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第五十節 『血獣』

 ティファニア軍の制服を()()()()()男に向け一斉に矢が放たれた。

 矢は男の全身を射抜くも、あえて急所は外されている。

 男が悲鳴をあげて倒れるよりも早く、今度は槍を持った兵士が突進し、その腹を貫いた。

 腹の大穴から腸がこぼれ、男は痛みに激しく痙攣(けいれん)すると、槍を持った兵士にもたれかかるように(くずお)れた。


 そんな目の前の血生臭い光景を見つめながら、テオ・ジョエルは、以前の己であればこんな蛮行を許したりはしなかっただろうと妙に冷めた頭で考えた。

 以前、というのは、彼が〝血獣(ラヴィ・ヅィーヴェ)〟とともにブリュゴーリュ南部で起きた反乱鎮圧に送られる前という意味だ。



 ビゼロワ陥落後、遷都(せんと)先であるフィオーレへと移動したティファニア軍は、まず、街の復興と拡張、ブリュゴーリュ国民の移住と救済措置に尽力することとなったが、その中で生粋の戦闘集団である〝血獣〟を持て余すようになった。

 団員は頭目であるシェジア・キーフェによって統率されていたものの、元々盗賊まがいの活動をしていた荒くれ者たちは他の民兵出身の兵たちとさえ反りが合わず、いずれ暴発してもおかしくはなかった。

 そんな折に、ブリュゴーリュ南部で貴族の反抗が始まった。

 ブリュゴーリュ中部の平定は、先王の暴政から解放したことにより驚くほどスムーズに運んだし、隣国と国境を面する北部も、領主たちは侵略から身を守るためティファニアへ恭順(きょうじゅん)の意を示した。

 だが、中央から遠く、他国からの脅威にも晒されていない南部の有力貴族だけは、ティファニアによるブリュゴーリュの支配に反発し、さすがにブリュゴーリュの政権を奪取しようとまではしなかったが、複数の南部領による独立を宣言したのだった。

 ティファニアからすれば、当然、反乱の火種は消しておきたい。

 〝血獣〟の派遣は、まさしく渡りに船だった。

 とはいえ、お世辞にも行儀が良いとは言えない傭兵団にはお目付け役が必要とミツキは考えた。

 そこで、かつてブリュゴーリュへの進軍中、自分とともに〝血獣〟とかかわりを持った秘書官のテオに南部諸領(なんぶしょりょう)鎮撫軍司令(ちんぶぐんしれい)という地位を与え、〝血獣〟を中心に編成された軍とともに反乱の鎮圧へ向かわせたのだった。


 軍人の家系に生まれたことで強制的に職業軍人の道を歩まされたテオは、しかし、恵まれぬ体格と壊滅的な運動神経のため戦士としての素養は皆無であり、少ない体内魔素に魔法のセンスもゼロであったため、魔導士になることもできず、前線では使い物にならぬと判断され、ブリュゴーリュによる侵略を受けるまでは閑職(かんしょく)に追いやられていた。

 閑職と言っても、それはあくまで軍人としてという意味であり、武器や備品の発注や管理という仕事に彼は満足していた。

 兵站(へいたん)が軽視されてきたこの世界では、彼の仕事の重要性が周囲から理解されることは少なかった。

 そんな状況を一変させたのがブリュゴーリュによる侵攻であり、彼は、ミツキの軍略を踏まえてドロティアに軍の運営の才能を持つ者を捜させたサルヴァによって、半ば強制的にティファニア民兵軍に参加させられたのだ。


 ゆえに、彼はこれまで前線での活躍を求められたことなどなく、戦の最中にあっても、カナルやファンらとともに、後方でのサポートに徹してきた。

 しかし、頭目のシェジアをはじめ、戦闘の実力者のみで構成される〝血獣〟の面々は、後方の安全地帯から指示だけ出してくるような人間を決して認めない。

 戦場での実質的な指揮官であるシェジアによって最前線に引きずり出されたテオは、否応なしにその命を危険に(さら)すこととなった。


 それでも、彼がどうにか戦場に踏み止まれたのは、ブリュゴーリュ軍騎兵の猛攻に対するミツキをはじめとしたティファニア軍の決死の活躍を目の当たりにしてきたからだ。

 ティファニアを守るために前線で命を張る仲間を見て、彼が歯がゆい思いをしたのは一度や二度ではなかった。

 精強なブリュゴーリュ騎兵と比べれば遥かに見劣りする山出しの傭兵を前にしただけで怯んでいたのでは、己は到底ミツキらの仲間と胸を張ることなどできないと思ったのだ。

 そんなテオの気概が伝わったからこそ、〝血獣〟の面々は戦場で彼を死なせることなく、頼りないながらも仲間として認めたのだった。


 南部の平定自体は、驚くほど簡単に終えることができた。

 先の戦で正規兵を徴発されていた領主たちは山賊同然の傭兵を雇い入れ軍をつくりあげていたが、兵士らのモラリティの低さは雇い主の想像を遥かに超えており、自領の町や村で略奪や住人への暴行を好き勝手に働いた。

