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マッド ファンタジア ・ カーゴ カルト  作者: 囹圄
第二章

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第十一節 『外出』

 城壁に沿ってだいたい二十分程歩くと大きな門、聞いた話では北門と呼ばれているらしい、に辿り着いた。

 林の周囲は高い柵に囲まれており、衛兵の詰め所が設置された門を通らねば城壁周辺の林には立ち入ることができない。

 アリアの話では、柵にも魔法の術式が施され、強引に乗り越えようとする者にはトラップが発動するらしい。

 ミツキは少しの間息を整えてから、詰所の守衛にレミリスから渡された書類を見せる。

 ミツキの緊張をよそに、守衛はあっさり通行を許可した。

 林の外へ出ると、城門の衛兵から鋭い視線を向けられる。

 どこかやる気のない林の入り口の守衛と異なり、衛兵の佇まいからは警備に対する意気込みが伝わってくるような気がした。

 ミツキは石畳が続く正門の奥を一瞥すると、身を翻して反対方向へ歩き出した。

 目指すは非市民区。

 遠くに見えるくすんだ街並みに視線を向けながら、ミツキは今朝のレミリスたちとのやりとりを思い出していた。



 昨晩、食事をとった後、そのまま側壁塔内の広間で眠ったミツキは、早めに起床すると水場へ赴き、引き裂いた毛布の切れ端を使って念入りに体を清めた。

 倉庫の奥で石鹸を見つけていたのは大きな収穫だった。

 石鹸を泡立てた布で肌を擦ると、白い泡がたちまち茶色に変色し、垢がボロボロと剥がれた。

 汚れが落ちる気持ち良さと、自分の身がこれほど汚れていたという気持ち悪さを同時に味わいながら、体感で三十分程を費やして水浴びを終えた。

 汚れたローブを再び着るのは躊躇われたが、一張羅なのだから仕方がない。

 服を得るまでの我慢と己に言い聞かせ、ごわついた生地の感触に顔をしかめつつ袖を通した。

 広間に戻ると、未だトリヴィアが眠っていた。

 他の二人はどこか別の場所に姿を消したため、昨晩はふたりだけがこの広間で眠ったのだ。

 最初、広間とはいえ二人きりで同じ場所で寝ることに、トリヴィアは難色を示した。

「ででで出会って間もないだだ男女が、ふっふたりきりで同室でねね寝るなど、とっとっとんでもない!」と慌てふためくトリヴィアを、何もしないと宥めたところ、「それはこっちのセリフだ」と真顔で返された。

