてたからだよ。革命戦争で死んでいったみんなだってそう。自分でそう決めて戦ったんだよ。だから、アキくんが自分を責める必要なんてない」
「ボクが……自分を責める?」
「そう。だから急に前線に出るなんて言い出したんでしょ? 三人を死なせておいて、自分だけ安全圏にいるのが耐えられないから」
「はは……かなわないなヒカリには」
内心を見透かされ、アキヒトは乾いた笑いを漏らした。
「でも、三人を死なせたことじゃないのなら、なにに対してそんなに怒ってるのかな」
「私を置いて、なんの説明もなく、危険な場所に出ていったことだよ!」
「それは……だってヒカリは最初からこの戦争には反対していただろ? これ以上、巻き込みたくなかった。そもそも、キミにはダイアスで待っていて欲しかったんだ」
「そんなの勝手だよ! 私だけ残して、危険なところに出て、私が知らないところで死んじゃうかもしれないじゃない! なにもできずにひとり残された時の私の気持ち、考えたことあるの!?」
「だからって、キミがここにいたってできることなんてないだろ!」
しまったと、アキヒトは即座に後悔した。
感情的になりおもわず口走ってしまったが、今のセリフはない。
ヒカリの顔を窺えば、案の定、ひどく傷ついた表情を浮かべている。
フォローのつもりで、慌てて言い添える。
「ごめん、失言だった。今のは本心じゃないんだ。どうか許してほしい。それと、前線っていっても、ここは戦場からはかなり離れているし、敵は塹壕での防戦に手一杯で、攻勢にはでないよ。だから、ここに居る限りはキミが心配するような危険なんてないんだ」
ヒカリはアキヒトの顔を数秒無言で見つめると、一歩下がって口を開いた。
「そう。安全なら、私がここに居ても大丈夫だよね」
「え? ちょ、待っ――」
「絶対帰らないから」
そう言うとヒカリは、制止しようとするアキヒトに背を向け天幕を出て行ってしまった。
呆然とするアキヒトに、傍らに控えていたトモエが短く問い掛ける。
「追わなくてよろしいので?」
「……追いかけたところで説得できないよ。あれですごく頑固なんだ。それより――」
「心得ております。愚拙らの天幕で預かりましょう。それと、できる限りは傍についてお護りいたします。愚拙が手隙でない時も、誰かしら護衛を付けるようにいたします」
「ありがとう。助かるよ」
アキヒトはヒカリを追うため出口に向かうトモエの背を見送りながら、椅子に腰掛け考える。
仮の立場とはいえ連邦の宗主国を動かし、この世界に存在しない兵器を備えた軍を掌握しながらも、ままならないことばかりだ。
当初は魔導兵器など使わずとも速攻で終わらせることができると考えていた戦争に手こずり、仲間を死なせ、たったひとりの女の子の気持ちすら汲むことができない。
無力感に苛まれながら、アキヒトは頭を抱えて呟く。
「戦争のせいだ……こんな戦い早く終わらせよう」
しかし、そんなアキヒトの考えを嘲笑うかのように、背後のディスプレイに映し出される光点が不審な動きを始めたことに、彼は未だ気付いていなかった。
ヒカリがアキヒトのいる天幕にやって来る少し前、塹壕陣地帯後方でサルヴァはディエビア連邦軍の兵士と対面していた。
「なるほどねえ。キミたちの体に埋め込まれてたこの小さな魔道具で、兵士ひとりひとりの情報を後方で把握していると、そういうわけだね?」
そう言ってサルヴァは、先程別の兵士の胸の皮下から抉り取った菱型の物体を指でつまみかざして見せた。
兵士は弱々しく頷く。
その四肢は斬り落とされ、両肩を剣に貫かれて土壁に固定されている。
他にも、体の皮膚を剥がされ、その姿はあまりに痛々しい。
ただし、すべての傷口は氷に覆われており、失血によって兵士が絶命するのを防いでいた。
「た……のむ……知ってる、こと、は……すべて、は、話した……助けて、くれぇ」
命乞いをする兵士の目も氷で塞がっていた。
