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第五十二節 『籠城』

 テオは荷車を引きながら天守(キープ)と城壁を繋ぐ通路を進んでいた。

 通路には屋根がないので、もし敵から矢を射掛けられでもすれば、命の危険に(さら)されることになるが、敵の装備を鑑みればその心配はなさそうだった。

 ようやく城壁へとたどり着くと、身を低めながら壁上に待機している兵士らに話し掛ける。


「差し入れです。それと、念のため補充の矢も持ってきました」

「おお、ありがてえ」


 屈んだテオとは違い、兵士たちは普通に立ち上がると、荷車に積まれた糧食に群がる。


「ちょっ! 危険ではないのですか!?」

「ああ、大丈夫大丈夫。奴ら射程外に出ちまって、どうせ撃っても届かねえんだ」


 そう言って手渡された遠眼鏡をテオはおそるおそる壁上に身を乗り出しながら覗き込んだ。

 たしかに、ディエビア連邦の歩兵部隊はかなり遠方に布陣している。

 これでは弓も銃も到底届かないだろう。


「……慎重、というか、もはや臆病ですね」

「散々()()()()やったからなぁ。そりゃ腰も引けるだろうよ」


 男の言葉に、周囲の兵士たちも同意し、相手をせせら笑う。

 兵士たちの余裕の表情は、籠城(ろうじょう)を始めた直後の戦闘が成功したゆえとテオは分析する。



 降伏と見せかけた奇襲の後、砦のティファニア軍はすぐさま正門前の穴を埋め、城内に撤収するとかたく門を閉ざし、籠城戦へと移行した。

 一旦退却したディエビア連邦の歩兵部隊だったが、意外なほど早く立て直すと複数の横隊を展開して砦を囲み、銃による大規模な一斉射撃を仕掛けてきた。

 しかし、城壁の下から撃たれた銃弾は、石壁の影に隠れた壁上のティファニア兵に命中することはなく、逆に、壁上から射られた矢は、放物線を描いてディエビア連邦の兵士たちの頭上へと降り注いだ。

 要するに、フィオーレの塹壕(ざんごう)を用いた防衛戦と同じような展開となった。

 違うのは、防衛側の兵が潜んでいるのが地中か壁上かということだけだ。


 結局、ディエビア連邦の兵士たちは一方的に矢を射られ、再び引き返して行った。

 その後も、攻撃は何度か敢行されたが、ティファニア軍の精兵たちは淡々と弓で対処し、ほとんど相手を寄せ付けなかった。

 一度だけ、捨て身のような部隊が破城槌を掲げて突進し、正門までたどり着いたことがあった。

 大型の破城槌そのものが盾となり頭上から降り注ぐ矢を防いだのだ。

 しかし、あらかじめ門の上に待機していた兵士たちが、門を破らんとするディエビア兵たちの頭上から、煮立った油を浴びせかけ、結局はその試みも失敗に終わった。

 それに、そもそも正門の内側は、ファン・リズの魔法で大量の土砂を盛っており、門そのものを破ろうとも侵入することなどできない。

 門を破ろうとした兵士たちは、無駄死に以外のなにものでもなかった。

 そして、それ以降ディエビア連邦軍は攻撃を止め、間合いを取っての睨み合いが続いている。



「まあ、長期戦に持ち込もうってことだろうよ。兵糧(ひょうろう)攻めにされりゃ、籠城しているうちらは干上がるしかねえからな。かといって、打って出りゃあ、今度はこっちが遠距離から狙い撃ちにされる番だ。あちらさんからすりゃ間合いを取っての様子見は最善手に違えねえ」


 顔なじみの〝血獣(ラヴィ・ヅィーヴェ)〟団員が黒パンに干し肉を挟んだ食事を齧りながら言った言葉に、テオは納得する。

 塹壕や城壁を前にすればその威力を発揮できないライフルだが、平野での戦闘ならばティファニア軍を打ち破るのは難しくない。

 砦から出ればテオらに勝ち目はないし、援軍が来たとしても、余程の戦力差がなければ野戦で敵を退けることなどできない。。

 ディエビア連邦軍からしてみれば、こうして距離を取って布陣しているだけでも牽制(けんせい)としては十分であり、敵が動かない限りテオたちは、いずれ砦内で飢え死にするか砦から出て撃ち殺されるかを選ばねばならなくなる。