 広間以外の施設が整理されていないことを説明し、どうにか説得すると、トリヴィアはほとんど倒れ込むように眠りに落ちた。

 魔獣戦の後、意識を失っていたミツキと違い、彼女はずっと起きていたうえ、魔獣以外にも犬男、オメガとも戦っているのだ。

 心身の疲労を想えば、死んだように眠るのも無理はないとミツキは思った。


 そのトリヴィアは、毛布を跳ね除け、古典的漫画のギャグのような体勢で寝息を立てている。

 凄まじい寝相だと、ミツキは息を呑んだ。

 太もも丸出しのその姿は、煽情的と言えなくもないが、ミツキの内心では、なまめかしいと思うより、見事に発達した大腿筋への称賛の方が上回った。

 素晴らしいビルドアップだ。

 眠りから起こさないよう足音を殺しつつ毛布を拾い、トリヴィアに近付く。

 毛布を体に被せようと身を屈めたところで、背後から声を掛けられた。


「夜這い、いえ時間的に朝這いでございますか?」


 驚いたミツキは、手元が狂い毛布をトリヴィアの顔面に被せてしまう。

 息を詰まらせたトリヴィアが、「フゴゴッ」と苦し気に呻いた。


「違う。つか、いきなり声をかけるなよ」


 振り向くと、黒髪褐色肌のメイドが、スカートの裾を持ち上げ慇懃に一礼してみせた。


「おはようございます。それと、誤魔化す必要はございません。私のことはお気になさらず、どうぞそのまま愛をお育みくださいませ」

「違うっつってんだろ。何しに来たんだよあんた」


 監督官付きのメイド、アリアに呆れたような視線を送りつつ、ミツキはトリヴィアの顔から毛布を退けた。


「主人の命によりお迎えにあがりました。私と二階までお越しください」

「ああ、昨日来いって言われたよな。わかった案内してくれ。ってか、それなら〝そのまま愛をお育み〟しちゃマズいだろ」

「先程の発言は、軽いティファニアンジョークでございます。それではこちらへ」

「そんな、アメリカンジョークみたいに言われても……」


 ミツキはアリアに続いて二階へと上がった。

 二階の間取りは一階と大分異なっていた。

 一階の大広間に当たる部分がなく、廊下と、壁に複数の扉が設置されている。

 また、窓のひとつもなかった一階の壁と異なり、壁面に無数の穴が開けられているため、ずいぶんと明るい。

 自分の世界で言う銃眼のようなものだろうとミツキは推測した。

 アリアは一階では倉庫がある方向と反対に廊下を進み、突き当りの部屋の前で扉をノックした。


「入れ」


 女性にしては低めの声で返答があり、アリアに続いてミツキも入室する。

 士官用の部屋なのだろうか、それともわざわざ内装を整えたのか、シンプルながら高級そうな調度品がいくつも配置された部屋だった。

 部屋の中央には飴色の木材で設えられた大型のテーブルが配され、その周りには座面に赤い光沢のある生地を張った椅子が六脚置かれている。

 左手の壁際には暖炉が設置され、右手の壁際にはガラス張りのキャビネットが置かれ、床には唐草模様の絨毯が敷かれている。

 そして部屋の正面奥の執務机では、監督官レミリス・ティ・ルヴィンザッハが琥珀色の液体を満たしたタンブラーを片手に気だるげな表情でミツキらに視線を向けていた。


「お連れいたしました」


 レミリスはメイドの報告には応じず、タンブラーに口を付けると、中の液体を僅かに啜った。

 まさかこいつ、とミツキは嫌な予感を覚え微かに表情を曇らせる。


「ご苦労。もう少し近くへ寄れ」


 主人の言葉を受けたメイドに、目で促され、ミツキは執務机の前へ進み出た。

 途端、アルコールの香りが鼻を突き、やっぱりかとミツキは呆れ果てる。

 この女、早朝から酒を飲んでいる。


「言われた通り、遺体は夜のうちに片付けたようだな」

「ああ」


 実際に処理をしたのはサクヤだが、黙っておく。


「ご苦労だった。報酬だ」


 レミリスは執務机の下から何かを持ち出すと、ミツキの足元へ放った。

 パンパンに膨らんだ布袋が、床に落ちた衝撃でガチャリと金属質な音を立てた。


「拾え」


 どろんと熔けた目でレミリスは命令した。

 ミツキは無言で屈み、布袋を持ち上げる。

 袋の口から、細かな意匠を施された金属製の円盤が無数に入っているのが確認できた。


「シリー銀貨五十枚。それで、当面の生活を賄え」


 そう言って卓上の書類に素早くサインし、いつの間にか傍らに侍っていたメイドに渡す。


「今、アリアに渡したのは通行許可証だ。それで非市民区までの全ての検問を抜けられる。今日にでも街へ下り、衣食住に必要な物資を揃えると良い。以上だ。何か質問は?」


 あまりに簡潔な指示に、ミツキは戸惑った。


「……全部オレひとりでやるのか?」

「当然だ。貴様以外の三匹が街へ出れば、間違いなく住人がパニックを起こす。その点、貴様はやや変わった顔立ちというだけで、我々とそう変わらん見た目だからな。他に適任がいない以上、ひとりでどうにかしてみせろ」


 なかなかの無茶振りだと言えた。

 そっちがその気ならと、ミツキはダメ元の交渉を試みる。


「オレひとりで何から何までってのはさすがに不可能だ。非市民区の商人との契約、あるいは協力者を募り、物資の運搬を手伝ってもらっても構わないか?」

「別にいいんじゃないか?」


 自分たちの存在は軍事機密なのだろうとミツキは認識していただけに、意外な返答だった。

 それならばと、更に権利を主張してみる。


「戦奴として召喚されたのだから、武具も仕入れたい。有事に際してそちらで支給してくれるのか知らないが、訓練のためにもある程度の武装はすぐにでも必要だ。何かあったら呪いでどうにでもできるんだろう? 承諾してもらえないか?」

