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マッド ファンタジア ・ カーゴ カルト  作者: 囹圄
第六章

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第六十一節 『誤算』

 ディエビア連邦新政府軍本陣の参謀本部天幕内で、血まみれで片膝を付いたトモエを前に、アキヒトが狼狽(ろうばい)した様子で呟いた。


「し、死んだ? それも、三人とも? ほ、本当に?」

「間違いございませぬ。愚拙(ぐせつ)がエリザ殿の魔法で駆けつけた時には、既にグレンデルが瀕死の重傷を負い、エンプーサは原形をとどめぬほどに斬り刻まれておりました。ヴィーラは姿が見えませんでしたが、気配が感じられなかったことに加え、敵自身が飛び散らして燃やしたと言うておりましたゆえ、まず死んだと見て間違いないでしょう。グレンデルの決死の特攻で砦こそ落とせましたが、もはや助けること叶わぬと判断し、愚拙の一存で介錯いたしました」


 そう報告したトモエ自身重傷を負っており、難敵相手に余程苦戦したことが窺えた。

 今もエリズルーイが傍らで治癒魔法を施しているが、簡単な傷なら瞬時にふさぐ魔法を既に数分にわたってかけ続けていることからも、見た目以上の深手であることは想像に難くなかった。


「そんな、信じられない。あの三人が死ぬなんて……い、いったい――」


 アキヒトの言葉の途中で、天幕の入り口で派手な音が鳴り、全員が振り返った。

 そこには、青褪めた顔のヒカリが、口を押さえながら立っていた。

 足元には金属製のトレーと陶器の破片、それに液体が飛び散っていた。

 差し入れの飲み物を運んできたところ、トモエの報告を偶然聞いてしまったのだろう。

 アキヒトは声を掛けようと口を開くが、一瞬早く身を(ひるがえ)したヒカリは、天幕の外へと走り去ってしまう。


「ヒカリ!」


 追いかけようとしたアキヒトは、軍議の途中であることを思い出し、どうにか踏み止まる。


「ヒカリ殿に聞かれたのは不運でしたな」


 ディマの言葉に、まったくだとアキヒトは思う。

 三人とも姿こそ異形だが、先の戦争で生き残った数少ない異世界人の仲間だったのだ。

 特にグレンデルは、天を衝くような巨体と恐ろしげな風貌で誰からも恐れられていたが、性格は温厚かつ臆病で、心根の優しいヒカリによく懐いていた。

 そんなグレンデルを誰より気遣い面倒を見てきたのもヒカリだ。

 ショックを受けるのも無理はない。

 他のふたりにしても、アキヒトにっとってはかけがえのない仲間だった。

 異形ということで軍にしか居場所を作ってやれなかったが、できれば戦になど巻き込まず、静かに暮らさせてやりたかった。


「……ボクの采配(さいはい)ミスです。主戦場から外れた小さな砦に、そんな戦力が置かれているなど予想もしていませんでした。当初の目的は達したとはいえ、あまりに犠牲が大きすぎる。先に歩兵部隊が大打撃を被ったと報告を受けた時点で、作戦は中止すべきでした」


 エリズルーイの〝遠視〟魔法で三人の危機を伝えられた時も、よもやこんな結果になるなどとは予想もしなかった。

 トモエを短転移魔法で送り込めばどうにかなると(たか)(くく)った己の危機感のなさを、アキヒトは激しく後悔した。

 うな垂れるアキヒトに、幕僚たちは気遣わし気な言葉を掛ける。


「仕方がありますまい。あれ程の化け物共を打ち倒す人間がいるなど、誰にも予想できないことです」

「左様。それよりも、その程度の被害で済んだことを幸運と思うべきでしょう。先に犠牲となった歩兵百三十名あまりはともかく、あの異世界人共は今後の作戦ではあくまで後詰めにする予定でしたからな。総攻撃にはさほどの影響もないはず」


 アキヒトはおもわず拳を固く握りしめる。

 死んだ三人を〝異形の化け物〟としか認識していない幕僚らとアキヒトたちでは、異世界人の死に対する感情の温度差がまるで違った。

 それでも、アキヒトは幕僚たちの無神経なもの言いに激昂(げきこう)しかけた心を(しず)め、つとめて冷静に返答する。


「……その通りです。初戦で大打撃を受けた前線部隊の再編成も済み、あとは整備の済んだ魔導兵器を投入して一気に進撃するのみです。ただ、指揮系統についてひとつ提案があります」


 唐突なアキヒトの言葉に、幕僚たちは顔を見合わせる。


「提案とは?」

「はい、予定では南方方面軍の指揮を引き続きディアン・ファイエクに、北方方面軍の指揮はエメル・ナルデに任せるという話でした。しかし、今回初めて投入する魔導兵器の実戦での運用を彼らは経験していません。そこで、現在前線基地としている丘陵地にボク自らが赴き総指揮を()ります」