 しかし、砦の備蓄(びちく)を考慮すれば、それはまだまだ先のことだ。

 少なくとも三十日以上は立ち籠れるだけの貯えがある。

 その間、敵の一部隊を引き付けておけるのであれば、フィオーレを守っている本隊の支援になるのだ。

 それに、巨大な山脈が(そび)える東方から来たということであれば、ディエビア連邦の物資にも限りがあるだろうとテオは考える。

 つまり時間が味方するのは、敵ばかりではないということだ。

 平野で布陣していればたしかに補給は受けられるだろうが、敵本隊の糧秣が底をつく可能性とて十分にある。

 そして、その時こそティファニア軍が攻勢に転じることになるだろう。


 ともあれ、いずれにせよしばらくは睨み合いかとテオは予測する。

 籠城は気が重いものの、今日明日に命懸けの戦いにはならないだろうとの確信から、おもわず安堵のため息が漏れた。


「……妙だな」


 仲間の呟きに、テオは首を傾げる。


「どうかしましたか?」

「いや、なにやら敵陣の動きが慌ただしい」

「それは、妙ですね……今仕掛けるメリットはないはずなのですが」


 再び遠眼鏡を覗くと、たしかに遠方の敵陣で、兵士たちが動き回っているように見えた。

 しばらくその様子を窺っていたテオは、敵の意図に気付いて不審げに顔を歪めながら呟く。


「まさか、撤退? このタイミングで?」


 完全にこちらを抑え込んでいるこの状況で、なぜ兵を引き上げるのか、テオには理解できない。

 壁上に配置された他の兵士たちも、敵の異変に気付いて騒めいている。

 傍らの兵士も、自分たちの読みとは異なる敵の動きに眉を(ひそ)め、誰に言うともなく疑念を口にする。


「どういうことだよ。この状況でオレ等に背を向けるとか、ナメてんのか?」

「もしかしたら、主戦場でなにか動きがあったのかもしれません。この拠点を抑えることは、ディエビア連邦軍からすれば緊急の案件ではないはずですので」

「だったら追撃した方が良かねえか? このまま行かせちまったら、フィオーレの連中がキツくなるかも知らねえぞ」

「たしかにそうですが、それは――」


 その時、テオたちの会話を遮るように、(やぐら)の上の物見から声が上がった。


「おぉ、おい! なんか妙なヤツがこっちに向かってきてんぞ!」


 その切迫した声音に、テオたちは顔を見合わせ首を傾げると、急いで櫓の梯子(はしご)を登った。


「何が見えるんですか?」

「あ、あれ、あれだ! 敵陣の更に向こう!」


 物見が指差す方向に遠眼鏡を向け、テオは息を呑んだ。

 地平線の辺りに浮かぶ人らしきシルエットが、ディエビア連邦軍の陣地に向かって進んでいる。

 遥か遠方にいるはずなのに、その姿は砂粒とさほど変わらないような敵陣の歩兵たちよりもかなり大きく見え、テオは遠近法が狂ったような光景に目を瞬く。


「……巨人」


 そう呟き、テオと兵士たちは互いの顔を窺い合う。


「もしかして、魔獣か?」

「おいおい、最寄りの闇地からどれだけ離れてると思ってんだよ。それに、人型の魔獣で、しかもあんなデカブツなんざ聞いたこともねえぞ」

「知るかよ。とにかく、ディエビア連邦軍の兵士たちはあれから逃げるために動こうとしているってことだろ?」

「いえ、それにしては落ち着きすぎているように感じます。むしろ、あれの移動に合わせて動こうとしているように私には見えます」

「ああ? そりゃどういうことだ?」

「思い出してください。私たちは前の戦でも巨大な敵と戦ったでしょう?」


 テオの言葉を耳にし、兵士たちの顔に動揺の色が走る。


「ま、まさか……異世界人だってのかよ、敵側の」

「状況から判断すれば、おそらく間違いないと思います。敵が撤収を始めたのは、あれに私たちの相手を(ゆだ)ねたから、と考えるのが妥当でしょう」


 口を(つぐ)んで遠方を見つめる兵士たちの表情からは、先程までの余裕が消えていた。

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