「好きにしろ」


 そう言ってグラスを傾ける女に、ミツキはむしろ不安の眼差しを向ける。

 大丈夫かこの女。

 ちょっと適当すぎやしないか。


「話が済んだならとっとと出て行け。これでも私は忙しい」

「酒を飲むのにか?」


 しまった、と思う。

 つい嫌味が口を衝いた。


「貴様がもう少し身綺麗にしていたら酌をさせてやっても良かったが、そのナリではな。服装も整えておけ三二五番」


 レミリスは気にした様子もない。

 残りの酒を喉へ流し込むと、傍らに置いたボトルから手酌で注ぎ足す。


「そりゃどーも。それとオレは三二五番じゃない」


 踵を返しドアを開く。


「ミツキだ」


 部屋を出ると後ろ手に扉を閉めた。

 そういえば、とミツキは考える。

 レミリスに対して敬語を使うのを忘れていたが、気にしていないようだった。

 無論、ミツキが口にしているのはこの世界の言葉だが、〝敬語〟という概念がある以上、相手によっては使うべきなのだろう。

 レミリスが酔っ払っていたので、何となくタメ口で応対してしまったのだが、次も敬語は止めてみるかと思いつつ、廊下を歩いた。



「……名前を付けたか」

「よろしかったのですか?」


 酒を啜る主人に、無表情のメイドが問うた。


「何がだ?」

「武器のことでございます。上に確認も取らず仕入れの許可など……」

「かまわん。この程度は権限の範囲内だと判断したまでだ。そもそも、誰が気にするというのだ」


 おもむろに、机の引き出しを開け、中を漁り始める。


「それよりもあの男、非市民区への道筋も、通行許可証をどこで使うかも聞かずに出て行った。追いかけて説明してやれ」

「承知いたしました」


 アリアが退出すると、レミリスは引き出しの中から取り出したペーパーナイフを見つめながら独り言ちる。


「ひとりの例外を除けば、どの個体も〝祝福持ち〟の高位魔導士を大きく上回る戦闘能力を有しながら、計画の主導者が倒れた今となっては厄介者となり果てた集団が私の手中にある。過去の汚名をそそぎ中央へ返り咲く契機となるか、あるいは奴らとともに滅びるのか……」


 手中のペーパーナイフの刃先を持ち、壁に向け投げつける。

 刃を持たないナイフは、しかし回転運動を得たことで深々と標的に突き刺さる。

 大型の蜘蛛が、刃で貫かれ壁に固定された体をビクビクと動かし絶命した。


「少しは面白くなってきた」


 そう言って一息にグラスの中身を飲み干した。



 林の中の暗がりで、サクヤは額を抑えながら蹲っていた。

 監督官の部屋に忍び込ませていた眷族が殺されたため、断末魔の苦痛が第三の目を貫いたのだ。

 蜘蛛に痛覚はないが、魂の消失はどんな生き物であれ耐え難いものだ。

 未知の不快感に身をくねらせながら、妖女は笑みを浮かべ呟いた。


「食えない女だ」



 一キロメートル以上は歩いただろうか、ミツキの左右に広がっていた林が唐突に途切れ、目の前に街並みが広がっていた。

 正門前からここに至るまで、高い柵に隔たれた緩やかな下り坂の林道をひたすら歩き続けてきたが、城壁周囲の林がこれ程に広大とは思わなかった。

 日本人の感覚からすれば土地がもったいないとしか思えない。

 あるいは、何か魔法に関係するような理由でもあるのだろうか。


「しかし、非市民区とはよく言ったもんだ」


 林と同じく高い柵に囲まれ、入り口に高速道路の料金所のような関所が設けられた目の前の街には、カーキ色のレンガのような建材で作られた小屋が延々と立ち並んでいる。

 要するに、スラムだ。

 南米あたりの貧民街を彷彿とさせるな、などと考えていたところ、関所から小走りに駆け寄って来た兵士に怒鳴られた。


「おい貴様! なぜ柵の外へ出ている! どうやって乗り越えた!」


 どうやら、ミツキのみすぼらしい格好を見て、非市民区の住人と誤解したらしい。

 さらに、顔を見て薄気味悪そうに眉をひそめている。

 おそらく、左目の下に付けられた幾何学模様が原因だろう。

 ミツキは袖の内から通行許可証を取り出すと、黙って兵士に差し出した。


「これは……ほ、本物か?」


 兵士はミツキの顔と書類を交互に確認し、ご丁寧に紙の裏まで精査してから許可証を返した。


「しっ失礼しました! どうぞお通りください」


 先導する兵士に続いて関所へ進む。

 兵士が仲間に事情を説明している間、多少待たされたものの、問題なく関を抜けることができた。

 レミリス様様だなと思いつつ、さてどうするかと思案する。

 これまでずっと拘束され続けてきたことを想えば、呪いをかけられているとはいえ、街中を自由に歩き回れる解放感にテンションが上がる。

 いっそ薄汚いローブを脱ぎ捨て、素っ裸で駆け回りたいぐらいだった。


「さすがに捕まるな」


 苦笑しつつ歩みを進める。

 街中の寂れ具合は予想以上だった。

 店舗らしきものがない。

 これでは、武具を揃えるどころか、食料や衣類を買うことも難しそうだ。

 というか、そもそも人影がほとんど見当たらない。

 たまに、汚らしい格好の老人が道の端で寝ているのを見かけるぐらいだった。

 しかし、街に入った直後から視線のようなものも感じていた。

 これはと思うが、あえて無視して歩き続ける。

 その間も、人か店舗のようなものを探す。

 市場のようなものがないか、アリアか関所の兵士にでも聞いておくんだったと思い始めた時、広めの四つ辻で複数の人影が建物の影から飛び出し行く手を遮った。

 同時に、背後からも足音が迫り、左右の道まで広がってミツキを包囲した。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白いです。 [一言] 呪殺の時から怪しかったけど、やっぱ監視役さんはだいぶヤケっぱちで行動してるんだな。
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