第六十五節 『人材』
南北に分かれてディエビア連邦軍が塹壕への攻撃と進軍を始めた後方、ふたつの戦場の中間地点に敷かれたディエビア連邦軍前線司令部の天幕内で、アキヒトは部下からの報告を受けていた。
「投石か」
南方方面軍を任せたディアン・ファイエクからの通信によると、塹壕前に居座ったたったひとりの敵による投石が、銃兵の進撃ばかりか、新たに投入した魔導兵器、野戦砲の砲撃までもすべて食い止めているのだという。
「間違いなく異世界人だな。それにしても石を投げて砲弾を打ち落とすなんて、膂力も視力もコントロールも馬鹿げてる。ティファニア側の被召喚者はあのミツキとかいう日本人に続いてふたりめ、戦場での遭遇はこれがはじめてだけど、相当厄介な相手みたいだ。エリザさんに言わせれば、脅威度一級の召喚体ってところか」
誰に言うともなく呟くアキヒトを前に、部下の兵士は戸惑った表情で指示を仰ぐ。
「ディアン様にはなんとお伝えすればよろしいでしょうか」
戦闘中の各軍との情報伝達は、緊急時を除いて通信科の兵に任せていた。
アキヒトは作戦の全体を見つつ、本陣で進められている魔導兵器の準備の進捗にも気を配らなければならず、情報の交錯する最前線二ヶ所とリアルタイムで緻密な連絡を交わしている余裕などない。
だから、こうして兵士を間に挟んで情報の伝達を行っているわけだが、目の前の青年の青褪めた顔から察するに、ディアンの剣幕は相当なものだったのだろうとアキヒトには想像できた。
上官に振り回される兵士を憐れみながら、努めて簡潔に伝える。
「断続的に砲撃だけを続けてください。そうすれば、敵を釘付けにはできるはずです」
「歩兵による突撃は不要、ということですか?」
「はい。無理に攻めても無駄に犠牲を出すだけです。仮に決死の覚悟で塹壕へ飛び込めたとしても、中で待ち受けるティファニア兵に討ち取られるだけですよ。現に、最初突撃に成功した銃兵たちの生体反応はとっくに消えています」
そう言ってアキヒトは目の前に置かれたパソコンのディスプレイのような機器を見つめる。
ティファニア軍はタブレットに映し出される映像で最前線の兵の視覚を後方でも確認できるが、それは王耀晶を使って作られた特殊な魔道具が配備されているからだ。
ディエビア連邦軍でもエリズルーイの魔法で遠方の情景を見ることは可能だが、彼女は今、後方の本陣で魔導兵器の準備に協力しているため、その魔法で戦場の様子を確認することはできない。
代わりにディエビア連邦軍は、戦場の兵士の位置情報と足跡、バイタルサインなどをモニタする魔導機器を持ち込んでいた。
兵士たちはディスプレイの中に光点として表示され、コンディションなどもバイタルから概ね推し量ることができる。
移動した足跡の記録も可能なので、複数の歩兵の移動情報から塹壕の構造を割り出すことも可能だとアキヒトは考えている。
その機械に映し出されていた、南方の塹壕に突撃した部隊の生体反応は既に消失している。
当然だ。
最初の砲撃から間もなく塹壕前に現れた件の異世界人によって、後続も火力支援も遮られたのでは、孤立した部隊は塹壕内の地形を把握しているティファニア兵から追い立てられ、為す術もなかっただろう。
敵異世界人の脅威度もさることながら、対応の早さが異常だ。
下手に攻めようとすれば、更なる大打撃を被る可能性も低くはないだろう。
幸いなのは敵が単体ということだ。
投石の範囲外から牽制の砲撃を続けることで敵の動きを封じるのが現状最善手だろうとアキヒトは結論を出していた。
「ディアンさんは昔から血気に逸りすぎるところがあります。時機が来るまではくれぐれも無理な攻めはしないようにと伝えてください」
指示を受け去っていく兵士の後ろ姿を見送りながら、アキヒトは思考する。
ディアン・ファイエクという男は勇敢ではあるが、軍人としては手放しで優秀と言える人物ではない。