 幕僚たちの多くは、困惑した表情を浮かべる。


「いやそれは……」

「ええ、危険では?」


 自分を気遣う言葉に対し、アキヒトは首を振る。


「この軍の総大将はボクです。そのボクがこうして後方の安全地帯から口を出していたのでは士気にもかかわります。作戦のためばかりでなく、戦意高揚のためにも、ボクは前線に出向くべきでしょう。それに、前線といっても、あくまで指揮所からディアンさんたちに指示を出すだけです。危険はありませんよ」


 その考えに嘘はなかったが、アキヒトがこの決断を下したのは、自分が死に追いやった三人に対する罪悪感が理由だった。

 己の判断で同胞を死なせたというのに、この期に及んで自分だけが戦場に出ないなど、自分で自分が許せそうになかった。


「なるほど、素晴らしい案ですな! 先の革命戦争の立役者であるアキヒト殿が後ろで指揮を執っているとなれば、前線の兵たちは命を惜しまず働くことでしょう!」


 そう言って参謀のディマが賛同したことで、他の幕僚たちも追従する。


「たしかに、その通りですな」

「それに、そもそも戦闘自体そう長く続くものでもないはず。残りの魔道兵器の整備状況も大分進んでいるのでしょう?」

「はい。皆さんは引き続きここに残って戦況の把握につとめ、敵の動きに気を付けながら味方への補給が滞らないよう気を付けてください。あと、ディマさんは例のものの準備をお願いします。あれさえ使えれば、もう勝負はついたも同然ですので」

「心得ておりますとも」



 軍議が終わると、アキヒトはすかさずトモエに駆け寄った。


「無理をさせてすまない。怪我は大丈夫?」

「御心配には及びません。全身にできた痣はしばらく残るようですが、身の内に負った傷そのものはエリザ殿の魔法のおかげで既に癒えております」

「本当にすまないことをした。キミを危険に晒してしまったのも、ボクの見通しが甘かったからだ」

「愚拙は()()()()なれば、戦場で命を賭すのが本分と心得ております。傷を負おうと命を落とそうと、それはひとえに愚拙の力不足が招いたこと。アキヒト殿がご自分を責める必要などございませぬ。そして、それはあの三人とて同じことでしょう。自らの本分を果たすため命を賭す覚悟があったからこそ、グレンデルは己の死を悟ってなお最後の力で砦を落としたのです」

「……ありがとう。それと、もうひとつ頼みがあるんだ。ヒカリの所に行って、三人の最期を伝えてくれないか。さっきはたまたま聞いてしまっただけみたいだし、彼女にはきちんと知っておいてほしい」

「それは、愚拙から伝えてもよろしいので?」

「間近で見とどけたのはキミだからね。それに、さっきはああ言ってくれたけど、三人を戦場に送り出したのがボクである以上、ボクから伝えればきっとお互い感情的になってしまうと思う」

「承知。ヒカリ殿のことは愚拙に任せ、アキヒト殿は心おきなく出陣の支度をなされるがよいでしょう」


 トモエが天幕を去るとアキヒトは、今度は回復魔法を使っていたエリズルーイに向き直る。


「トモエの治療、ご苦労様でした。それと、彼女を無事に戻してくれたのも、ありがとうございます」

「いいえ。それよりも、あの三人を救えなかったのは残念でしたわ。現場の様子は〝遠視〟魔法で窺っておりましたけれど、短転移魔法を使うための短縮詠唱の暇さえない程一瞬で勝負がつきましたの。グレンデルについては、さすがにあの巨体を転送するのは私でも無理がありましたし」

「わかっています。それとエリザさんはここに残ってください。例のものを動かすにはあなたの魔法が不可欠です。度々無理をさせて申し訳ないのですが、ここが正念場ですのでどうかよろしくお願いします」

「心得ておりますわ」


 最後にアキヒトは、背後に控えていたディマに向き直る。


「それではボクは出発の準備をしますので、ディマさんは魔導兵器の整備を監督してください。例のものがどれだけ早く使えるかで、こちらの払う犠牲も大きく変わってきます。とはいえ、半端な状態で起動させれば、動作の不具合を起こして大惨事につながりかねません。急ぎながらもミスが起きないよう、とにかく注意してください」

「責任重大ですな。しかし、それならマリ殿にもご参加いただいた方がよろしいのでは?」

「ああ、いえ……きっとまた飲んだくれているでしょう。現場の指揮は彼女の補佐官のニコでも十分ですよ」

「やれやれ、困ったものです。これから最終決戦だというのに、使えぬ者が多すぎる。ともあれ本陣はこの私が責任を持って預かりますゆえ、アキヒト殿は心おきなく前線の指揮に集中なさってください」


 おもわず、アキヒトは眉を(ひそ)めかけた。

「使えぬ者」というのが、マリばかりでなくヒカリや死んだ三人の異世界人のことも含んでいるように受け取ったからだ。

 しかし、不快感を極力顔に出さぬよう意識しながら、短く返答する。


「……お願いします」


 エリズルーイをともなって天幕を後にするアキヒトの背をディマは見送った。

 その顔に、一瞬悪辣(あくらつ)な笑みが浮かんだのをアキヒトが気付くことはなかった。

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