 終いには、反攻の首謀者である領主たちは、自分たちを征伐(せいばつ)に来たティファニア軍に泣き付き、正規兵を失った己らは盗賊たちから脅され仕方なく挙兵したのだと訴え、自分たちで雇い入れた私兵に罪をなすり付けようとする始末だった。

 テオとシェジアは領主らから財産を没収したうえで、傀儡(かいらい)として領主を続けさせることにした。

 反乱軍は初戦に大敗してから壊滅に至るまで、五十日以上にわたりティファニア軍から追い回された。

 同じ私兵出身でも、大軍との戦を経験していない山賊もどきと、元々精兵揃いなうえにブリュゴーリュとの死闘を生き抜いた〝血獣〟らでは、練度に雲泥(うんでい)の差があった。

 それゆえ、戦闘はほとんど戦の体を成さず、ティファニア軍が逃げ回る反乱軍を追い回す様子は、さながら猫が鼠をいたぶるが如くだった。

 それでも反乱軍が降伏しなかったのは、戦に敗ければ士官以上は死刑、それ以外の兵も一生涯の鉱山労働が課せられるとわかっていたからだ。

 だが結局は、谷間に追い詰められ包囲されたことで、反乱軍は降伏した。

 わずかに生き残った敵兵たちは、そのほとんどが飢えと疲弊で痩せ衰え、伸び切った髭や頭髪は、白髪にまみれていた。

 捕虜として連行される際、シェジアの姿を見て恐慌をきたす者も多く、この戦はティファニア軍の戦力と恐ろしさを南部の人々に強く印象付けることとなった。


 こうして南部の平定は無事終了したが、どうせフィオーレに戻ってもやることなどないので、南部諸領鎮撫軍はバカンスのつもりで南部領に居座り続けた。

 〝血獣〟は山に逃げ込んだ敵の残党を狩猟感覚で潰して回り、テオは税率の引き下げなどを行うことで領民のティファニアに対する印象操作に尽力した。


 そうしてそろそろやることもなくなってきた頃に、フィオーレからの帰還命令が届いた。

 使い魔によって届られた書状によると、ディエビア連邦軍が侵攻してくる可能性があるのだという。

 といっても、テオらに課せられたのは、首都の護りではなく、フィオーレ南方に位置する砦の守護だった。

 フィオーレに戻らず砦に入った一行は、斥候によってディエビア連邦軍の首都への侵攻と撃退を知り、さらに自分たちの守る砦にも敵が迫っていることが判明した。


 奇妙な武器を使うという敵に対し、シェジアの考案した策は、降伏を持ちかけたうえでの(だま)し討ちだった。

 そのために、首都で裁判にかけるつもりで連行してきた南部諸領反乱軍の首魁(しゅかい)を使うことにした。

 ティファニア軍の制服を着せて殺し、城壁から吊るしたその男の屍を砦の指揮官と偽ったうえ、〝血獣〟の団員が南部の戦利品として敵兵から分捕って来た毛皮や鎧を着用したテオとファン・リズが、城壁で降伏を演出するためのパフォーマンスを行った。

 みすぼらしい私兵のなりをしたテオの貧相な体躯と、ファンの上背を見て、悪質な傭兵による反乱と信じ込んだ敵はまんまと正門から入ろうと進んできた。

 そこで、テオの傍らで詠唱を続けていたファンが、絶妙のタイミングで呪文を口にした。


「〝泥土操覆(グル・アブル)〟」


 地面が陥没し、半数近い兵士が落ちる。

 その下には、事前に灯油を仕込んでおいた。

 おかげで砦の照明は使えなくなるが、罠にかかった敵は一網打尽にできる。

 土埃を合図に、城壁の内で弓を構えていたティファニア兵が一斉に火矢を放ち、テオは自分の頭上を越え敵に降り注いでいく炎の軌跡を無言で見つめた。

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