どうやら、流した涙が凍り付いたらしかった。
「そりゃもちろんさ。キミの話から判断するに、どうやら私たちをその野戦砲とやらの攻撃から守ってくれるのはキミたちの命らしいからね。しかし困ったことに――」
一旦言葉を止め、サルヴァは三方向に伸びる塹壕の通路に視線を巡らす。
足元を満たす泥水は、サルヴァとその部下たちがいる一隅を除いて、見渡す限り凍り付いていた。
その氷に足を固定されたディエビア連邦軍の銃兵たちは、身動きもできぬままに、ある者は剣で斬られ、ある者は弓で射抜かれ、またある者は銃で撃ち抜かれ、皆絶命していた。
「この通りキミのお仲間は皆殺してしまったからね。ここでキミにまで死なれると、すぐに野戦砲の砲撃が飛んで来るんだろ? 頼まれなくともキミにはできるだけ長く生きてもらわなければ困るんだ。少なくともキミの代わりを捕らえるまでは、殺せと言われても生かし続けるつもりさ」
微笑むサルヴァの手には、敵兵から鹵獲したライフルが握られている。
背後に控えて剣に付いた血と泥を拭っていたシュウザは、自分の所属する隊の長の後ろ姿をチラと見て、先程までの戦いぶりを思い出す。
塹壕のかなり深い位置まで侵入していた敵の一団は、サルヴァ達を包囲するように迫っていた。
ただし、部下たちを陽動に使い、そうなるよう仕向けたのは、他ならぬサルヴァだった。
自分たちに銃を向けて迫る敵集団は、クロゼンダの放った冷却魔法によって一瞬で足元を凍結されたうえ、手が悴んで引き金を引くことができなくなった。
そこを、サルヴァの率いる小隊が一方的に討ち取っていった。
事前に敵銃兵からライフルを奪っていたサルヴァは、それこそ新しい玩具でも試すように、鼻歌交じりで敵兵の頭部を続けて撃ち抜いた。
三十人以上いた敵の半数は、サルヴァが撃ち殺したはずだ。
その様子を見て、このライフルという兵器は、使い方次第では剣や槍など容易に圧倒すると、シュウザは実感していた。
裏を返せば、ここまで攻め切れていない敵は、装備のアドバンテージを十分に活かせていないということになる。
塹壕が銃撃戦に向かないということを考慮しても、優れた装備とは対照的に敵兵の練度は妙に低い。
おかげで、辛うじて敵の侵攻を食い止められているが、問題は強力な魔導兵器による遠距離からの支援攻撃だった。
だからこそ、たった今サルヴァの得た情報は、値千金だと言えた。
「とはいえ……」
シュウザは周囲に集まった小隊の部下たちを窺う。
その最前に立つ女は、リーズという名の弓兵隊員だったと彼は思いだす。
〝魔視〟持ちということで、クロゼンダのサポートに付けたのだが、一度隊に返した後、自分が前線に出るにあたってサルヴァが再び招集したのだ。
〝魔視〟という付与魔法による能力を除いても、元々スカウトであったというだけあり、機動力を生かして敵の陽動に貢献し、弓の腕もなかなかのものだった。
ブリュゴーリュとの戦い以前にも、アタラティア軍でブシュロネアとの戦に参加したというだけあり、肝も据わっているように見えた。
サルヴァが気に入って自分の隊に引き抜いたのも納得だとシュウザは思う。
その女が、顔を青褪めさせて俯き震えている。
原因は、冷却魔法で低下した気温と冷え切った泥水のためばかりではあるまい。
先程まで、サルヴァが行っていた苛烈な拷問を目の前で見ていたのだ。
気分が悪くなって当然だった。
その背後に控える他の兵士たちにしても似たような様子だ。
さして堪えた様子でもないのは、自分以外では同じくサルヴァの無茶に慣れているクロゼンダぐらいだった。
少しは部下の士気にも気を使ってほしいとシュウザは思う。
拷問で先程の情報を得られたのは幸いだったが、ここからの戦闘に影響が出かねないではないか。
そんな部下の不満気な様子など気にした様子もなく、サルヴァは上機嫌な表情で喉に手を当て蟲の通信を開始した。