単純に性能を評価するなら、彼の能力不足を補うために副官として付けた青年将校の方が余程優秀だ。
それでも、彼を前線の指揮官に据えたのは、先の革命戦争での豊富な実戦経験と、そこから得た組織内での地位を考慮したからだ。
革命戦争時代の仲間の生き残りの中にはもっと優秀な将官もいたが、連邦各国の故郷に戻った者も多く、現新政府軍に残った人材は限られていた。
本陣に置いてきた幕僚らにしても、かつて革命軍を援助していた貴族などの寄せ集めであり、軍事については領地経営に必要な程度の知識しか持ち合わせていない者が大半で、実戦経験などあるはずもない。
なにしろ、元々国に所属する正規の軍人は、体制側として革命軍とは敵対したために、その大半は新政府軍に組み入れることができなかったのだ。
兵卒に至っては、元貴族から平民、解放奴隷まで、広く徴募した結果、兵員同士に差別意識が生まれ、いじめや派閥の対立といった問題の原因となってしまっている。
革命時代は体制の打倒という明確な目標で団結してきた軍は、新政府軍として再編されたことで、質が低いうえにまとまりを欠いた、歪な集団となってしまった。
アキヒトはバーンクライブと協力して他国を圧倒し得る魔導兵器を軍に配備させることに成功したが、こうして戦場に出てみると、組織や人材の育成があまりに不十分だったと実感していた。
装備で圧倒しているにもかかわらず、敵の構築した塹壕を未だに突破できないのがその証拠だ。
塹壕は、ミツキという自分と同じ世界からの被召喚者による入れ知恵なのだろうが、その本人が不在の現状でこれ程強固な抵抗を見せているのは、ティファニア軍がブリュゴーリュからの侵略という未曽有の危機を乗り越え、短期間で高い練度の軍を創り上げたことが原因なのではないか。
北方の戦場をモニタしたディスプレイを窺えば、塹壕に侵入した兵の侵攻は滞っている。
後方本陣で組み立てが終った野戦砲を投入したことで、火力支援を用いた浸透戦術により塹壕を攻略できるかと期待していたが、まだ時間が掛かりそうだ。
いっそ攻撃を中止して後方で準備が進められている魔導兵器の到着を待ちたいところだが、兵を引くにも何らかの口実がなければ敵に怪しまれかねない。
ティファニア軍の戦争への対応力に加え、強力な異世界人を保有していることまで考慮すると、まんがいちにもこちらの目論見を見破られるような行動はとれないのだとアキヒトは思う。
「南が完全に封じられている以上、北から塹壕を突破するのが現時点でできる唯一の方策か」
そう呟いたアキヒトが、椅子に深く身を沈め、眉間を揉み解していると、天幕の入り口がにわかに騒がしくなった。
何事かと思い視線を向けた目をアキヒトは大きく見開く。
「ひ、ヒカリ!? なんでここに!?」
兵士たちと同じ野戦服に魔導士部隊に支給されているポンチョを纏ったヒカリが、机やさまざまな魔導機械の並べられた天幕内を大股でアキヒトの方へと歩いてくる。
斜め後方には、トモエも付き従っている。
その表情は、普段はあまり感情を見せない彼女にしては珍しく、どこか気まずそうに見える
天幕内の兵士たちの視線を気にすることもなく、ヒカリはアキヒトの前まで来ると、その顔を真っ直ぐに見つめた。
強い視線にたじろいだアキヒトは、ヒカリではなくトモエに声を掛ける。
「どうして連れて来た? ボクは話だけしてくれと頼んだはずだよ?」
「もうしわけ――」
「私が無理にお願いしたの。トモエさんは悪くないから。というか、私が私の意志でここへ来たんだから、トモエさんじゃなくて私を見て私と会話して」
アキヒトは渋々と言った様子でヒカリの顔に視線を向け、問い掛ける。
「どうして来たんだ? キミがここに居ても――」
「待って。それより先に、私に言うべきことがあるよね?」
温厚で滅多なことでは怒らないヒカリが、珍しく感情をむき出しにして話す。
その剣幕に、アキヒトは首筋に嫌な汗が伝うのを自覚した。




